『痛み』と『覚悟』と『信念』と
<世界観設定>
欲:その個人に宿る特殊能力であり、ある条件を満たした者にのみ発現する。原則最上位の優先度を誇り、防御や対応、相殺するには同じく欲の力を行使しなければならない。
源術:人体を構成する基本的要素である『源素』を応用し、攻撃や防御をするために作られた術の総称。分かりやすく言えば魔法であるが、力の源は魔力ではなく身体を構成するエネルギーそのものであるため『一時的に命を削る技』とも言える。なおこの世界に魔法や魔力といった言葉や概念は存在しない。
源素:この世界の人間は『木(風)』『火』『土』『金(鉄鋼)』『水』の計5つの要素によって成り立っており、これをまとめて『源素』と呼ぶ。いずれか1つの要素でも完全に失ってしまうと人体を保てなくなってしまい、人間としての機能を失う。故にアルマの過度な使用は厳禁である。
我成:5つある源素「木(風)」「火」「土」「金(鉄鋼)」「水」の内、『金(鉄鋼)』の要素を使用して形成される武器のこと。出現させる人によって姿形が異なり、武器種も様々。誰でも簡単に呼び出せるものではなく、ある程度の鍛錬や条件を要す。
血に染まった手を、雨粒が洗い流して行く。その事実を、忘れせてくれようとしているのか。
ところが記憶に深く刻まれた、人間を刺した時の鈍い感触が薄れる訳では無かった。
「あ...ああ....」
彼女の胸に突き刺した槍から無様にも手を放し、よろけながら2歩3歩と後退る。
「う....グッ!?....クハッ!」
フラデリカはその場で跪き、苦痛に咽ぶ。加え、信じられない量の吐血を繰り返す。
これを見た氷戈は2つの不安、いや、恐怖に駆られる。
-お...俺がやったのか....?燈和を、俺が?・・・ッ違う!!コイツは燈和じゃない!気をしっかり持て!・・・今大事なのは槍がフラデリカのどこを刺したかだろう!!・・・おい、待てよ?俺は一体、どこを刺したんだ...?-
呆ける氷戈。
リグレッドから告げられた『燈和を取り戻す方法』で提示された具体的な策。それは『フラデリカを殺して、燈和を生かす』というものだった。
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「燈和ちゃんを取り戻す、最も確実な方法。・・・それは『フラデリカを殺す』や。もちろん自分の力で、な?」
「・・・は?」
「そないに困惑せんでも、そのままの意味やで?燈和ちゃんの記憶を封じとる世界規模の欲と、『超然洗脳』によってその上に形成されとるフラデリカとしての人格。これらを取り除けば燈和ちゃんを取り戻せるやろ?」
「・・・そ、それはそうだけどさ。・・・現状『燈和=フラデリカ』なのにどうやってフラデリカだけを...殺すのさ....?」
「記憶を封じとる方のカーマ、その核をぶっ壊せばええんや」
「え、核?そんなものがあるの!?」
「あるで、ここにな?」
「ここって....心臓?」
「近いが、全然ちゃうで。・・・正確には心臓と右肺の丁度境目辺りや。そこに『忘レ人』の核がある。・・・あと言うとくが心臓なんて狙ぉたら燈和ちゃん諸共お陀仏やで?気ぃつけなや?」
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そう、氷戈の狙いは初めから『忘レ人』を忘レ人たらしめている核、それを『絶対防御』の力を宿した槍で貫き破壊する事だったのだ。
そしてこの核に干渉できるのは、『記憶を封じる世界規模の欲の優先度をも上回るカーマ』を持つ氷戈ただ一人という訳である。
リグレッド曰く、核さえ破壊できれば記憶を封じるカーマと燈和との繋がりが絶たれて元に戻るらしい。
だがその際に間違ってでも真横にある心臓を貫いてしまうと、忘レ人の基本源素量由来の治癒能力を以ってしても致命傷は免れず、ほぼ確実に死に至るとも告げられた。まるで手術のような、非常に繊細で失敗の許されない槍捌きが要求されるのだ。
これが氷戈の抱く2つ目の恐怖の真相であった。
故に氷戈は焦る。
『フラデリカという人格を殺し、燈和の身体に槍を突き立てる』という最も根底にある恐怖に駆られ、どのようにしてフラデリカの胸に槍を刺したのかを覚えていなかったから。いや、正確には反射的に見るのを拒んでしまったのだろう。
「クッソ!!刺さった場所によっては燈和が死ぬかもしれないんだぞッ!?そんな大事な時に何やってるんだ俺はッ!!」
自分の心の、信念の弱さに苛つきを隠せない氷戈は声を荒げる。
しかし起こってしまったからには、後悔している暇などない。まずは状況を確認せねば、万が一の事態かどうかも分かりかねる。動かねばならない。
自責の念に駆られながらも、重い一歩を踏みだす。
「...と、燈和?」
相も変わらず四つ這い状態の彼女に、恐る恐る声をかける。もしかしたらそれが燈和かもしれないという、淡い期待を寄せながら。
「クッ....ちがッ....カハッ!!」
「ッ!?」
フラデリカは槍が刺さった状態にもかかわらず、よろけながらゆっくりと立ち上がる。
それと当時に、槍がどこへ刺さっていたかがハッキリとしたのである。
「クソッ!!」
悔しがる氷戈の反応通り、槍は心臓部から大きく右へ逸れた右肺のど真ん中に命中していた。
心臓を貫くかもしれないという計り知れない恐怖が、その矛先を右へと逸らさせたのだ。
肺を潰され、吐血が治らないフラデリカ。
満身創痍ながらも、自らに刺さった槍を力強く握り....
「・・・グッ!!グアアアアァッ!!!」
「ッ!?お、おいッ!!そんなことしたら!!」
カランッ...カランカラン....
一気に引き抜いたのである。
噴き出る血を諸共せずに槍を地面へ投げ捨てると、流れで自身の首にかけていたペンダントを引きちぎる。
「おい...何をして...」
「カ、カハッ!...姉さん、ごめんね。力を...貸して」
パリンッ...!!
赤い宝石のようなものが埋め込まれたペンダントを握りしめた右手を患部へ当ててそう言うと、力を込めて割って見せたのだ。
すると彼女の右手から淡い色の炎が溢れ出す。炎は次第に勢いを増して行き、優しくフラデリカを包み込んだのである。
「な、なんだ?あの炎は...」
-あんな状態で何をするつもりなんだ?それにこの炎....。色や雰囲気からしても明らかに今までのものとは種類が違う-
深く思考を巡らせる前に、フラデリカに変化が起きていること気付く。
オレンジ色の穏やかな炎は次第に縮んでいき、フラデリカの負った傷の辺りに集中し始める。
炎は開いた孔より一回り小さなサイズになると同時に、灯った。
ボッ....
まるでそこを灯すのが使命かのように。
「・・・血が....止まって...?」
孔の中に炎が灯った瞬間、患部からの流血や吐血がパタリと止む。
「ありがとう....姉さん」
哀しそうな表情で呟くと、今度は冷たい目でこちらを捉えた。
「この私が、まさかこんなに早く使わされることになるとはな。・・・しかも、よりによって姉さんの仇相手に」
「ど、どういうことだ....?傷は大丈夫なの?」
「なんだとッ!?・・・ますます気色の悪い。何故貴様が敵である私を案ずるような言葉をかける?・・・だがそうだな....戒めの意も込めて教えておいてやる。これは貴様が手にかけたフレイラルダ=レベッカのカーマの力だ」
「レベッカの...カーマ...?」
氷戈は唖然と聞き返す。
「姉さんのカーマ『命火ノ縁』は『自身と繋がったものへ命を分け与える』というものだった」
「命を...分け与える...」
鸚鵡返しを繰り返す他なかった。
「先ほど砕いた宝石は、姉さんが長年をかけて作り上げた『カーマの力が宿った結晶』だったのだ。そうして私は姉さんのカーマを発動させ、貴様から受けた傷を癒した。・・・貴様にこの意味が分かるか?」
「・・・」
「・・・姉さんの形見を失ってでも、絶対に貴様を殺すという硬い信念がそうさせたのだッ!!お前は絶対に殺すぞ青髪!!どんな手を使ってでもだ!!」
「ッ...」
先ほど自分の信念の弱さを痛感した直後に『自分を殺すための揺るぎない信念』を見せつけられ、氷戈は動揺を隠せなかった。
そんな状態の氷戈を歯牙にも掛けず続けるフラデリカ。
「先ほどのようなチャンスは二度と訪れないと思え。何故私の攻撃が貴様の槍と身体に当たらなかったのかはまだ分からないが、そうなると分かっていれば対処のしようはある....」
「・・・」
-落ち着け俺!!今はそんなこと気にしている場合じゃないだろう!!・・・まだ『絶対防御』の仕様はバレきってない。ならまだ俺の方が...-
「それにだ」
フラデリカは一歩踏み出すと、再び我成『灯火』を顕現させる。
「?」
「さっきまでの私と、同じと思うなよ?」
ザッ!!....__________。
「な...?ッ!?」
まだ俺の方が有利、と思うよりも早く。
既にフラデリカは氷戈の喉笛に『灯火』の剣先を突き立てていたのである。例の如く、その攻撃が届くことは無いが。
-い、いつの間に!?『絶対防御』が無ければ確実に死んで...-
ドゴォっ!!
「グハッ!!?」
フラデリカは氷戈に思考をさせる隙を与えずに、思いっきり腹部を蹴り飛ばしたのである。
鈍い音と声を漏らして地面を転がっていく氷戈。
これを見たフラデリカは考察する。
「やはりガイナでの攻撃は当たらない、か」
氷戈は片手で蹴りを入れられた部分を抑えながら、苦しそうに立ち上がる。
「ウグッ...なんつー威力だよ...」
「しかし、だ。こうして体術由来の攻撃は問題無く通じる。それならば話は早い....!!」
「ッ!?追いつけな..ガハッ!!」
フラデリカはまたも氷戈の追いきれない速度で近づき、今度は顔面にストレートを決める。
痛い。
よろける氷戈。止まらないフラデリカ。
痛い。
「グッ!?....ガッハ!!ヴッ...ガッ!!?」
「分かるかッ!?これが憎しみだ!!これが復讐だ!!姉さんを殺した罪だッ!!」
狂気。
フラデリカは更にヒートアップする。
痛い。
思いっきりアッパーを喰らわせ、吹っ飛んだ氷戈。受け身を取れず横たわる彼に、フラデリカは馬乗りになって顔面を殴り続ける。
痛い。
「ハアッ!!痛いかッ!?痛むかッ!?・・・だがッ!痛みを感じられるだけ幸運と思えッ!姉さんは...姉さんはそんな事を感じる間も無く殺されたッ!最後に思いを馳せることも許されずに!最後に声を上げることも許されずに!オマエに殺されたのだッ!!」
「・・・」
痛み。そう....痛み、か。
初めこそ声を上げていた氷戈だったが、次第に無言で殴られ続けるだけとなる。それは決して意識を失ってからでも、死んでしまったからでも無かった。
ただ、考えていた。
-痛み。何でだ?・・・俺は殴られて痛いし、コイツも姉を失って心を痛めてる。そして実際、レベッカは死んでいる。何でだ?何で俺はこんなにも殴られなきゃいけない?何でコイツは俺へ復讐してるんだ?何でレベッカは死んだ?分からない。痛みの意味が。分からない。なんで俺がこんな目に遭っているのか-
「・・・わ」
「ハァハァ...驚いた。まだ意識があるのか....。言い残したことでもあるのか?だが許さん!何故なら貴さ....」
「分からない」
「グッ!?グァッ!!」
今度はフラデリカが大きく横へ吹き飛ばされる。
仰向けとなる氷戈のすぐ右の地面から、馬乗りになっているフラデリカへ向けて勢いよく氷の柱が飛び出したのだ。
押し弾く形でフラデリカを退けた氷戈は、ボロボロの身体で立ち上がる。
対しフラデリカは受け身を取っていたため既に臨戦体制を整えていた、のだが。
狂気。
氷戈は場を凍て付かせる。
「分からないんだ。・・・俺が感じてる、痛み。・・・オマエが感じてる、痛み。何故なのか、分からない....」
「き、貴様...何を...」
「でもさぁ、分かったんだ...。痛みを無くす方法...」
「なんだというのだッ...!?貴様は...」
精一杯の殺意を込めて....
「フラデリカ...オマエを殺せば痛み、全部無くなるよね?」
「は」
ただならぬ雰囲気に気圧され、凍ってしまうフラデリカ。先程までの威勢がまるで嘘のようである。
「オマエが死んでしまえば、俺は痛くないし、オマエも抱えずに済んだ痛みを忘れられる。そうだろう....?」
「抱えずに..済んだ、だと?」
「そう。・・・そうだけど...もういいよ。どうせいなくなるんだから。オマエを殺して、燈和を取り戻す。オマエは死んで、解放される。ただそれだけの話だ。元からそのつもりだった。・・・けど足りなかった」
「さっきから何を...」
「燈和を取り戻す覚悟、それだけじゃ足りなかったんだ。・・・フラデリカ、オマエを殺す覚悟も必要だったんだ。・・・そして今、決まったよ」
「ッ!!何を訳の分からんことをゴチャゴチャとッ!!うおォォッ!!!!」
「『超然洗脳』によって生まれた仮の存在、フラデリカ。俺はオマエを殺すよ。俺と、そしてオマエのためにも...」
コンッ____
「ウッ....!?」
理解の及ばない言葉を放つ氷戈に、思わず激情したフラデリカは先ほどと同じように猛スピードで殴りかかる。
氷戈はまたも動けない。否、動かなかったのだ。
顔を狙う拳の行き先を阻むように、小さな氷の板を生成してこれを防ぐ。
びくともしない氷に拳を思いっきりぶつけ、少し怯むフラデリカ。僅かに生じた隙を氷戈は見逃さない。
迫る拳。その大きさは、丁度対象程か。
気付けば氷で出来たそれはもう寸での所にまで迫っていた。
「え....グハッ!!?」
直撃。
もの凄い勢いで飛ばされるフラデリカ。放っておけばどこまでも飛んでいってしまいそうな、そんな勢いで。
しかし氷戈はそれすらも許さない。
バリンッ!!
「ガッハっ!!!」
フラデリカの吹き飛んでいく方向に突如、分厚い氷の板が形成される。無論そこへの衝突は免れずに、大きな破砕音と呻き声が響き渡ることとなる。
氷の板に全身が埋まり、まるで磔状態となっているフラデリカ。
これを見ても尚、氷戈は歩みを止めることは無かった。
一歩、また一歩と着実にフラデリカとの距離を詰めていく。
彼女を殺すと決心した、その信念を揺るがしてしまわないように。
一歩、一歩....。
パキっ!!
「・・・?」
氷の割れる音。いや、フラデリカの動いた音か。
「ァァ.....」
「?」
「ッハァァァァっ!!!!」
ガシャァァンッーー!!!
爆炎が周囲に広がると共に、彼女を磔にしていた分厚い氷が音を立てて崩れる。
燃え盛る炎の中心には、鋭い目つきのフラデリカが立っていた。
-次、勝負が決まる-
直感的に感じ取った氷戈は再びガイナを顕現させる。
それはフラデリカも同じだったらしく、腰に下げていた2本の剣を手に取る。天然由来の鉄で出来た武器であれば『絶対防御』を無視して攻撃できるという算段だろう。実際にこれは正しい。
一本は戦闘の序盤に防御で使用していたのを見たが、もう一本は初めてお披露目されたものだった。どちらも彼女のガイナとは変わらないレイピアのような形をしているが、2本目の方はその等身が異様に長かった。
「姉さんの形見を宿した私が、姉さんの形見で、姉さんの仇である貴様を貫く....。なるべくしてこうなったのは、運命ということか....」
恐らくあの長い方のレイピア、それこそがもう一つのレベッカの形見なのだろう。
氷戈は変わらず冷たい表情をしながらも、現状の分析をしていた。
-レベッカのカーマを取り込んでからフラデリカの身体能力は著しく向上した。単純な物理の殴り合いじゃ俺に勝ち目はない。・・・一方フラデリカの攻撃手段は物理しかない反面、俺には氷源術という攻撃手段もある。この優位性を活かせば必ず勝機はある....-
構える2人。
氷戈とフラデリカ。
ギルバート達と同じく、こちらも第2ラウンド兼最終ラウンドが始まろうとしていた。
その時だった。
プツンっ___
「・・・ッ!?」
氷戈は振り向く。
まさにギルバートが戦っている方向から、何かが切れる音がしたからだ。
「あ、ああ....おい、どうなって....」
ここから数百メートル離れた荒野で、少し前まで激しく斬り合っていたいたであろうギルバートとラヴァルド。この表現の通り、今は両者の手は止まっていた。
「なんで...なんでアイツがッ!?ギルバートをッ!?」
遮蔽が無いため、遠くからでも鮮明に見えた。
倒れ込むギルバート。その後ろにはついさっき、確かに見た人影が。
目の前の敵を余所に、思わず駆ける氷戈。
『アイツ』は手に持った長い剣で躊躇なく、己が君主を手にかけるのであった。
氷戈の戦いも気になるけど....
あんなに強かったギルバートを、一体誰が....?
ちょっとー!!ボクこういう『引き』で終わる話、嫌なんだけどッ!?・・・え?そんなんじゃ何にも読めないって?
だって....気になるじゃん....