第12話:嘘つき画家の肖像
芸術の都パレット。
街中の壁に絵が描かれ、路上では画家たちが腕を競い合っている。
そんな華やかな街の路地裏に、その男はいた。
ヴィンセント。
彼は薄暗いアトリエで、有名な名画の「贋作」を描いていた。
その腕前は確かだ。本物と見分けがつかないほど精巧な筆致。
けれど、彼の瞳は死んでいた。
「……また、売れなかったのかい?」
画商がアトリエに入ってきて、ヴィンセントが描いた「オリジナルの絵」を足蹴にした。
それは、夕焼けの空を独特の色使いで描いた、力強い絵だった。
しかし、画商は鼻で笑う。
「こんな子供の落書きみたいな絵、誰が買うんだ。お前は黙って、巨匠の真似だけしていればいいんだよ」
ヴィンセントは何も言い返さず、ただ黙って贋作を描き続けた。
彼の喉元には、灰色の粘土のような塊がへばりついている。
「自己否定」と「諦め」の言葉だ。
「……もったいないな」
窓の外から様子を見ていたアルト師匠が呟いた。
「あいつの絵、すげーいいのに。魂が燃えてるみたいでさ」
「ええ。でも、彼は自分の才能を信じられなくなっているようです」
私たちはアトリエのドアを叩いた。
ヴィンセントは驚いた顔で私たちを迎えたが、すぐに自嘲気味に笑った。
「詩篇姫か。……俺のこの惨めな言葉を抜きに来たのか?」
「いいえ。あなたの『本当の絵』を見に来ました」
私が言うと、彼は顔をしかめた。
「本当の絵なんてない。俺にあるのは、他人の真似事をする技術だけだ」
「嘘だ!」
アルト師匠が、足元に転がっていたオリジナルの絵を拾い上げた。
「この絵、すげーかっこいいじゃん! 俺、これ好きだぜ!」
「……お世辞はやめろ。それはゴミだ」
「ゴミじゃない! あんたの心だろ!」
アルト師匠の熱意に、ヴィンセントが少しだけ目を見開く。
しかし、長年の劣等感はそう簡単には消えない。
「……証明してくれよ。俺の絵に価値があるって言うなら」
ヴィンセントは真っ白なキャンバスを指差した。
「今からここで、俺の最高傑作を描く。もしそれが、お前たちの心を動かせなかったら……俺は一生、贋作画家として生きる」
それは、彼なりの最後の賭けだった。
彼は筆を握った。しかし、手が震えて動かない。
画商の嘲笑が、頭の中で響いているのだ。
「描けない……怖いんだ……」
ヴィンセントが筆を落とす。
その時、アルト師匠がリュートをかき鳴らした。
♪――
激しく、情熱的なリズム。
それはヴィンセントの絵のように、荒削りだが力強い旋律だった。
♪――
誰かの真似は もうやめた
はみ出した色が 僕の叫び
キャンバスを殴れ 筆で刺せ
お前の魂 焼き付けろ!
歌声が、ヴィンセントの背中を叩く。
彼の瞳に火が灯る。
彼は筆を拾い上げ、叫び声を上げながらキャンバスに叩きつけた。
迷いはない。計算もない。
ただ、内から溢れる感情を色に変えていく。
赤、黄色、青。色が混ざり合い、爆発する。
私はその光景を見つめながら、静かに詠唱した。
**偽りの 仮面を捨てて 描くなら**
**泥さえ光る 命の色に**
ヴィンセントの喉から、灰色の粘土が剥がれ落ちた。
それは床に落ちると、美しい絵の具へと変わった。
数時間後。
そこには、一枚の絵が完成していた。
燃えるような夕日と、その下で歌う吟遊詩人、そして祈る詩篇姫。
技術的には拙いかもしれない。でも、見る者の心を鷲掴みにする、圧倒的なエネルギーに満ちていた。
「……描けた」
ヴィンセントは涙を流しながら、自分の手を見つめた。
「これが、俺の絵だ」
翌日、その絵は街の広場に飾られた。
多くの人々が足を止め、「なんだこれは」「すごい迫力だ」と感嘆の声を上げた。
画商は悔しそうに逃げ去っていった。
「ありがとう。あんたたちのおかげだ」
ヴィンセントは、私たちに一枚のスケッチをプレゼントしてくれた。
それは、私とアルト師匠とマロンが、笑顔で歩いている絵だった。
写真よりもずっと、私たちの「幸せ」を正確に捉えていた。




