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  作者: あ
チュートリアル
3/34

『主人公』たる所以

☆登場人物図鑑 No.6

・『リグレッド・ホーウィング』 

 茈結しけつ所属/??歳/182cm/61kg/カーマ『絶対記憶』


 黒と灰色が入り混る特徴的な髪をしたヒョロガリ。目の下のクマが水性絵の具より濃い。好きなことはお喋りと観光、歴史本を読むこと。苦手なものは朝と睡眠、重苦しい人。


 カーマ『絶対記憶』はその名の通り『見たものを何があっても忘れない』というもの。『茈結』という自称慈善団体のリーダーを務めるも、その不健康そうな見た目と胡散臭い喋り方のせいでけっこう損をしている。


 何か確信がある訳ではなかった。

 何か根拠がある訳でもなかった。

 何か手がある訳でもなければ、()()を思い出さない訳でもなかった。


 その『何か』が、彼を動かしたのだろうか。


 氷戈は迫り来る『死』に向かって、両手を精一杯に伸ばす。

 側から見れば、女の放った『穿々電雷(ガウ・デラ)』を真っ向から受け止めようと構えているように見える。


 実際、そうだったのかもしれない。真相を知る者はもう居ないが__


 氷戈の開かれた掌の先から突如として現れた薄い層のようなものが、彼を守る盾のような形を成そうとしていた。


 ところが、あまりにも遅すぎる。


 光の如くの速度で襲い来る『穿々電雷(ガウ・デラ)』は、この時点でもう既に氷戈を飲み込まんとしていた。


 -間に合わな___-


 そう、間に合わない。確実に。

 ()()()()()()起きようとしていた『得体の知れない奇跡』に見放され、『定められた運命』からは逸脱できなかった。


 =だからこそ、()()()()()()()()()()。=



「はーい!ここから先は立ち入り禁止だぞ?止まっとけ?」


「え.....」「あん?」


 氷戈と『穿々電雷(ガウ・デラ)』の僅かな隙間に入り込んだ人影は、なんと片手を添えるだけで迫り来る『死』を封殺してしまったのだ。


 唖然とする氷戈と、憤りの混じった疑問符を浮かべる女。

 当事者二人の状況理解が追いつかないまま次なる手が、否、拳が女を襲った。


「ふン!!」

 ドゴォっ!!!

「ッ!!?ウぐッ!?」


 察知した女は『穿々電雷(ガウ・デラ)』発射のための体勢から、自身へ向けられたパンチに対してガードをする体勢へと即座にシフトチェンジする。

 どうやらガードは間に合ったようだが、踏ん張りきれずに後方へ吹き飛ばされた女は立ち並んでいた家屋を数軒貫通し、その姿は見えなくなった。


「・・・」


 五秒も満たない短期間に目まぐるしいほどの状況の変化を目の当たりにした氷戈は、言葉を発することすら出来ずにただ立ち尽くしていた。


「やっ!息しとるか?」


 突然後ろから肩を掴まれた氷戈は思わず素っ頓狂な声を上げる。


「ッうあ!!?」


「おー、エラい元気やんな自分?・・・若いってエエなぁ」


 エセっぽい関西弁で話す男の姿を見ようと氷戈は振り向いた。

 するとそこにはボサボサとした灰色の髪を伸ばす、細身で長身の男が立っていた。目の下にはペンで書かれたのかと疑うほどの濃いクマがあり、顔もやつれ気味と明らかに不健康そうな外見の男であったが、年齢は三十手前ほどに見える。


「あ....えと....」


 氷戈は分かりやすくキョドってみせる。

 状況を飲み込めていないのもあるが、この場合は普通にコミュ障が発症したようだった。


 これを見た男は大きく笑ってから、いきなり自己紹介を始めるのだった。


「ナッハッハ!!・・・初めましてやな?ボクはリグレッド、とある慈善団体のリーダー兼『最弱』を担当しとるんやけど....覚えとったりする?」


「・・・はい?」


「初めまして」なのに「覚えてる?」と聞かれた氷戈は余計呆然としてしまう。

『リグレッド』と名乗った男は「いっけない」といった具合で頭を抱え、再び話し始めた。


「アカンわぁ、つい方言が出てもうた。・・・ま、そないなことは置いとって....自分、名前は?」


「えと....ひ、氷戈です」


「よし、氷戈!行くで、付いて来ぃ!」


「行くって....何処に?」


「ん〜....一言で言うんなら『この国の姫さんを助けに』やな?」


「ひ、姫さん.....?」

 -マリ○?-


 余計何が何だか分からなくなったが、状況的にあれこれと聞いている暇は無いと直感的に感じ取った氷戈は一つだけ問う。


「あの....まずは、助けてくれてありがとうございます。・・・もしかしてなんですけど.....『シケツ』の方々ですか?」


「なんや、ボクらのこと知っとるんなら話は早い。ボクのこと信じて付いて来ぃ、無事お家まで返したるから」


「・・・」


 どうして初対面の自分にここまでしてくれるのか不思議でならなかったが、今はそれを聞いている時間はなさそうだった。

 元より、自分を襲った女と敵対関係にあると考えていた『シケツ』なる組織の助けを乞うていた氷戈にとって、これを断る理由も道も無かった。


「わ、分かりました。よろしくお願いします」


 氷戈は頷いて言った。


「ねぇ、団長さん?その子の面倒は一体誰が見るつもりなのかな?」


 またまた後ろから聞こえた透き通った声は、その裏に『恐ろしい何か』を感じさせた。

 振り返ると、先ほど片手で『穿々電雷(ガウ・デラ)』を防いだ女性がニコやかな顔で立っていた。

 こちらも長身且つ非常に整った顔をしており、正しく『お嬢様』を体現したかのような美しい女性だった。が、気になる点が一つ。


 -い、糸目だ、糸目キャラだ....本当にいるんだ....-


 感心と、その笑顔の裏に隠れている心情の読み取れなさにちょっとした恐怖を抱いた氷戈はリグレッドの方を見る。

 案の定、彼もオロオロとした様子だったが、団長の威厳を保つべく果敢に言って見せた。


「な、なんやシルフィ!?さては氷戈をこないなところに置いてけって、そう言うんじゃ無いやろな?」


「先ずは質問に答えなよ?・・・ただでさえ使い物にならない団長さんを連れてリュミストリネのお姫様を助けに行くっていうのにその子まで一緒に来て、一体誰が面倒を見るのって聞いてるんだよ」


「ひん....」


「・・・」

 -え、何今の?鳴き声....?・・・ま、まあとにかく、言っていることは間違ってない。この人たちの計画に俺が邪魔なのは当然のことだ。だけど右も左も分からないこんな場所に放置されたら、今度こそ死ぬ自信がある。何としても付いていかないと....-


「あ、あの!邪魔になったら捨ててもらってもいいので....一緒に着いていくだけでも、させてくれませんかッ...!?」


 氷戈は辿々しくも、熱のこもった声で言った。

 これを聞いたリグレッドは目を丸くし、『シルフィ』と呼ばれた女性も少し驚いたようでこちらを見た。

 そして鳴り響いた、拍手の音。


 パチ....パチ...パチパチ!!


「こンぐラッちゅレーしョン!!・・・先ほどジェイラに立チ向かっテ行った時とイい、今トいい、素晴らシイ気概だネ君!!ワタシは感動シた!!」


「・・・は、はぁ...?」


 日本語を覚えたての外国人のそれとも少し違う、独特な話し方の男性はゆっくりとこちらへ歩いてきた。

 氷戈の角度からはちょうど見えなかったが、恐らくはこの男性が『穿々電雷(ガウ・デラ)』を放った女を殴り飛ばした人なのだろう。筋肉質すぎるその逞しい身体と、木の幹かと見紛うほどの腕がなによりの証拠だ。


 男は戸惑う氷戈に、外見とは裏腹な優しい笑顔を見せて言った。


「安心しテクれ、君はワタシが守り抜クと約束シよう!!・・・ほラ!!」


「え、ええっと....これは....?」


 これ以上にありがたい言葉は無いはずだが、いきなり突き出された()()を見た氷戈はフリーズしてしまう。

 見かねたリグレッドは、すかさず助け舟を入れる。


「おいフィズっ!?それアカンから早よしまい!!出すんは小指や、小指!!・・・なしてピンポイントで一番アカン指が出てくんねん....」


『フィズ』と呼ばれた男性は恥ずかしそうにしながらも、言われた通り小指だけ出した手をこちらへ伸ばした。


「あ....」

 -これって『指切り』ってことかな....?この世界にも同じような文化があるんだなぁ....-


 氷戈は指切りに応じながら、お礼を言った。


「本当に...ありがとうございますッ....!!・・・俺、突然この世界に飛ばされて、右も左も分からなくって___」


「なんて?」「ほオ?」「は?」


 氷戈の異世界転移発言にリグレッド、フィズ、シルフィの三者が一斉にフリーズした__その瞬間を狙ったのかは定かではないのもも、タイミングとしては完璧であった。


「『帯雷鉄檻ラ・プリズム』、ケージアップ!!」


「ッ!!?とウ!!」


 どこからか声が響き渡ったかと思えば次の瞬間、既に氷戈含む三人は()()()()()()()

 対し、いち早く異変を察知したフィズだけが大きくジャンプをしてこれを交わしていた。


「ッ!?え、ええッ!!」


 慌てふためく氷戈の足元にはいつの間にか円形の紋様が浮かんでおり、その円周に沿って鉄の牢が形成されていたのだった。


 正しく籠中こちゅうの鳥状態な氷戈、リグレッド、シルフィ達に、檻の外に着地したフィズが言う。


「す、すまナい....君達を抱エて逃れラレれば良かったンだガ....」


「何言うとんねん、そないなことしとったら自分まで檻の中やったろ?むしろ外に出たんがフィズで良かったわ、こん中じゃいっちゃん勝率が高い.....頼んだで?」


「・・・あア、頼マれたヨ。・・・さて」


 フィズは氷戈達を閉じ込めた人物のいる方へゆっくりと視線を移して言った。


「お互イの経験則にヨレばこノ勝負、ワタシの勝ちダね。・・・向かっテ来ルのはオススメしなイよ、ジェイラ?」


 ここで漸く氷戈を襲い、檻に閉じ込めた女の名が『ジェイラ』だと発覚する。


 フィズに挑発紛いの言葉を吹っかけられたジェイラは舌打ちをして返した。


「ッチ....相変わらずいけ好かねぇ野郎だぜ。今すぐその能天気な面に一発ブチ込んで鼻を真っ直ぐ立たねぇようにしてやりたいところだが....さて、そろそろか?」


 ドガァッーーーン!!!!

 ドゴォォッーーン!!!!

 ズドォォッーンッ!!!!


 ジェイラが合図を出したかのようなタイミングで四方八方から鳴り響き始めた擬音語の嵐。

 凄まじい音と共に地面が揺れていることからも、あちこちで生じている爆発の大きさが窺えた。


「クソっ.....始まりおった!!」

「ッ!!?なッ...なんだ!?・・・うおあッ!!?」


 氷戈は揺れに驚き、目の前にあった檻の格子で身体を支えようとしたものの、その試みは失敗に終わる。

 素っ頓狂な声を上げて前方へと転げる氷戈。


 格子を掴みそびれたでも、揺れに耐えきれなかったでも無い。

 格子が氷戈の身体を避けるかのように湾曲したのである。


 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。


 このせいで氷戈は目の前の格子では無く、檻の外の地面へと頭をぶつけることとなったのだ。


「いっちち....。って....あ、あれ?」


 未だ小規模な爆発音が響き渡ってはいたが、目の前で生じた不可解な出来事に頭がいっぱいになる。


 -なんだ、この檻?粘土かなんかで出来てたのか?・・・いや、そもそも触ってすらない。まるで格子の方から俺を避けたようだった....-


「なッ!?お、お前ッ....一体何をした?」


 少し離れた場所でフィズと対峙していたジェイラが驚きの表情で問う。

 ジェイラだけでは無い。見ればフィズやシルフィも同じような表情でこちらを見つめていた。


 うっすらと感じていた事の異常性がより明確になり、氷戈は困惑した。

 間もなく困惑を解消するための思考を始めようとしたところで、リグレッドが割って入った。


「なんやよう分からんけど、今は逃げるんが先や!!早よ立ちぃ!!・・・シルフィも行くでッ!?」


 切迫した声を聞いた氷戈は反射的に言われた通りの行動をした。

 氷戈がその場から退いた後、リグレッドとシルフィも人一人通れる格子の隙間を通って檻からの脱出に成功する。


「皆んな無事やな?ほな行くで!?」


 リグレッドは間髪入れずに呼びかけ、走り出す。

 恐らく『お姫さまの救出』という本来の目的を遂行するため、お城かどっかに向かうつもりなのだろう。

 瞬時に理解した氷戈は黙ってリグレッドの背中を追った。

 リグレッドを先頭に氷戈、シルフィ、フィズという隊列で先を行こうとした、その時___


「お前だけはッ!!逃す訳にはいかねぇんだッ、リグレッド!!」


 捉えきれない速度で飛んできたジェイラの拳は、既にリグレッドを捉えていた。

『こいつだけは絶対に殺す』と言葉にせずとも伝わる、溢れんばかりの殺意を纏う渾身の殴り。


「ッ!!?」


 ここで気付いたリグレッドは、死期を悟ったような顔をする。

 彼の腹とジェイラの拳との間には、もう掌一枚ほどの隙間しか無かった。


 ______。


 それだけあれば、十分であった。


「ッ!!クッソがぁッ!!・・・グガッ!!?」


 いつの間にか移動してきていたフィズはジェイラの拳を片手で音も無く止めると、流れるように蹴りを入れ、またも十メートルほど吹き飛ばしたのだった。


 ジェイラは両足と片手の三点を地面に食い込ませ、なんとか蹴りの勢いを殺すことに成功する。

 ジェイラはフィズに敵わない怒りからか、再び舌打ちをしつつも不敵に笑ってこう言った。


「チッ....まぁいいぜ。オレだけで殺っちまったんじゃ生きてる内に報酬金を使いきれねぇからな.....ちょっくら手伝わせてやんよ、クトラ」


「・・・手伝わせてやる?・・・『オレじゃ勝てねぇので助けろください』の間違いじゃねーですこと?」


『クトラ』と呼ばれた特徴的な喋り方の新キャラは、先ほどジェイラが埋まっていたであろう家屋の瓦礫付近から姿を現した。

 赤いおかっぱ頭の少女といった容姿の彼女を見たリグレッドは露骨に焦り散らかす。


「アカン!!瓦礫に埋まっとる間に仕込まれとったんかッ!!?・・・シルフィ、早よ___」

「『地繋ギ(スペクト)』!!」


 リグレッドが言い終わる前にクトラは地面に片手を当て、唱えた。

 すると当てた手を中心に、正方形の枠が描かれたのだった。学校机ほどの面積のそれは赤い光を放ち始め、周囲を刹那の間染めた。


「・・・ふむ」


 場に居るみなが目を瞑っていたところに、落ち着いた、それでいて凄まじい威圧感を帯びた声が響いた。

 続けてもう一言。


「昔を懐かしむには少々騒がしい....」


 ドゴォォッオンッ!!!!


 鳴り響く轟音。

 大地が大きく揺れ、ひび割れる。


 何が起きたのかと、咄嗟に目を開いて確認する。


「ッ!!?」


 そこには見慣れない男がフィズの顔面を鷲掴みにして思いっきり地面へ叩きつけているという、何とも悲惨な光景があった。

 地の抉れようといい、伝わる衝撃といい、フィズの致命傷は必至。即死と言われようが何ら疑問も抱けない程の破壊力を感じられた。


「ッ!!?フィズっ!?」

「なッ...ん...」


 リグレッドは叫び、氷戈は絶句する。


 そして思い知る、今まで『エンタメとして見て来た異世界』と今居る『現実の異世界』の違い。異世界に希望を抱いていた氷戈にとって、あまりにも残酷に突きつけられる現実性リアルさ

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と。


 何が起きてるのか分からない。

 なのに誰も説明してくれない。解説もない。

 だからといって考える間も無く、次から次へと何かが起きる。

 その度に感じる、鮮明な『死』の恐怖。


 何より、異世界転移者(主人公)である自分が抱くとは思わなかった、この感情__


 圧倒的な『無力感』。


 -ああ、俺って『主人公』じゃ無いんだ-


 おのが劣情を、現実によって踏み躙られた氷戈は目の前の『恐怖』に屈しようとしていた。


 恐怖の対象はフィズの顔から手を離し、ゆっくりと立ち上がって言った。


「久しいな、リグレッド」


「よ、よぉヴィル....連合のお頭にしちゃあフットワークが軽すぎるんとちゃうか?」


 口振り的にはリグレッドと『ヴィル』と呼ばれた男は旧知の関係のようだが、リグレッドの方がビビり散らかしているのを見るに力関係は同等では無いらしい。

 しかし、リグレッドは何か別の事を気にして急いているような様子でもあった。


「それはお互い様だろう、リグレッド。まさかこちらの動向を読んで乗り込んで来るとは思わなかったが、結果として良い方向へ転んだようだ。・・・また逢える時を楽しみにしていたぞ」


「そ、そりゃそうやろな....?ボクをぶっ殺せれば、()()()()()()せんでもエエ訳やし」


「・・・ん?とりわけ、君を殺そうがリュミストリネはいただいて行くつもりだが?・・・『純番ミナギ』を執り行うのに、彼女ほど適した人物は居ないだろう」


「へんッ...ゲスめが....」


「ふむ、なんとでも」


 痺れを切らしたリグレッドは、斜め後ろを向き大声で言った。


「おいシルフィっ!!?何しとんねんッ、早よう瓶割らんか....なッ....?」


 驚愕するリグレッドの目線を追うように、氷戈も自身の斜め後ろに居るシルフィの方へ目をやる。


「ァ......ッ......!!」


 するとそこには、直立状態で緑色の酒瓶を抱え、悶えているシルフィの姿があった。

 声もロクに出せない状態の彼女の様子は、まるで立ったまま金縛りにでも遭っているかのようだった。


「へッ!!ザマァ見やがれリグレッド。オレの本業は元より拘束こっちだぜ?」


 見ればジェイラが離れたところからシルフィの方へ片手をかざしていた。そのまま捉えれば、金縛りはジェイラの仕業ということになる。


「ッ!!クソッタレっ、一か八かやッ!!」


 焦ったリグレッドはシルフィの方へ駆け出した。


 彼女との距離は氷戈を挟んで僅か五メートル。


 ___されど五メートル。

 彼が最初の一歩を踏み込んだところでその足取りは止まり、宙に浮く。


「ウッグっ!!?」

「ッ!?リグレ....」


 リグレッドは『ヴィル』に喉元を掴まれ、持ち上げられたことによって宙吊り状態となっていた。

 氷戈は、すぐそこに恐怖の対象がやって来たことで言葉を失い、たじろぐ。


 厳かで厚い黒衣を纏いながらも、隠しきれていない体格良さはそれだけで圧を感じさせるほどだった。

 腰の辺りにまで伸びた赤い髪を後ろで一本に結いでおり、心做しかジェイラととてもよく似た外見である。


 ところが、何もかもが違うと氷戈の本能が告げる。

 放たれる圧も、立っている地位も、実力も、次元そのものがここに居る者()とは一線を画しているのだと。

 氷戈の足が竦むのなど、至極当たり前の事象であった。


 氷戈はただただ、目の前で苦痛の表情を浮かべるリグレッドを眺めていた。


「グッ...ガッ....ひ、氷戈ぁ.....た...のんだ...で...グぁッ...!?」

「・・・ッ」


 リグレッドは途切れ途切れの、潰れた声で氷戈に言った。

 対し『ヴィル』はリグレッドの喉元を掴む力を更に強くし、二度と余計な事を口走れないように施す。


 動けぬ氷戈。

 何を頼まれたのかは、理解しているというのに。


「・・・見慣れない顔だ。『茈結』の新顔か?」


「ッ.....」


 言えぬ氷戈。

 彼が自身に向ける興味が、意識が、眼力が、氷戈の行動の悉くを制限する。


「ふむ。なにであれ、焼き払われたく無ければそこから動かない事だ」


 返答を期待出来ぬと悟った彼はそう言うと、空いたもう片方の手をこちらへ向けて唱えた。


「・・・『燃ユル君(ディ・イェルツェ)』」


 向けられた掌に獄炎が宿る。

 目にするだけでもおぞましい、対象を滅することのみを目的に燃え滾る殺意の炎。


「・・・・?」


 怖い、嫌だ、恐ろしい、逃げ出したい。


 無論、そうは思った。


 しかし、それら感情の向かう先は自身を滅ぼさんとする獄炎では無く、『ヴィル』と言う男そのものだった。


 裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事。

 本来一番に感じるであろう「熱い」という感覚だけで無く、技から放たれる威圧感や迫力といったものすら氷戈には届かなかった。


 まるで自身とそこにある炎、()()()()()()()()()()()()()()()かのように。


 そして氷戈はこの理由を、うっすらとであるが理解し始めていた。

 =早くにして世界に慣れ始めた男は、早くにして己に秘めた力の片鱗を悟っていた。=


「・・・」

 -俺に与えられた使命はシルフィの抱えている瓶を叩き割る事。距離にして二メートルとちょっと。動き出せば即座にあの炎が放たれるが、問題は無い....はず。・・・どう考えたって、成功する確率の方が高い-


 根拠の無い自信。

 人はそれを『賭け』と呼ぶ。


 -何にしたって動ける人間が俺しか居ない以上、やるしか無いッ....!!やるしか、無いのにッ!?-


 勇気を蝕む感情。

 人はそれを『恐怖』と呼ぶ。


 -怖い....そう、怖いものは怖いさ。・・・だけどもッ!!俺を助けようとしてくれた人たちを、俺が見殺しにすることの方が嫌だからッ!!動けよッ、俺の足ィッ!!!-


「うぉぉぉォォッ!!!」

「余程、燃えたいらしい....」


 一歩を踏み出した氷戈の背に、男は容赦無く獄炎の弾を打ち込む。

 次の瞬間には燃え盛る炎が氷戈を呑み込んでいるだろう。


 それでも、氷戈は振り足を止めない。進み続け、手を伸ばす。


 自分の力を信じた『賭け』に挑み、計り知れない『恐怖』に打ち勝ち、仲間の為にただひたすら足を動かす者。

 人はそれをこう呼ぶ。


 =『主人公』と。=

何こいつ....急にめちゃくちゃ主人公してるじゃん....

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