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ファンタジー

クワイエット家の令嬢、黙っていない。

作者: めみあ


「卑怯者の家系の者はやはり卑怯な真似をするのだな」


 茶会の空気が凍る、というのはこういうことを言うのだろう。


 令嬢たちの余興(詩の朗読会)の最中、そのなかの一人が不正を疑われた。盗作ではないかと。

 そこに王子が仲裁に入ったまではよかった。

 でもその視線は不正を疑われた令嬢ではなく、なぜか私に向き、口から出たのがこのセリフ。もちろん私は不正などしない。けれども私が疑われたのは家名のせい。


 クワイエット家。

 この国では“卑怯者の家”として知られている家系だ。


 だから私は、真っ向から王子を見据え、


「真偽も確かめず卑怯者扱い。それで将来、国を背負えるのでしょうか」

 

 と答えた。

 私はこの一言で王家の茶会に出入り禁止となった。


 不敬罪で捕らえられても不思議じゃないのに、それだけで済んだのには訳がある。


 表向きには王が器の大きさを示したように言われているけれど、本当は王家が我が家に負い目を抱えているからだ。


 ――負い目なんて生易しいものじゃないけどね。


 

 この国には建国神話がある。

 大昔の王が魔王を倒して国を興したというものだ。


 そして私のご先祖様は、土壇場で逃げた上、王の手柄を横取りしようとした……とされている。

 

 国に帰れば、人々はジブランタ・クワイエットを卑怯者と呼んだ。

 ジブランタは黙って罵りを受けていたが、そのうち人前に姿を見せなくなったという。

  

 そうしてクワイエット家は長い間、白い目で見られ続けることとなる。


 まあ、私が真実を知る“ペンダント”を見つけなければ、ずっと真実は埋もれたままだっただろう。

  


 私は魔王の記憶の一部を知っている。

 それは建国神話の真実だった。




 ♢♢♢


 ジブランタ・クワイエットは、魔王に正面から挑んだ。その戦いは壮絶で、最後は両者とも瀕死。ジブランタは指一本も動かせないような状態だったが、魔王はあと一撃分の力が残っていた。


 そこに現れたのが、あの“王”だった。


 立派な装備に身を包んでいるが、小動物のようにあたりをうかがうその姿に違和感を覚え、魔王は死んだふりをして様子を見ることにした。


 王は懐から小瓶をとりだし、死にかけのジブランタに近づくと、口をこじ開けてなにかを流し込んだ。


『お前を殺した方が早いが今は都合が悪い。これは回復薬ではなく“口封じの薬”だ。真実を語ろうとすれば、舌が焼ける』


 ジブランタは目を見開き、王はその表情を見て笑った。


『決戦の前に逃げた卑怯者として、歴史に名を刻め。その代わり、お前の一族には土地と金をくれてやる。黙って生きろ』



 ――なんてふざけた話だ。


 魔王は思わず殺気を放つ。

 王はそれに気付き、振り返ると「生きていたか、化け物め。私が止めをさしてやる」と自らの剣を抜いた。


 魔王は剣で貫かれる瞬間、ジブランタとの戦いを思い出した。負けたとしても誇れる相手だった。それが今、卑小な男に全てを奪われようとしている。


 魔王は震える手で王の襟を掴み、耳元で囁く。 『……このままで……済むと……思うなよ……』


 王は顔を歪め、更に深く剣を刺した。


 魔王の手が離れ、身体ごと床へと転がる。

 指の先に何かが触れた。それは鎖の切れたペンダントでジブランタのものだった。

 魔王は最後の力を振り絞り、ペンダントの石に触れる。魔王の魂の一部を石に染み込ませ、そこで記憶が終わった。



 ♢♢♢




 その重い遺志が込められたペンダントが、うちのおもちゃ箱に転がっていたわけだけど。

 

 錆びた鎖に小さな真紅の宝石がついたペンダント。


 幼い頃、貴婦人の真似事をしていたときに見つけて、鎖が切れてたから紐で繋いで首にかけたら大変な目に遭った。だって3、4歳の子の脳内であの戦いが暴れ回ったんだから。高熱が下がらないし吐きまくるしで、死ぬかと思った。


 でも、熱でうなされている間、何度も声を聞いた。

 魔王の声で《時が来るまで誰にも話してはならぬぞ》と。

 



 

「セシリアお姉様のせいで、友人が去ったわ。殿下に睨まれたら嫌なんですって」

「イザベル、そんなことを今更嘆くな。クワイエットの名で生まれたことを恨め」


 夕食の席、先ほどまでは小麦の収穫量の話をしていたはずが、いつのまにか私の話題に変わっていた。


「あなたたち、お父様の前でやめなさい」

 母が兄妹をたしなめる。


「ああ、いいよいいよ。エンリケの言う通りだ」

 父はニコニコとその様子をほろ酔い調子で眺めている。



 見慣れた光景に、また心がギュッと絞られる感じがする。

 いつまでこのような扱いを受けなければならないのか。誰にとってもいいことがない。あまりにも理不尽すぎる。


 いつもはやり過ごす苦痛の時間だけれど、今日は黙っていたくなかった。私は自然とペンダントに触れる。


 《心のままに》


 そう聞こえた気がして、私は深呼吸をする。


 「ねえみんな、大事な話があるのだけど」






 私はペンダントに魔王の記憶が宿っていることや王家の嘘を包み隠さず家族に話した。皆は信じられないという表情だったが、反論はせず最後まで黙って聞いていた。


 話し終え、長い沈黙のあと、最初に口を開いたのは父だった。


「それが、真実である証拠は?」 


「魔王が、王を恨んで偽の真実を見せた可能性もあるよな」

 兄のエンリケが頷きながら続ける。


「でも本当ならひどすぎるわ」

「シッ、声が大きいわ。セシリアが大事な話があると言うから使用人たちは下げさせたけど、もしかしたら王家の人間が入り込んでいてもおかしくないもの」

 

 母の指摘に、三人が姿勢を正した。


 私は続ける。

 

「魔王の記憶の真偽は私も考えたわ。でも……私が茶会で不敬罪に問われなかったのもそうだけど、

王家は表ではクワイエット家を貶めるようなことを言うくせに、なぜかギリギリのところで優遇している気がするの」


「ああ、それはわたしも感じていた。縁談がまとまらず困っていたときに、妻をここに寄越したのは王だから」

「……わたくしはその点は王に感謝していますわ」


 父母が視線を合わせ照れ臭そうにする姿はなんだか居心地が悪い。イザベルも同じだったようで、「そんな話はどうでもいいわ。これからの話をしなくちゃ」と話題を変える。


「焦るな、イザベル。ひとつ、思い出したことがあるんだ。王宮に勤める侍女から聞いたのだけど」


「ああ……お兄様はクワイエット家でなければと、令嬢が嘆くほどおもてになりますものね」


「だからイザベルは黙れ。その侍女は噂だと言っていたけれど、王家には禁書があるらしい。その書は真実しか記せないとか。そこに書かれている可能性は?」


 自然と家族が顔を寄せ合う。


「でも、国の根底を覆すような不名誉なことを記すかしら」

「……わたしも以前、その噂を耳にしたことがある。国にとって大きな出来事は、どんなことでも記されると」

 

「それが、噂か真実か暴いてみると言ったら?」


 私が少し試すように言うと、エンリケがまずニヤリとした。イザベルは目を輝かせ、父はため息をつき、母だけが「しょうがないわね」と言葉を口にした。


 私はあることを家族に提案した。

 皆は少し笑い含みに賛成し、家族会議は解散となった。




 ♢



 近頃、王城ではまことしやかに囁かれている噂がある。

 それはゼビエル王子が呪われているのではないか という噂だ。


 

 きっかけは王子の枕元に古いペンダントが置かれていたことから始まった。最初は王子の飼う猫がどこからか拾ってきただけと結論づけた。


 それから王子の見合い相手が軒並み登城しないという今までにないことが起きた。皆が一様に何かを恐れるように部屋から出てこないという。


 さらに王子の周辺で奇怪な現象が起き始めた。

 懐いていた猫が王子に威嚇したり、夜な夜な悪夢に魘され、あるときは飛び起きて剣を抜くこともあったという。


 

「呪いよ」

「誰が王家を呪うって言うんだよ」

「……それが皆が言うには魔王じゃないかって」

「だったら、クワイエット家もありえないか?」


 人々がこんな風に噂を大きくしていた。




 ♢


「さて、もうすぐ何かしらの動きがあるはずね」


 私は厚手のローブを脱ぎ、折りたたむとクローゼットの奥に押し込んだ。

 

「うまくいきすぎていて怖いくらいだけどな」


 私たちの作戦は、まず王子が呪われているという噂を流し、呪いを恐れた王子が禁書に呪いを解く方法があるか探し、真実に行きつかせるというもの。


「あの思い込みの激しい殿下なら、ありえるでしょう?」


 

 楽観的作戦だとは家族全員がわかっていた。けれども、小さな種でも植えれば何かが生まれるかもしれないことに賭けた。


 そしてそこに魔王が加勢に現れた。


 魔王により、王子の婚約者候補たちの家系がもつ黒い秘密を明かされた。私はそれを利用し、占い師に化け、王家と繋がれば不幸になると告げた。


 半信半疑の令嬢たちが家に戻ったあと、表に出てこないことからして、真実だったのだろう。


 猫にペンダントを渡したのはエンリケに想いを寄せている侍女のしわざ。お願いしたら断らなかったらしい。


「誰かに咎められたら、クワイエット家に脅されたと言うようにしたから、彼女も心配ないだろ」


 ペンダントは猫が気に入ったようだからと、首にかけられている。まさかそれが王子の悪夢の原因とは思わないだろう。


「何かあったらお兄様が侍女を娶りなさいよ!」


 イザベルは侍女を利用する作戦に最後まで反対していた。私も複雑な気持ちだったけれど、ジブランタの無念を晴らす機会を逃したくなかったから、エンリケの案にのった。

 


 ここからは、ゼビエル王子次第だ。



 ♢


 その日は風もなく、静かな夜だった。


 だが城内は、最近の王子の様子がおかしいと、多くの城の者たちが帰ることを許されず、城に留まっていたので、ざわざわと落ち着かない様子だった。


 そこに、噴水のある庭園から「早くこっちに来てみてみろよ!」と叫び声がした。



 噴水を止めている夜は、池が鏡のように夜空を映していた。それが揺らぎ、二人の男を映し出す。そこにはゼロニール王と、ゼビエル王子の姿。


 王は項垂れて、ゼビエルは目を吊り上げていた。手元には分厚い書物があり、誰かが「禁書か」と呟いた。


 


《どういうことですか! これは!》


 ゼビエル王子の声が頭に響く。皆が驚いたようにお互いの顔を見合わせる。


《……これが、真実なのだ。ジブランタ・クワイエットが魔王を討ち、建国王が横取りした。ジブランタに薬を盛って黙らせたうえ、卑怯者として貶めた》


《そ、そんなこと……あってはなりません……わたしは、ずっとクワイエットを軽蔑してきました。そう教えられたからです。なのに、逆だなんて、そんな……》


《はじめはわたしもそう思った。だがそれを知るのは王だけ。まさかお前が禁書を覗き見るとは思わなかったが、いつかは知るものだしまあいい。だが勘違いするな。秘密を暴くつもりならお前の命はない》


 王は剣を抜き、ゼビエルの喉に突きつける。



 池の周りに集まっていた人々は、無言のままその様子を見つめる。


 ゼビエルは恐れるそぶりも見せず、ゆっくりとまばたきをした。そこには諦めでなく、覚悟が見えた。


《……父上、わたしたちは卑怯者の末裔として、国民に説明し、責任をとるべきです。父上もそうすべきだと、思ったことはないのですか》


《おのれ!》


 王が剣を振り上げたとき、池の水面が揺らぎ、王子の顔がある男の顔に変わった。卑怯者として演劇で上演され、絵姿をみた事がある者が多いため、皆はすぐにそれが誰かすぐにわかった。


《ジブランタ・クワイエット……》


ジブランタは何も言わず、表情は悲しみを湛えていた。王はなぜか身体を震わせ剣を落とした。


《……お前っ! 夢でなくここまで来るとは! 斬っても斬っても現れおって! 来るなっ、来るなと言うに》


 尻餅をつき、腕を振り回す王に、


「なんだよ、あれが王なのか?」

「威厳のかけらもない」

「ずっと騙されていたんだ」


 と口々に呆れた声が出始め、それは大きな声に変わっていった。


 セシリアは池の対岸にいた。ローブの下で、拳を強く握りしめて。王と王子のやりとりを見届け、その場をあとにした。




 

 その後、クワイエット家は正式な謝罪の場を用意された。


 そこには多くの群衆がつめかけ、王家への罵声が響き渡っていた。


 ゼビエル王子が、禁書の内容を読み上げ、深く頭を垂れる。


 静まり返った広場。父が私の背を押した。

 私は王子の前に歩み寄る。


「……クワイエット家が代々苦しめられたことを思えば、許すという言葉をわたくしからは言えません。けれど、殿下の思いは私たち子孫が受けとらせていただきます」


 王子は頭を下げたまま何も言わず、床に滴が落ちた。それで充分だと、誰もが思った。

 

 


 王家の信頼は地に落ちたが、王子が信頼を回復するよう努力するだろう。

 ゼロニール王は幽閉され、毎夜悪夢にうなされているという。



 ペンダントは石が割れて壊れてしまった。

 私たちはそれを、建国の英雄として建てられたジブランタ・クワイエットの銅像の前に供える。


 ペンダントがサラサラと崩れて銅像の首にかけられた。


「……今の、見た?」


 イザベルがわたしの手を握る。


「見ていない」

 エンリケが答えた。


「まあ、いいじゃない。疲れたし我が家に帰りましょう」


 馬車で待つ両親に手を振り、私たちは家路に向かった。














読んでいただきありがとうございました。


書ける時に書こうと、7月からいつもより短いスパンで投稿しましたが、ストックも尽きましたので、またマイペースに活動いたします……



【追記】 

王子と王のやりとりが池に映る場面、どうやってうつしていたかというと、猫がつけていたペンダントが映写機の役割でした。 

あとで書き足そうと思ってすっかり書き忘れていました……

差し込もうか迷いましたが、雰囲気でゴリ押しでも大丈夫かな…とそのままにしました。


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