陽炎歪むその姿
<世界観設定>
欲:その個人に宿る特殊能力であり、ある条件を満たした者にのみ発現する。原則最上位の優先度を誇り、防御や対応、相殺するには同じく欲の力を行使しなければならない。
源術:人体を構成する基本的要素である『源素』を応用し、攻撃や防御をするために作られた術の総称。分かりやすく言えば魔法であるが、力の源は魔力ではなく身体を構成するエネルギーそのものであるため『一時的に命を削る技』とも言える。なおこの世界に魔法や魔力といった言葉や概念は存在しない。
源素:この世界の人間は『木(風)』『火』『土』『金(鉄鋼)』『水』の計5つの要素によって成り立っており、これをまとめて『源素』と呼ぶ。いずれか1つの要素でも完全に失ってしまうと人体を保てなくなってしまい、人間としての機能を失う。故にアルマの過度な使用は厳禁である。
我成:5つある源素「木(風)」「火」「土」「金(鉄鋼)」「水」の内、『金(鉄鋼)』の要素を使用して形成される武器のこと。出現させる人によって姿形が異なり、武器種も様々。誰でも簡単に呼び出せるものではなく、ある程度の鍛錬や条件を要す。
ギルバートは宙に浮く氷の上で、静かに唱えた。
「徳位装術『風帯』...」
「あン?」
ラヴァルドは氷のドームを背にして振り返る。
するとギルバートは王笏を氷に突き立て、目を閉じて何やら集中している様子であった。
明らかに何かをしようとしている彼をラヴァルドは嘲笑う。
「ケッ!そっから動けもしねェのに今更何しようってンだ王様ァ?・・・このクソガキ前菜ぶっ殺したらデザートのテメェはじっくり味わい殺してやるからおとなしくしてやがれ」
さらさら負ける気の無い彼の発言であるが、状況的には確かにこれを言えるほど有利ではある。
ギルバートが狭い氷の上から動けないのは事実であるし、飛び道具で攻撃をしようにも距離がありすぎて交わされてしまうのがオチだろう。逆にラヴァルドから遠距離攻撃をされては交わせず防御に回らざるを得ない。少しでも動けば落下し即ゲームオーバー。正直、不利どころの話では無い。
ところが、ギルバートはそっくりそのまま嘲笑し返したのだった。
「ふん。・・・確かに貴様のこの技は多くの民を強制的に死に追いやる強力なものだ。どんな手練れであろうとも、地に足を着けては戦えまい」
「あんだよ。まァ確かにそりゃそうだが、今更褒めちぎってもテメェはぶっ殺すからなァ⁉︎」
「褒める?いいや違うな。・・・憐んでおるのだ。貴様が余の逆鱗に触れてしまったことを」
「あァン?」
「ここから動けもしない、と言ったか罪人よ?」
ギルバートは目を開け、何やら雰囲気が変わったようだった。
これを直感的に感じ取ったのか、単純に痺れを切らしたのかは分からないが、ラヴァルドは攻撃に出る。
「ンなら避けてみろよ⁉︎『岩漿熱線』‼︎」
先ほどクラミィを殺そうとした時に指先から放った技の名を唱えると、ラヴァルドの周囲には圧縮されたマグマで作られたであろう赤い球が五十ほど浮かび上がった。
この様子を真後ろで、氷越しに見ていた氷戈は焦る。
-まさかこれが...全部....!?-
そのまさかであり、この球の一つ一つがあの殺人光線の発射孔となっているらしい。これでは避けるどころか防御すら絶望的である。
氷戈がこれに気付き、ギルバート守るため自身を覆うドームを解いた頃にはもう遅かった。
予備動作も殆ど無く放たれた『岩漿熱線』は、目でも追いきれない速度でギルバートの居る地点へ到達した。
到達し、そこを通過したのだった。
「んァ?」
「えっ...」
ラヴァルドと氷戈が唖然とする中、得意げに笑うギルバートがすぐそこに居た。
「今度は其方の番だ。・・・避けられるかな?」
「ぐっ⁉︎いつのま...」
ほんの数秒前までは200メートル以上も離れた所にあった氷の上に居たはずのギルバートが、瞬きをした瞬間にはもうラヴァルドの懐に潜っていたのである。
そうして王笏を下から思いっきり振り上げ、ラヴァルドのみぞおち部分に命中させると当時に、小さく唱えた。
「『衝弾・風』」
スパァァン‼︎
「ウグォッ⁉︎」
弾けるような音と共にラヴァルドは空高く吹き飛ばされた。恐らく王笏による打撃の威力を唱えた源術によって底上げしたのだろう。
「すげぇ...カッケェ...って、あれ?」
目の前で凝った戦法を見せられた氷戈は見惚れるも、ギルバートがもうそこには居ないことに気付く。
彼の行き先は当然、空であった。
物凄い勢いで上空へ飛ばされるラヴァルドだが、それでも何とか体勢を立て直しつつあった。四肢を大きく広げ、空気抵抗を最大限に活かし止まろうとするのだが....
「ほう?わざわざ的を広げてくれようとは。・・・貴様は他人の死を美徳としているようだが、己が死にも研究熱心とな?懸命なことだ」
「なっンでだよッ⁉︎空中だぞ⁉︎」
またもすぐ後ろに居るギルバートに、苛立ちを隠せない様子のラヴァルド。
だがそれどころでは無い。瞬時に防御体勢をとる。
「無駄である。今この瞬間、地上が貴様のものなら空は余のものだ。・・・『衝弾・疾風』‼︎」
「クッソがァッ‼︎」
ギルバートの振り下ろした王笏とラヴァルドが防ぐために構えた右腕の大剣とが触れ合うと、先と同じく爆風が弾けた。だが今度のは、弾けるまで若干の溜めがあった分威力は段違いである。
為す術なく、地面へと垂直に落下していくラヴァルド。幾ら地上との距離があれど、この速度であれば落下するまでの時間はさほど要しない。
落ちる彼は、地上に広がるマグマの層を破り地面へと叩きつけられたのだった。
凡そあれで死なない人間は居ないだろうと思えるくらいの、大きな衝撃音が鳴り響いた。
「・・・」
過去に殺されかけ、どうしても『死』という事象にトラウマがある氷戈は物憂げな表情でそれを見つめていた。
この世界ではこうした命の奪い合いが平然と行われる。
戦闘における修行はもちろんだが、精神面の修行もこの2年で多くしてきた。元の世界の感性のままでいると、とてもでは無いが身が持たないからだ。『死』に人一倍の恐怖を抱く氷戈の場合は尚更である。
お陰でこの世界に来た当初より幾分かマシになったが、そんな自分の感性が果たして正しいものなのかという疑問には未だ答えを出せてはいない。
こうした想いも氷戈をこのような表情にしている要因なのかもしれない。
何はともあれ、目の前の脅威は過ぎ去った。
ギルバートが上空から氷戈のところに降りてきた。
「全く危険な奴であった。・・・目に映る人間を誰彼構わず殺しに行くような輩をここで始末できて良かった」
「・・・うん、そうだね。あの様子だと今までにも沢山殺してきたんだろうし、これから辞めることも無かっただろうから...」
「・・・?どうしたヒョウカよ。怪我でも負ったか?」
複雑な感情を抱いていることを勘ぐられそうになり、慌ててテンションを上げるのだった。
「んえ⁉︎いいやなんでも無いよ!・・・ってか、なんで当然のように浮いてんのさ!」
「おお、これか?これは『風帯』といってな?要約すれば『体内の源素と自然由来の風を共鳴させて自由自在に飛び回れる』という技だ。・・・リグが考案した源術の中でも、その会得が最上級に難しいと言われているものの内の一つだな」
「え、リグレッドが?・・・あ、そういえば聞いたことある気がする。確かアルマ開発のプロとか何とか」
「左様。奴は弱いが頭は切れるからな。長い歴史に広い世界を見ても、奴以上のアルマ開発者はおらんだろう」
「はぇ...そんなすごいんだ」
あの胡散臭い顔と喋り方を思い浮かべながら、いつものようにギャップの凄さを思い知る氷戈であった。
この件に区切りがつくと、ギルバートはふとある疑問を口にする。
「はて、気になるのはこの溶岩地帯だ。これが欲やアルマの類であるなら、消えて無くなるはずだが...」
-これって『フラグ』ってやつじゃないの⁉︎強敵を倒したと思って『やった‼︎』とか言ってると全然やってなかったっていうアレじゃないの⁉︎・・・いや、でも倒した本人のギルバートがはしゃいでないからちょっと違うのか?うーん、審議だな-
「えー?めっちゃ不穏なこと言うじゃん!」
氷戈はゲームやアニメなどで死ぬほど見た『実は死んでいなかったフラグ』を直で体験し興奮しているのを悟られないように、平静を装って呟く。
「其方が何故嬉々としているのかは知らぬが、少し確認してみなければならないようだ」
ギクっ‼︎
焦る氷戈を側に、ギルバートはラヴァルドの落下地点へとゆっくり飛んでいった。
ー案の定、というべきかー
ゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオォォォ!!!!!
「なんだ⁉︎」
「え?」
凄まじい音と共に、マグマの底から地面が競り上がってきたのである。
それはゆっくりと、時間をかけて、やがて山となり。
巨大な山の頂点にはしっかりと、奴が佇んでいた。
「クククッ!ケッハハハァ⁉︎・・・まさかあの程度でオレ様がくたばったと、ミリでも思ってるわけじゃあねェよなァ⁉︎」
「くっ!やはりか⁉︎」
ギルバートは氷戈のところまで戻って来ており、ラヴァルドを見上げてそう言った。
推定数百とある山は全身が溶岩に塗れており、ラヴァルドの居る山頂からは煙が立ち込めている。その形は心做しか富士のようである。
また、よく見るとラヴァルドの全身も赤く光り、マグマを浴びているようだった。この光はすぐラヴァルドの身体に吸収されるかのように消えてしまったが。
「しっかしよォ?痛いには痛かったんだよなァ、さっきの。・・・・・・タダじゃあ殺さねェから覚悟しておけよクソ共ッ‼︎死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェ⁉︎」
いつにも増してブチギレているラヴァルドは『とんでもないことをしでかす』という雰囲気をギンギンに醸す。
「ケケケッ、全員炙り殺しじゃあ‼︎・・・『皆滅噴炎獄』‼︎」
ドゴゴゴゴゴオオオオオオォォォ!!!
またも大地が揺れる。今度のは今まで以上の衝撃音だが、その出所はラヴァルドが作り出した火山からである。嫌な予感がする。
「な、なあギルバート。これってもしかして....」
「ああ、もしかするかもしれん。たった...たった一人の人間がそれを再現できるというのか」
噴火。
2人の頭には、その2文字が浮かんでいた。
もし本当にそれが可能なのであれば、不味いどころの話では無い。
今この場にいる2人は氷戈の作るドームに身を隠せば助かること自体は難しく無い。しかしマーベラットや周辺への被害は防げない。火山の大きさ的に考えても、もっと広範囲に影響を及ぼすのは確実だろう。
溢れ出る溶岩に追われるのはもちろん、流星群の如く降る噴石、際限なく降り積もる火山灰等による甚大な被害は免れない。
他にも考慮すべきことはごまんとあるが、何よりも止めることを最優先すべきなのは変わらない。
-そしてこれを止められるのは、恐らく俺しかいない-
その考えはギルバートも同じだったようで、こちらの目を見て言う。
「ゆけそうか、ヒョウカよ」
「いけるかいけないかで言ったらあやふやになるけど、やるかやらないかで言ったら一択かな。・・・あそこまで俺を運べるか?」
そうして氷戈は山頂を指差す。
これを見てギルバートは小さく頷く。
ギルバートは無言で手を差し出し、氷戈を宙へ誘おうとした。
まさに、その時だった。
声がした。
「十位之焔の四天がひとり、No.4ラヴァルド・ケラーよ。・・・これは重大な命令違反なのでは無いか?」
凛と透き通るような声であるが、同時に勇ましさも感じさせる。
そんな声。
声のする方から、全てを覆い尽くしてしまうかのような膨大な炎の波が押し寄せる。この炎は地表のマグマを飲み込み、圧倒的な存在感を放つ巨大な火山までをも包む。
氷戈とギルバートは宙へと避難していたため、炎に呑まれることは無かった。
その最中、氷戈は必死に声の主を探す。
次第に噴火を匂わせた低い音が止み、地震も収まる。時を待たずして全てのマグマが消え、火山も溶けるように崩れ去る。と、同時に地表を覆った炎も消える。
まるで、炎が全てを中和させてしまったかのようだった。
お陰で大地を踏めるようになったので、2人はゆっくりと着地する。まだ地面が熱を帯び、それが上へ伝わってくる。
遠くにはラヴァルドの姿と、もう一人。
陽炎に揺れる姿。蒸気が視界を曇らせる。しても尚、刻んだ記憶が教えてくれる。
彼女が誰なのかを。
「・・・燈和ッ⁉︎」
猛暑の場に似つかわぬ、震えた声で叫んだ。
遂に、始まるんだね。
氷戈と燈和の、幼馴染同士の殺し合いが....