『忘レ人』
<世界観設定>
欲:その個人に宿る特殊能力であり、ある条件を満たした者にのみ発現する。原則最上位の優先度を誇り、防御や対応、相殺するには同じく欲の力を行使しなければならない。
源術:人体を構成する基本的要素である『源素』を応用し、攻撃や防御をするために作られた術の総称。分かりやすく言えば魔法であるが、力の源は魔力ではなく身体を構成するエネルギーそのものであるため『一時的に命を削る技』とも言える。なおこの世界に魔法や魔力といった言葉や概念は存在しない。
源素:この世界の人間は『木(風)』『火』『土』『金(鉄鋼)』『水』の計5つの要素によって成り立っており、これをまとめて『源素』と呼ぶ。いずれか1つの要素でも完全に失ってしまうと人体を保てなくなってしまい、人間としての機能を失う。故にアルマの過度な使用は厳禁である。
我成:5つある源素「木(風)」「火」「土」「金(鉄鋼)」「水」の内、『金(鉄鋼)』の要素を使用して形成される武器のこと。出現させる人によって姿形が異なり、武器種も様々。誰にでも簡単に呼び出せるものではなく、ある程度の鍛錬や条件を要す。
『ふりだし』から一マス戻り....
-介戦組織『茈結』の本拠地裏にて-
木漏れ日が程よく差し込む森の中、向かい合う二本の木の幹を背にして座り込む二つの影。
途中気持ちの良い風が吹くと、周囲の静けさをより際立たせる。
そんな中、エセ臭い関西弁が静寂を断つ。
「いんやぁ、懐かしいもんやなぁ。もうじき二年になるんとちゃうか?」
「うん、そうだね。・・・でも何でまたこんな所で?」
リグレッドの言う『二年になる』というのは恐らく『氷戈がこの世界に来てから』と『氷戈とリグレッドが最初にこの場所で戦ってから』の二つの意があると思われる。
氷戈がこの世界に来てから、たった一週間でリグレッドと『見つかった燈和らしき人物に会いに行けるか否か』を賭けて戦ったのが正にこの場所であった。
当時は戦いに機転を利かせて勝利したが、今戦えばそんなことをせずとも余裕で勝てるだろう。
この二年で氷戈の実力は飛躍的に伸びた。全ては『大事な幼馴染とまた一緒にバカをやるため』を原動力に、一日たりとも休まず修行に任務をこなした。結果、氷戈はたった二年で実力がものを言う介戦組織『茈結』の中でも上澄みレベルにまで成長した。
リグレッドはそんな氷戈をじっと見つめ、真剣な顔をする。
「ついさっき、フラミュー=デリッツがとある国へ宣戦布告しおった」
「フラミュー=デリッツが⁉︎」
思わず立ち上がる。
「落ち着きや。・・・ボクの予想じゃあフラデリカ....もとい燈和ちゃんも参加すると踏んどる」
ゴクリ...
氷戈は固唾を呑む。
この二年間、当然氷戈は『燈和を取り戻すためフラミュー=デリッツへ乗り込みたい』と幾度も懇願してきたが却下され続けてきた。加えてリグレッドの方から燈和関連の情報を口にすることはただの一度も無かったからである。
「ほんでボクら『茈結』はその国の防衛に手を貸そうと思うとる。言うなれば『対フラミュー=デリッツ防衛作戦』やな。・・・まだ具体的には決めとらんがウチから精鋭部隊を編成し派遣する形で援助、て考えとる」
「じゃあ俺がッ‼︎」
氷戈は思わず前のめる。
リグレッドは座りながら「どーどー」とこれをいなしながら言った。
「当然氷戈、自分にも行ってもらお思うとる。・・・せやけど、今回ここに呼び出したんはまた別の事を伝えたかったからや」
「べ、別の事...?」
リグレッドは頷き、そのまま続ける。
「正直『対フラミュー=デリッツ防衛作戦』は表向きの作戦や。ウチのメンバー達にはもちろんやが、マーべラットやウチと関わりのある多くの国に対する『正当にフラミュー=デリッツと一戦交える』という示しの意の部分が大きい。・・・お分かりかい?」
「ええっと。・・・つまり『フラミュー=デリッツと戦う口実』的な意味?」
「正にそうや!これで表立って燈和ちゃんを助けに行けるってな訳や」
「ッ⁉︎リグレッド....」
氷戈はリグレッドがそこまで考えてくれているとは思っていなかったので、不意をつかれ感動してしまう。
リグレッドはこの様子を見て少し笑うも、すぐに真剣な面持ちで言った。
「しっかし参ったことに、あの色が見えたんよなぁ...」
「は?色?」
氷戈は怪訝そうに首を傾げた。まあ確かに意味はわからない。
突如立ち上がると、リグレッドは自身の左目を指差す。するとその灰色の虹彩に、うっすらと『銃の照準』のような紋様が浮かび上がってきたのだ。
「うあ⁉︎何だソレかっけぇ‼︎○輪眼じゃん⁉︎」
「あら、見せるんは初めてやったっけ?」
氷戈は興味津々に頷く。
「これは『析眼』言うてな?・・・主な能力は『見た者の欲の内容や源術における源素の動き方、源素の種類などを色で識別できる』っちゅうもんや。初めて会うた時、自分の持っとるカーマがどういうもんか分かっとったんはこれのおかげや。・・・貰いもんやけど」
「ますます○ちは一族じゃねぇか⁉︎」
氷戈のテンションに若干引きながらも、リグレッドは続ける。
「ま、まぁこの析眼とボクのカーマ『絶対記憶』を併用することで色んなことが出来るようになるんやが、そないなことはどうでもエエ。・・・見えたんよ、色が」
「・・・?だから、何のさ?」
「燈和ちゃんを覆う色や」
「え?どういう?」
「ちょっと前に直で燈和ちゃん、いんや、この場合はフラデリカって言うた方がエエか。要するに見てきたんや、彼女を」
「えっ?いつ⁉︎なんで⁉︎」
「この前、フラミュー=デリッツが遠征に出おった時にコッソリな。燈和ちゃんを取り戻すんに彼女や敵さん幹部達のカーマの有無やその詳細、基本源素量を把握しておきたくってな?凄かったでー、燈和ちゃんの源素量。ボクのが犬の小便なら彼女は市民プールやなやかましいわ!」
「そ、そう...」
氷戈は唐突のノリツッコミに若干引きながら応じるも、当のリグレッドは全く気にしていないようだ。
「ほんでな?彼女の持つカーマや基本源素量については分かったんやが、さらに色々と見えてきたんや」
「と、言うのは?」
「まず初めに彼女は『超然洗脳』の影響下にある、これは確定や。・・・やけどその下に、もう一つまた別の『色』が見えた」
氷戈は考える。
超然洗脳。
どこかで聞いた事あるワードだと思ったが二年前、レベッカが殺される直前にサイジョウが口にしていた事を思い出す。
が、その詳細までは知らなかったので聞いてみることにした。
「ええっと、そもそもなんだけど『超然洗脳』ってなに?」
「ああ、説明がまだやったか。・・・『超然洗脳』っちゅうんは二つ前のフラミュー=デリッツの元首やった『ヴァイシャ・アルロウ』が持つカーマの名前や。その効果は『洗脳した結果を横にも強制する』ちゅうチートぶり。嫌になんでホンマ」
「は、なんだそれ?横に...?」
「普通、洗脳言うたらその対象にだけ有効やろ?仮に対象の周りに仲間が居ったら、洗脳かけられた途端『あ、コイツおかしいな?』て違和感に気づけるんが普通や」
「確かに。洗脳系の能力って仲間に頼らなきゃ基本解けないよね?そこが強みであり、弱みでもありそうでけど」
氷戈は現実世界で見ていたアニメやゲームに出てくる洗脳系の能力を思い出しながら言った。そしてそのどれもが非常に強力で、甚大な被害を出していたことを再認識したのだった。
リグレッドは当然氷戈のそんな事情は知らないので不思議そうな顔をするも、気にせず続けた。
「?・・・まあエエわ。ほんでこの『超然洗脳』の場合はやな、結論から言うたら基本周りの人間もその異変には気付かれへんのや。対象の洗脳された状態が普通となるから、異変が異変じゃ無くなるんよ」
「え.....そんなのぶっ壊れじゃんか。洗脳にかけられても自他共に気付けない....
いや、気付く余地すら無いってことじゃ無いの?それ」
「気付く余地すら無い、正しくそうや」
氷戈は「めっちゃカッコいい能力だな」と内心思いつつも、途端にピンと来た。
「・・・そうか!そしたらそのヴァイシャって奴がこの世界に来て間もない燈和に『お前はレベッカの妹のフラデリカである』という洗脳をかければ__」
「__燈和ちゃんは『フラミュー=デリッツ出身のフラデリカ』となり、周りの連中も燈和ちゃんを『レベッカの妹』として認識するよになる、てな訳や」
氷戈はようやく『なぜ燈和が自分をフラデリカと自称するのか』という謎が解け、ホッとした。
しかし、疑問も残る。
「・・・けどさ、ヴァイシャは何でそんな事したのさ?メリットの予想ができないんだけど」
この当然の質問にリグレッドは答える。
「それはな、燈和ちゃんが『忘レ人』だからや」
「わすれびと....ん?」
今度こそ知らないワードだろうと思ったが、またもや聞き覚えはあった。
「氷戈も『茈結』に来たてん頃は周りからよう言われとったんやないか?アホみたいな源素量やもんな自分」
「・・・あ、そうだった!」
リグレッドのその言葉で思い出した。
確かに氷戈は『茈結』に来て間もない頃、よく自分の基本源素量を制御しきれずに周囲を氷付けにしていた。これを見たメンバーからはドン引きされ「忘レ人並み」と評されていたのだった。
「その様子やと『忘レ人』が何かは知らんやろ?」
「・・・うん」
リグレッドは気まずそうに頷く氷戈を見て、解説を始める。
「『忘レ人』。ごく偶にこの世界に現れるんやが、共通する条件が三つある。・・・一つは『ある日突然現れる』こと。二つ目は『圧倒的な基本源素量を有する』こと。そして三つ目はその名前の通り『それ以前の記憶を失っている』こと、や」
「記憶を....って」
氷戈は唖然とする。
もし仮に燈和が『忘レ人』であった場合、今まで一緒に過ごしてきた記憶を全て無くしていると言うことにになる。
そんなの到底許容出来ないし、にわかには信じられなかった。
ますます顔が曇っていく氷戈。
これを見たリグレッドは慌てて話す。
「ほれほれ!最後まで聞きぃや!」
「え....あ、ああ」
リグレッドのこの様子だと、何か手があるのだろう。
氷戈は一度、考えるのをやめた。
「『忘レ人』はな、記憶はあらへんがバケモン源素量のお陰でめちゃくちゃなポテンシャルを秘めとる。なんせ源素は身体を構成する要素そのもの。その器がデカいってだけでフィジカルは強なるし、扱える源術の規模や出力までもがうんと高まる。・・・現にボクの知っとる『忘レ人』は皆、最強クラスの実力を持ち合わせとる」
「そ、そうか。仮に燈和がその『忘レ人』だった場合、強大な戦力になる。ヴァイシャはそれを狙って超然洗脳をかけ、自分の国の配下に置いたって訳か」
「んまあ大まかにはそうやが、まず誓って言えるんは『仮に』は間違いや。燈和ちゃんがかけられとる超然洗脳の下に見えた色、あれは確実に『忘レ人』のもんや」
「そ、そんな...」
氷戈は一縷の願望もかけて『仮に』と言ったつもりであったが、それをバッサリと切り捨てられ項垂れる。なにせこれで燈和の記憶喪失は確定したようなものだ。
ショックは計り知れないが、とはいえ実際に記憶を失っている彼女を見てはいないので実感が湧かないのも事実である。
そんな心中の氷戈に、リグレッドは追い打ちをかけるように続ける。
「それに『忘レ人』の条件である『ある日突然現れる』『圧倒的な基礎源素量』もクリアしとる。これが何よりの裏付けや。・・・ほんでもって『忘レ人』が記憶を取り戻した症例はあらへん」
「・・・」
「今までは、な?」
「え?」
リグレッドの含みのある言葉に、氷戈は思わず顔を上げる。
何やら不敵な笑みを浮かべるリグレッドは言う。
「氷戈.....自分がどんだけ『特別な存在』か分かるか?」
「とく...べつ?」
「エエか?ボクの考えが正しければ、氷戈は『記憶を失わなかった忘レ人』。つまりはこの問題を解き明かすための最重要人物ってことや」
「ッ⁉︎俺が....忘レ人?」
動揺を隠せない氷戈。
「今まで居った『忘レ人』は皆んな『別世界から来はった人間』と仮定することが出来るよになった。・・・自分のお陰で、な?」
「な、何言って....」
リグレッドは畳み掛ける。
「今までボクが見てきた忘レ人は例外なくさっき挙げた三つの特徴に当てはまり、彼らを覆う色も同じやった。それは燈和ちゃんも同じや。・・・せやのに燈和ちゃんと同じ世界、同じ時間、同じ場所から来おった氷戈にだけは記憶がある。おかしないか?」
「・・・」
「異端な、その男が言いおったんや。『俺は別の世界から来た』ってな?・・・もう分かるやろ?」
氷戈は小さく、頷いた。
「『絶対防御』のおかげってことか....」
「ビンゴや」
リグレッドは指をパチンと鳴らす。
となると今の氷戈の状況はリグレッドの表現通り、かなり『特別』なのかもしれない。
そう思うと氷戈は、どうにも興奮せずにはいられなかった。
氷戈の中で点と点が繋がった今、ここからは早かった。
「こっから二つの推測が出来おる。忘レ人が『誰かに記憶そのものを弄られた』か『この世界そのものに記憶を封じる呪いがかかっている』かや」
「析眼で見える忘レ人独特の色は、対象の体を覆うように見えてるんでしょ?それなら後者の確率のが高そうだけど」
「せやな。析眼で見えたっちゅうことはカーマ由来の効果であることは確定やし、それなら自分が記憶を失っとらん理由にも説明がつく。・・・カーマの内容は....さしずめ『別世界から来た人間の記憶を封じる膜』ってとこか」
「膜...か。そう言うふうに見えるの?」
「逆にそうにしか見えへんな。せやけど胴を真っ二つにされようが、腹に穴が開こうが破れん膜や。ボクの見てきた限りでは」
リグレッドは少し寂しそうな顔をして言う。
察するにリグレッドは過去、知り合いの忘レ人がそのような悲惨な状況に見舞われた瞬間を目撃しているのだろう。
これを考えて勝手にテンションが下がる氷戈とは裏腹に、リグレッドは早口で続けるのだった。
「いつ誰が何のためにこないなことするのかは分からへん。世界そのものに影響を及ぼすカーマなんて聞いたことあらへんし、敢えて別世界の人間を対象にしとるんも謎のまんまや。・・・ただ一つ、分かっとることがある」
リグレッドの大きく見開かれた灰色の眼が映し出す。
世界の理に反する、たった一人の存在を。
「氷戈。どうやら自分の『絶対防御』の優先度は、この世界規模級のカーマのそれより上らしいで。・・・故に、このカーマに干渉出来うる唯一の人間や」
「・・・?」
またもや含みのある言い方に首を傾げる氷戈。
リグレッドは、少し溜めて_
「教えたる、燈和ちゃんの取り戻し方」
「えッ、そんなこと出来るの⁉︎どうやって⁉︎」
氷戈は詰め寄る。
幼馴染を取り戻すこと。
これは氷戈にとって何よりも優先することであり、何があっても成し遂げなければならないことである。
氷戈にとって幼馴染は、負った心の傷を癒してくれた大事な存在だから。家族よりも大事な、宝物だから。
そんな彼らを取り戻すためなら、どんな苦痛にだって耐える自信がある。
そう、あったはずなのに....
「燈和ちゃんを取り戻す、最も確実な方法。・・・それは『フラデリカを殺す』や。もちろん自分の手で、な?」
「・・・は?」
木漏れ日が程よく差し込む森の中、向かい合う二本の木の幹を背にして佇む二つの影。
撫でるように吹く気持ちの良い風は、誰かを嘲笑うかのように通り過ぎる。
氷戈のヤツ、今まであんまりパッとしなかったのにいきなり主人公味が増して来たね。
歴史上唯一、記憶を持ち越すことのできた人間ってことだもんね....