第26話:鉄の国の反乱と、金色の招待状
機械帝国ギア。
空は常に灰色のスモッグに覆われ、太陽の光は届かない。
街には規則的な機械音だけが響き、行き交う人々は皆、同じ灰色の作業服を着て、無言で歩いていた。
ここでは名前がない。感情がない。あるのは「製造番号」と「生産効率」だけだ。
「……息が詰まりそうな街ですね」
私たちは地下水道の奥深く、レジスタンスのアジトに身を潜めていた。
リーダーのカインは、片腕が義手の男だった。
「俺たちは知っている。この世界がおかしいことを。だが、どうすればいいか分からないんだ」
カインは言った。彼らは、アルト師匠の歌を違法ラジオで傍受し、密かに勇気をもらっていたのだという。
部屋の隅では、小さな子供が壊れた楽器を抱えて震えていた。この国では、音楽は「非生産的なノイズ」として禁止されているのだ。
「歌ってくれ、アルト。お前の歌が、革命の合図だ」
カインの願いに、アルト師匠はニヤリと笑った。
「任せとけ。この街の『ノイズ』を、最高の『ロック』に変えてやる」
そう言ったものの、マイクを持つ彼の手は、わずかに汗ばんでいた。
相手は国家権力だ。怖くないはずがない。
私がそっと彼の手を握ると、彼はビクッとして、それから照れくさそうに鼻をこすった。
「……見ててくれよ、ココロン。君が惚れ直すくらいの、最高のステージにするから」
「はい。特等席で応援しています」
作戦は大胆だった。
街の中央にある巨大な放送塔をジャックし、強制労働の開始ブザーの代わりに、アルト師匠の歌を流すのだ。
深夜零時。
私たちは放送室へ突入した。警備ドローンの赤いレーザーが飛び交う中、私は詩篇姫の力で防壁を展開する。
アルト師匠がマイクを掴んだ。
「聴こえるか、兄弟たち! 今日からお前らは部品じゃない! 人間だ!」
彼がギターをかき鳴らす。
その音は、錆びついた空気を切り裂く雷鳴のようだった。
♪――
歯車を止めろ 心臓を動かせ
番号を捨てろ 名前を叫べ
笑え 怒れ 泣け 愛せ
俺たちは生きている ここで生きている!
私の祈りが、彼の歌声を増幅させる。
歌は光の波紋となって街中に広がった。
工場で、宿舎で、人々が顔を上げる。その瞳に、初めて「感情」という光が宿る。
一人が叫んだ。次にもう一人が。やがてそれは、地鳴りのような歓声に変わった。
監視ドローンが次々と撃ち落とされ、街の至る所で自由の旗が翻る。
革命は成功した。たった一曲の歌が、鉄の支配を打ち砕いたのだ。
しかし、その歓喜の最中、異変が起きた。
スモッグに覆われた空が、一点だけ裂けたのだ。
そこから、まばゆい光と共に、一枚の**「金色の羽」**が舞い降りてきた。
羽はひらひらと舞い、アルト師匠の手のひらに着地した。
「……なんだ、これ?」
アルト師匠が羽に触れると、女神の声が脳内に直接響いてきた。
広場にいた全員が、その声を聞いた。
『愛しき罪人たちよ。猶予期間は終了です』
鈴の音のような、しかし絶対的な響き。
アルト師匠が「ひっ」と小さく息を呑み、私の前に飛び出して両手を広げた。
とっさの行動だったが、その足は少し引けている。それでも彼は、私を背に隠そうとしていた。
『あなたたちが世界に撒いた種が、どのような花を咲かせたか。……そして、あなたたちがどのような「答え」を見つけたか。天界への門にて待っています』
それは、処刑の宣告にも聞こえた。
レジスタンスたちがざわめく。「神の怒りだ」「終わりだ」と。
けれど、私にはそうは聞こえなかった。
その絶対的な声の奥底に、微かな「溜息」が混じっているように感じたからだ。
何千年も、たった一人で世界を管理し続けてきた者の、凍りついた孤独。
そして、誰かに自分を止めてほしいと願うような、悲痛な響き。
女神様もまた、この牢獄の囚人なのかもしれない。
「……行こう、ココロン」
アルト師匠が羽を握りしめ、私を見た。
その瞳は、革命の熱狂から覚め、静かな決意に満ちていた。
まだ少し指先は震えているけれど、もう迷いはない。
「逃げるのはもう終わりだ。俺たちの歌を、直接届けに行こう。……俺が、絶対に君を守るから」
「はい。……招待状をいただいたのですから、正装(覚悟)して行かなければなりませんね」
私たちは空を見上げた。
スモッグの切れ間から、星が見える。
逃亡劇は終わった。ここからは、神への謁見の旅だ。




