信じた君へ
<世界観設定>
欲:その個人に宿る特殊能力であり、ある条件を満たした者にのみ発現する。原則最上位の優先度を誇り、防御や対応、相殺するには同じく欲の力を行使しなければならない。
源術:人体を構成する基本的要素である『源素』を応用し、攻撃や防御をするために作られた術の総称。分かりやすく言えば魔法であるが、力の源は魔力ではなく身体を構成するエネルギーそのものであるため『一時的に命を削る技』とも言える。なおこの世界に魔法や魔力といった言葉や概念は存在しない。
源素:この世界の人間は『木(風)』『火』『土』『金(鉄鋼)』『水』の計5つの要素によって成り立っており、これをまとめて『源素』と呼ぶ。いずれか1つの要素でも完全に失ってしまうと人体を保てなくなってしまい、人間としての機能を失う。故にアルマの過度な使用は厳禁である。
我成:5つある源素「木(風)」「火」「土」「金(鉄鋼)」「水」の内、『金(鉄鋼)』の要素を使用して形成される武器のこと。出現させる人によって姿形が異なり、武器種も様々。誰にでも簡単に呼び出せるものではなく、ある程度の鍛錬や条件を要す。
「・・・あ。ああ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!」
顔をぐちゃぐちゃにし、喉が裂けるような声で絶望を叫ぶ。
混沌を極めた、その視線の向かう先には__
紫から赤へ変色を遂げた稲妻を身に纏う、幼馴染の姿があった。
『北野 茈雨』。
整った顔立ちも、特徴的な髪型も、180近くある身長も、何もかもが記憶にある幼馴染と一致していた。
違うのは髪の色と、声色だけ。
2年前、どこかで味わったかのような苦い感覚。
思い出そうと思えば思い出せるのに、脳が無意識にストッパーをかける。
すぐ横を見れば答えを得れるが、見てはいけないと本能が訴える。
今それを考えてしまったら、どうなってしまうか分からないから。
そもそも何で茈雨が燈和を殺すのか?どんなに考えても、分からない。どんな理由があろうとも分かりたくない。見なかったことにしたい。忘れたい。
死んでしまいたい。
「ッ....!_______。」
物理的に声が枯れた氷戈は、それこそ死んだように立ち尽くす。
もう何をするのが正解か、何を目標に生きればいいのかを完全に見失ってしまったから。
故に、気付けなかった。
「・・・次の任務『対象、ヒョウカの拘束』を開始します。宜しいでしょうか、ヴァ....じゃなかった。ロウ様....」
「ちょッ、おまッ!?あっぶねぇなぁー.....ま、良いけど。・・・そんで拘束だっけ?ん〜っとねぇ....チョイ待ち」
茈雨を挟んで、燈和の死体とは反対側にはもう一つの人の影。
無気力に目だけを動かすとそこにはマッシュショートの白い髪に、小学校高学年ほどの背丈をした男児の姿があった。
茈雨に『ロウ様』と呼ばれた彼は、あっけらかんとした口調で話しかけてきたのだった。
「やぁ、ヒョウカ君。君からしてみれば、初めましてかな?」
「・・・」
「ふーむ。絶賛絶望中の君に改めて問いたいことがあるんだが、良いかね?」
「・・・」
「フハハっ!あー、ありがとうありがとう。・・・聞くまでもないって感じだな?」
「・・・」
素性の分からないこいつは、口調からも分かる通り憎むべき相手ではあるようだ。
ところが今の氷戈にそんなことしてる暇など無い。こいつの言う通り、絶望で忙しいからである。
だんまりな氷戈の様子を見た彼は、笑って続ける。
「あーらら、こりゃ思った以上の効き目だな.....。そんなにフラデリカのことが大事だったのか?やったら執着してたみたいだが〜....ああッ!分かったぞ!」
「・・・」
「お前さん、彼女のこと好きだったんだろ!絶対そうだろ!?・・・んまぁ顔は整ってたよなぁ....俺はタイプじゃなかったけど。そもそも俺は大人の魅力に溢れる、妖艶な女性の方がぁ〜.....って、そんなこと聞いてない?」
「・・・」
「ま、とにかくさ?良かったよ。君がしっかり『絶望』、してくれてるみたいでさ?」
「っ....」
「おっ!なんだなんだ?やっとお喋りしてくれる気になったか!?」
「早く....殺せよ....」
氷戈は短く言い捨てた。
その声はあまりにも無気力で、その目はまるで生きた人のものでは無かった。
本当に、生命であることを諦めた人間となってしまっている。
これを見た男は大袈裟に両手を広げて答えて見せる。
「いーやいや!そんなことしないさ!・・・君は俺の計画に必要なんだ、生きててもらわないと。絶望したまま、ね?」
「・・・」
どうやっても反応の無い氷戈に、男は呆れた声で話しかける。
「あーっと、まさかここまでとは....。ようし!ここで死なれても困るから、優しい優しいロウ様からのサプラーイズ情報!君のこれからの人生に、ちょっとしたスパイスを!ってな?」
「・・・」
「君のだぁーい好きなトウカ?って子にフラデリカの名前を与えて今日ここで殺そうって計画したの、俺なんだよね?」
「・・・・・ッ?」
「どうッ!?俺のこと殺したいでしょ?」
「・・・じゃあ、オマエが....『ヴァイシャ・アルロウ』....?」
「あら、俺の名前知ってたの?ふむ、そしたら教えたのはリグレッドの野郎だな?・・・ま、いいや!『忘レ人』と戦うのは御免だから俺は見学ッ!!後は任せたぞ、デュネラー!」
自身を欲『超然洗脳』の使い手であるヴァイシャ・アルロウと名乗る男は、その場で腕組みをし始めた。
ヴァイシャから『デュネラー』と呼ばれたのは茈雨であり、彼も燈和と同じように『超然洗脳』の影響下にあると考えると全て辻褄が合う。
つまりヴァイシャは、その理由こそ分からないものの『記憶を失った状態の燈和と茈雨を自身のカーマで洗脳し、2年をかけて茈雨に燈和を殺させた』ということになる。
は?
なんなんだよ、それ?
何がしたいんだ?何のために?
いや、そんなことどうだって良い。
今だけは、『死』に怯える必要は無い。だってオマエは確実に___
「・・・殺さなきゃ。」
氷戈は光の無い目でヴァイシャを捉える。
対し、戦闘を命じられたデュネラーはヴァイシャを守るような形で前へ出て刀を構える。
「・・・」
こうして氷戈VSデュネラーの戦いが始まると、誰もが思うだろう。
氷戈以外の、誰もが。
スッ.....
氷戈は声も無く、左の掌を自身の顔の横にまで上げる。
「・・・?ッ!!」
不気味なこの行動にデュネラーは警戒を強める。
ところがそれは意味を成さない。
氷戈の目にはヴァイシャしか映っていないから。
「凍てろ....」
たった一言。
「・・・わあ」
「なんじゃこりゃ....」
デュネラーは棒読みながらに驚き、ヴァイシャは腕組みを解いて周囲を見渡す。
氷戈の放った一言を皮切りに、一瞬で世界が氷点下に包まれる。
すると氷戈を中心に濡れた地面は凍りつき、吐く息を白く染め上げ、人体を構成する血肉の機能を低下させ始め__
滞りなく降り続ける雨粒を、氷へと変えてしまったのだ。
周辺に降り注ぐはずだった幾千、幾万もの雨粒は全て源素由来である。それらを凍らせ、そのまま『源素由来の氷』へ変貌させた。
これが、なにを意味するか。
ヴァイシャを取り囲む無数の氷、その一粒一粒が総て氷戈の支配下なのである。
ここまで僅か1秒。
そして次の1秒に差し掛かる前に氷戈は上げた掌を素早く閉じて、もう一言。
「死ね」
ザシャアッ!!!!
宙にある数多もの氷の粒からヴァイシャへ向かって、一斉に氷柱が伸びる。
元は雨粒なだけに氷柱の一つひとつは極々細いものの、量に至っては最早語るまでも無い。
この殺すべき相手を『最も確実に、最も効率的に、そして最も有無を言わさず』殺すために放たれた狂気の技は無論、対象を捉える。
「ぐオぉっ!!?」
「わ!?ヴァイシャ様ー!!」
ものの数秒で首から下の部位の大半を串刺しにされてしまったヴァイシャは苦痛の声を上げ、成す術のないデュネラーはただただ主人の名を叫んだ。
やがて体に突き刺さった無数の氷柱はヴァイシャの体温にあてられ折れてゆく。視界を埋め尽くした氷柱が地に落ちるにつれ、見るも無惨なヴァイシャの姿が露わとなる。
「・・・」
それでも氷戈は表情を変えない。まるで凍ってしまったかのように。
一方、ヴァイシャは吐血しつつも苦笑いで喋る。
「がッ....クハっ!!・・・まさか、ここまでとは.....思わなかったぜ....」
「あ、ああ....そんな....ヴァイシャ様が。僕が付いていながら、こんなことに....」
デュネラーは残った氷柱を手でかき分け近づことするも、その前にヴァイシャは力尽きたかのように前へ倒れ込む。
彼の容体は近くで見れば見るほど、もうどうしようもないことが明確となる悲惨さだった。
だというのに__
「くくッ....」
「おわッ、なんです?」
「・・・?」
うつ伏せのヴァイシャは顔だけをこちらへ向け、笑みを浮かべて見せたのだ。
驚くデュネラーと、無表情で見つめる氷戈。
「ハハハっ....安心しなよデュネラー、俺は無傷さグエエっ....!!」
「・・・はい?そのようにはとても見えませんが」
「ん〜それはそう....か。オ、オエぇっ!・・・か、簡単に言えばこの身体は俺のものじゃあない。だから本体の俺は痛くもねぇし、死ぬことも無い。吐血で言葉が詰まることはあるが、それは許してな....?」
「・・・どういう事だ」
あまりにも不穏なことを話し始めたので、流石の氷戈も沈黙を破って詮索を始める。
「どういうもなにも、まんまの意味さ。この身体、元はフラミュー=デリッツNo.9である『ラオ・リューメルン』っつう奴のもんなんだよ?・・・んで、そいつに『お前は今日からヴァイシャ・アルロウだ!』って洗脳をかけた、そんだけさ」
全くの謎である。
つまりラオに『自身をヴァイシャだと錯覚する超然洗脳』を施すことにより、ラオ自身はヴァイシャとして動き、周囲の人間もラオのことをヴァイシャだと信じて疑わない構図が出来上がっていた訳だ。現にヴァイシャと面識があるはずのデュネラーは彼を我が主と信じて疑うことは無かった。
一方氷戈はヴァイシャと面識が無い上に『絶対防御』のお陰で『超然洗脳』の認識阻害を受けることも無い。氷戈が見ていた白髪の男児の姿は現No.9である『ラオ・リューメルン』当人のものであると考えて良い。
しかし、それが何だというのか。
氷戈が偽ヴァイシャをあらぬ方法で瞬殺したので、ヴァイシャからすれば結果的に身代わりという形になったが、これを予期している様子では無かった。何か他に目的があるはずだ。
リグレッドからこいつの名前を聞いてからここに至るまで、ヴァイシャという男が何を考えて行動しているのかがまるで掴めない。不気味、不愉快といった言葉がここまで似合う人間もそう居ないだろう。
何より全く意味が分からないからこそ、今までヴァイシャが引き起こした行動の全てがただただ氷戈への『最上級の嫌がらせ』としか捉えられないのが質の悪い点だ。
何か理由があるにせよ、氷戈への仕打ちは到底許されるものでは無いが。
理解の及ばない不快感を抑えきれなくなった氷戈は、遂に爆発した....かと思われたが__
「・・・いい加減にしろよォッ....!!なんでこんなこ____」
「自分と仲良うなるためや」
「ッ!?」
「うおっ!?」
「うわ!」
突然背後から聞こえたエセ関西弁に氷戈、偽ヴァイシャ、デュネラーの3者はそれぞれ驚きの反応を見せた。
「り、リグレっ....?な、んで....?」
「その話は後や」
氷戈の疑問を後回しにして、何かを語り出そうとするリグレッド。
しかしその前に偽ヴァイシャが割って入った。
「おいおい?さっきから人が突然どっかから湧いて出ると思ったら、こりゃアイネスの仕業だな?・・・まぁそれは置いておいてお前さん、一人でこっちに来るなんて自分の強さを過信しすぎちゃいねぇか?」
「偽モンとは言え久しぶりやなぁ、ロウ?・・・んでなんや、ホンマにボクが自分の実力見誤った状態でこっち来たと思うとるんか?」
「へっ!まぁ小汚いお前さんのことだ。何かはあるんだろうが、やるだけやらせてもらうぜ?・・・この身体も....そろそろ限界みたいだしな....」
どうやら偽ヴァイシャの依代となったラオの生命活動が止まろうとしているらしい。
故に少し焦った口調で命じる。
「デュネラー、予定変更だ。この際ヒョウカはどうだっていい。・・・あの腑抜けた野郎さえ消えれば全部丸く収まる。リグレッドの野郎を殺したらその時点で拠点に戻ってこい」
「あー.....。え、貴方偽物なんですよね?命令に従って良いものか.....」
「いやッ、偽物じゃねぇって!いや偽物か....?ん?本物の偽物...か?・・・とッ、とにかく今死にかけの俺は偽物だが、これは本物の俺が生み出した偽物の俺だから本物だと思ってくれていいぞ!・・・なんだってんだ、ややこしすぎんだろッ!」
「はい、よく分かりませんが承知しました」
「あと万が一負けそうになったら、何かされる前に自害しろな?こりゃ命令だ。・・・うーん!これでどっちに転んでも良くなった!俺ってば天才か?」
「はい。嫌ですけど命令なら、はい以外無いです」
「っ.....あ゛ぁ......ッ!!!!!!!???!?!?」
この期に及んでふざけたやり取りを披露され、氷戈のやるせない気持ちと怒りがより膨らむこととなる。
その膨張は留まることを知らずに、爆発を超えた向こう側。単に『気持ち』と表現するには烏滸がましい程の、圧倒的な何か。
目を充血するほどに見開いて、血が出るほどに唇を噛み締め、強く握りしめた拳も赤色に染まる。
全てを凍らせてしまうのでは無いかというほどの冷気が溢れ出る。
もう、ぐちゃぐちゃだった。
-なんでッ.....なんでこんな馬鹿げた奴に茈雨を、燈和をめちゃくちゃにされなくちゃいけなかったんだッ!!?・・・・絶対に殺してやる。いつか必ず本体を見つけ出して、殺すんだッ!!俺はそのために生きてやる。残りの人生、何を犠牲にしようとも必ず___-
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『闇堕ち』
恐らく、そう表現するのが最も適切だろう。ボク逹は今、その瞬間を目の当たりにしている。
アニメや漫画じゃあよくある展開だね。ご存知の通り、氷戈はこういう『ド定番』を大好物としている訳だけど....
果たして彼は、これを見ていつものように笑うのだろうか?それとも___
==================
「安心せぇ、そのためにボクがおる」
優しく背中に置かれた、彼の手。
「ッ!!?」
出会った時から目の下には常にクマを付け、明らかに不健康そうな見た目の彼の手は、そのイメージ通りに細くって熱もほとんど感じられない程である。
だというのに今はその手がとても大きく、暖かく感じる。
しかし。しかしである。
だからといって怒りが、憎しみが完全に収まるわけでは無い。
お陰でギリギリのところで理性は保てたが、それでも尚ヴァイシャ・アルロウをぶっ殺してやりたいという気持ちはいっぱいだった。
溢れ出る怒気と殺意に比例して、氷戈の周りはますます凍っていく。
彼と近い地面からは次から次へと氷柱が生え始め、降り頻る雨の悉くを氷へ変化させる。極低温と表しても過言では無い空間が広がりつつあった。
万物を凍らせる極寒の世界。
そんな中でも決して凍ることの無い『音』を聞いて、やっと気付く。
パリンっ....!!
「ッ!?・・・あ、あぁッ....!?」
自身の肩に優しく置かれたリグレッドの右腕が、跡形も無く砕け散ったことに。
振り向いて確認すると、リグレッドの右半身も同様に凍りかけていた。
驚いた氷戈は直ぐに発していた冷気を収め、リグレッドに問うた。
「なんでッ!?なんで離れなかったんだよっ!!?」
「へへ....ここが大事なんや....。離れて堪るかっちゅうねん」
「なに意味分からないこと言ってんだよっ!!?・・・う、腕がッ!どうすれば!?」
慌てる氷戈にリグレッドは優しく笑いかける。
「安心せぇ言うたやろ?なあに、自分の置かれた境遇に比べたら腕の一本くらい安いもんやで」
「安いもんかッ!!あ、ああ....」
あまりの驚愕と自責の念に駆られた氷戈は、今度は別の意味で正気を失いかけてしまう。
ところがリグレッドはこうなるのが分かっていたかのような冷静さで話し始める。
「どうしても自分を許せんのやったら、代わりにボクと『ある約束』をしてくれへんか?」
「や、約....束....?」
「せや。今後、『何があってもボク、リグレッド・ホーウィングのことを信じてほしい』っちゅう約束。・・・どうや?」
「そんなのッ!!とっくのとうにもう信じてるさ!・・・助けてもらったあの日から、今までずっとだッ!!」
氷戈は声を荒げて答えた。
そうしてリグレッドから帰ってきたのは、笑みでも礼でも無く__
どうしても、どうしても疑いたい事実だった。
「そう....ほな、聞いてや。・・・今まで自分に降りかかった災難の数々、その全部がボクの計画やったんや」
「___は?」
「燈和ちゃんがフラデリカになってしもうたのも、茈雨くんがデュネラーになったんも、ギルがヴェラートに裏切られるんも、茈雨くんが燈和ちゃんを殺すんも全部、ボクは知っとった。・・・その上でそうなるよに、ボクが仕組んだんや」
久しぶりにナレーターとして出演した回なのに...
こんなことって....