王たる器、兄たる器
さて、そろそろ戦闘が始まりそうな雰囲気だね...
こっちまで緊張して来たよ。
作戦当日早朝。マーベラット北部の国境線付近にて。
周りには何もない。ただただ広大な大地が雨に濡らされ、後ろにドーム状の結界で覆われたマーベラットが小さく見えるだけ。
「こんな日に大雨とはめでたいな!ガッハハ!」
相も変わらず元気な国王様を横目に、護衛のアゾットはしけた顔をする。
「めでたくはないでしょう。火薬も湿気っちゃって...。これじゃあ私は使い物になりませんよツイてない...」
「何を言う、其方の武器はそれだけじゃないだろう?・・・それにだ。相手はフラミュー=デリッツの焔騎士団、炎を得意とする集団だ。そんな奴らにこの雨は手痛かろう」
「まぁ、そうですかねぇ?....クシュン!・・・あー寒い」
そんな会話がされている中だが、氷戈に雨は当たっていない。
昨日の熱砂の嵐の影響も受けなかったように、マーベラット周辺で起こる異常気象の原因はどうにも源素絡みであるようだ。
大雨ではあるが空に雲は少なく、もう少しで日が登ろうとしている事も直に確認できる。
「さて、あと数刻だな。・・・昨晩はよく寝れたか、ヒョウカよ?」
「いやぁ...俺は無理かな」
小さな声で、答えた。
何せ新作ゲームの先行体験会前日にすら寝れなくなるような人間だ。
全く寝れなかったわけではないが、浅い睡眠を幾度も繰り返すという一番嫌な夜を過ごした。
ところが今、一切眠気を感じていないし、寧ろ清々しい気分である。これもアドレナリンの効果なのだろうか。それとも別の何かが後押ししてくれているのか。
「でも大丈夫。・・・ありがとう、気遣ってくれて」
「フハハ!覚悟は決まっているようだな心配して損したぞ?・・・さて、ウィスタリアの国王に損を負わせたのだ。いずれその分は返してくれるんだろうな?」
「ふ...」
遠回しではあるがギルバートの激励に氷戈は、心底嬉しく思った。
「ああ、帰ったらこき使ってくれ」
「そうか?ではクラミィの世話役でもやってもらうとするかな」
「え、さっきの損失そんなにデカいの?」
「ハッハッハ!流石に酷であったな!」
なんだろうか、この安心感は。
ギルバートと出会ったのはつい最近のはずなのに、どうにもそんな感じがしない。まるでずっと昔から知り合いだったような、そんな気持ちになる。
これが王としての器なのか、単に相性が良いだけなのかは分からない。
氷戈の闘志は限界まで漲り、最高の状態で幼馴染との戦闘へ挑もうとしていた。
そう、彼女の声が聞こえるまでは。
「ちょっとー!?心配してきてみれば、それどう言う事なのよ!?」
聞き覚えのある声だった。
甲高く、煽り性能増し増しの喋り方。
3人は後ろを振り向く。
「あ!」
「なッ!?」
「ええ...」
氷戈とギルバートは驚きの、アゾットは呆れの声を上げた。
「ウチの世話が損失ぅ!?酷ぅ!?マジありえないんですけど!?」
「天然のメスガキだ!?」
そこにいたのは天然のメスガキであり、ギルバートの実の妹でもある『クラミィ・ラル・ウィスタリア』様ご本人であった。
そしてその横にはウィスタリア国近衛第3部隊隊長ヴェラート・モルトレーデも居る。
これを見てギルバートは珍しく声を荒げる。
「ありえないのは貴様の方だラミィ!これは一体どう言う事だ!?」
「ひゃッ!・・・ウ、ウチはただ...」
これほど言われるとは思っていなかったのもありそうだが、怒鳴られ慣れていないのが目に見えるほど急にしおらしくなる。
だが、何らかの事情がありそうな反応ではあった。
涙目のクラミィを見て、今度はヴェラートに問い質す。
「ヴェラートよ、貴様がラミィをここまで連れてきたのだろう!・・・今から始まるのはお遊びでもなんでもない。次の瞬間、命を落とすやもしれん醜き生の奪い合いだ!どのような了見か聞かせてもらおうか!?」
「・・・」
「何か言ったらどうだッ!!?」
激情するギルバートに対して無言を貫くヴェラート。君主にこれだけ叱責されているというのに、微動だにしない。
この様子を俯瞰している氷戈とアゾットはその異変に気づいていた。
-ヴェラート...普通じゃない?-
「陛下...ヴェラートは恐ら-」
「そうだよ!お遊びじゃないんでしょ!?」
アゾットが何かを伝えようとしたが、クラミィが感情的な声でそれを遮る。
「兄ぃの方がおかしいよ!何百もの敵が攻めてくるんでしょ?それなのにたった3人で迎え撃とうなんて、頭おかしいんじゃないの!?」
「?・・・ラミィよ、何を言って-」
「兄ぃだってアゾットだって自分のカーマが大人数向け....?じゃないの分かってないの!?幾ら二人が強くたって100人相手じゃ死なない方がおかしいって...ウチそんなの許さないから!!」
違和感。
なんだろうか、この噛み合っていない感じは。
氷戈は一旦状況を整理するため、皆に呼びかけようとするがクラミィは止まらない。
「それになんでこんなヒョウカの護衛なんかやらされてるんだバカ!!アンタは護衛される側でしょバカ!!」
「・・・」
泣きじゃくるクラミィのあまりの勢いに圧倒され、ギルバートは押し黙る。
しかしお陰で冷静さを取り戻したようで、今度は落ち着いた口調で問う。
「ラミィよ、先ほどは感情的になってすまなかったな。・・・しかし其方は幾つか勘違いしているようだ」
「勘...違い?」
「うむ。まず何百もの敵が攻めてきても余等はその対応には当たらん。余はヒョウカの護衛であり、ヒョウカの戦うべき相手はたった一人の、とある女性なのだからな」
「え..そんなの聞いて...」
「もう一つ。ヒョウカの護衛は余自ら立候補したのだ。・・・争いごとなどという野蛮な行いの内容など聞かせるべきでないと、其方に全てを黙っておったのが裏目に出たようだな」
「そうだった...の?」
「そもそもだ。城内でそのような出まかせさえ吹聴されなければ、其方の余を案ずる気持ちが煽られる事もなかっただろう...。誰だかは知らぬが、厄介な事をしてくれた」
「え...でもそれじゃあ-」
バゴォォォォォーン!!!!!!!
クラミィの言葉はこの爆発音によってかき消された。
音の出所は氷戈達の居る場所とは真反対の南側からだ。南側はマーベラット軍が防衛にあたっている。
「どうやら...始まったみたいですね」
アゾットが音の出る方向を眺めてそう言う。
対しギルバートは焦った物言いで
「こんな事をしている場合では無い!おいヴェラートっ!!クラミィを連れて国へ帰るのだ!」
「・・・」
「おいヴェラート!?先ほどから何を黙ってッ...!?・・・ん?これは...なるほど。・・・『愛ノ僕』でヴェラートを操りここまで来たのか。・・・ラミィよ、『愛ノ僕』を解除するでも命令するでも良い。ここから即刻立ち去れ」
「で、でも!」
「大丈夫だ、余は死んだりせん。・・・知っているだろう?余はアゾットやそのバカにだって負けたことはない」
「うん...」
「それに其方がまだ幼き頃、勝手に戦地を駆け荒らしてはよく父上に叱られていたものだ。なぁアゾット?」
「ええ...まあ。それは本当ですけど」
「それが今でもピンピンしておるだろう?」
「・・・」
気持ちの整理が付かないのか、クラミィは俯いてしまう。
そこへギルバートは歩み寄り、優しく頭を撫でる。
「故に、案ずるでない。其方の兄は強いのだぞ?・・・しかしそんな余でも、其方にもしものことがあっては立ち直れんでな?・・・戦いが終わって余が帰った時、其方の元気いっぱいな声でもてなしてくれ。約束してくれたなら、余はどんな相手にだって負けはせんだろう」
「ッ...」
この光景に、氷戈は来るものがあった。
-ああ、凄いなギルバートは。『兄』ってこういうことなんだろうか?・・・そういえば、あいつもそうだったっけな。・・・ダメだ、もう忘れちまった-
氷戈がそんな事を思い耽っていると、その間にクラミィは顔を上げ満面の笑みで言った。
「あーもー、分ーったし!・・・でも死んで戻ってきたら、死んでも追いかけてやるんだから覚悟してよね兄貴!」
「フハハ!これはますます死ねないな!・・・さぁ、行くが良い」
クラミィが頷き、ヴェラートに何かを言いかけた瞬間であった。
「・・・こりゃあますます殺したくなるなァ、ええェ!?『噴炎獄』!」
その詠唱が聞こえ、事が生じるまでに一才の猶予は無く。
氷戈達は為す術も無く一瞬で獄炎に包まれてしまったのである。
さらに彼らを覆ったのはただの炎という訳ではない。ドロドロとし、粘液のような性質をもった、言うなれば『マグマ』であったのだ。これでは捨て身で炎を掻き分け、脱出することすら叶わない。
大きなマグマの球は中にいる者を嬲るかのようにじっくり、ゆっくりと回り...
「ケッケッケ!・・・死に晒せェ‼︎爆‼︎」
ドゴォォォォオオオオオオオン‼︎
それは一瞬縮小したかと思えば次の瞬間、凄まじい爆発を引き起こしたのである。否、爆発というよりは『噴火』が正しい表現だろう。
周囲は赤く染まり、マグマは熱線の如く飛び散る。言うまでもなく、とんでもない威力だ。
音が収まり、赤い光が収まり、熱が収まり---
この技を放った人物が、それを目視するまで数刻を要した。
「アん?なんだあれ」
また爆発エンド!?