私の、好きなこと その12
こんにちは、皆さん。
宮城は晴れ。この天気でお出かけする方も多いことでしょう。イベントなんかもたくさんありそうですね。
そろそろ梅が咲きそう。友人を金蛇水神社に誘う日が近づいています。LINEで連絡することになってるんです。一体何年越しの約束なんだか、友人も気が長いなぁ。
では本日も『私の、好きなこと その12』です。
ここにくるのは、料理かな。やっと料理が挙がりました。
料理はね…いろいろ遍歴があるんですよ。
意識して初めて作ったのは、ホワイトソースじゃなかったかな。中学校の家庭科の実習でシチューを作った時に、ホワイトソースから拵えたんです。
小麦粉にバターを絡めて、牛乳を少しずつ入れて伸ばすんですが、皆さんも経験したことがありますか? 家庭科の実習の時は班の得意そうな子が担当したので、ノータッチだったんですよ。いかにも料理らしくて魔法みたいでした。家でも作ってみたくて、早速実践したんですね。シチューは大成功! 今思えばこれが料理初の成功体験だったんだな。
我が家は出張で留守がちの父の代わりに、母が子ども三人の世話をすべてしていたんです。面倒くさがって料理を教える余裕がなくて、ほぼ一人で家事をしていました。
…その頃の私は自分の好きなことだけしかしていなかったため、母の苦労が見えていなかった。長女が動かないから妹も前ならえで、何にもしない。弟は戦力外。皿洗いや米研ぎくらいはしていたけれど、それ以外は本当に何もしていませんでした。
ある時、無理が祟って母が体調を崩して入院してしまい、父方の祖父が家に来てくれることになりました。
で、祖父が母が入院したというのにマイペースで何もしない子どもたちに一喝。
「なんだ! 何もしないで!!」
慌てて祖父を手伝いましたが、我が家の有様は父の実家に知れてしまったのでした。
今考えると、あの頃の非協力的な態度は、家や母への無関心からきていたと思います。
そして、母と衝突し家を出ることになった時、初めて料理の下手さを他の人に笑われるという経験をすることになります。
岩手で旅館に調理補助として住み込みで働くことになったんです。
この頃も大して料理をしていなかったのに、いきなり仕事になったので、ほとんど役に立ちません。料理長手ずから料理の盛り付けから米の研ぎ方などを一から教わる始末。もちろんパートのおばさんたちから忍び笑いが漏れてきます。ものすごく恥ずかしかった!
で、結局小皿に漬物を盛ったり、はっとという小麦粉で作られたすいとんの乾物を数えたり。車海老の踊り食いの器に海藻を敷いたりする以外は、配膳を調整する役に回されました…。
それでも朝食のラジウム卵を用意したり、夜食のおにぎりを任せてもらえたり、わさび台をきゅうりで作ったり。この時に覚えたことは後々の料理遍歴を支えてくれることになります。
自分の身を立てることが、私にもやればできるんだ、という自信。それは拙い料理から端を発しています。わずか一年でしたが、いろいろありましたが、この頃のことが一際輝くのは、自分の生活を采配する本当の自由を体験できたからじゃないでしょうか。
自分で一から十まで段取りして、料理を作るが好きです。
マイペースに作るのが性に合っているみたいですね。
母とも妹とも料理は作りますが、基本的に反りが合わない。
作ってみたい! と強烈に思うと、料理熱に火が付くのはホワイトソース以来の現象(笑)
水産加工場のおばさんから習った茄子炒り、ポテトサラダ。バジルを初めて育てた初夏のトマトスパゲティ。全行程一人で作った手作りクッキー。細木数子さんが番組で作っていたミネストローネ、好きな人を想って作ったケークサレ…。
いびつでぶきっちょだけど、どれもくっきりと記憶に刻まれています。
ランキングは下の方だけど、料理は嫌いではありません(笑)
それも笑われた経験があったおかげ。
人は変われるんですね。




