災難去ってまた『最』難
☆登場人物図鑑 No.7
・『フィズラー・フィッツバーグ』
茈結所属/37歳/199cm/106kg/欲無し
ガタイが良すぎる中年のオジサン。逆三角形の化身。通称『フィズ』。好きなことは散歩と食農、水やり。苦手なものは虫と孤独、暑い場所。
欲を持っていない代わりに体術を極めた、近接戦闘のスペシャリスト。強者が揃う『茈結』の中でもかなり強く、見た目に似合わずとても優しい。喋り方が少し変だが、そんなところも愛らしくリグレッドからの信頼も厚い。
「うぉぉぉォォッ!!!間に合えェッ!!」
氷戈は炎を宿す男から背を向け、全力で走り出す。
目標であるシルフィ、ないし彼女の抱える酒瓶までの距離はたった二メートル。手を伸ばせばその距離は更に縮まる。
しかし今の氷戈は一センチでも永遠に感じてしまうような、言わば極限状態の中にいた。
それ故に、後ろから聞こえた声が酷く恐ろしかった。
「残念だ、少年。・・・『燃ユル君』」
一歩を踏み締める前に放たれた獄炎の弾は、ものを数える間も無く氷戈の背に直撃した___
______________。
__はずだった。
「ッ...!?なんだ....?」
男は目の前で生じた『虚無』に、珍しく動揺の色を見せた。
それもそのはず。
氷戈を殺す為に放った炎が、まるで彼を嫌うように四散し消えていってしまったのだから。
この間にも怯まず足を止めなかった氷戈は、既に瓶のネック部分に手をかけていた。後は瓶を握りしめ、思いっきり地面へ放り投げるだけ。
一見、氷戈が決死の賭けを制したかのように思えた。
ところが、これでは遅かった。
「させんッ....」
氷戈のたったそれだけの動作でも、他と一線を画す『ヴィル』にとっては寝ぼけ覚ましの動作に見えたのだろう。
男は締め上げたリグレッドの首から左手を離し、物理で氷戈を確実に仕留めに向かう。
全く以て間に合うという確信が、次の瞬間まであったようだ。
男は違和感を覚えた左腕に目を向け、驚く。
「ッ!!?」
見れば、今度はリグレッドが両の手で男の左手の付け根部分をガッチリ掴んでいたのである。
リグレッドは自分がどんな目に遭おうが離す気など毛頭無いといった表情で言ってみせた。
「・・・どこ行くねん?寂しぃやろ.....?」
「くッ....」
男は苦い顔をしながらも、力任せに左腕を振り上げる。
それでもリグレッドは離れない。
男は当初の目的通り、リグレッドを殺す勢いで腕を地面へ振り下げた。当然、ふりこの役割を担ったリグレッドは一番力の働いた状態で地面へ叩きつけられることとなった。
ドッガァッッーン!!!
再び大地が割れ、轟音が鳴り響く。
フィズの時ほどでは無かったものの、リグレッドの半身も地面へめり込んだ形となり、見るも悲惨な状態であった。
これとほぼ同時に、今度は高い音が響き渡る。
バリンっ!!
瓶の割れる音。
リグレッドが決死の思いで稼いだ五秒にも満たない時間は、手に持った瓶を地に投げつけるには充分過ぎた。
飛び散るガラス片と共に、中から眩い光が溢れ出す。
「うあッ!!!」
「ッ....」
驚き声を上げる氷戈と、起こりうる『何か』に構える男。
そしてその『何か』に該当するであろう、場には到底似つかわない男の馬鹿笑いが聞こえたのだった。
「ガッーハッハハハハっ!!!・・・まさかッ、まさか本当にこうして相見えることになろうとはッ!!ヴィルハーツ・フェルヘンミュラーっ!!我が友よッ!!」
「ッ....!?」
瓶の中から現れた男を見た『ヴィル』こと『ヴィルハーツ』は驚き、言った。
「この状況でリグレッドが希望を見出したものだったので警戒はしていたが.....なるほど、これはしてやられた」
氷戈にはこの男が誰なのかさっぱりだったが、圧倒的だったヴィルハーツにこう言わせた時点で相当の期待を抱く。もしかして助かるんじゃないか、と。
男はそんな氷戈には目もくれず、興奮冷めやらぬ様子である。
「感謝するぞリグレッドっ!!やはりオマエは....うん?」
男はヴィルハーツの横で叩き潰されたリグレッドの姿に気付き、固まる。
「・・・死んでは....いないようだな」
真後ろに居た氷戈は、この男も恐らく『シケツ』の人間でリグレッドを慕っているのだろうと考え、状況を伝えようと声をかけた。
「あ、あの.....」
「ん?」
男は振り向くと、氷戈の姿をまじまじと見てから言った。
「なんだお前は?・・・弱そうだな」
「え」
思いがけない事を言われた氷戈は一瞬戸惑ったが、直ぐに続けた。
「えっと....リグレッドさん含めたシケツの皆がヴィルハーツにやられ__」
「要らん」
「は、はい?」
「・・・誰が誰にやられたなど、そんな事はどうでもいいと言ったんだ。オレはただひたすらに、強い奴との戦闘以外は興味が無い。誰かに負け伏している者に関わるつもりは無ければ、オレと戦うべき勝者も見れば分かる」
「はぁ....?」
無茶苦茶な理論を展開された氷戈はまたも戸惑う。
なんとか頭を捻り、言っていることだけを解釈するのであればこの男は敵でも無ければ味方でも無い。ただ成り行きで氷戈達の敵であるヴィルハーツと戦ってくれそうなので、現時点では味方と捉えられる程度か。
「分かったならコイツと一緒にどっか行っていろ。・・・戦いの邪魔だ」
「?・・・ッ!!?」
氷戈は『コイツ』が一体誰を指すのか分からなかったが次の瞬間、同時に驚きと理解をした。
なんとヴィルハーツの真横で伏していたはずのリグレッドが、突如氷戈の目の前へと現れたのだ。
続けざまに男はしゃがみ、リグレッドの身体に手を当てる。
すると一瞬、リグレッドが発光した。と思ったのも束の間、次にはもう息を吹き返したリグレッドが勢い良く身体を起こしたのだった。
「いやぁー、助かったわ!おおきに!・・・氷戈もよぉやった!」
「ふん、オマエに死なれては困るんでな」
「・・・」
目まぐるしい状況の変化に一人、置いてけぼりの氷戈は反応出来ずにいた。
そんな氷戈を見たリグレッドは呑気に、瓶から現れた男の紹介を始めたのだった。
「ええっとなぁ....ひとまず。こいつの名前は__」
「『最強』だ」
「?」
「・・・らしいで?ま、事実やし」
『最強』を自称する男が割り込んだせいで氷戈はますます混乱する。
-自分でそれ言う奴、大体何かしらの都合で死ぬけど大丈夫なのかな....?いや、もしかしたら本当にそういう名前なのかも....?-
無駄な思考を始めた氷戈を余所に、リグレッドはけしかけた。
「実際、見た方が早い。・・・ちゅーことで『サイキョウ』さんや、ちーと耳貸しぃ」
「なんだ?」
リグレッドは氷戈にギリギリ聞こえるくらいの声量で耳打ちをし始めた。
「あそこに居るジェイラっちゅう女、噂やとエラい強いらしいで?」
「ほぉ?」
『サイキョウ』がジェイラを視界に捉えると同時に、黙っていたヴィルハーツがクトラへ呼びかける。
「クトラよ、直ちにジェイラ含む幹部総員をこの国から引き上げさせろ。本作戦は失敗だ」
「は、はい?ヴィルハーツ様、今何と言いやが.....おっしゃいました?」
クトラは戸惑いを隠せずに思わず聞き返す。
そして幹部のもう一人、ジェイラはシルフィに金縛りをかけた状態で慌ただしく問うたのだった。
「なッ!?なぜですか師匠!!まだリュミストリネ姫を捉えていないどころか、あのリグレッドをぶっ殺す絶好のチャンスをみすみす逃すおつもりですかッ!!?戦況だって、どう考えても___」
「おーい、殴るぞ〜?」
ジェイラは突如背後から聞こえた脅迫紛いの、いや、もはや純度百パーセントの脅迫に驚き振り返る。
そこには拳を繰り出す『サイキョウ』の姿があった。
「ッ!!?」
慌てて金縛りの構えを解き、自身へ向けられた拳を視界に捉えた頃にはもう遅かった。
ドゴォっ!!
「アぁグッ!!?」
『サイキョウ』の殴打はジェイラの横腹辺りに直撃し、鈍い音と呻きを上げて数メートル先に居たクトラの真横にまで吹き飛ばされる。
「・・・?」
氷戈は自身を最強と謳うのだから、とんでも無い破壊力のパンチが披露されると思っていたので少し拍子抜ける。正直、攻撃の迫力はヴィルハーツの方が数段上である。
それでも、幹部と呼ばれたジェイラを一撃で仕留めたことに変わりはなかった。
お陰でシルフィも拘束から逃れることに成功し、こちらへ寄って来たところを確認したリグレッドは言う。
「シルフィ、無事やな?ほんなら、今がチャンスや。早よフィズを治し行くで、氷戈も付いて来ぃ!?」
「まっだぐ....ざっきまで痺れてだ人間への扱いが雑だよ、団長」
リグレッドを先頭に氷戈と、金縛りの後遺症で若干拙い足取りのシルフィが後を追う。
全身が地面へとめり込んだフィズの元まで数秒でたどり着いた一行は、見るも無惨な姿を目の当たりにする。
怯む氷戈を側に、リグレッドはシルフィへ即座に命を出す。
「シルフィ、早よ貼りぃや!!死んでまうで!?」
「分かってるよ、それ!」
シルフィはどこからか取り出した、ハンマーのような柄の付いたシールをフィズの背中へと貼り付けた。
ペタっ!!
すると、今まで音沙汰無かったフィズが急に声を上げたのだ。
「んンッ!!」
氷戈は驚愕する。
「ッ!?嘘...でしょ....」
「いーヤ、ワタシ嘘はツかナいよ?『オボウ』が始マっちゃウからネッ!!」
「うあっ!?」
フィズは訳の分からない事を言いつつ、既に立ち上がってピンピンとしていた。
リグレッドはすかさずツッコミを入れる。
「それ言うんなら『泥棒』な?二度とその二つ間違えん方がエエで、業が深すぎんねん」
「・・・」
-ああ、『嘘つきは泥棒の始まり』ってことを言いたかったのか.....じゃなくってッ!!?-
納得しかけた氷戈はリグレッドに問う。
「こ、これって....どうなってるんですか?」
「ん?これ?・・・ああ、フィズが治った事?ちょいとややこいんやが、つまり_」
ドォンっ!!
「ッ!?」
リグレッドが解説しかけたところで、向こうの方から大きな衝撃が走った。
出所へ目を向けると、丁度『サイキョウ』とヴィルハーツが組み合っているところだった。
リグレッドは皆へ促す。
「氷戈、諸々の説明は移動しながらや。しっかりついて来ぃ!」
こうして、駆け出したリグレッドに他三人が並走する形でこの場を後にするのだった。
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時はほんの少し戻り、『サイキョウ』がジェイラを殴り飛ばした場面から__
「うん?強いんじゃ無かったのか?」
『サイキョウ』は吹き飛ばしたジェイラを眺めて不思議そうに呟く。
次いで、流れるように隣に居たクトラへと興味を移した。
「おいッ!!オマエ、強いのか?」
もはやバトルジャンキーだとか脳筋だとか、それら域を裕に越えてしまっている単純すぎる問いをする。
クトラは虫の息となったジェイラを横目に、毅然と答えた。
「レディに『オマエ』呼びは相当モテねぇーですよ、単細胞さん?」
「ほう、モテると強くなるのか?」
「・・・話が通じやがらねぇーです、コイツ....」
話しの主導権を握る事は不可能だと感じたクトラは会話から離脱する。
ところが『サイキョウ』は逃してくれない。
「そうッ!!オレに話は通じない。であるなら、拳で通じ合おうじゃないかッ!!?」
「ひッ!!?」
クソみたいな持論を展開し、クトラに特攻を仕掛ける『サイキョウ』。
あまりの狂い具合に腰を抜かすクトラ。
このままでは彼女も成す術無く、ジェイラと同じ結末を辿ることとなる。
無論、彼女の主人がそれを許さないが。
「止まるんだ」
「ッ....ほう?」
クトラの前に現れ、『サイキョウ』の暴走を制止したヴィルハーツ。
彼の顔を見た『サイキョウ』は大人しく足を止め、言った。
「まさか、好敵手自ら立ちはだかってくれようとはッ....!!しかし安心してくれ。オレはオマエとの戦いを他所に、何処へも行ったりはしないッ!!」
「・・・できれば、その他所とやらで永遠留まっていて貰いたいのだが」
「そうかッ!!ではそこでたたか__」
「君一人で」
「・・・ぐぬぅ」
熱いプロポーズを悉く交わされ、さしもの『サイキョウ』も意気消沈する。
この隙にヴィルハーツはクトラへ命ずる。
「クトラ、もう一度言う。国へ攻め込んだ幹部を一人残らずラヴァスティへ強制送還しろ。これ以上の破壊行為や戦闘はいかなる理由があっても禁ずる、これは命令だ」
「し、しかしッ....!?」
ドォンっ!!
クトラが言いかけたところで、目の前から大きな衝撃が伝わった。
「ふっはっはっ!!そうは言っても逃さんぞ?・・・先ずは力比べといこうじゃないか」
「・・・」
再起した『サイキョウ』はヴィルハーツへ突撃し、ヴィルハーツもこれに対応する。互いに互いの両手を組ませ、押し合い勝負が始まる。
ヴィルハーツはそこでリグレッド達が戦線離脱する姿を横目で確認すると、組み合いを続けながらクトラへ解説を始める。
「単刀直入に言おう。今『サイキョウ』を相手にできるのは私だけだ。その戦闘における被害はこの国をも丸ごと消し飛ばすだろう。・・・見ての通り『サイキョウ』は加減を知らなければ、手を抜ける相手でもない。私も、本気で挑まねばならない」
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そしてリグレッドも氷戈へ、全く同じ内容の解説を走りながら始める。
「ほんならこの国に居る人間、もれなくおじゃんや。ボクらも、ヴィルハーツ率いるラヴァスティの幹部共も、敵味方関係無く皆んな」
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「私は、私を慕う部下が総員この国から離脱するまでの間、『サイキョウ』を足止めする必要がある」
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「せやけど問題はもう一つ。・・・この国が消し飛ぶっちゅうことは当然、リュミストリネの姫さんも蒸発することになる。それはボクらもやが、向こうにとっても絶対に避けたい事象や」
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「つまりリュミストリネ姫を安全圏にまで早急に連れ出す必要があるが、この任は彼女と敵対していない『茈結』の者共に委ねた方が円滑に事が運ぶ」
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「せやからもう敵さんからの急襲は警戒せんでエエっちゅうことやな。その代わり国ごと滅ぶ時限爆弾がセットされてもうたから、もっと急がんとアカンくなった訳やが_」
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「いずれにせよ__」「何はともあれや__」
ヴィルハーツとリグレッドの両者は、自身の導き出した結論で解説を締める。
「『サイキョウ』がここへ現れた時点で、我々の敗北は決まったのだ」
「『サイキョウ』が呼び出された時点で、奴らの負けは決まったんや」
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「・・・と、思わせる事が重要なのだ」
「・・・?」
ヴィルハーツの最後の文の意を汲み取れぬクトラはひとまず、命令に従う他なかった。
「承知....しやがりました。直ちに幹部総員の回収へ向かいやが.....向かいます」
そうしてクトラは真横に横たわるジェイラの麓の地面へ手を当て、唱えた。
「どうか、ご武運を。・・・『地繋ギ』!!」
二人は地から溢れた赤い光に呑まれたかと思えば、次の瞬間にはその姿は無くなっていた。
ヴィルハーツは目視こそしないものの、彼女達が避難したのを確認すると『サイキョウ』の腹へ一つ蹴りをお見舞いした。
「ッウ!!」
呻く『サイキョウ』は両足で踏ん張りなんとか威力を殺しきると、笑って言った。
「くっはっはっ!!良い、良いぞォ!!久しく感じることの無かったこの痛みッ!!・・・命ある者の特権、湧き上がる闘争心と生存本能がオレを更に強くするッ....」
「・・・相変わらずだ。私も連邦の主となり、多くの人間を目にしてきたが、君以上のは未だ見ないよ。・・・色んな意味で、ね」
「ふははッ!!そうだろう、そうだろうッ!?・・・全てに於いてオレは最たる実力を有す、故に名乗るは『最強』!!このオレに最も相応しい名だと、そうは思わないかッ!?」
「ああ、全くだ」
適当に遇らうヴィルハーツだったが、それでも気を良くした自称『サイキョウ』さんはまたも向こう見ずに突進する。
「そう言ってくれると思ったぞ我が友よッ!!・・・では行くぞッ!!」
「・・・」
対するヴィルハーツも顔色を変え、真剣に戦闘へと望む。
こうして国を滅ぼす戦闘が幕を上げたのだった。
_____________________
ゴゴゴォォォッ!!!!
走る氷戈達の足元が、大きな地響きと共に急に揺れ始める。発震源は間違いなく、自分たちが逃げて来たあの場所であろう。
真っ直ぐ立てないほどの揺れによって氷戈の体勢は崩れる。
「う、うあッ!!?」
前に転んでしまった氷戈を見て、共に走っていた二人は足を止め振り返る。
「だから付いてくるのは無茶だって言ったんだ。大人しく先に一人で国外に逃げてた方が安全だったよ、君。・・・クッ!!」
シルフィは呆れたように言って見せたが、彼女も揺れには苦しんでいる様子だった。
「す、すみませッ!?ええッ!!」
氷戈は立ちあがろうと四つ這い状態になったところで突然、自分の身体が浮いたので変な声を上げる。
驚き見てみると真横には屈強な胴があり、どうやらフィズの脇腹に抱えられたようだった。
そうして氷戈が言葉を発する前に、フィズが言った。
「こレこれシルフィネくン、意地悪はいケなイよね?・・・そんナだカら男もコンキ?も逃げルんダって、リグも言ってタよ」
「ア゛?」
「ちょッ!!おまッバカ!!それ言うたらアカンやろッ!!?」
フィズのとんでもない地雷発言に焦り散らかすリグレッドもまた、氷戈と同じようにも片方の脇腹に抱えられていた。
いつの間にかリグレッドの顔に出来たスリ傷を見るに、氷戈みたく前へ転んで地面にぶつけたのだろう。
「・・・今は、先を急ごうか?お姫様の救出が最優先だからね?・・・次点でそこのクズレッドをブチ殺さなきゃだけど、それはいつでも出来るしね」
「ひん...」
例の情けない鳴き声を無視して走り出すシルフィとフィズ。この間にも揺れは続いていたが、二人とも速度を落とさないどころか加速して行く。フィズに至っては男二人を両脇に抱えながらでこれなので、とても普通では無い。
「・・・ッ」
足を動かさず、ただ運ばれる氷戈には鳴り続ける地響きやここからでも感じられる戦闘の迫力がより鮮明に感じ取れた。これから国が滅ぶという恐ろしい未来がより現実味を帯びてゆく。
そしてこれらが氷戈を申し訳ない気持ちにさせたのだ。当たり前に無力な自分が、惨めでならなかった。
「なぁ氷戈?」
すると、隣に抱えられているリグレッドが俯く氷戈を宥めるような声で話しかけて来たのだった。
「え....は、はい?」
「自分、他の世界から来て訳分からん言っとったな?そないなもんが、いちいち気負う必要無いで。大人しく『茈結』に身ぃ任しとけばエエ」
「・・・」
「ナッハハ!!まぁそうよな、自分と同じよに運ばれとるボクにそないな事言われても気休めにならんよな。・・・ほんなら、エエこと教えたる」
リグレッドは右手を顔の前にまで持って来て、親指で自分を指しながら言った。
「世界的にもそこそこ名の知れとる慈善団体の『茈結』。そこのリーダーはこのボクや」
「え」
氷戈は驚く。
今まで戦闘においてはからっきしだった上、リーダーとしての威厳も全く感じられなかったからだ。
-確かに頭がキレる感じはあったけど、それでもリーダーって雰囲気じゃ無かった....。そうなると、これは本当の実力を隠しているパターンが王道だな....-
氷戈が要らぬ思考を巡らせていると、リグレッドは付け加えて言った。
「それに、や。これが気休めになるかプレッシャーになるかは分からんけど、先に言うとくと__」
「?」
「この作戦が成功するか失敗するか、もっと言えばボクらが生きるか死ぬか。そのキーパーソンになるんは氷戈、自分やで?」
「・・・ふぇ?」
どうやら主人公のスケジュールは想像以上にハードらしい。
☆登場人物図鑑 No.8
・『シルフィネラ・フォークス』
茈結所属/??歳/171cm/59kg/欲『複欲』
容姿端麗だがちょっと意地悪で糸目キャラなところが玉に瑕。ボクっ娘。通称『シルフィ』。好きなことはイタズラと脂っこいものを食べること。苦手なものはお化けと自分自身。
欲『複欲』は『対象とするカーマの能力を専用のシールに複製できる』というもの。複製したいカーマの持ち主に専用のシールを九秒間貼り付けると、シール自体にそのカーマが宿る。使用するには再度どこかに貼り付ける必要があり、能力の発動は一度きり。