幼馴染殺し
タイトル物騒すぎるでしょう...
「・・・どういうことです、陛下?」
アビゲイラは敬語ながらも、毅然とした態度で聞く。
彼女はリーダーのリグレッドすら尻に敷いているので、このような口調で話す姿はあまり見ないが、そもそもこれが本来の『一国の王』との接し方なのだろう。
その王は、問いに答える。
「これにもやはり、マーベラットの成り立ちが関わってくる。・・・まあ多く語らずとも『主な建国者である術師の生まれがウィスタリア、研究者の出身地がラヴァスティであった』と言えば話は早い」
「と、言いますと?」
「・・・当然であるが、マーベラットは建国当初から未知の資源が溢れる国として周辺国から目をつけられていた。正当な交易を望む国もあったが、中には侵略を企てる国も相応に存在した。国を語る以上、自国を防衛するための軍事力というものは必要不可欠なのは理解できるだろうが、資源国ともなればそのスケールを必要以上に拡大せねばならん。そこで当時から大国であったウィスタリアと『軍事力を提供してもらう代わりに採れる資源を安価且つ優先して売り渡す』という旨の密約を結ぶことでこの問題を解決したのだ」
「・・・」
「ここで問題なのは『ウィスタリアのみ』が同盟の対象であった点だ。これには諸説あるが、どうにも当時のラヴァスティの王はマーベラットの支援には反対していたらしい。それこそどの国も飢饉に見舞われており、余裕がなかったのだろう。ラヴァスティの出身である研究者本人の呼びかけですら一掃したとされている」
「なるほど。それでもう一方の出身国であるウィスタリア側に協力を仰いだところ了承されたと」
「そんなところだ。ラヴァスティがこの密約の内容を知っているのは、その後も研究者がラヴァスティ国王と関わりを持っていたからだと推測できる。まあ研究者は間もなく亡命することとなるのだが、今は関係のない話だ」
「・・・分かりました、ありがとうございました」
アビゲイラはしっかりと頭を下げ、国王へ礼を伝える。ギルバートは「まあよい」と言わんばかりの、満足げな表情をした。
しかし一変、アビゲイラはリグレッドの方に向き直りいつもの口調で問いただした。
「じゃあ次に『何故ラヴァスティがウィスタリア進行を企てているという確信があるのか』について説明してもらおうかね、リグレッド?」
「いや寒暖差エグいて」
「何か言ったかい?」
「いんや何も!・・・確信...うーん確信かぁ...」
「なんだい、さっき『確実に攻めてくる』と断言していたじゃないか?」
「んあ、せやったか?・・・んー、ほな『九分九厘攻めてくる』に変更で」
「どうも煮え切らないね...?」
確かに先程は何かしらの絶対的根拠があって攻めてくる、というような表現をしていた。対して今は、その自信はどこへやらといった様子だ。
氷戈もアビゲイラと同じ感想を抱いたところで、またもやギルバートが間に入る。
「うむ、これもあながち間違ってはおらん反応だ。これはウィスタリアの王としての意見だが、ラヴァスティは今にも我が国を攻め滅ぼさんとしている。いわゆる冷戦状態だ。・・・そのような状況下でこちらの戦力を儲け物であるフラミュー=デリッツを使って分散させされるのであれば、付け入るにはまたとない機会であろう」
「そゆことや。・・・更に向こうには『転移系』の欲を持ったクトラがおる。奇襲をかけるのなんてお茶の子さいさいってな訳よ」
「・・・」
クトラ、という名前には聞き覚えがあった。
というのも氷戈がこの世界に来て初めて出会った人間の内の一人が彼女であるからだ。
ラヴァスティ所属ということで当然良い思い出はないが、確かに彼女の欲は強力であり、奇襲にうってつけというのも目の当たりにしたのでこの言い分は理解できた。
氷戈がこんなことを思っている間にアビゲイラも少し考えていたようだったが、何か吹っ切れたような様子で再び話し始める。
「確かに、そういうことならウィスタリアの戦力を分散させないに越したことは無いね。納得できたよ、ありがとう」
「アビさん...話したら分かるって信じとったで」
「なんでちょっと感動してるんだい...?」
肩の荷が降りたリグレッドは達成感からか、感極まった声で言うとアビゲイラはこれに困惑する。
これにより場の空気も少し緩まったような気がした。
そこへまた、新キャラが登場する。
「まだマーベラット防衛を申し出た理由が一つ残っているのではありませんか!?」
その生真面目且つ大きな声は講堂の入り口付近、つまりは最後列の辺りから聞こえてきた。
この場に居る殆どが後ろを振り返り、声の主を確認するや否や全員同じ反応をする。当然氷戈も同じ事を思い、リグレッドが代表してこれを声にした。
「・・・自分、誰や?」
「・・・ん?私か?」
その男はあたかもここに居るのは当然といった反応を示すので、リグレッドは怪訝そうな顔をする。
しかし男が自己紹介するよりも早く、ギルバートが喝を入れた。
「おいヴェラート!余の許しがあるまでは引っ込んでいろと申したであろう!!」
「わっ!スミマセンスミマセンすぐ引っ込みます!グエぇぇ!・・・痛ってて...」
『ヴェラート』と呼ばれた彼はそう言うと、逃げるように入り口から出て行こうとした。ところがその矢先、床につまずいて転んでしまったのである。
これを見たリグレッドは呆れたように問う。
「なあギル、あの子は誰なん?」
「・・・余の...近衛だ...」
「へ?」
リグレッドは素っ頓狂な声を上げたが、氷戈も心の中では同じトーンで声を出していた。
-近衛って直属の護衛人ってことよだな?その隊長がアレ?・・・確かに真面目そうではあるけどイメージとのギャップというか、そうじゃ無い感が凄いなぁ...-
恐らくはこの場に居る全員が同じことを思っていることであろう。
これを察したのか、ギルバートは慌てて言う。
「き、今日だけであるぞ!奴は本来、近衛第三部隊の隊長であるでな!見ての通り、信用足る奴な上に実力は確かであるぞ!アハ、アハハハ、は...」
結局は隊長なんだ、と思ったがそれは置いておく。
なんとか誤魔化そうとするギルバートにリグレッドが問う。
「ギルの近衛隊長っちゅうか、側近てエミル君やないの?」
「そうであるが、本日のみ特例で奴が務めている。・・・それこそ、国王である余とウィスタリアで一番強いエミルが共に国を離れ『茈結』へ来てしまっては不味かろう?それに余の行き先が『茈結』であるなら、わざわざエミルを連れてくる必要も無いでな」
「まぁ確かに。・・・弑逆の心配がない分、国より安全なんちゃうんかここは?」
リグレッドは大分黒いジョークをかましつつも、話を元に戻す。
「ほんで、えーと...ヴェラート君言うたか?」
転んでいた彼は既に体を起こして立っており、名前を呼ばれるとびっくりしたように振り返った。
「・・・はっい!?私はヴェラート・モルトレーデと申します!」
「大丈夫かいな、自分...。んで気になっとったよな?ボクがマーベラット防衛を申し出た理由」
リグレッドはヴェラートにそう言いつつも、体は半分アビゲイラの方を向いていた。確かにこの話題を始めたのはアビゲイラであるのでそうするのは真っ当だ。
当のアビゲイラはこれを察したのか「私はもういいよ。一つ目の理由だけでも十分筋が通っていたからね」と一言添えた。
対するヴェラートは目を輝かせて
「はい!とても気になりますね!」
「・・・なしてウィスタリアの近衛の人間がそないに興味津々かは知らへんけど、まあええわ。どうせ説明するつもりやったしな。・・・いんや、説明っちゅうよりは命令なんかな?」
ピリっ・・・
一瞬だが空気が張り詰めた、ような気がした。
いつも飄々としているリグレッドの口から『命令』という割と強めのワードが出てきただろう。実際に氷戈も驚いた。
この空気感に気づいているのかは分からないが、構わずヴェラートへ説明を続ける。
「ほな理由の二つ目の発表や。ゆうても会議のお題やった『フレイラルダ=フラデリカ殺害計画』がまんまソレやな」
「・・・どういうことですか!」
「せやからまんまや。敵さんの二番手、フレイラルダ=フラデリカを殺しやすいから、それ以上でも以下でもあらへん」
「はぁ...?」
ヴェラートは話の意図が掴めず、濁った反応をした。
だが話の意図が掴めないのは彼に限った話では無い。ここに居るほぼ全ての人間が疑問に思っているだろう。何故そんなにも『フラデリカの殺害』に拘るのか、と。
そしてただ一人、氷戈だけがこの言葉の意味を理解していた。だからこそ、いつにもなく真剣な表情なのであろうか。
リグレッドはそんな氷戈の顔をチラッと見ると、説明を続けた。
「ええか?今回の作戦『対フラミュー=デリッツ防衛作戦』はあくまで防衛が主や。向こうが引いてくれさえすれば作戦完了。無論、こっちから死者を出すつもりも無理して敵を追う必要もあらへん。・・・やけど『|フレイラルダ=フラデリカ殺害計画』はちゃう」
少し間をおいて
「こっちの作戦完了条件は『氷戈がフラデリカに勝利して、殺すこと』や」
「は?」
「なんて?」
「どういうこと?」
各々が分かりやすく驚きや疑問の声をあげる。
そんな中リグレッドは声を低くし、刺すように言い放つ。
「そして、ここからは命令だ。・・・この二人の内どちらかが死ぬまで、誰であろうと一切の介入は認めない」
「・・・」
今度は、声をあげる者は居なかった。
リグレッドの言葉の圧のせいか、意味が分からないからであろうか。
静寂の中、氷戈は自分に視線が集まっているのを感じる。こんな話題の中心人物な訳なので仕方のない事だが、苦手なものは苦手である。
ソワソワする氷戈を側に、静寂を破ったのは隣に座っていたルカだった。
「なんでさ...なんでそんな危険な任務をヒョウ一人にやらせるんだよ!フラデリカってのが誰なのか知らないけど、そんなに殺したいならもっとやり方があるじゃんか!」
ルカは勢い良く立ち上がり、リグレッドに抗議する。
氷戈はそんな彼女を止めるべく立ち上がろうとするが、それよりも早くシーナも抗議に加勢してしまう。
「そうだー!ヒョウカくんが死んじゃったらどうするんだよー!」
「い、いや違...」
氷戈は止めに入ろうとしたが、自分と親しくしてくれているメンバーの数名が次々に加勢してくれたため、完全に機を失ってしまう。
「そうだぜリグレッド!何か理由があるにせよ、命より大事なことがあるもんかよ!」
「僕も反対です!・・・ヒョウカさんには悪いですが、ナンバー2の実力者であるフラデリカを確実に打ち取りたいと言うのであればもっと強い人数名で当たれば良いじゃないですか?」
「じ、じゃあ私も反対でありますッ!なんか、流れ的にッ!!」
ひとまず、最後に異物混入したことは記憶から消すとして。
ありがたいとは思いつつも、リグレッドが気の毒で申し訳なく思った。
ところが、そんな気は要らなかったのかもしれない。
「・・・ナッハハハハ!!いんやぁ、ようやっと好かれとるなぁ?良かったやん氷戈!」
「は?」
リグレッドは大きく笑うと、氷戈にそんなことを言ったのだ。
これに当然周りの人間は驚くが、氷戈もまた別の理由で驚いた。
-好かれてる?良かった?何が言いたいんだ?-
氷戈が難しい顔をして考えてしまったので、リグレッドは見かねて話しかける。
「いんやぁ、そないに考え込まんといてもそのままの意味やって。・・・自分のことをこないに考えてくれる仲間がおる、幸せやないの」
「え、あ、ああ。・・・そうだな。・・・ルカ、シーナ。他の皆もありがとう。けど違うんだ。これは俺がやならきゃいけないことなんだ。・・・俺の意思で一人で戦うし、俺の目標のための第一歩でもあるんだよ。だからリグレッドを責めないでほしいんだ」
「ヒョウ...でも...」
氷戈の想いを聞いたルカは、それでも納得しきれていない様子だった。
この様子を見ていたイサギがリグレッドに問う。
「ルカの気持ちが分からない貴様でも無いだろう。その上で聞くが、ヒョウカを一人で行かせる理由については語らんのか?」
「・・・せや、言わん。話すのは全部終わってからや」
「・・・そうか」
「ただ、一人で行かせはせん。護衛に一人付けようと思うてる」
「何?」
「こっちが一対一を望んでも、向こうがそれに乗ってくれる保証はあらへんやろ?邪魔が入るかもしれへん。・・・つまりはその邪魔を引き受ける役やな」
「だったら私がっ!」
ルカはここぞとばかりに主張する。
「・・・ダメや。ええか?これは氷戈の護衛や。自分には悪いが、少なくとも氷戈より明確に強い人間でないと務まらんやろ」
「そ、それは...」
リグレッドに諭され、ルカは何も言えず縮こまる。
氷戈はとてもではないが、この光景を見ていられなかった。
そんな中、ある男が空気を変える。
「フン、良かろう!・・・その護衛の役、余が引き受けようではないか!」
「へ?」
「ん?」
「え?」
「は?」
「うん?」
「陛下?」
「なして?」
疑問符のオンパレードだった。
なんで氷戈が燈和の成り変わりであるフラデリカを殺さないといけないんだ....
取り戻すって話じゃ無かったっけ....