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幕二 粛清の始まり

静寂は、いつも唐突に訪れる。

音が失われるのではなく、音そのものが、世界から役割を奪われる瞬間だった。


祝宴の光はまだ消えていない。

燭台の炎が、ゆらりと揺れる。

蜜の香りが残り、花がまだ咲いていた。

けれど、誰もそれに気づかない。


ホールの扉が、きしみもせずに開いた。

誰の合図も、足音も、名乗りもない。

ただ、黒衣の影が入り込んでいった。


最初に倒れたのは、使用人だった。

言葉を発するよりも早く、ひとつの線が通り抜ける。

皿が割れ、蜜の匂いが広がった。

それでも悲鳴は上がらない。


父が立ち上がり、手を伸ばす。

その動きが、祝宴の残光を断ち切った。


来客たちがざわめき出す。

椅子が倒れ、衣擦れの音が連鎖する。

そのどこかで、再び人が崩れた。


理解よりも早く、死が訪れる。

口を開いた者から、沈んでいく。


少女は動けなかった。

兄の膝の上で、ただ視線を彷徨わせる。

皿の上の蜜がこぼれ、テーブルを濡らしていた。

それが血ではないことに、わずかに安堵する。


姉が叫び、兄が立ち上がる。

その瞬間、廊下から滑り込んだ影。


光も音もなかった。

何かが振るわれ、誰かが倒れた。

その動きは、まるで“祈り”のように静かだった。


父が振り返り、唇を動かす。

その形は、少女にも読めた。



「……この子を、エリオットに――」



母が駆け寄り、少女を抱き寄せる。

何かを言おうとしていた。

けれど、声は届かない。


少女の喉は閉ざされていた。

恐怖ではない。

もっと深く、冷たいものが、言葉という概念を押し流していた。


視界の端で、父の剣が走る。

それは、人を守るための剣だった。

だが、影たちは違う。

彼らは“人間を処理する”存在だった。


そして、奥の扉が、音もなく開く。


ひとりの老騎士が立っていた。

銀の甲冑。刻まれた傷。

静かな眼差し。


その姿に、少女はようやく息を吸う。

世界が一瞬だけ、呼吸を取り戻した。


彼の名は――エリオット。



(つづく)


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