第15.5話:遠い日の記憶
雨宿りのために立ち寄ったのは、古い神殿の廃墟だった。
そこには、首のない王の石像が立っていた。
それを見た瞬間、私の意識は遠い過去へと引きずり込まれた。
***
夢を見た。
まだ世界が「システム」に管理される前の、自由で、少し野蛮だった時代の夢。
私は王妃だった。
隣には、愛する王がいた。彼は強く、優しく、民から慕われる名君だった。
私たちは幸せだった。この幸せが永遠に続くと信じていた。
けれど、終わりは唐突に訪れた。
流行り病だった。
私の体は熱に侵され、視界が霞んでいく。
王が私の手を握りしめ、子供のように泣きじゃくっている。
『行くな! 俺を置いていくな! お前がいない世界に、何の意味がある!』
『……あなた。どうか、生きて。民を……守って……』
私の意識はそこで途切れた。
次に目が覚めた時、私は「詩篇姫」として転生していた。
数百年が経っていた。
世界は変わっていた。
愛する王は、「幽霊王」と呼ばれる怪物に変わり果てていた。
彼は私を失った悲しみで狂ってしまったのだ。
死者を蘇らせる禁術に手を染め、世界中の魂を冥府へ引きずり込もうとしていた。
『世界を壊せば、理が壊れる。そうすれば、お前が戻ってくるかもしれない』
そんな、狂った希望に縋って。
私は彼を止めなければならなかった。
かつて愛した人を、この手で葬らなければならなかった。
『……ごめんなさい、あなた』
私は聖なる剣を、彼の胸に突き立てた。
彼は私の顔を見て、正気を取り戻したように微笑んだ。
『……やっと、会えたな』
彼は私の腕の中で、灰となって崩れ落ちた。
私は叫んだ。声が枯れるまで、何日も、何日も。
***
「……うっ、うぅ……」
目が覚めると、私は泣いていた。
過呼吸になり、震えが止まらない。
私が殺した。私が彼を狂わせ、私が彼を殺した。
この罪は、永遠に消えない。
「ココロン!」
アルト師匠が私を抱きしめた。
彼の体温が、冷え切った私の心を溶かしていく。
「大丈夫だ。俺がいる。ここにいる」
「……師匠……私、私は……」
「何も言わなくていい。辛い夢を見たんだな」
彼は私の背中を、一定のリズムで優しく叩いた。
そのリズムは、かつて王が私を寝かしつける時にしてくれたものと、同じだった。
「……不思議ですね。あなたの腕の中は、とても懐かしい匂いがします」
「えっ! ほ、本当か!?」
アルト師匠の声が裏返った。
彼はパッと顔を輝かせ、自分の服の匂いをクンクンと嗅いだ。
「やった……! ココロンが俺の匂いを好きだって! これって脈ありだよな? 運命だよな!?」
彼は嬉しさのあまり、私を抱きしめる腕にギュッと力を込めた。
さっきまでのシリアスな空気はどこへやら。
その単純で、真っ直ぐな喜びように、私の涙も引っ込んでしまった。
「ふふ。調子に乗らないでください」
「乗るよ! 一生乗るよ! あー、今日は記念日だ。匂い記念日!」
彼の無邪気な笑顔に、私は救われた。
彼の中に眠る王の魂も、きっとこの笑顔に救われていたのだろう。
私は彼の胸に顔を埋め、今度は嬉しさで少しだけ泣いた。




