おはようございます、お嬢様 ~悪役令嬢の転生専属メイドは、裏切り者を許さない~
私が旦那様と奥様に拾われたのは、はるか昔……私が6歳の時であり、お嬢様が生まれる、7年前のことであった。孤児である私がゼラニウム公爵家に拾われたのは、旦那様のほんの気まぐれ。それでも、死にかけていた私を救ってくれたことは、数年経った今でも感謝している。
さて、突然だが、私には前世の記憶がある。
私がゼラニウム家のメイドとして働かせていただいてから7年後。
旦那様と奥様のに、一人の可愛らしい女の子が誕生した。
……それが、お嬢様であった。
お嬢様につけられたお名前は、アリウム。アリウムというお名前とお嬢様のお顔を、私は知らないはずなのに知っている気がして、それは忘れてはいけない何かな気がして、私はそれが何なのか必死に思い出そうと記憶を呼び起こした。すると、私は一つの単語を思い出した。
――悪役令嬢
聞きなれない単語。それでも私は、悪役令嬢という言葉を知っている気がして、必死に記憶をたどり、私は芋づる式に、乙女ゲーム、日本という言葉を思い出し、ついには、全てとはいかないが、私は前世の記憶を思い出したのだ。
私の前世は、日本という国で、私はどこにでもいる普通のOLをやっていた。
私は大のゲーム好きで、色々なジャンルのゲームをやっており、そんなゲームの中でも特に「恋する騎士と7人の騎士」通称「恋騎士」は、学園物の乙女ゲームであり、私が前世で一番はまったゲームであった。
そして、お嬢様――アリウム・ゼラニウムは、恋騎士の攻略対象の一人、「ダチュラ・ロベリア」の婚約者であり、ヒロインの恋路を邪魔する、いわば悪役令嬢。そんなアリウムは、ゲームの終盤でヒロインにしてきた数々の嫌がらせがばれてしまい、色々な人々に裏切られながら、破滅の運命をたどる。
そんな運命を背負うアリウムだが、私は恋騎士プレイ中はあまり悪役令嬢である彼女を好きにはなれなかった。故に、主人が悪役令嬢だなんて嫌なので、逃げちまおうかと考えたこともあった。しかし、実際にお嬢様の愛らしいお姿を見てみると、あぁ、お嬢様も一人の人間なんだと思い、私はこんな可愛らしいお嬢様をお守りしたいと強く思うようになった。……というのは、少々勝手が過ぎる気もするが。
何はともあれ、私はゼラニウム家のメイドとして、お嬢様を守らなければいけない。しかし、公爵家であるゼラニウム家には、メイドや執事などの使用人はたくさんいるので、孤児である私はお嬢様とかかわることはあまりない。故に、私はお嬢様のことを陰ながらお守りしようと、そう思っていたのだが……
「私が……お嬢様の専属メイドですか……?」
お嬢様が5歳の誕生日を迎えてしばらくたった後、私は旦那様に、お嬢様の専属メイドとなることを命令された。
「あぁ、そうだ。君には我々以上に魔力がある。そんな君がアリウムの近くにいれば、私もアリウムも安心だ」
この世界には、魔法が普通に存在している。そして、魔力は魔法を出すのに必要な力であり、魔力が高いければ高いほど、高威力な魔法が出せるのだ。
そしてこの国は、魔力があればあるほど出世しやすいと言われており、実際、旦那様含め、この国の上級貴族は皆、魔法のエキスパートである。そんな世界で、私は転生者ゆえか、チート級の魔力がある。そのため、私をお嬢様の近くに置けば、お嬢様にもしものことがあったら瞬時に守れると判断したのだろう。
「しかし……孤児である私がお嬢様の近くに侍るだなんて……不満の声も上がるのでは?」
「なにを言っているんだ。君は10年ものの間、このゼラニウム家に仕えてくれていたのだ。その間、君は他のメイドが嫌がる仕事でも、率先してやってくれていた……そんな君が我が愛娘、アリウムの専属メイドになることに、不満の声なんて上げさせないよ」
そう言ってニッコリと微笑む旦那様。正直、大好きなお嬢様の専属メイドになれるだなんて断る理由もないため、私は喜んで引き受けることにした。
―――――
「――失礼します、お嬢様」
私はその後、旦那様にお嬢様に挨拶するよう言われ、私はお嬢様のお部屋へと来た。
「……あなたは、だれ?」
5歳であるはずのお嬢様はひどく大人びている。
「今日からお嬢様の専属メイドを務めさせていただくことになりました。今日からよろしくお願いします」
私がそう挨拶すると、お嬢様は、「そう……それで、あなたの名前は?」と聞いてきたため、私は少々悩みながら口を開く。
「孤児である私に、名前などございません……他のメイドからはアイビー、と呼ばれていましたが……」
「そう……それじゃあ、あなたは今日から正式にアイビー。よろしく」
「……!!あ、ありがとうございます……!!」
元から呼ばれていた名前とはいえ、お嬢様からお名前をいただいてしまった!!
「それではお嬢様、私にできることでしたら、何なりとお申し付けくださ……」
「――ない。だから、出て行って」
きっぱりと私を拒絶する言葉。その言葉に、私はどうしたものかと思考する。
お嬢様がこういう方なのはわかっていた。ゲームでもお嬢様は他人を拒絶し、いつも一人でいたからだ。そして……お嬢様は何かにひどく怯えている。それが何なのか、私は知りたい。
「しかし、私はお嬢様の専属メイドです。誰よりもお嬢様のお近くにいるのが、私の仕事です」
私がきっぱりとお嬢様のご命令を断ると、お嬢様は「はぁ……」と、重たいため息をつきながら、私を品定めするかのように、私をじっと見つめ、しばらくそれを続けた後、口を開く。
「それじゃあ……あなたは、お母様をお呼びできるの?」
お嬢様のそんな質問に、私は言葉を詰まらせる。
お母様――奥様は、お嬢様が4歳の時に、お亡くなりになられた。奥様が一番信用していた奥様の専属メイドが裏切り、奥様の召し上がるものに毒を盛ったのが原因である。おそらく、お嬢様が人を拒絶するのはこのことが原因なのだろうが、これはあくまで私の憶測。お嬢様のことを、私は勝手に決めつけたくはない。だからこそ、私はお嬢様のことをもっと知りたいのだ。
「……できないのなら、早く出て行って……私は、お母様以外、いらない」
私は、いったんここはお嬢様の命に従うことにし、お嬢様の部屋を後にする。
それでも、私はあきらめない。私は必ず、お嬢様の心を開き、お嬢様のことを守らねばならないのだ。
―――――
「で、お嬢様の好物を知りたいと?」
「えぇ、そうです。貴方なら何か知っているでしょう、ストック」
私がお嬢様の部屋を後にした後、真っ先に向かった場所は、私と同じくゼラニウム家に仕えているストックの部屋。ちなみに彼は決して仕事をさぼっているわけではなく、単に今日が非番なだけである。
「まぁ、お嬢様の食事のご様子から、お嬢様の好みはある程度予想できるが……確証はないぞ?」
「えぇ、それでいいです。とにかく、今は少しでもお嬢様のことを知りたいのです。そのためには、お嬢様好みの食事を用意し、お嬢様との会話の糸口を見つけるとともに、お嬢様の胃袋を、がっちりつかまないと……!!」
「ま、そういうことならいいよ。教えるついでに、俺も手伝うよ」
「え、いいのですか……?」
「任せろ!!後輩の面倒を見るのも、先輩の仕事だからな!!」
「そんな大して変わらないでしょう……まぁ、ありがとうございます」
そんな会話をしながら、私たちは厨房へと向かった。
―――――
「多分、お嬢様は甘い者よりもしょっぱいものが好きだ」
「それはわかっています。でも、具体的な料理が私にはわからない」
「そうだな、例えば……食パンをカリっとするまでフライパンで焼いて、バターや塩で味付けした、わりかしシンプルな料理が好きな印象がある」
「シンプルな料理……ですか?」
「あぁ、そうだ。旦那様は豪華な料理を好んでいて、自身の娘であるお嬢様も豪華な料理が好きだと信じて疑わないが……実際は、お嬢様は豪華な料理はあまり好きじゃない」
「なるほど……それならば、お嬢様のお召しになさるものは、今後、全てシンプルな料理にした方がいいのでは……?」
「俺らがそうしようとしても、旦那様が止める。公爵令嬢である娘に、そんな平民まがいな料理を与えるな……ってな」
「ふぅ~ん……」
私はストックの話を聞きながら、ふと、ある一つの可能性にたどり着く。
「確か……奥様も、豪華なものではなく、質素なお料理を好まれていましたよね」
「あぁ、そうだ。お嬢様は旦那様似ではなく、奥様似だからなぁ。まぁ、それか……亡くなった奥様を忘れないように、わざと奥様の好んだものをまねているのかもしれないがな」
ストックはそこまで言い、昔を懐かしむかのように、悲しそうな顔でどこか遠くを見つめる。
「お嬢様は、奥様が亡くなってから、かなり変わったよ。もともと、大人びている方ではあったが、唯一の甘えられる人を失って、余計、年相応の少女からはかけ離れてしまったよ」
「それならば……私が、お嬢様が心許せる、ただ一人の人間になるまで」
「過去にもそう言って、お嬢様の専属メイドになった人間が山ほどいたよ……でも全員、一か月も経たずにみんな、お嬢様のメイドをやめていった。」
ストックはそう言い終えると、私の方をまっすぐ見つめ、言い聞かせるような口調で私に話す。
「思いつめるな、決して。きついと思ったら病む前にすぐにお嬢様の専属メイドをやめろ。そうしないと、これまでのメイドたちみたいに、お前は壊れちまうかも……」
「――私はどんなことがあっても、お嬢様の専属メイドを止めるつもりはありません……絶対に」
決意を胸に、私がそう言うと、ストックは呆れたようにため息をつきながら、
「頑固だよな、お前……まぁ、でも、頑張りな」と、応援してくれた。
お嬢様は、奥様がお亡くなりになられたことが堪えたのか、数日間寝込んでしまったことがある。しかし、お嬢様が寝込んでしまった期間に、旦那様は一度もお見舞いにはいらっしゃらなかった。仕事があるなどの言い訳を並べ、お嬢様は私たちメイドや執事に任せっぱなし。そんな旦那様は、奥様がお亡くなりになられた後すぐに、愛人を作られた。――お嬢様をほったらかして、だ。
「お嬢様は少なくとも、奥様の前では年相応に甘えられていた。そんなお嬢様を見て、私はこんな可愛らしいお嬢様を守りたいと、そう決心したのです。」
人は、ギャップに弱い。
ゲームや奥様がそばにいらっしゃらないときのお嬢様は人を拒絶し、大人びた印象を受けるが、奥様の前のあの無邪気な笑顔に、私は胸を射抜かれてしまった。
「どんなことがあっても、私はお嬢様の味方です。たとえ、世界がお嬢様の敵になっても、私だけはお嬢様の唯一の味方でありたい」
「ま、それは俺も同じ意見だ」
そして私は、お嬢様の裏切り者は絶対に許さない。それが例え、命の恩人だったとしても。
「旦那様は……お嬢様に関心をお持ちになられているのでしょうか?」
「さぁな。でも、お嬢様を愛娘と呼んでいるが、実際にはただの都合の良い戦略結婚の駒でしかないんじゃないか?……まぁ、こんなの、ただの憶測でしかないけど」
「ストック……それ、私が旦那様に密告したら、貴方の首が飛んでしまいますよ……?」
「大丈夫だろ。お前、そんなことする奴じゃないし」
けろっとしながらそう言うストックに、私は軽くため息をつきながら、彼から教わったお嬢様の好物(憶測である)の準備をする。
食パンに、バターに塩。これで本当にお嬢様が好まれる料理ができるかは怪しいが、行動しないよりはマシだろう。
そう思いながら、私は食パンを焼き始めたのだった。
―――――
「お嬢様、失礼します」
私は返事が返ってこないは分かっていながらも、お嬢様の部屋の前でそう一声断りを入れて、中に入る。
「……いったい、何の用……?」
先ほど追い返したばかりのメイドがやってきて、お嬢様は酷く迷惑そうな顔をするが、そんなことお構いなしに(いや、正確には大好きなお嬢様に嫌な顔をされ、それはもう傷ついてはいるが)、お嬢様のもとへずかずかと足早に向かう。
「いえ、お嬢様、朝から何も食べていないと思い、私が朝食をご用意させていただきました」
「……」
返事をしないお嬢様の目の前に、例の食パンを置いてみるが、お嬢様はピクリとも動かない。
「……ま」
「はい?」
お嬢様は絞り出すかのような小さな声で何かをつぶやいたが、残念ながら私の耳には届かず、私は少々申し訳ない気持ちになりながら、お嬢様に聞き返す。
「べつに、何でもない」
「え、」
どういうことですか?
私がそうお嬢様に聞こうとした瞬間、人形のように白いお嬢様の頬に、一筋の涙が伝う。
「ど、え、どうしたのですか!?」
私はお嬢様の涙に動揺し、酷く大きな声でお嬢様にそう聞くが、お嬢様は「うるさい……」としか答えてくれず、それが私の動揺に拍車をかける。
そんな状況がしばらく続いた後、お嬢様はようやく泣き止んでくれ、私にぽつりぽつりと涙の訳をを話してくださる。
「お母様の作ってくれた……あの料理に似ていた……」
「え、奥様が、お嬢様のためにお料理を……?」
私がそう問うと、お嬢様はこくりと頷いてくれる。
知らなかった、まさか奥様が料理をしていただなんて。
いや、毎回ではないがたまに、奥様と廊下ですれ違うと、バターのいい匂いがするなぁ、とか呑気に考えていたが、まさかお嬢様のために、奥様自ら料理をしていたとは。
まさかの新事実に、私は驚きで動けずにいた。
「あなたは、本当に、お母様を……呼んでくれた」
「いえ、実際には、たまたま奥様のお作りになられたものと、私が作ったものが似ていただけですが……」
「それでもいいの。たまたまでも、あなたは私のためにこれを作ってくれたのでしょう?私の我儘を、親身になって答えてくれたのは、あなただけ」
皆さん、お忘れではないだろうか?
お嬢様は、私が作った例の食パンを、一度も口にはしていない。その上で、たまたま奥様の料理と似ていた私(の料理)をべた褒めなのである。それは酷くうれしい事なのだが、同時に、もしも口にした時、奥様の料理と全く違う味付けで絶望されてしまうのが想像でき、酷く心配になる。
「ありがとう……アイビー」
少し、お行儀が悪いかしら、と小さく笑いながら、ベッドの上で、お嬢様は私が作った例の食パンを小さく切り分け、口に運ぶ。その光景は、まるで天使が食事しているかのように見え、私は思わず見とれる。
そして、例の食パンを口に入れた瞬間、お嬢様のお顔はパッと一輪の花が咲いたように輝き、次の瞬間、大粒の涙をぽろぽろと流す。
「お母様の……味だわ」
そうつぶやくお嬢様の言葉に、私は酷く安堵する。
そして、私は改めて実感した。本来のお嬢様は、表情をころころと変え、そして、とても弱い。そんなお嬢様を、私は守らなければならない。
ゲームでは、悪役令嬢であるお嬢様はサブキャラであり、ヒロインに嫌がらせをすることとざまぁイベント以外は出番がなく、お嬢様のほとんどの行動はナレーションで済まされてしまうため、掘り下げがあまりにも少ない。だからこそ、お嬢様が人間不信になる理由がわからず、あまり感情移入ができなかったのだが、お嬢様が人間不信となる理由を知り、愛らしいお姿を見た今、私の中でのお嬢様の立ち位置は、どんな人間でも超えられないだろう(もともと、どんなにヘイトを集めるキャラでも、暗い過去をポンッと一つお出しされたら、それだけで好きになっちゃうタイプ)。
しかし、よほどお腹がすいていたのか、私が一人考えている間に、お嬢様は黙々と例の食パンを食べ進め、あっという間に私が用意した例の食パンはなくなってしまった。
「美味しかった、ありがとう」
「いえ……私は、お嬢様の専属メイドですから」
そう言って私はにっこりと笑うが、私の笑みを見たとき、お嬢様の顔が一瞬ひきつるのを、私は見逃さなかった。
「どうしたのですか、お嬢様」
私が声のトーンを少し落としながらそう言うと、お嬢様はピクリと肩を揺らす。
「だって……その笑顔は、お父様にそっくりじゃない」
ぽつりとそうつぶやくお嬢様。
その一言に、私はお嬢様はお父様によく思われていないことを察しているように思えて、私は咄嗟に、お嬢様をギュッと抱きしめる。
「ア、アイビー……?」
慌てたようにそう言うお嬢様はとても儚げで、自身の腕に抱きとめておかなければ消えてしまいそうに感じ、私はさらに、お嬢様を抱きしめる腕に力を籠める。
「大丈夫ですよ、お嬢様……私も、私以外の使用人も、旦那様も。みんな、みーんな、お嬢様のことが大好きですから」
そうお嬢様に言い聞かせるようにそう言うと、お嬢様は「うん、知ってる」と言いながら、私の背中にか細い手を伸ばしてくる。
「でもね、だからこそ私は怖いの。……あなたたちがお母様のように、いつか私の前から消えてしまうのが」
お嬢様が自ら明かしてくれた、お嬢様が酷く怯えている理由。
「お嬢様も知っているでしょう、私が強いということが。大丈夫、私はそう簡単には、お嬢様の前からは消えませんよ」
私がそう言ってもお嬢様はいまいち信用できない様子で、「本当に?」と、再度不安げに尋ね、私は「はい、勿論です」と、頷きながらはっきりと断言する。
私のそんな言葉を聞き終えたお嬢様は、お腹がいっぱいだったのか泣き疲れたのかはわからないが、私に体を預け、安心しきった様子で眠りにつく。
「おやすみなさい、お嬢様」
私がそう小さな声で言うと、お嬢様は私の腕の中でふにゃりと笑う。
そんなお嬢様のことが世界一可愛いと、私は思わずにはいられなかった。
―――――
いまだお嬢様を腕の中に閉じ込めながら、私は一人、思考する。
とりあえず、お嬢様に信頼されるという目標は、達成できたといっても過言ではないだろう。
しかし、それだけでは、お嬢様の破滅の運命を変えることはできないだろう。
それに、ゲームではお嬢様の専属メイドのことは何一つ語られなかった。
これは単に描写されなかっただけかもしれないし、お嬢様を残して私が消えるわけにはいかないが、もしかしたら、私はゲーム開始時にはすでにいないのかもしれない。
そうなれば、お嬢様のことを、一体だれが守るのだ?
勿論、公爵令嬢であるお嬢様には、たくさんのメイドや護衛が付いてはいるが、前世の記憶を持っており、なおかつ恋騎士をプレイしたことがある人だなんていないと考えるのが妥当であろう。
ゲーム終盤。たくさんの人々から裏切りにあったお嬢様のおそばに残った人は、誰一人としていない。だからこそ、私がお嬢様の前からいなくなれば、お嬢様の破滅の運命を回避できる人は居なくなってしまう。
過保護かもしれない。考えすぎかもしれない。でも、最悪に備えておくべきだ。
「……とりあえずは、ゲーム開始時まで、お嬢様をお守りしなくては」
ゲーム開始時点でお嬢様が死んでしまったら元も子もない。
私は、この命に代えても、お嬢様の命を守る。
ふとそこまで考え、私は、とある一つの考えが頭に浮かぶ。
――私が死んだら、お嬢様は悲しんでくれるのだろうか
矛盾している。私は、お嬢様の無邪気に笑う顔が好きなのに、お嬢様には、いつも明るい気持ちでいてほしいのに。それなのに私は、悲しむお嬢様の顔を想像してしまう。
自己嫌悪に陥りそうになりながらも、私はお嬢様の天使のような安らかな顔を見て、気持ちを落ち着かせるのであった。
―――――
そうして私は、お嬢様の心を開かせることに成功した。
お嬢様は以前よりも明るく笑うことが増え、私以外のメイドや執事、護衛の者にも積極的に話しかけ、社交性を身に着けていった。
それは大変喜ばしい事であり、私は、お嬢様の成長を自分のことのように喜ぶ。そのたびに、お嬢様は「大げさよ」とため息をつきながら小さくつぶやくが、その数秒後には、ふふっと小さく笑う。
そして、お嬢様は専属メイドである私の次に親しい人を見つけた。
それが、ストックである。
お嬢様の専属メイドになったあの日、ストックが私にアドバイスをしてくれたことをお嬢様にお話したら、お嬢様はストックに興味を持ったらしく、それ以来、お嬢様と私とストックは、一緒にいることが増えていった。
「最近、お嬢様はとてもよく笑いますね」
ふと突然、ストックがお嬢様にそう声をかけると、お嬢様は「そうかしら?」と言いながら、またふふっと笑う。
穏やかな日差しがお嬢様に当たり、柔らかく笑うお嬢様は神々しく、私は思わず、目を細める。
「でもきっと。私が笑えるようになったのは、あなた達のおかげ。本当に感謝しているわ」
お嬢様は本当に5歳児なのかと疑うほど大人びているが、人を拒絶しなくなったからか、前ほど冷淡な印象は受けない。むしろ、私たち使用人一人一人に気を使い、優しく接してくれる。そして何より、天使のように可愛く、美しい。
「はぁ、マジ天使……」
私が思わずそんなことをつぶやいてしまい、ハッとなるが、お嬢様はたいして気にしていない様子で、「もう、急にどうしたの、アイビー」とクスクス笑いながら受け流す。
こんな穏やかな日が、ずっと続けばいい。いや、私が守ってみせる。
そんな決意を胸に、私はお嬢様のそばに、一秒でも長くいれることを願った。
きっとお嬢様がゲーム開始時に人間不信で、ヒロインに嫌がらせをしたのは、お嬢様の周りに、信じられ、頼りにできる人間がいなかったから。しかし、今はどうだろう?
お嬢様は、買い被りかもしれないが、私やストックのような、頼れる存在がおり、奥様が亡くなられたことで傷ついた心は、いまだ傷ついてはいるだろうが、いくらかはマシになっただろう。そんな今のお嬢様ならきっと、ゲームのようにヒロインに嫌がらせをすることなく、破滅の運命を回避できるのかもしれない。
私はそこまで考え、ふと、一つの考えが頭をめぐる。
私がお嬢様の破滅の運命を無理に回避しようとしなくても、私やストックなどの頼れる人間がいれば、自然とお嬢様の運命を変えれるのでは……?
そう考え、私はストックの方を見つめる。
「な、なんだよ……?」
少々困惑気味に私にそう問いかけてきたストックに、私は「いえ、別に……」と答える。
「絶対そんなことないよな!?なんか俺、やらかしちまったか!?」
「……」
「なんか答えてくれよ!?」
ふと視線を感じ、ストックから視線を外し、お嬢様の方を向くと、お嬢様が生暖かい目で私たちを見つめていた。
「お嬢様、どうなさいましたか?」
「いえ……二人とも、仲がいいんだなぁ、って」
「「そうでしょうか?」」
お嬢様は私たちのハモった声を聞き、一瞬笑いをこらえようとしていたが、もう無理と言わんばかりに吹き出す。
「本っ当、あなた達は、私をいつも笑わせてくれるわね」
目ににじんだ涙をぬぐいながら、いまだ若干笑いを含めながらそういうお嬢様を見て、私は苦笑いを浮かべたのであった。
―――――
それから6年後。
お嬢様が11歳、私が24歳の時、私は新米メイドである、ローリエの教育係となった。
ゼラニウム家に来てはや18年。私もかなり上澄みの方になり、お嬢様の専属メイドとともに、新米の教育係を任せられたことを嬉しく思う。
ちなみに、お嬢様は私以外のメイドに、自身の専属メイドを任せることはなかった。
そんなお嬢様を、私は不思議に思ったが、それだけ信用されているんだと思うと、私は世界一幸せ者なんだと思ってしまう。
ちなみに、6年経っても、お嬢様と私とストックの関係は変わらない。
「それでは、今日はお嬢様のお好みになる食事について説明します」
「はい!!」
現在、朝5時。お嬢様が目を覚ます前に、食事の準備を済ませなくてはならず、朝からメイドは忙しい。ただ、私はメイドの仕事を苦に思ったことはない。大好きなお嬢様のために働けるのであれば、本望だ。
「お嬢様は、質素なお料理の方が好まれますが、それでは旦那様に文句を言われてしまいます。なので、適度に旦那様に文句を言われないように、できるだけお嬢様好みに作ってください」
「……それ、結構難しいのでは?」
「なれれば楽なものですよ、この程度は」
そう言って、私は食材を取り出し、ローリエに指示を飛ばす。
「では、まずはこれを炒めて……次に、これを味付けする。この時、できるだけ薄味にして、食材本来の味を引き立たせる」
「えっと……これはどうすれば?」
「先ほど説明のと同じタイミングで炒めればよいです」
「あぁ、なるほど……」
そんなこんなで、お嬢様を起こす前になんとか料理を完成させ、私たちはお嬢様の部屋へと向かった。
―――――
ローリエの担当は私なので、必然とお嬢様の近くにいることとなる。なるのだが……
「きゃっ……!!」
ローリエは、かなりドジである。
何もないところでよく転ぶ。洗濯物を運ぶと、必ずと言っていいほど転び、洗濯物をまき散らす。手は不器用で、針仕事にも向いておらず、皿も、ゼラニウム家に来てから何度、割ったことか……
それでも、お嬢様は「誰にだって、始めはできないことが沢山ある。少しずつ、できるようになっていこう」と、怒りなんて微塵もない様子で励ます。
何故、ローリエが公爵家であるゼラニウム家に仕えることができたのか不思議で仕方がないが、私はお嬢様やメイド長の命令通り、ローリエにできる限り優しく、メイドの仕事を教える。
「――それでは、今日はこの辺で終わりにしましょうか?」
「はい!今日も一日、ありがとうございました!……ところで、アイビー様。一つ確認したいことがあるのですが……」
「はい?どうしたのですか?」
「アイビー様は……明日、非番と聞いたのですが、本当ですか?」
「?えぇ、そうよ。ただ、必要最低限のお嬢様のお世話はするつもりだけれど……」
いつもはきはきとしゃべるローリエが、今日はやけに歯切れ悪くそんなことを聞いてくるため、私は不思議に思いながらそう答える。
「そ、それなら!!明日の朝食は、私に任せていただけないでしょうか!!」
やけに焦ったようにそう言うローリエの様子に、私は胸騒ぎを覚えながら、「えぇ、いいわよ」と答える。……もちろん、お嬢様が口にするものを新米一人に任せるわけにはいかないし、陰から見守るつもりだけれども。
私の心の中で付け加えた言葉には気づくはずもなく、ローリエはやったと、不自然にはしゃいでいた。
――やはり、怪しい
私は不審に思いながらも、表面上はにこやかな笑みを浮かべながら、彼女を見つめるのであった。
―――――
翌朝、厨房前にて。
私は、目に魔力を込め、透視能力を発動させた。
魔力が高いほど、魔法で大抵のことができるようになるため、私の規格外能力は、普段あまり使うことはないが、案外便利である。
そんなことを考えていると、ローリエはお嬢様の朝食を完成させる。
――このまま、何も起こらなければいい。
私のそんな願いを打ち砕くかの如く、ローリエはメイド服のポケットから、毒薬のようなものを取り出し、スープに毒薬のようなものを入れようとした。
「――待ちなさい!!」
「!?」
私は、いてもたってもいられなくなり、厨房のドアを勢いよく開け、ドアの近くにいたローリエの手首をつかみ、持っていた毒薬(推定)を取り上げる。
彼女が手に持っていたものは、カンタレラ――毒薬であった。
「どうしてお嬢様の召し上がるものにに、こんなものを盛ろうとした?」
私は、いつもよりも声のトーンを落として、ローリエにそう問うが、ローリエは顔を真っ青にしながらも、口は決して開こうとしない。
「そうだよな……旦那様が怖いのだろうな、お前は」
「どう、して……あなたが、それを……!!」
「私たちが旦那様が企んでいることに、気が付いていないとでも?」
私がそう言いながら、ローリエを睨みつけると、ローリエはひゅっと喉を鳴らす。
「貴様は旦那様の愛人なのだろう?旦那様と貴様は共に暮らしたいと欲深く願っていた。しかし、貴様のもとで旦那様が暮らすとしても、貴様が旦那様のもとで暮らすとしても、お嬢様は邪魔でしかない……お前らは、それならばいっそ、お嬢様を殺そうとした……貴様が新米メイドとしてお嬢様に近づいて、な」
「……」
「そして、お嬢様の暗殺は、貴様らだけではなく、メイド長もかかわっている……違うか?」
「……」
私がどんなに質問しても答えないローリエに、さすがにしびれを切らし、私は、ローリエの手首をつかむ手の力を強める。すると、ローリエは簡単に音を上げ、「はい、アイビー様の言う通りです」と白状する。
「だから、お願い……許して……!!」
「なにが、だからなのかしら?」
私はそう言いながらにっこりと笑う。すると、ローリエはさらに怖がってしまい、どんどん顔が真っ青になっていく。
「許して、許してください……!!」
いまだ、私に意味のない命乞いをするローリエに呆れ、ため息をつきながら、私は極めて冷酷に彼女に言い放つ。
「なにを言っているんだ?貴様は、お嬢様のことを、有無を言わさずに殺そうとしたじゃないか。そんな貴様が許しを請うとは……都合がよすぎるのではないか?」
そう言って、私はいまだに許しを請い続ける彼女の口に、彼女がお嬢様のお召しに上がるものに盛ろうとした毒を入れる。そして、吐き出さないように、彼女の口を塞ぐと、くぐもった醜い声がしばらく私の耳に届いたが、そんな最後の抵抗の声もどんどん小さくなっていき、やがて……彼女の醜い声は聞こえなくなり、体の熱も、消えていた。
―――――
「――おはようございます、お嬢様」
「……おはよう、アイビー……あれ?ローリエは?」
私がいつものように、お嬢様にそう声をかけ起こすと、お嬢様は眠たそうに眼をこすりながら、昨日までいたはずのメイドの名を出す。
「……残念ながらローリエは、昨日の夜、不幸にも階段を踏み外し、体の骨を折ってしまいました」
「えぇ!!それって、大丈夫なの!?」
「はい。不幸中の幸いと言うべきか、命に別状はございませんでした。しかし、今後のメイド活動は難しいらしく、昨日付でゼラニウム家のメイドを辞めてしまいました」
「……そう、それは残念ね……それでも、命は助かったのならよかったわ。……ねぇ、アイビー。また、ローリエと会える時が来るかしら……?」
「えぇ……生きていれば、必ず」
―――――
その後も、私は秘密裏にお嬢様を傷つけようとする輩を排除した。
お嬢様の暗殺に協力していた例のメイド長は、よりにもよって、お嬢様のお美しい顔に、一生消えない(本人曰く)素敵な傷をつくろうとしたため、お嬢様の専属メイドである私が直々に、メイド長である彼女の醜い顔に、お嫁にいけないレベルの傷をつくった(この世界では、結婚できない女性など無価値に等しく、メイド長には社会的に死んでいただいた)。
まぁ、さすがに、お嬢様の親である旦那様にはひどい仕打ちはしていないが、「お嬢様に危害を加えたらどうなるか分かっていますよね?」とくぎを刺したため、しばらくは安心だろう。
お嬢様は、このことを知らなくていい。
元々、公爵家であるゼラニウム家の使用人の仕事は多く、新しく入る人も多いが、その分、仕事のきつさに耐えきれず、やめる人も多い。なので今のところ、お嬢様には私がしていることはばれていない(はず)。
そして、お嬢様の暗殺騒ぎ(まぁ、正確には、お嬢様を暗殺しようとしていた輩が、勝手に騒いでいただけだが)から4年が経過し、お嬢様が15歳、私が28歳(私も随分歳を重ねた)の時、お嬢様は、王都の学園へと入学された。……そして、これまでの出来事はゲーム開始前のことだが、ここからは、ゲーム中のことである。
ちなみに、恋騎士の世界では、お嬢様はダチュラとかいう攻略対象の一人と婚約するのだが、お嬢様と婚約する前に、私が旦那様を脅し……コホン、説得して、お嬢様とダチュラの婚約は回避できた。
「おい、なんで俺まで巻き込まれてるんだよ……」
私が恋騎士のことについて考えていると、横からストックがそう声をかけてくる。
私たちは現在、お嬢様が通う学園の中庭に侵入していた。
「いいじゃない、貴方だってお嬢様が心配でしょう?それに、私たちはこの学園に通われているお嬢様の関係者……不法侵入ではないはずよ!!」
「いや、バリバリ不法侵入だぞ」
そうツッコみを入れながら、結局は私に付き合ってくれるストックは、本当に優しいし、お嬢様のことが心配なんだと思うの。
「――それよりも、お嬢様の後ろに座っている少女。あいつが聖女か?」
「えぇ、おそらく」
というか、絶対。
聖女とは、恋騎士のヒロインである「カルミア・ストレリチア」のことである。
彼女はかつて、この国を救ったと言われる大聖女・マガレア様の像の前を通ると、どこからともなくマガレア様の像が輝きだしたことにより、聖女とあがめられ(それだけで?と、いつも疑問に思う)、平民でありながら貴族しか通うことが許されない王都の学園へ、特待生として入学することを許された、いわば奇跡の子。
そんな彼女が学園でいろいろな人と出会い、7人いる攻略対象の誰かと恋をし(逆ハエンドを除く)、三年間の学園生活を送るのが、恋騎士の大まかなストーリーである。
「それにしても、さすが聖女と言うべきか、彼女の周りには、大勢の人が集まっているな」
「……えぇ、そうね。でも、何故みんなお嬢様の近くに集まらないのでしょうか?」
「さぁ?聖女なんかよりもよっぽお嬢様の方が魅力的に見えるけどな、俺は」
どこまでもお嬢様バカな私たちであるが、お嬢様のあの笑顔を見たら、誰だってお嬢様にメロメロになると思う(体験談)。
「お、もう休憩時間か……いったんどっかに隠れるか?」
「いえ、なんだかこれから、お嬢様の危機がありそうな気がするので、もう少しだけ様子見」
「……どうなっても知らねぇぞ」
そう言いながら、私に付き合ってくれるストック。
それに引き換え、私は少しだけソワソワする。
なんといっても、今日はお嬢様(と、そのほかの人たち)が、王都の学園に入学して10日目。ゲームでは、この日の休憩時間に悪役令嬢イベントがある。
階段を下りて、次の教室に向かおうとしたヒロインが、悪役令嬢に突き落とされるイベントだ。まぁでも、あまり心配はいらないと思う。だって、お嬢様は悪役令嬢ではなく、天使だもの!
だがしかし、万が一と言うこともある。世間では、お嬢様は戦略結婚であるダチュラとの婚約を、自身の我儘で断った、非常識な奴、と言われている(当の本人は、そんなこと知りもしないが)。
故に、事故でヒロインであるカルミアが階段から落ちてしまったとき、お嬢様がその近くにいれば、聖女を階段から突き落としたと、あらぬ疑いをかけられるかもしれない。
色々と頭の中で考えていると、お嬢様とカルミアが何か会話をし、一緒に教室から出るのが確認できた。
表情を見るに、お互い、穏やかそうな表情であるが、世の中、何が起こるかわからない。
そう私が考えると、二人は階段を降り始める。すると……
「っ!?」
カルミアは、自ら階段から落ちていった。まるで、傍から見ればお嬢様が突き落とした風に見えるように、だ。
私が魔法で時を止めようとした瞬間、お嬢様がカルミアが落ちそうになっていることを瞬時に理解し、カルミアの手首をつかみ、彼女の落下を防いだ。
(大丈夫ですか?)
(え、えぇ……)
(気を付けないと危ないですよ。私のメイドにもかつて、階段から足を踏み外して怪我をしたものがいたのですが、彼女はメイドの仕事ができないほどの大けがを負ってしまったのですよ)
魔法でお嬢様付近の空気の振動を読み取り、私の近くで、同じような空気の振動を発生させる。
この魔法を使用し始めたころは、罪悪感はあったが、今ではお嬢様の様子を知るために、結構頻繁に使用している。
「あの聖女、自ら階段から落ちようとしている風に見えたのは俺だけか?」
「安心してください、ストック。私も同じように見えました」
私たちの中で、カルミアへの不信感を募らせる。
そんな私たちをよそに、本気でカルミアが事故で落ちそうになってしまったと本気で信じているお嬢様に、私は危機感がないと思いながらも、心の奥底ではお嬢様らしいと安堵してしまう自分がおり、それはきっと、ストックも同じなのであろう。
「やはり、私の危機察知能力は間違っていなかった!」
「おうおう、そうだな」
「適当!!」
「――誰だ!?」
私たちがそんな会話をしていると、学園の警備員らしき人に見つかってしまった。
「まずい、逃げるぞ!!」
「あ、ちょ!!」
お嬢様のことで後ろ髪を引かれる思いだったが、ストックに手首をつかまれ、私たちはゼラニウム家の屋敷へと逃げ帰ったのだった。……というか、お嬢様を貶めようとしたカルミアのあの行動。まさか彼女も転生者……?いや、まさかね……。
―――――
「舞踏会ですか?」
「えぇ、そうよ」
お嬢様が学園主催の舞踏会の話をしたのは、学園に入学してから一年が経とうとしていた時だった。
「進級祝いに毎年開かれているらしくて、ぜひともあなたに参加してほしいの!」
「えっと……お嬢様の専属メイドとして、舞踏会には付いて行くつもりでしたが……」
「あ、そっか……でも、どうせならアイビーもたまには着飾れば……」
「――その舞踏会はあくまでも生徒が主役。使用人である私が着飾るなんて、ありえません」
私がお嬢様に言い聞かせるようにそう言うと、お嬢様は「えぇ、つまらない」と文句を言うが、納得しているご様子。
「とにかく、当日は私を含め、ゼラニウム家のメイドたちが腕によりをかけて、お嬢様をお綺麗にして見せるので、楽しみにしていてくださいね?」
「――わかった。楽しみにしているわ」
それにしても、舞踏会……か。
二年後の舞踏会では、お嬢様はカルミアにしてきた数々の悪事をばらされ、断罪されてしまう。でも、このままいけばきっと、お嬢様が破滅することなんてありえないはず。
自身が安心できるよう、私は一人そう考え、軽い深呼吸をする。
そして、私は軽く頬を叩き、気合を入れて、まっすぐに前を見つめる。
私の瞳には、確かな希望が見えていた……気がする。
―――――
「つきましたよ、お嬢様」
「えぇ、ありがとう」
そして、舞踏会当日。
馬車が目的の場所についたため、私はお嬢様にそう声をかけ、馬車のドアを開けると、お嬢様はにっこりと私に笑いかけながら、ゆっくりと馬車から降りる。
その様子は可憐で、見るものすべての視線を奪う(個人の感想です)。
「それでは、お嬢様。エスコートはこの俺が……って、冗談だから!!そんな顔でこっちを睨むな、アイビー!!」
私と同じく、護衛としてお嬢様についてきたストック(ストックは執事だが、お嬢様を守れる程度には強い)がお嬢様にそんなことを言うので、私は軽く睨みつけたつもりだったが、すごい形相になってしまっていたらしい。
「とにかく、早速向かいましょうか、二人とも」
笑いながらそういうお嬢様の言葉に、私たちは声をそろえて「「はい!!」」と返事をしたのであった。
―――――
「お嬢様、足元にお気を付けください」
「えぇ、分かっているわ」
私は普段と何ら変わらないメイド服だが、お嬢様はいつもよりも少し派手なドレスに、多くの装飾品。いつもお綺麗だが、今日は一段と綺麗なお嬢様が、少しの段差でもこけてしまう気がして、私はいちいち過保護に声をかけてしまうが、お嬢様は私の言葉を笑って受け止める。
それにしても、さすがお嬢様と言うべきか、会場にいる皆さんからの視線を集めている。
「おい、アイビー。お前、すげー見られてるけど……」
「は?皆さんが見ているのは、麗しいお嬢様のことでしょ?」
「いや、まぁそれもあるんだろうが……ほら、お前には、物騒な噂があるじゃないか」
「物騒な噂?」
ストックの言う物騒な噂について、私は全く心当たりがない。
私が眉をひそめながら、ストックの言葉の真意をはかりかねていると……
「アイビー、ストック!!ちょっとこっちに来てみてよ!!すごいわ、見たことのないお料理ばかりよ!!!」
お嬢様のはしゃいだ声が少し遠くから聞こえ、私たちは、「今そちらに向かいます!」と言いながら、足早にお嬢様のもとへと向かった。
―――――
「はぁ、美味しかった!」
「お嬢様、はしゃぐ気持ちもよくわかりますが、もう少し落ち着きをもって……」
「あ、あっちも美味しそう!」
「お嬢様……!!」
お嬢様とストックの様子を横目で見ながら、私は、カルミアとダチュラを探す。
この一年間、幾度もなく学園に忍び込んだのだが(簡単に侵入できる学園が悪いのであって、私は悪くない)、カルミアは攻略対象の中でも特にダチュラと親しい様子だった。おそらく、今回の舞踏会は、カルミアとダチュラは一緒に行動しているだろう。
そんな私の考察は正しかったようで、カルミアとダチュラが、仲よさそうに二人で会場に入ってくるのが確認できた。一年目の舞踏会では、特に悪役令嬢イベントは起きないはずだが、警戒していて損はないだろう。
「おい、アイビー!!アイビーからもお嬢様になんかいってくれよ!!」
「え?あ、うん」
私がカルミアとダチュラのことについて考えていると、急にストックが話しかけてきて、私はストックの方を見ながら、あいまいな返事をする。
「ほら、ストック。アイビーは私の味方。それに、今日ぐらい少しはしゃいだっていいじゃない」
「少しならいいですよ、少しなら。今のお嬢様、傍から見たら公爵家のご令嬢には見えないほどはしゃいでいますよ?」
「しょうがないじゃない、美味しそうなんだから。ねぇ、アイビー」
「えぇ、そうですね」
お嬢様と会話をしていると、鋭い視線を感じ、私はほぼ反射的に、先ほど、カルミアの姿を確認した場所に視線を移す。するとそこには、お嬢様を鬼の形相で睨みつけているカルミアがいた。無礼にもお嬢様を睨みつけるカルミアに、ストックも気が付いたのか、警戒態勢に入る。
すると、タイミングよくカルミアがこちらに近づいてきて、私たちは反射的に、お嬢様をお守りするため、お嬢様の前に出る。
「アイビー?ストック?」
困惑した声を上げるお嬢様だが、私たちはかまわず、こちらに近づいてくるカルミアから視線を外さない。
「一体、聖女様が我々に何の用だ?先ほどまで、ロベリア公爵家のご子息と一緒だったようだが?」
カルミアを睨みつけながらそう言うストック。私は、カルミアがダチュラと二人で会場に入ったことを知っていたのか、とストックの観察眼に軽く驚きつつ。私もカルミアを威圧するように睨みつける。
「そりゃあ、勿論。ダチュラ様はご友人も多く、挨拶のために一度、私のもとから離れたの。あら、あなたたちの大好きなアリウム様は、挨拶をするほどのご友人もいないのかしら?」
挑発するように笑いながらそう言うカルミアに、私たちは殺気を高める。
「貴様、お嬢様になんて失礼なことを……!!」
「――やめなさい!!」
ストックがカルミアに掴みかかろうとした瞬間、お嬢様が大きな声を出して制止させる。
「しかし……!」
「私に友人がいないことは事実。カルミアさんは、何も間違っていることは言っていないわ」
そう言って、切なげに微笑むお嬢様を見て、私は心を痛める。
「あら、このままアリウム様が制止しなければよかったのに」
「……どういうことだ?」
「やだ、ほんの冗談ですわ」
「――カルミア?」
私たちの間でバチバチと火花が飛び始めた瞬間、どこからともなくカルミアを呼ぶ声が聞こえた。
「ダチュラ様……!!」
先ほど、私たちと会話をしていた時の、どすの利いた声はどこへ行ったのか、耳障りな甲高い声で、カルミアはダチュラの名を呼ぶ。
「どうしたんだ?」
「実は私、日ごろから仲良くしてくださっているアリウム様にご挨拶をと思って声をかけたのですが、アリウム様が急に、私に訳が分からないことを言い出して……」
「は?」
私が思わずガラの悪い声を上げてしまうと、お嬢様は私の方を向いて、駄目よ、と言うかのように首を横に振る。
「平民であるのにかかわらず、高貴な私やダチュラ様と同じ学園に通うなど、生意気……と言われてしまい」
自分に都合のいい嘘を並べるカルミアに、私は反吐が出そうになるが、必死に耐える。
そして、周りの学園の生徒が何事かと、好奇の目でこちらを見てくるため、少々居心地が悪い。
「それは本当か?」
どうせ否定しても信じないくせに、お嬢様や私たちに確認をとるダチュラに、私は思わず悪態をついてしまいそうになるが、お嬢様に迷惑をかけたくない一心で、必死に押さえつける。
「そんなこと、一切言ってませんわ。何かの間違いでは……」
「――じゃああなたは、私が嘘をついていると言いたいのですか!?」
「い、いえ、決してそんなことでは……」
馬鹿馬鹿しい。お嬢様の言葉一つ一つにいちいち反応し、過剰になる。こいつは一体、どこまで幼稚なんだ。
「はぁ……貴様は私との婚約を断った時から我儘で幼稚な令嬢だと思っていたが……まさかここまでとは」
「ふえ?婚約?私と貴方が……?」
あ、まずい。お嬢様とダチュラとの婚約は、お嬢様にお話しする前に旦那様を脅し……違う、説得して断ったから、お嬢様は婚約の件については知らない。お嬢様に、ダチュラとの婚約の話が来ていたと知られては、お嬢様にどういうことかと詰め寄られるのは目に見えている……!!
「お、お嬢様。きっと、ダチュラはお嬢様を貶めるために、嘘の情報を言っているのですよ」
「え?でも……」
「きっとそうですよ!!ね?」
「え、えぇ……」
納得がいかない様子で首をかしげるお嬢様(ものすごく可愛い)。
しかし、結局は引き下がってしまうところが、心配になってしまうが庇護欲をそそられるので、これはこれで良い。
「ゴホン……とにかく、貴様はカルミアに嫌がらせをした……違うか?」
ちげぇよ、なんだこいつ、まったく人の話聞かないじゃん。
「……」
お嬢様も何を言っても無駄だって悟って、何にも言わなくなっちゃったじゃん。
「はぁ、何か言ったらどうだ」
何か言ったて、どうせ信じないくせに、よくそんなことを言えたものだ。
「貴様……どれだけ俺を困らせれば……」
「――さっきから黙って聞いていれば好き放題言いやがって……!!」
さすがに我慢の限界に達した私は(逆にここまで耐え抜いたのをほめてほしい)、反撃を開始することにした。
「どれだけ困らせてるとか、戯言もいい加減にしろ!!どうせこっちが何言っても信じないくせに、困らせてるのはそっちだって気づかないかな!?自分や周りに都合のいい事だけ信じて、それ以外は信じないとか……あなたの頭はさぞ単純な構造なのでしょうね、お嬢様と違って……!!」
一息でそこまで言うと、まさか私に反論されると思っていなかったのか、ダチュラやカルミアは目を見開いている。だが、それも一瞬のうちで、すぐにダチュラは鬼の形相となり、私に掴みかかってこようとする……が。
「な、動かない……!!」
「汚らわしいあなたを、お嬢様に近づけるわけないでしょう?」
「な、なんで私まで……!?」
私は自身の魔力を、ダチュラと、ついでにムカついたカルミアにまとわりつかせ、動きを止める。
二人は必死に、私の拘束から逃れようとするが、そんなの無意味である。
「その拘束は、使用者よりも強い魔力がないと、解けませんよ」
そう言いながら、私は拳を強く握ると、まとわりついた魔力がダチュラたちを締め付け、かつて私が教育していた新米メイド・ローリエのような醜い唸り声をあげる。
「ねぇ、あなた達、苦しい?」
私がそう問いかけると、二人して「苦しいから早くこの魔力を解け!」と上から目線で言ってくるため、私はさらに拳を強く握りしめ、二人の拘束をさらに強める。
「お嬢様はあなた達の心無い言葉で、今のあなた達が受けている苦しみよりも、ずっと、ずーっと深い苦しみを受けていたの。それを、あなた達は分かっているの?」
「そんなの知らないわよ!!そんなこと、私たちには関係ない!!」
「そうだ、それに、公爵家の子息である私に、こんなことしていいと思っているのか!!」
まったく反省していない様子の二人を見て、私はさらに苦しめようとするが……
「やめなさい、アイビー」
私を咎めるお嬢様の声。私は専属メイドとして、お嬢様の命令に逆らうわけにもいかず、二人の拘束を解く。
「おのれ、貴様ら……!!」
床にへたり込みながらそう言うダチュラを鼻で笑いながら睨みつけると、先ほどの出来事を思い出し、恐れをなしたのか静かになる。
「行きましょ、アイビー、ストック」
「……いいのですか、お嬢様?」
ストックがそう聞くと、お嬢様はダチュラたちから視線を外し、私たちの方を見て、こくりと頷く。
「えぇ。どうせ、こんな人たちと話していても、分かり合えないでしょうから」
そう言って、堂々と入り口を目指すお嬢様の姿は、普段の可憐な様子とは打って変わって、とっても頼もしいと感じる。
一応、ダチュラとカルミアにくぎを刺そうとしたが、その役目は、先にストックがやっていたため、私は大人しく、お嬢様の背中を追う。
「ありがとう、アイビー、ストック。私のために、怒ってくれて」
会場から出て、待っているはずの馬車へ向かいながら、お嬢様は私たちにそう声をかけてくる。
「いえ、そんな……俺はお嬢様が貶されているのが許せなかったまでです」
「そうですよ……というか、私、自分よりもずっと年下にガチギレして、ちょっと痛い目を見ていただきましたけど……正当防衛ですよね?」
私がちょっと不安になりながらお嬢様にそう聞くと、お嬢様は「えぇ、勿論よ」と笑いながらそう言ってくれる。
「まぁ、でも……後日、いろいろ言われるでしょうねぇ……面倒なことになったら、どこかへ逃げようかしら?」
「私たちはお嬢様にどこへでも付いて行きますよ」
「私たち……?我儘な私についてきてくれるもの好きなんて、ほとんどいないでしょう?」
「いえ、お嬢様がゼラニウム家の屋敷から出れば、ほとんどの使用人がお嬢様についていくと思いますよ?」
「まさか!」
ストックの言葉を完全に冗談だと思っている様子のお嬢様を見て、私は本当なんだよなぁと思いながら帰路につくのだった。
―――――
その後、案の定ロベリア家から文句を言われたらしく(文句を言われる筋合いはないが)、お嬢様と私とストックは、旦那様の部屋へと呼び出された。
「アリウム、そしてアイビーにストック。今回の件で貴族の子息や令嬢に迷惑をかけた自覚はあるか?」
「いえ、ありません。迷惑をかけたのは、ダチュラ……様や聖女様の方でしょう?」
「あぁ、アイビーの言う通りです。自分らの主人が言いたい放題言われて、黙っているほうがおかしいでしょう?」
「ちょっ……!アイビー、ストック!」
私とストックが自分の思っていたことを素直に口にすると、お嬢様は焦った声を出す。
「なら……今回の件は、あくまで相手が悪いのであって、自分たちは悪くないと?」
「えぇ、そうです」
「あぁ。少なくとも俺ら二人はそう思っている」
私たち二人が当たり前のようにそう答えると、旦那様はお嬢様の方を向き、「アリウムはどうなんだ?」と問いかける。
「わ、私は……」
少しだけ悩むそぶりを見せたものの、お嬢様はまっすぐに旦那様を見て、言い放つ。
「少なくとも、私たちだけが悪いとは思えません。私たちが悪いというのであれば、ダチュラ様やカルミアさんも悪いと思います」
お嬢様の言葉を聞き終えると、旦那様はふぅ、とため息をつく。
「お前たちの気持ちはよくわかった……アリウム・ゼラニウム。お前は今回の件で沢山の人に迷惑をかけたのにもかかわらず、反省の色を見せない……そんな非常識な令嬢を、格式高いゼラニウム公爵家の令嬢であることはふさわしくない!!よって、お前をゼラニウム家から追放する!!」
「は」
はぁ~~!?
バカだろ、こいつ。
いや、母親を亡くした我が子を放っておいて愛人を作り、自分の娘が邪魔になったからって愛人に暗殺させるような奴を賢いだなんて思ってはなかったが、まさかここまで酷いとは。
気色悪い。しかも、こんなあたおかな発言をどや顔で言っているのが、より気持ち悪さに拍車をかけている。
「わかったのならば、アリウムは荷物をまとめ、この屋敷から出ていけ。そしてアイビーはこの屋敷にいる使用人全員に、アリウムを屋敷から追放することを伝え……」
「――なぜ、私が貴方に指図されなければいけないのですか?」
旦那様は勘違いしている。自分がこの屋敷の中では絶対で、自身の命令には全員従う、と。
「私は、お嬢様の専属メイドであって、旦那様の都合のいい駒ではありません」
私がそうきっぱりと言うと、旦那様は顔を真っ赤にさせながら、ストックに私と同じ命令をする。
「……わかりました」
旦那様の命令に、ストックは言葉少なげに返事をし、足早に旦那様の部屋から去った。
「これで邪魔者は居なくなる……!!」
邪魔者と言うのが、私のことかお嬢様のことかはわからない。でも、この人はかつて、気まぐれだったとしても私を救ってくれたんだと思うと、なんだか無性に悲しくなる。
何がこの人を変えたのかはわからない。それでも、この人がお嬢様の近くにいても、いい影響は絶対に与えない。そう思うと、かつて私を救ってくれたという情は、急速に溶けていったのだった。
―――――
「――お嬢様!!」
旦那様の部屋を後にし、お嬢様の部屋へと向かう途中、メイドの一人に声をかけられた。
「お嬢様がゼラニウム家から追放されると聞いて……!!本当なのですか!?」
「えぇ、本当よ」
メイドの質問に取り乱すことはなく、極めて冷静に答えるお嬢様。
そんなお嬢様を見て、目の前のメイドは決心したかのように、まっすぐな清い目でお嬢様を見つめ、口を開く。
「私も、お嬢様についていきます……!!」
「……え?」
そんなことを言われるだなんて微塵も思っていなかったらしいお嬢様は、数秒の間を経て、気の抜けた声を出す。
「私だけではないはずです、お嬢様についていくと決心する人は。それに、旦那様は貴族としての仕事をほったらかして、女遊びをするような人……!!これまではお嬢様の近くに仕え、お話しできていたから、渋々ゼラニウム家にいましたが、お嬢様がこのお屋敷から離れる今、ここにいる意味はありません!」
そんなメイドの言葉に、私はよく言った!!と声をかけそうになったが、のどまで出かかった言葉を飲み込み、お嬢様に「だ、そうですよ?」と声をかける。
「でも……」
お嬢様がなにか言おうとした瞬間、屋敷のあちこちからメイドやら執事やらがお嬢様のもとへと駆け寄り、「お嬢様がこの屋敷から出ていくとは本当ですか!?」「お嬢様が出ていくなら私も!」など、次々に声をかけていく。
「え、えっと……あの!」
「「「「「「――私たちは、お嬢様についていきます!!」」」」」」
何か言おうとしたお嬢様の声を遮り、そう宣言したのは、この屋敷に仕えているほとんどの者であった。
―――――
その後、私たち使用人はお嬢様が屋敷から出ていくよりも、旦那様が出て行った方が早いのでは?と思い、お嬢様のために一致団結し、旦那様のこれまでの数々の問題行為を国王陛下に告発した。すると、旦那様が実の娘を暗殺しようとしたことが公となり、いつの間にか旦那様は姿を消した(私は旦那様には一切手出ししていないよ……多分ね)。そして、ダチュラとカルミアは、舞踏会で発言したことが、お嬢様を侮辱する嘘だということが、あの場にいた多くの人からの証言で発覚し、社会的地位を失った。
ちなみに、カルミアがダチュラに近づいたのは、私は単に顔がいいからだと思っていたが、公爵家のご子息であるダチュラに近づけば、大金が手に入ると思い、近づいたらしい(馬鹿馬鹿しい)。私は彼女を転生者だと疑っていたが、結局彼女とは舞踏会の日以外で話す機会がなかったので、分からずじまいであった(まぁ、今となってはもうどうでもいいことではあるが)。
「――おはようございます、お嬢様」
しかし、世がどんなに変わろうと、私がメイドとして、お嬢様に使えることに変わりはない。私は、この命尽きるまで、お嬢様にお仕えしたいと思う。
「……おはよう、アイビー」
ふにゃりと笑いながら、私に朝の挨拶をするお嬢様を拝められるのは、専属メイドである私の特権。
「今日も学園があるのですから、急いで身支度を済ませてしまいましょう」
私がそう言ってお嬢様を急かすと、お嬢様は「は~い」と、あくび混じりに返事をする。
そして、お嬢様の身支度を終え、屋敷の外で待っている馬車までお嬢様を見送ると、私は元旦那様の部屋で、貴族の仕事を行う。もちろん、一人でやるわけではない。お嬢様のために、この屋敷に仕える皆で、分担して行っている。王族からは、お嬢様が学園を卒業するまでの間の中継ぎとして、誰かを派遣しようかという話が来たが、この時代、中継ぎを装って、そのまま家を乗っ取る者も多いため断らせていただいた。
不満はない。お嬢様が卒業し、ゼラニウム家を継ぐまでの間の辛抱だ。
「おい、アイビー。ここ、間違ってるぞ」
ただ、大変である。今日何度目かの指摘をされ、私は少々イラつきながら、間違いを訂正する。
「はぁ、俺らもそろそろ30か……」
「やめて。現実を突き付けてこないで」
軽口を叩きながら作業すると、あっという間に時間が過ぎる。軽口を叩く相手がストックだと、尚更だ。
「それにしても、お前、結婚しなくていいの?」
「婚期を過ぎた行き遅れだし、そもそもお嬢様の専属メイドになった時点で結婚する気なんてなかった。そういうあんたも、結婚しないの?」
「俺も婚期すぎたしなぁ……まぁ、行き遅れ同士、仲良くしようや」
「なに急に気持ち悪いこと言ってんの」
そうこうしているうちに、今日分の貴族の仕事を終え、私はメイドの仕事に戻る。
さて、今日もあと半日。残りの仕事も頑張ろう……!!
アリウムの花言葉→無限の悲しみ、くじけない心、正しい主張
ゼラニウムの花言葉→尊敬 アイビーの花言葉→誠実
ストックの花言葉→思いやり ローリエの花言葉→裏切り
カルミアの花言葉→野心 ストレリチアの花言葉→気取った恋
ロベリアの花言葉→悪意 ダチュラの花言葉→偽りの魅力
ここに書いたのはあくまで花言葉の一部ですが、それぞれの登場人物に合った花の名前を付けました。さて、最後になりますが、ここまでご視聴いただいた皆様、本当にありがとうございます。