第9話:18歳のバースデーソング
今日は、アルト師匠の18歳の誕生日だ。
旅の途中で立ち寄った街で、ささやかなお祝いをする予定だった。
ケーキも用意した。プレゼントの新しいマントも買った。
けれど。
「……うぅ……」
主役のアルト師匠は、ベッドの上で高熱にうなされていた。
夕食の後、急に倒れてしまったのだ。
医者は「ただの知恵熱か、成長痛のようなものだろう」と言ったが、熱は一向に下がらない。
彼の体の中で、何かが激しく変化している。そんな予感がした。
「アルト師匠……」
私は冷たいタオルで彼の額を拭う。
18歳。少年から青年へと変わる、節目の年齢。
その体は、出会った頃よりずっと大きく、逞しくなっている。
骨格がしっかりとし、喉仏も目立つようになった。
彼はもう、私が守るべき「子供」ではない。
マロンが心配そうに、彼の枕元で小さく鳴く。
「チチッ……(ダイジョウブ?)」
その時、アルト師匠が苦しげに目を開けた。
その瞳の色が、いつもの琥珀色ではなく、深く澄んだ銀色に見えたのは、部屋の暗さのせいだろうか。
「……ココロン」
呼ばれた声に、ドキリとした。
いつもの元気な声ではない。低く、落ち着いた、大人の響き。
それは、かつて古城で聞いた、あの幽霊王の声に酷似していた。
「はい、ここにいますよ」
私は震える手を隠して、彼の手を握った。
熱い。火傷しそうなほどの熱。
「ごめんな……誕生日に、心配かけて」
「いいえ。あなたが元気になってくれれば、それだけでいいのです」
「……そうか。君はいつも、優しいな」
彼はふわりと微笑んだ。
その笑み方。目の細め方。
あまりにも「彼」そのものだった。
怖い。彼が彼でなくなってしまうようで。
「なあ、ココロン。……俺は、君との約束を守れているか?」
「約束?」
「『ハッピーエンドにする』ってやつ。……まだ、途中だけどさ」
それは、まえに、アルト師匠が言った言葉だ。
そして、わたしのころろの奥底に眠る彼には言っていない最悪の記憶のひとつである、
幽霊王が最期に残した「次は必ず見つける」という約束の続きのようにも聞こえた。
幽霊王、アルトはなぜか、その存在をわたしに思い起こさせた。
詩篇姫のわたしには、同じ魂を持つとわかる。
過去と現在が、彼の熱の中で溶け合っている。
「ええ。守れていますよ。私は今、とても幸せですから」
私が答えると、彼は安心したように息を吐いた。
「よかった。……愛してるよ、ココロン」
その言葉は、熱に浮かされた寝言だったのかもしれない。
あるいは、マロンの口癖が移っただけかもしれない。
けれど、私の胸を貫くには十分だった。
彼はそのまま、深い眠りに落ちていった。
私は彼の手を握りしめたまま、涙をこぼした。
嬉しい。けれど、怖い。
彼が大人になるにつれて、彼の中の「幽霊王」が目覚めようとしている。
もし記憶が完全に戻ったら?
彼は「アルト」としての人格を失ってしまうのだろうか?
それとも、私が彼を殺した記憶まで思い出してしまうのだろうか?
窓の外では、雪が降り始めていた。
18歳の誕生日は、静かに、けれど確実に「運命」を近づけていた。
翌朝。
ケロリと熱が下がったアルト師匠は、「腹減ったー! ケーキ食う!」といつもの調子で跳ね起きた。
昨夜の「愛してる」を覚えている様子はない。
私は安堵しつつも、少しだけ寂しい気持ちで、彼に「お誕生日おめでとう」と告げた。




