ポンコツ
左足を引き摺りながら歩く
平井直人はスマートフォンを
耳に当てながら歩いていた。
「・・・・ちょっと考えさせて
貰っていいすか?すみません」
頭を下げ、通話を切ったところで
ふと、右方に目をやり足を止めた。
視線の先、野ざらしで駐車された
青いミニバンが見える。
「・・・・」
やがて、手に提げた買い物袋を提げ直し、
背後、道向こうにあるBAR『トワイライト』へと向かった。
「あ~ダメ。絶対ダメ!」
直人が店のドアを開けると
カウンターに腰掛け、スマートフォンを耳に当てた
琴葉が吼えていた。
「レンタカー借りればいいじゃん。
・・・・金がない?んなの知るか。
ダメったらダメ。じゃあね」
琴葉はそう言って一方的に通話を切ると、
「ったく・・・・」
スマートフォンをカウンター上に放り、
傍らのコロナの瓶を呷った。
「ぷはっ」
口を拭った琴葉は、間口に立つ直人の存在に
初めて気付いた。
「よっ。来てたの」
「買い出ししてきましたんで」
直人は買い物袋を掲げながら言った。
「サンキュ」
琴葉が直人から視線を外しコロナを呷った時、
再びスマートフォンが鳴った。
琴葉はすかさず手に取り通話ボタンを
タップすると、
「しつこい。ダメったらダメ!」
スマートフォンの電源を切り、再び放ると
咥えたマルボロ・ライトに火を点けた。
美味そうに、大きく煙を吸う。
「どうしたんすか?」
直人はカウンターの中に入り、
買い物袋から出したモノを冷蔵庫に入れながら
尋ねた。
「は?」
琴葉は吐き出した煙で輪っかを作ってから尋ね返した。
「いや、電話」
「ああ、美悠ネエ」
「美悠さん?なんか揉めてましたけど・・・・」
「車貸せって、さ」
「車って、表にある?」
「そ」
「で?」
「貸さない」
「美悠さんて、琴葉さんの姉貴分なんすよね?」
「姉貴分”て・・・・」
琴葉はゲンナリな表情を浮かべ、
「まあ、そんなモンだけど。けど、ツケも
払わない奴には貸さないっての」
そう言って煙を吸って吐き出した。
何とも言えない直人は、モノを入れ終えると
冷蔵庫のドアを閉めた。そして、
「あの」
「ん?」
「俺、この店に来てから琴葉さんが
あの車乗ってるの見た事ないんすけど」
琴葉の表情が一瞬固まった。
「なんで乗らないんすか?」
「・・・・まあ、ポンコツだからさ」
「ポンコツ?」
そう言った直人の胸に火が点いたままの煙草が
飛んでくる。
「うわっちち!何するんすか!」
直人はバタバタと煙草を払った。
「他人に“ポンコツ”って言われるとムカつく」
直人は床に落ちた煙草を拾い、
カウンター上のクリスタルの灰皿に
押し付けながら、
「でも」
疑問の目を琴葉に向けた。
「今度はなによ?」
琴葉は”受けて立つ”の目で直人を見返した。
「あの車、ずっと置きっぱなしですけど
ちゃんと走れるんすか?」
「・・・・」
琴葉は予想外の質問に
”受けて立てなくなり”
直人から目を外した。