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「子供だから」と振った少年が、世界を敵に回しても私を守ると言い出した ~詩篇姫と反逆の吟遊詩人~  作者: 蒼山りと


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第0話:10歳のプロポーズ

その日、ひだまり孤児院の中庭は、春の陽気に包まれていた。

 子供たちの笑い声が響く。

 けれど、私の心は冷え切っていた。

 19歳。詩篇姫として旅を始めて数年。

 私は既に、多くの「言葉(反省文)」を回収し、多くの人々の心を虚ろにしてきた。

 私は死神だ。誰とも関わってはいけない。誰からも愛されてはいけない。


「詩篇姫様、こちらへどうぞ」


 シスターに案内され、私は白いローブの裾を引きずって歩く。

 子供たちが遠巻きに私を見ている。

 「綺麗な人だね」「でも、なんか怖いね」

 その通りだ。近づかないで。私に触れると、あなたたちの笑顔まで奪ってしまうから。


 その時だった。

 一人の少年が、泥だらけの手で私の前に飛び出してきた。


「あの!」


 栗色の髪。琥珀色の瞳。

 10歳くらいだろうか。その瞳は、恐れを知らない野生動物のように輝いていた。

 シスターが「こら、アルト!」と怒るが、彼は引かない。


「これ、あげる!」


 彼が突き出したのは、シロツメクサの花束だった。

 根っこがついたままの、不格好な草の束。

 けれど、それは私がこの数年間で受け取った、どんな宝石よりも温かかった。


「まあ、綺麗。私に?」


 私は反射的に「詩篇姫の仮面」を被り、優しく微笑んだ。


「うん! だからさ……」


 少年は顔を真っ赤にして、叫んだ。


「俺のお嫁さんになってよ! 俺、絶対にお姉さんを幸せにするから!」


 時が止まった気がした。

 幸せにする。

 私が、一番欲しくて、一番諦めていた言葉。

 それを、こんな小さな子供が、真っ直ぐな瞳で告げている。


 ドキン、と胸が跳ねた。

 彼の瞳の奥に、かつて私が愛し、そして殺した「あの方」の面影を見た気がした。

 まさか。そんなはずはない。

 けれど、もし彼が……。


 ――ダメ。

 私は首を振った(心の中で)。

 彼を巻き込んではいけない。私の近くにいれば、彼はまた不幸になる。

 突き放さなければ。傷つけてでも、遠ざけなければ。


「ふふ。ありがとう、小さな騎士様」


 私は彼の頭をポンポンと撫でた。

 精一杯の「子供扱い」で、彼との間に壁を作る。


「でも、ごめんなさいね。あなたはまだ、**子供なんだから**」


 少年の顔が歪んだ。

 傷ついた顔。悔しそうな顔。

 ごめんなさい。でも、これでいいの。あなたは私なんか忘れて、普通の女の子と恋をして、幸せになりなさい。


「……子供じゃないもん」


「ええ、そうね。いつか立派な大人になったら、また会いに来てくれる?」


 私は社交辞令のように言った。

 二度と会うことはないだろうと思いながら。


 私は花束を受け取り、背を向けて歩き出した。

 背中に、彼の視線が突き刺さるのを感じる。

 それは、ただの子供の視線ではなかった。

 獲物を狙う狩人のような、あるいは運命を睨みつける戦士のような、熱く強い視線。


 私は一度だけ振り返りそうになったが、唇を噛んで堪えた。

 手の中のシロツメクサが、微かに土の匂いを放っていた。

 それが、私と彼との、最初で最後のはずだったの接点。


 10歳の春。

 私は彼を振り、そして逃げた。

 それが、長い長い物語のプロローグだとは知らずに。

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