第14話:孤児院のメロディ
なだらかな丘陵地帯に、赤い屋根の建物が見えてきた。
アルト師匠の足取りが、目に見えて軽くなる。
「見ろよココロン! あれが俺の育った『ひだまり孤児院』だ!」
彼は懐かしそうに目を細めた。
15歳で旅に出るまで、彼はあそこで育ったのだ。
「チチッ! 『ココ、アルトノ巣? イイ場所! 子育テニ最適!』」
マロンが興奮して飛び回る。
どうやらマロンの中では、今回の里帰りは「新居探し」か「親への挨拶」だと思っているらしい。
「巣じゃないって。実家みたいなもんだよ」
アルト師匠が苦笑しながら門をくぐると、庭で遊んでいた子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
「あ! アルト兄ちゃんだ!」
「おかえりー! お土産あるー?」
子供たちにもみくちゃにされるアルト師匠。
そこへ、恰幅の良い優しそうな女性が現れた。シスター・クララだ。
「まあまあ、アルトじゃないか。立派になって……」
「ただいま、シスター。へへ、俺も有名になっただろ?」
アルト師匠は胸を張り、そして私の背中を押した。
「紹介するよ。こっちは俺の相棒のココロン。すげー美人だろ?」
「はじめまして、シスター。ココロンと申します」
私が挨拶すると、シスターは目を丸くし、それからニッコリと笑った。
「あらあら、素敵なお嫁さんをもらって」
「ぶっ!! ち、違いますよシスター! 相棒だって!」
アルト師匠が慌てて否定するが、マロンがすかさず口を挟む。
「『ツガイ! ツガイ! モウスグ卵産ム!』」
「産まねーよ!!」
孤児院は爆笑に包まれた。
***
しかし、楽しい再会も束の間だった。
夕食の席で、シスターの表情が曇った。
「実はね……この孤児院、来月には出て行かなきゃならないんだよ」
聞けば、地元の悪徳商人が土地の権利書を盾に、法外な借金を吹っかけてきたらしい。
期限までに大金を用意できなければ、孤児院は取り壊され、リゾートホテルにされてしまうという。
「そんな……ふざけんなよ!」
アルト師匠がテーブルを叩いて立ち上がった。
「俺がなんとかする! 歌って稼げばいいんだろ!?」
翌日から、アルト師匠は街角に立って歌い続けた。
しかし、田舎町での投げ銭などたかが知れている。目標額には遠く及ばない。
焦るアルト師匠。その歌声からは余裕が消え、悲壮感が漂い始めていた。
「……アルト師匠。少し休みましょう」
私は彼に冷たい水を差し出した。
「無理だ。休んでる暇なんてない。ここは俺の家族の場所なんだ。守れなきゃ、俺は……」
彼は自分を追い詰めている。
私は彼の手を取り、その目を真っ直ぐに見つめた。
「一人で背負わないでください。私たちがいるでしょう?」
私は提案した。
ただの路上ライブではなく、街全体を巻き込んだ「チャリティーコンサート」を開くことを。
商人の悪事を周知させ、街の人々の良心に訴えかけるのだ。
***
コンサート当日。
孤児院の庭には、手作りのステージが組まれた。
子供たちがコーラス隊として並び、アルト師匠が中央に立つ。
♪――
歌声が響く。
それは高尚な賛美歌ではない。
『泥だらけの靴下』『隠したピーマン』『先生の雷』。
そんな、孤児院の日常を切り取った、愉快で温かいメロディだった。
♪――
廊下の落書き 僕らの勲章
破れたシーツは 王様のマント
お金はないけど 夢はある
シスターの説教 子守唄
子供たちの澄んだ歌声が重なり、聴衆は笑いながら涙を拭っている。
「あるある」「懐かしいな」という共感が、会場を包み込む。
私はステージの袖で、人々の心から溢れ出る「感動」や「正義感」を増幅させる詩を詠んだ。
**小さき手の 温もり守る 庭なれば**
**悪しき嵐も 愛にて防がん**
会場の熱気が最高潮に達した時、アルト師匠が私を見た。
「ありがとう」と口パクで伝える彼。
私も微笑んで頷き返す。
二人の視線が絡み合い、まるで世界に二人きりになったような瞬間。
空気を読まない(いや、読みすぎた)鳥が叫んだ。
「『今ダ! スキスキダンス! 羽バサバサ! チュッチュ!』」
マロンがアルト師匠の頭上でバサバサと翼を広げ、謎のダンスを踊り出す。
感動的なバラードの最中に、謎の求愛ダンス。
会場が一瞬静まり返り、そして大爆笑に包まれた。
「マロンんんん!!」
アルト師匠は顔を真っ赤にしながらも、歌い続けた。
その必死な姿が逆に人々の心を掴み、寄付金箱には次々とコインや紙幣が投げ込まれた。
***
結果は大成功だった。
集まったお金と、街の人々の署名によって、悪徳商人は撤退を余儀なくされた。
孤児院は守られたのだ。
出発の朝。
シスターと子供たちが門まで見送りに来てくれた。
「ありがとう、アルト。ココロンさん。いつでも帰っておいで」
「ああ。また来るよ、シスター」
アルト師匠がシスターとハグをする。
マロンもシスターの肩に止まり、別れの挨拶をした。
「『バアバ、元気デネ! 次ハ、赤チャン連レテクル! 小サイアルト!』」
「ぶっ!!」
アルト師匠が盛大にむせる。
シスターは「あらあら、楽しみにしてるわよ」とウィンクした。
「ち、違うってば! ココロン、否定してくれよ!」
助けを求めるアルト師匠に、私はにっこりと微笑んだ。
「ふふ。未来のことはわかりませんよ? ねえ、パパ?」
「パ、パパぁ!?」
アルト師匠は茹でダコのように赤くなり、逃げるように走り出した。
私は子供たちに手を振り、彼の背中を追いかける。
マロンが空で「計画通リ!」と高笑いしているのが聞こえた気がした。




