表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

幕九 沈黙の果て

朝が来ても、沈黙街の空気は変わらなかった。

湿った石畳に陽が射し、かすかにぬめりのある跡が光る。

昨夜、この場所で何が起きたのか――

誰も問わず、誰も答えない。


アラーナは、いつものように依頼を終えていた。

名を持たない依頼。

報酬は前払い。


細い通りの奥、崩れかけた壁のそばで、ひとつの首が音もなく落ちた。

返り血はない。金属音もない。

通りの向こうで誰かがカーテンを閉める。

まるで“完了”の合図のようだった。


封の開いた封筒が足元に残る。

“ルメア銀貨十枚分”――

名は記されず、構文印だけが確かだった。


けれど、アラーナの胸には、わずかな違和感が残っていた。

それが“声”なのか、“祈り”なのか。

答えはない。

ただ、確かに何かを聞き届けてしまった気がしていた。


報酬もなく、契約もなく。

それでも、刃は動いた。

誰の指示もないままに。

そう思うには、少し異常すぎた。



「……勘違いよ。偶然、重なっただけ」



小さな声が風に溶ける。

誰に向けた言葉でもない。

けれど、それを口にすることでしか、

あの夜のざらつきは拭えなかった。


ほんの一瞬、胸の奥で何かが鳴った気がした。

鼓動でも、呼吸でもない。

――思考の隙間に、かすかな音が落ちた。


ふと、あの少年の目が脳裏をかすめた。

思い出したのではない。

ただ、映像のように――浮かんだ。




ルメアでは今、噂が沈黙街を超えて広がっている。

中央通りの商人たちは語る。



「目を見たら、心まで狩られる」


「誰にも知られずに消える女」



そんな話が、いつのまにか“祈りを聞く者”の伝説にすり替わっていた。


子どもたちは路地裏で歌っている。



メガミさま、くびだけでいい。

なまえをあげるから、タスケテ。



アラーナのことを知る者はいない。

けれど、彼女の“結果”だけが街を歩いていた。



「恐れられるのは構わない。……でも」



アラーナは静かに目を伏せた。


あの少年の目。

わらべうた。

名前のない祈り。


どれもただの空気のはずだった。


けれど、なぜ今も胸に残っている?



――規律を守った。……はずだった



通りには誰もいない。

風が吹き、紙片が転がる。

朝の光が屋根の縁を撫で、街の影がゆっくりと動く。



「気の迷い……か」



アラーナは歩き出す。

背後のどこか遠くで、子どもたちの歌が続いていた。

その旋律が風に溶け、街の空気に散る。


振り返らない。

それでも、胸の奥に刺さった違和感だけは消えなかった。



足音が朝の沈黙を割いていく。

それが、祈りの果てに残された唯一の音だった。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ