虹のフーボ
気がついたら、フーボの家にいた……。
森を冒険していたのはきのうのこと。めずらしい花を見つけて谷を下って行ったんだけど道に迷っちゃって……。戻っても戻っても知らない道ばかり。
足は疲れてくるしおなかはすいてくるし日は暮れてくるし雨も降ってきたし……。沢に出てようやく水だけ飲んで、「もう歩けない」って大声で叫んで、泣きながら木にもたれてしゃがみこんだことまでは覚えている。
部屋のまん中に、人影が三人見えた。子どもとたぶんその子の親。みんな、顔が真っ赤で頭にツノがあった。鬼!
子鬼が親鬼に一生懸命うったえている。
「コノ、コ、ネテ、タン、ダ、ヨ! ツメ、タイ、サワ、デ」
父鬼は両手でツノを持って頭を抱えた。
「ダケ、ド、にんげん、ハ、コエエ、ゾ」
「ダッ、テ。ホッ、ト、クト、シン、ジャウ、ジャン、カ」
母鬼がわたしを見た。大きな目玉でぎょろり。目が合った。どきっとした。けれど、なぜか怖くなかった。
「ソウ、ネ。ホット、ケ、ナイ、ワネ。サッ、コッチ、デ、ゴ、ハン、タベ、ナ、サイ」
鬼の家で一緒に暮らすことになった。鬼は、町で言われていたような化け物なんかじゃなかった。こん棒なんか持ってないし、人を食らうなんてウソ。ゲジゲジまゆ毛もぎょろり目玉もとんがりキバももじゃもじゃ髪も、かわいらしく見えた。
母鬼が子鬼に言う。
「フーボ。トモ、ダチ、ホシ、カッタノネ」
子鬼は恥ずかしそうにうなずいた。赤い顔がますます赤くなった。
「フーボ? フーボっていうの?」
とわたしが聞く。
「ウン、ボク、フーボ」
「わたし、ハナ。ハナって呼んで」
「ハ……ナ……」
フーボは、森の中を素早く駆け回る。木を走るように登ったり、木から木へ飛び移ることもできる。まるでムササビのよう。
「カタ、ノ、レ。ツノ、モ、テ」
「肩? 肩に乗るの?」
わたしはフーボの肩にまたがってツノを持った。フーボは一気に木を駆けのぼった。またたく間にてっぺんに来る。
「シッ、カリ、モッ、テ、ロ!」
フーボは隣の木にジャンプ。その隣の木、そのまた隣、また隣へと渡っていった。
わたしは必死にツノにしがみつぐだけ。
「キャーッ! キャーッ!」
「へへッ、オモ、シレ、イ、ダロ」
ある日、いつものようにフーボと遊んでいたとき、あたりが急に暗くなった。冷たい風が吹いてくる。ザーッと雨が降ってきた。
木の根元で雨宿りしている間、フーボはじっと空を見ていた。
「なに? なに見てるの?」
「アレ、マッ、テ、ル。ソラ、ノ、アレ」
雨がやんだ。ずっと空を見ていたフーボが突然言った。
「ハナ。イク、ゾ!」
フーボは、わたしを乗せて、森で一番高い木に登った。
「オリ、テ。ココ、デ、ミテ、ロ」
フーボは木のてっぺんにわたしを残したまま、隣の木にジャンプした。木から木へ、ジャンプをくり返した。
わたしは、フーボが何を待っていたかがわかった。
向こうの空に虹。くっきりと鮮やかな虹。フーボは、虹を渡るかのように、ジャンプをくり返している。フーボは、わたしにこれを見せたかったのだ。
家に帰ると、父鬼があわてた様子で言った。
「にんげん、クル! ハナ、サガ、シニ」
町の男たちが森の奥にやってくるという。もし、わたしがフーボと一緒にいることを知ると、フーボたちは殺されてしまうかも知れない。町まで戻らなきゃ!
「ハナ、ノ、レ」
フーボの肩に乗って森を駆け下りる。わたしはツノにしがみついた。
森の入り口で、フーボはわたしを下ろした。
「フーボ、とっても楽しかった」
フーボのぎょろり目玉がキラリと光った。
「サヨ、ナラ」
フーボはくるりと背を向けた。
急にフーボの姿がぼやけてきた。腕で目をぐいっとぬぐう。森を駆け上がっていくフーボの姿が見えた。