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今でも

現場が落ち着いたのでボチボチと。


 カウンターに腰掛けている

女子2人組は気の抜けたうっとり顔を

隠そうともせず、目の前でシェーカーを

振る制服姿の直人を見つめていた。

「はぁ・・・・」

 2人がステレオでため息を吐くと

目の前の二つのカクテルグラスに

ピンク色の液体が注がれた。

「どうぞ」

 嫌味の無い、優しい笑みで直人が言った。

 2人の女子は、

『キレイ~』

 声を揃えるなり口元にグラスを運んだ。

「美味しい!」

 由依が目を開いて言った。

「でしょ」

 阿佐美は、さも自分の手柄の様に連れに笑顔を向け、

自分もグラスを口に運んだ。

「ありがとうございます」

 照れくさそうに頭を小さく下げた直人に由依が、

「あのぉ。なんで、こんな場末のスナックで

働いてるんですか?」

 率直に訊いた。

「え?」

 阿佐美が割って入る。

「あたしも初めてココ来た時聞いたのよ。直人さんなら

もっとオシャレでいいトコで働けんのに、ってさ」

「ホント。阿佐美に連れてこられなきゃ、

()()()店まず入らないなあ」

「だよね。あたしもオジサン上司に

連れてこられなきゃ来る事無かったモンね」

 

 ひと際、()()()()()()が響いた。

 阿佐美たちが目をやると、

隅のカウンター内から琴葉がこちらを

睨んでいる。

 慌てて目を逸らし、カクテルを

チビりと呑む女子2人。

 直人は困った表情で琴葉に小さく頭を下げた。



 琴葉は大きく息を吐くと、

目の前に座る辰夫のグラスにウイスキーを

注ぎ足した。

「よく耐えたな、お前が」

 辰夫はそう言って笑い、

グラスを口に運んだ。

「・・・・あいつのお陰で

この店、成立してるからね」

 ふくれっ面の琴葉も棚から出した

グラスにウイスキーを注ぐと口に運んだ。

「来週になりゃ、もう一周忌か・・・・」

 笑顔なく辰夫が言った。

「うん」

 ふくれっ面なく、琴葉は応えた。

「脳梗塞なんてよ、突然すぎて今でも

信じらんねえや」

「・・・・」

「親戚は何人来る?」

「10人」

 琴葉は素っ気なく言った。

「少ねえな。近所も呼ぶか?」

「いい。忙しくなるだけだから。

お母さんの事だけ考えたい」

「・・・・見送れなかった事、まだ

後悔してんのか?」

 琴葉の表情が厳しくなる。

辰夫はそれをジッと見つめた。

「法事ってなあ、故人との

楽しかった事に想いを馳せる

モンだぞ」

「そんな簡単に割り切れないって」

 琴葉は小さい頃から頑固だった。

 辰夫は小さく息を吐き、

「1年っていやあ、あいつもそろそろだな」

話題を変えてみた。

「?」

「あのイケメン君。ここで働き出してからだよ」

 辰夫が顎で指す先、

阿佐美たちと談笑する

直人に琴葉は目をやった。

「そういえば、だね」

「素っ気ねえなあ、頼りにしてんだろ?」

「まあね、お陰でおっちゃんみたいな客層以外にも

来て貰えてるからさ」

「悪かったな」

 拗ねた表情でグラスを呷る辰夫を

見て琴葉は小さく笑った。

「和代ちゃんが残したこの店、

潰すんじゃねえぞ」

 辰夫がそう言いながら、空になったグラスを突き出す。

 琴葉はボトルを傾け、

「おっちゃんさあ、ずっと聞きたい事あったんだけど」

グラスに液体を満たすと意味深な目を向けた。

「ん?なんだ?」

 辰夫はそれを気に留めずにグラスを呷ると、 

「今でもお母さんの事好き?」

 琴葉の言葉に思い切り吹き出した。

「ちょっと!汚ったないなあ!!」

「ば、バカ!何言い出すんだよ!?」

 店内の皆が琴葉たちに注目する。

「あ、あはは。失礼しましたあ、お気になさらずで」

 愛想笑いで誤魔化すと、咳き込みながら、

おしぼりで胸元やカウンターを拭く辰夫に顔を寄せた。

「好きだったでしょ?私、気付いてたんだから」

 小声で訊いた。

「お、お前なあー」

 辰夫はか細い声で口詰まる。

「私が中学んとき、キモイ客がストーカー

みたいにお母さんに纏わりつきそうになった時、

やっつけてくれたじゃん。あん時、わかったんだ」

「あ、あれは警官として当然の事をだなー」

「そんだけ?あん時の目は仕事超えてたけどなあ」

 琴葉はニヤついた。

「あ、あのな。初老を茶化すんじゃねえ」

「茶化してなんかないって」

「?」

「嬉しいの。お母さんの事、

好きでいてくれた人がいるだけでさ」

 そう言って琴葉は照れくさそうにグラスを呷った。

 それを見て辰夫もグラスを呷る。腹を括った様に。

「一周忌も近いし、教えてやる」

「え?」

「“好きでいてくれた”じゃねえ」

「は?」

「今でも好きさ」

「お!」

「お前の母ちゃんはー」

「おお!!」

「最高の女だぜ!」

「おおお!!!」

「もう一つ、いい事教えてやろうか?」

「なになに?」

琴葉は身を乗り出し、グラスを口に運んだ。

「あのストーカー野郎をブッ飛ばした後、

彼女にプロポーズしたんだぜ」

 今度は琴葉が噴き出した。

「汚ったねえなあ!」

 琴葉は咳き込みながら、

「で?で??どうなったの?」

 本心で訊いた。

 辰夫はムッとし、

「・・・・お前の父親になってねえんだ、

それでわかんだろ!?」

 自棄気味に吐き出した。

 琴葉は腹を抱えて笑った。

「こ、こら!笑い過ぎだ!!」

 呆気に取られている客たち。

 直人はそんな2人をジッと見つめていた。


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