『最弱なる脅威』
☆登場人物図鑑No.13
・『ルー・ジエン』
ラヴァスティ所属/26歳/177cm/64kg/欲『姿姿投影』
ラヴァスティ幹部の一人だが、協調性が無いので嫌われている。好きなことは人間観察と小道具屋巡り。苦手なものは物事の記憶と金持ち。
欲『姿姿投影』は『手で作ったカメラのジェスチャーで十二秒間写し続けたものの姿を自身や他の者に投影できる』というもの。見た目はもちろん声や服装までコピーできるが、身体能力や記憶、武器や装飾品までは投影できない。
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え?こんな名前の人、登場してたっけ?
場面はリュミストリネ城の城門下。
氷戈は尻餅をついた状態で、目の前にいるお姫様に怒られているのであった。
「一度襲うと決めたのならとっとと襲え!!もっと根性見せぬか!?」
「え、ええっと....」
-根性は見せたら一番ダメな部類の犯罪だと思うんだけど....-
滝のように罵倒を浴びせられた氷戈はそんなことを思っていると、横から仲裁の声が入った。
「ちょーっと、姫さん。いきなり蹴飛ばすのは勘弁してくださいよ、腰やったらどうするんです....?」
-お前はいきなり殺そうとしてきただろ....-
とは思ったものの、無論口にはしない。
仲裁に入った、青と白を基調とした衣服を着こなした金髪で少しチャラそうな見た目のこの男性。恐らく彼こそがリュミストリネ最強と謳われる騎士、レオネルクなのであろう。
そんな彼からは既に殺気は感じられず、こちらへ歩いて来るとこう言った。
「すまなかったなボウズ?てっきりラヴァスティの人間かと思ったんだが、ある意味で正反対の人間だったとはな?」
「・・・?」
レオネルクの言っている意味が分からなかったが、彼の視線の先には大手門の前で待機しているリグレッドとルドワールの姿が見え、彼の誤解が解けた理由に関しては理解できた。
そうして氷戈が立ち上がると、レオネルクの言葉を聞いていた女児は問う。
「む?此奴、ラヴァスティの人間では無いのか?」
「どうやらそのようですよ、姫さん。ほら?」
レオネルクはリグレッド達の居る方へ指をさした。
「ぬ...おお!!ルドワールではないかッ!?それに他の皆まで....無事帰ってきたのだな....」
感極まるリベルテ姫を側に、レオネルクは深刻そうな顔をして呟いた。
「そうなんですよ、無事帰ってきた。・・・だからこそ、この揺れはなんだって話なんですがね....?」
「そ、そうだった!!」
これを聞いた氷戈は自分の使命を思い出したかのように声を上げた。
「リュミストリネのお姫様にレオネルクさん、今すぐこの国から逃げないとッ....!!」
「・・・おい」
レオネルクは低い声で言った。
氷戈はてっきり、自分が言った突拍子も無い発言を咎められるのかと思って身構えたが、どうにも違うようで。
彼は前方に広がる空を見上げてもう一言_
「なんなんだ...ありゃあ....?」
「え?・・・ッ!!?」
「むッ!!?」
氷戈とリベルテも彼に釣られてそちらへ視線を移すと、そこには信じられない光景が広がっていた。
天高くに居座る、一つの人影。
その者は片腕を上に向け、光り輝く『何か』を生成、肥大化させていく。氷戈たちが見たのは正しく、この眩い光が空を覆わんとする光景であった。
気付けば地面の揺れや爆発音は収まっており、より一層の神々しさを感じさせる。
己が力だけで、空を金色へ染め上げてしまった『サイキョウ』の存在は正しく『神』のように映った。
そうして神は広がった光を一つの掌へ収束させ、ゆっくり真下へ向ける。そこにいるであろうライバルに放つ為に。
-これがリグレッドの言っていた....国の滅亡....?幾らなんでも無茶苦茶すぎだって....-
圧巻される氷戈たちの耳に、リグレッドの声が入り込んできた。
「おーい、レオ!!早よ逃げんと間に合わなくなってまうでッ!?」
「チッ...国から逃げるってそういうことかよッ....!!」
氷戈やリグレッドの言葉と目の前で生じているあり得ない現象を即座に結び付け、理解にまで至ったらしいレオネルクは小さく口ずさんだ。
「『解刃』」
リベルテを連れて城から逃げるために『留刃結界』を解除したのだろう。その証拠に両の手に持っていたレイピアの実体が霧のように薄れて消えてしまった。
と同時に、現れる『死』の予感。
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彼らはずっと、この瞬間を待っていたのだろう。
『留刃結界』が消え去り、リュミストリネ最強の手が空となる、最高の好機を。
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レオネルクはリベルテの手を引こうと振り返った、その時_
「さぁ姫さん、行きま_」
「レオっ!?前ェッ!!」
リグレッド迫真の忠告を聞いたレオネルクは即座に前を向く。
しかし、それでも遅かった。
ザグッ!!
「ッ!!クッ!!?」
レオネルクを襲った鋒は、彼の右肩を深く抉る。
痛みに悶える暇もなく、次なる一手が繰り出される。
バンッ.....!!
「グッ....ガァっ!!?」
響き渡った銃声と呻き声。
肩を刺した鋒の真下にある銃口から放たれた弾丸は、レオネルクが咄嗟に身体をひねらせたことで彼の内臓を傷つけることは無かった。それでも右肩から右背部にかけて開いた空洞がハッキリと見え、著しい出血も確認できた。
すぐさま行為に及んだ犯人に蹴り上げで反撃を試みるも、あまりの動揺にキレがない。まんまと交わされてしまった。
「・・・ど、どういう」
レオネルクは左の手で右肩に開いた二つの穿孔を抑えながら犯人の顔を確認するも、未だ信じられないと言った様子だった。
言葉をなくすレオネルクの代わりに、リベルテが叫ぶ。
「何故....だ。何故...このようなことを....ルドワール!!?」
『ルドワールと呼ばれた男』は無言でほくそ笑むと、持っていた銃剣を空に上げて号令をかけるのだった。
「くくく....良いぞお前らァ!?・・今ならレオネルクの首を取れらァ!!?掛かれェ!!」
これに呼応し、彼の後方からは十弱の影がこちらに向かって走り始める。
氷戈がリュミストリネの精鋭とばかり思っていた人間、その全てがレオネルクを殺しに掛かったのだった。
一対十。
幾らレオネルクが強かろうが、腕に重傷を負った状態でこの人数差を覆すのは不可能だろう。
そう思った氷戈が目にしたのは、それでも怯まず立ち向かおうとする騎士の姿だった。
そして彼は、近くに居た氷戈に目線で何かを訴えると前へ出ていくのだった。
『すまねぇが、姫さんを頼むぜ』
「・・・ッ!!」
察した氷戈はリベルテの腕を取り、一先ず戦禍の及ばない位置にまで離れようと試みる。
「早く!!こっち来てッ!!」
「ッ!?放せ!!レオを置いてなど行けぬわっ!!」
案の定、リベルテは氷戈の提案を拒否してレオネルクの元へ行こうとする。
氷戈もそれだけはさせまいと握った腕を強く引いて抵抗する。
当のレオネルクは、再度顕現させたレイピアを左手にのみ握って闘っていた。が、防戦一方なのは言うまでもなく。
十人の手による多彩な攻撃手段で順当に押されていったレオネルクは遂に顔面を強く殴打され、城の壁に強く叩きつけられたのだった。
その衝撃で城壁の一部が崩れ落ち、土煙が舞う。
「レオっ!!?」
リベルテの悲痛な叫びが響く。
そして無情にも、飛んでいったレオネルクの方へ更に三発の銃弾が打ち込まれるのであった。
バンバンッ....バンッ!!
「ヒっ....」
気の強いリベルテから上がったか細い悲鳴が、目の前で起こった事の残酷さをより際立たせた。
氷戈もここまでの惨劇は予想だにしていなかったので、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「・・・さぁて、とっとと済ませますかぁ」
ルドワールはゆっくりとこちらを向いてそう言った。
彼は持っていた銃剣を放り投げると、開いた手を地面にピタリとつけ合わせ、こう唱えた。
「・・・『地繋ギ』」
「ッ!!?」
どこかで聞いたような詠唱だった。
ルドワールが言うと同時に、手の当たっていた地面の周辺に二メートル四方ほどの正方形の枠線が描かれる。現れた四角の面は一瞬にして赤くに染まり、周囲に光を撒き散らす。
-これ...さっきと同じッ....!?-
さっき見たような光景はさっき生じた現象を再び呼び寄せる。
「・・・ふむ」
場に居る皆が目を瞑っていたところに、落ち着いた、それでいて凄まじい威圧感を帯びた声が響いた。
続けてもう一言。
「再会を懐かしむには少々早いかな?茈結の新顔よ...」
「あ...ああ....」
さっき生じた現象の名前を、さっきの氷戈はまだ知らなかった。
あれが初めてだったのだから、分からなかったのは当然である。
だが、今なら分かる。
この現象を、現状こそを正しく『絶望』と表すのだろうと。
そうして悟った氷戈は、力の無い声で怯えてみせた。
赤い光から姿を見せたのはヴィルハーツと、『地繋ギ』発動のため地面に手をついたクトラの二人であった。
少しして光が止むとクトラは立ち上がり、ヴィルハーツは一歩を踏み出して氷戈に問いかけるのだった。
「・・・今、君が目にしているのは絶望か、それとも....この私かな?」
「ッ....」
今の氷戈には、こんな見え透いた煽り言葉にすら反応する余力は無かった。
これを見たヴィルハーツはつまらなさそうにすると、同じく氷戈の隣で消沈する人物を目に捉えて言うのだった。
「なるほど君が....『純番』の揺籠、『リベルテ・ラ・リュミストリネ』姫だな。・・・見違えたな、あの時とは雰囲気がまるで違う」
「・・・」
「・・・独り言のつもりは無かったのだが....。ふむ、女王としての自覚に芽生えた結果かと思ったが、どうも違ったかな?」
ヴィルハーツは、リベルテが無言で見つめる方に視線を移しながらそう言った。
崩れた城壁の瓦礫が積み重なって出来た山の中には、恐らくレオネルクが居ると思われる。
彼女はそれを見て何を思ったのか、その表情から推し量ることはあまりに容易だった。
ヴィルハーツは異なった色の絶望を見せる二人を前に、構わず続けた。
「_そうか、君らのその顔....」
「「・・・?」」
氷戈とリベルテは、ヴィルハーツの呟きに顔を上げる。
「どこか懐かしい光景かと思えば五年前、リベルテの両親を手にかけた時に見たかな。・・・私を前に絶望していたリオネルクと、目の前で最愛の者が屈して絶望するメアリテ女王_」
「っ...!?」
「_奇しくも、『メアリテとリベルテ』と『リオネルクとレオネルク』で同じ運命を辿るか....血は争えぬとはよく言ったものだ....」
「貴っ...様ぁッ!!?」
「ッ?待ってッ...!!」
堪忍袋の尾が切れたリベルテは氷戈の手を振り解き、煽り散らかすヴィルハーツの元へ突貫する。
ヴィルハーツはそんな彼女を見て嘲笑した。
「ふ....扱い易いところは母親譲りのようだ。・・・クトラよ」
「はい」
ヴィルハーツが命を出すとクトラは前へ出て、例の如く地面に手をついてみせた。リベルテとヴィルハーツとの間に『地繋ギ』の発動準備をし、待ち伏せするつもりだろう。
普通、こんな見え透いた罠には掛からない。
ところがリベルテは今、普通では無い。さらに、真後ろにはヴィルハーツという最強の護衛が居る。周囲からのクトラ及び『地繋ギ』への干渉も望めない。
氷戈は先ほどまでリベルテの腕を握っていた手を前へ突き出し、『最悪の結果』へと向かっていく彼女をただただ眺めていた。
ふと、思い出す__
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幸せな家族だったと思う。
優しくて明るいお母さんと、優しくて頼りになるパパと、優しくてなんでも知っているお兄ちゃん。
そんな恵まれた家庭の中、確かな愛情を持って育てられた自信があった。
色んな場所へ一緒に行き、色んなものを一緒に食べて、色んな事を時間を一緒に楽しんだ。色鮮やかな記憶。
だからこそ、色褪せてゆくのが許せなかった。
『あの子たちなんて、産まなければ良かった』
トイレへ行くために一人起きたある日の夜、お母さんがパパに言い放ったこの言葉に耐えられなかった。
今まで見たことの無かったお母さんの泣き顔と、見たことのないほどに険しい顔をしたパパの顔を今でも鮮明に思い出す。
怖くなった俺は両親にバレないようにお兄ちゃんを起こし、一緒にトイレに付いて来てもらった。その日は泣きながらお兄ちゃんと寝た。暖かかった。
思えば幼い俺でさえ『何か』勘付いてしまえるほどに、『何か』がおかしかったのかも知れない。
そこから間も無くのこと。
その日は、朝から俺のランドセルを買いに行ったんだっけか。
ああでも無い、こうでも無いと色んな店を巡り回って、色々なものを見たけど、結局ピンと来る色のランドセルを見つけられなかった。
お昼を回っても決めあぐねる俺を、お母さんは珍しく叱った。
結局、これだと思うランドセルが見つかるまではお兄ちゃんのお下がりを使うということになった。俺はどうしてだか、それがとても悔しかった。
帰宅しおやつの時間になっても一向にグズっている俺を見かね、パパは「皆で公園に行こう」と誘ってくれた。
俺は言った。
「パパとお兄ちゃんと三人で行きたい」
と。
バカだった。意地を張ったのだ。幼い子どもなりの、僅かながらの抵抗。
それが相手にとって『僅か』かどうかなんて分かりやしないのに。
そんな意地悪をしたのに、お母さんは暖かく見送ってくれた。「行ってらっしゃい」と。結局兄は家に残り、俺とパパの二人で公園へ出かけた。
それが俺の見た、『色のあるお母さん』の最後の姿だった。
誰かに殺されたというが、それ以外は何も分からない。
一瞬にして家族が崩壊したから。教えてくれる大人など、他に誰も居なかったから。
残ったのは一生をかけても決して薄まることの無い、色濃い罪悪感だった。
そうして俺は六年間、色褪せた兄のランドセルを背負い登校した。
別の『何か』も一緒に背負って。
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今、リベルテは自身の突発的な感情に任せて『最悪』を招こうとしている。
彼女を想う周りの人間は当然、彼女自身にとっても『純番』は最悪以外のなにものでもないはずだ。一生の後悔を背負うはずだ。それはやがて罪悪感を抱かせ、彼女を絶望の底へ追いやるだろう。かつての自分がそうだったように。
親を誰かの手によって失った苦しみは理解できるつもりだが、自分のやった『稚拙ないじわる』と彼女の『誇りの遵守の為の行動』を同一視するつもりはない。
しかしである。
感情の出所がどんなに腐っていようと、どんなに立派であろうと関係無い。
今、問題なのは感情の行き着く先だから。
その感情を他の誰よりも知っている氷戈が、目の前の少女を止めない理由は無かったのである。
「・・・ッ!!」
「うん?」
ヴィルハーツはリベルテの背を追って走り出した氷戈に気付き声を上げる。
彼はゆっくりと笑い、クトラへ言った。
「クトラよ、例え『地繋ギ』の陣に誰が入り込もうと構わず飛べ。揺籠の確保を最優先する」
「承知しやがりました」
聞いたクトラは地に付いた手へさらに力を入れてみせた。
すると『地繋ギ』の陣は更に拡大し、リベルテが足を踏み入れるまでの距離がうんと短くなる。これにより氷戈が事前に追いつくことが叶わなくなってしまう。
「くッ...!?」
氷戈は精一杯に手を伸ばし、叫んだ。
「行っちゃダメだ、リベルテっ!!」
しかし彼女は止まらない。
自身の片足が切り落とされるまでは。
スパッ.....
「ッ!!?」
突如として踏み出した足が消え去ったリベルテは、勢いよく前へと倒れ込む。
あまりの出来事に氷戈は足を止め、現場は静まり返る。
状況を理解できていないリベルテは地に這いつくばりながら無くなった自身の右足と、後ろの方に見える切り落とされたそれを見て察する。
響く、悲痛の声。
「ぐあぁああああぁぁぁぁああああっ!!!!!??」
血飛沫を伴いながら出血していた右足を押さえ、リベルテはやっと痛みに悶えはじめるのだった。
「あ....ああ...」
氷戈は目の前の悲惨な光景に思わず後退りする。
一体、誰がこんな事をしたのか。その答えはすぐに分かることとなる。
「ふふ...思い切ったな、レオネルク?」
ヴィルハーツは瓦礫の山があった方を見て、そう言った。
氷戈もそちらに視線を移すと、そこには膝をつき片手でレイピアを構える満身創痍なレオネルクの姿があった。
「すまねぇな...姫さん...」
これを見たルドワールとクトラは同時に行動を起こす。
「チッ...仕留め損なってたか。行くぞお前らァ!!」
「揺籠の確保をしやがります!!」
ルドワールは他九人を率いてレオネルクの始末へ向かい、クトラも転がるリベルテの回収を最優先すべく前へと駆け出そうとする。
両者の判断は凄まじく早く、且つ適切なものだった__
「留まれ_」
__レオネルクを前にしていなければ、であるが。
レオネルクの一言で察したヴィルハーツは瞬時にクトラの腕を掴んで引き戻し、ルドワールには珍しく早口で言ってみせた。
「動くな、ジエンっ....!!」
しかし、この忠告がルドワールに伝わる前にレオネルクは詠唱を終えていた。
「留まれ」の一言に続いた、技の名前は_
「_『留刃結界』」
唱えると同時に、事前に境内へ張り巡らされていた無数の斬撃が有効となる。
「ッ!!?」
______________________。
『留刃結界』の名を聞くと、ルドワールはとても焦った顔をしていたようだった。
どうしてこのような言い回しなのか。
それはもう既に、彼はこの世に居ないから。
もっと適切に表現するならば、その姿形が確認できないからである。
音も無く、声も無く、一瞬にして身体の隅々まで切り刻まれてしまったルドワールは残穢の一片すら見当たらない。
彼の後に続いたリュミストリネの精鋭達も同様の結末を辿っており、全員に初め『ところてんのような切れ目』が入ったかと思えば次には塵と化していたのだった。
それぞれが居た場の地表には唯一、刃では切れないものが広がっていた。
騒然とする場に、吐き捨てるような一言。
「へっ....オレはちゃんと言ったんだぜ...『留まれ』...ってな?」
勝ち誇ったようなセリフであるが、彼の顔が限界を迎えていることは誰が見ても明らかだった。
ヴィルハーツは身体を動かさないよう、目線だけをレオネルクへ向けて言った。
どうやらその場から動きさえしなければ『留刃結界』の刃に触れることはないようだ。
「・・・大したものだ、姫の居るこの場で『留刃結界』を放つとは。それに、君に向かって行ったジエンもまだルドワールとか言う傭兵の姿だったはずだが?」
「バカ言え...野郎が本当にルドだったなら、銃弾三発ぶち込まれた時点でオレはこの世に居ねぇよ」
「ふむ....返答としては百点満点だが、回答としては不適切では?」
「何が...言いてぇ...?」
「こちらの作戦に容易く利用されるような輩が、君ほどの男の手を少しでも煩わせられるとは到底思えないと言ったのだ」
「ッ!!てんめぇ....」
ヴィルハーツはわざと逆撫でするような言葉を言い、レオネルクは頭に血を昇らせる。と、同時にフラつくレオネルク。
ヴィルハーツがこれを狙ったか定かではないが、不適な笑みを浮かべて続けるのだった。
「ところで、君の愛しいリベルテはあのままで良いのか?止血をせねば死んでしまうぞ?」
「だったら....とっとと失せやがれってんだ....。てめぇらも困るだろうよ、揺籠が死んじまうのは」
「それはお互い様だろう?・・・どうだ、我々に預けてくれさえすれば足の一本や二本の治療はしてやれるぞ?『留刃結界』を解いてはくれないかな?」
「生き延びてもてめぇらに攫われれば...その先に待ってるのは『死』以上の結末だ。・・・オレが持たなくなったその時は、オレが先に姫さんを...殺す....。それで、永遠に恨みを買おうとも....」
「?・・・ふふふ....ハッハッハっ!!」
レオネルクの覚悟をヴィルハーツは笑い飛ばす。
「いやなに、素晴らしい覚悟だと思ってな?・・・望んだ結果では無かったが、叔父と姪の我慢比べを見届けるのも悪く無い」
「チッ...ゲスが....」
レオネルクはのせられないように舌打ち程度に留めてはいるものの、内心では怒り心頭していることだろう。
「・・・」
氷戈はこのやりとりを黙って聞いていた。
-なんなんだよ、これ。・・・俺よりも小さい女の子が一番信頼してる人に脚を切られて苦しんで、誰よりもあの子のことを想っている人がその子を殺さなきゃいけない状況って、なんなんだよッ....!!?-
「レ....オ...」
氷戈がそんなことを思っていると風前の灯のような、微かな声が前から聞こえてきた。
「己は...主を呪ったりなど...せぬぞ...」
「ッ!!?ひ、姫さんッ!!?」
レオネルクはリベルテの言葉に驚き、身を乗り出す。
自身の『留刃結界』で身体中が切り傷だらけになろうが構わずに、ただただ耳を傾ける。
「主は優しい...。どうか、業を背負ったなどと...思わないで欲しい...」
「そん....なッ...」
「悔しかった...のだ....。自慢の主と、親愛なる両親を貶された事が....」
「もう...」
「情けなかったのだ....。己が弱いばかりに、愛する者を傷つけてしまった....ことが」
「いいんです...もう、いいんだ...」
「最後に_」
「・・・?」
「主が隣に居た事、何よりも心強く...そして、楽しかったのだ...」
「姫...さん...?」
「そんな主の、自慢の刃だ...きっと、心地よい...」
ここで、リベルテは足の断面を抑えていた両の手の力を緩める。
氷戈には、彼女が何をしようとしているのか分かっていた。
=『留刃結界』を利用した自害。=
リベルテは、自分の所為でレオネルクが死んでしまうのが耐えられないのだ。自分さえ死ねば、ヴィルハーツがリュミストリネを狙う理由もなくなる。今後、他の誰も傷つけまいと。
そんな自己犠牲の果てに、彼女は自害を試みている、と。
氷戈は、思った。
-こんなの....馬鹿げてる-
彼女が身体を少し大袈裟に動かすだけで、それは叶ってしまう。
ところが、混乱しきったレオネルクはこれを察せない。察して『留刃結界』を解除しても、リベルテは攫われてしまう。誰の助けも望めない。何も望めない。
本当に、馬鹿げている。
それでも、レオネルクは掠れた声で問うのだった。
彼女が絶対に明かすことの無い真意を。
「何...言って...」
「最期まで...本当に世話になったな。・・・ありがとう、レオ_」
「ッ!!?」
『_大好きだ』
_______________________。
「うあああああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!?!?!!」
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吹雪く世界_
凍てる大地_
怒れる者は、須く_
この場に於いて間違いなく『最弱』だった存在が、ただの一瞬で誰をも凌ぐ脅威へと成り変わる。
何故か_
ただ一人、留刃結界に於いて最も自由な者が明確な殺意を持ってしまったから。
もう既に、最弱なる脅威は駆けていた。忌むべき相手を殺すため。
なるほど....
氷戈が目にしていたのは初めから『ルドワール』じゃなくて『ジエン』っていうラヴァスティの幹部だったんだ。けれども唯一、『姿姿投影』の影響を受けていなかった氷戈自身がルドワール本人の顔を知らなかったから気付けなかったと....
異世界、難しすぎるでしょ....