表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

幕十四 残された声の在処

少女の首を落とした夜。

その翌日も――またその翌日も、アラーナの日々は、何も変わらなかった。


依頼が届く。銀貨が揃っている。

首を狩る。

それだけで十分だった。


 

壁に背を向け、銃口を握ったまま震えていた元衛兵。

――命令を聞けなかった、臆した執行人。


血に濡れた楽譜を抱き締め、歌詞のない旋律を口ずさんでいた吟遊詩人。

――声を失った、忘れられた奏者。


首に縄を巻いたまま、“処刑前に逃げてきた”と笑っていた商人。

――自らを売り込んだ、値札付きの裏切者。


少女の名を叫びながら刃を振るおうとした、父と名乗る男。

――言い訳で塗り固めた、歪んだ保護者。


背後の壁に自分の罪を書きつけながら、目を伏せた書記官。

――記録のなかに自分を葬った、沈黙の書き手。


痙攣しながらこちらを見つめていた、肌のただれた少年。

――呪いと呼ばれ続けた、病の遺児。


身を伏せている片方の子にしがみついていた、選ばれなかった双子。

――泣き声を殺していた、消された片割れ。


刃が振るわれる前、自らの舌を噛み切った女。

――最期の言葉さえ拒んだ、死に急ぐ証言者。


首を差し出すように顔を伏せていた、鎖につながれた記録官。

――すべてを知っていた、囚われの記録者。



祈るように目を閉じていた、声を奪われた少女。




名は知らない。

知る必要もない。

アラーナが扱うのは、名ではなく、首だけだ。


夜、アラーナはひとり屋上に出た。

誰にも呼ばれたことのない空の下、雲の切れ間にある星を、静かに見つめる。


手は、腰のベルトに添えられている。

そこにあるのは、数えきれない首を狩り続けてきた黒い鎌――《ルジェ・ノワール》。


アラーナはそれを引き抜き、黒く輝く刃を月へとかざした。


まぶしいほどの輝き。

そして、その重みは常にそこにある。

沈黙と、首と、祈りの気配が、刃の奥に染み込んでいた。


アラーナは、最近、思うことがある。


処理された者たち。

その依頼には、いつも銀貨と契約が揃っていた。

だが、ときどき――“言葉の名残”のようなものを感じることがある。


声にはならない。

記録にも残らない。

それでも確かに、“誰かの願い”が封じられていたような気がする瞬間が――

ほんの、わずかに。


アラーナは、その意味を考えない。

考える必要も、理由もない。

けれど、気づいてしまったものは、もう消えない。


死神の仕事は変わらない。

だが、刃が触れるたびに、そこに“誰かの沈黙”が残っている気がしてならなかった。


それでも彼女は、振り返らない。


銀貨は揃っている。

契約は、完了している。

首を狩るだけ。

――それでいい。


アラーナ・ノクターンは、今日も沈黙のなかを歩いていく。


ただ、時折――

夜の空に、名も声もない“祈り”が昇っていくのを感じるだけだった。


それが、彼女の中でまだ形を持たない“違和感”であることを――

彼女自身、まだ気づいていなかった。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ