飛んで火に入る冬の花
☆登場人物図鑑 No.3
・『井之頭 心弓』
9月11日生まれ/15歳/169cm/55kg/弓道部/テスト平均点91
氷戈の幼馴染であり、その長身と整った顔立ちを持ちながらスポーツ万能成績優秀と、正しく才色兼備を体現したかのような存在。好きなことは運動と日向ぼっこ。苦手なものはトマトと暗い場所、初対面の人との会話。
学校では気を張ってほぼ無口であるが、幼馴染のみの空間だと途端にアホになる。引くほどモテるが、本人にその自覚があるのかどうかすら分からない。
☆登場人物図鑑 No.4
・『北野 茈雨』
3月12日生まれ/15歳/180cm/66kg/剣道部/テスト平均点48
氷戈の幼馴染であるが、心弓との幼馴染歴の方が長い。一見、気だるげそうな雰囲気だがめちゃくちゃノリが良い。好きなことは剣道とお昼寝。苦手なものはナスと勉強、持久走。
毎年全国大会に出場できるくらいの剣道の実力がある。学校ではその静かそうな雰囲気と見た目で頭が良いと思われているが、しっかりとバカ。前回の中間テストの赤点の数は力己より多かったのが肝。
「あ____」
大通りのずっと先から放たれた光線は声を遮り、通過した場所をあっという間に灰塵状態とさせてしまった。
光線の速度は言うまでもなく、見てから交わそうなど素人には不可能である。
通りやその周辺に居た人間は漏れなく巻き込まれ、蒸発するという結末を辿っていた。
この世界に来たばかりの氷戈に至っては光線のほぼド真ん中に捉えられてしまっており、助かる余地などますます皆無であった。
氷戈自身も乙ったという確信があったため、瞑った目を開けられずにいた。
-待ってくれ....目を開けたら強制ログアウトさせられてるとか無いよなッ!?流石にリスポーンされてるよねッ!?ねぇどうなのさ!?-
早よ目を開けろ、という指摘も分かるが氷戈がそれだけこの体験会を楽しみにしていたという捉え方も出来よう。許してやってほしい。
「・・・ん?」
視界を絶っているせいで、その他の感覚が研ぎ澄まされた氷戈は違和感を覚える。
-風...と、焦げた匂い...?-
気になった氷戈は、恐る恐る目を開けてみるのだった。
「・・・え?なん...で?」
まず視界に飛び込んできたのは、酷く抉れた道が前から後ろへ一直線に続いている光景だった。いや、道というよりは『結果的に道に見える跡』と表現した方が適切か。
次いで辺りを見回すと、少し離れた場所にはついさっき目にしたレンガや石造りの建物と同じような雰囲気の家々が並んでいたのである。
このことから氷戈は、ここが最初に居たチュートリアルシティなのでは無いかと思わざるを得なかった。
しかしそうなると、氷戈は死んでいないという事になる。
あんな攻撃を直で喰らったというのに。
ダイブ式ゲームである『Wisteria Hearts』には倫理上の問題から痛覚共有のシステムが導入されていない上にHPバーのようなものも一切見当たらない為、先の光線が自身にどのような影響を及ぼしたのか分かりかねる状況だった。
頭を悩ませる氷戈は、その場で思いついたような声を上げる。
「あれか、無敵時間か....?」
確かにダイブ式のゲームにリスキル対策でログイン直後の無敵時間が設けられていてもなんらおかしくは無いだろう。
ゲーマーの鑑のような考察を行った氷戈は、ひとまずこの場から離れようと足を動かし始める。
「もしそうなら今はもう無敵時間の効果は切れているだろうし、あのビームを打ってきた奴に見つかるのも避けたいな。どのみち、こんな開けた場所に居座るのは得策じゃ.....って、あれ?」
ここで氷戈は、漸く気付くこととなる。
「幼馴染、どこ行ったんだ....?」
思い返してみればゲーム内に転送された興奮で奇声を発し、光線から逃げ惑う村人BOTたちに轢かれた頃から既に姿が無かった。
なので運悪くビームに巻き込まれて乙った、ということは無さそうだが、それはそれでそもそもの行方が分からないという事にもなる。
再び思考を巡らせようとした、その時だった。
「『あいつら』ってのは、『茈結』の連中のことかいッ!?」
ズドンッ!!!
「あグッ!!?」
突如、聞き覚えのない女性の声が聞こえたかと思った時にはもう既に、氷戈は地面に埋まっていたのだった。
後頭部を掴まれた状態で思いっきり前へ押し倒されたので、顔から地面に叩きつけられたのだ。
あまりの痛みと、大きな脳への振動を感じた氷戈は鈍い呻き声を上げる。
何が何だか分からない様子の氷戈に構う事なく、その女性は再び話しかけてきた。
「なぁオイ、なんとか言ったらどうなんだよ!?オレの『穿々雷々』を防ぎ切った奴がこの程度で痛がるわきゃねぇだろ?」
「ガ....ガァっ....!?」
こいつ、散々聞いておいて答えさせる気は毛頭無い。証拠に氷戈の頭を地面へ押し付ける力をどんどんと強めているのだから。
増し続ける痛みに対して呻き声を上げることしか出来ない氷戈は、ただただ死への恐怖に怯え始めたのだった。
__は?
氷戈は気付く。
何かがおかしい。
なんだよ、『死への恐怖』って?
怯えてる?何にさ?
いや、待てよ?そもそも....だ。
なんで痛むんだ?
そこからおかしいだろう?
だってここは___
「まぁいいぜ。おめぇが『茈結』の人間だろうがこの国の人間だろうが、どっちだっていいことだったんだ」
「ッ...!?」
氷戈が感じた違和感に答を出す前に、不穏なことを言い始める女。
頭を押さえつけていた手を離し、ゆっくりと立ち上がった彼女は何かの準備をする。
焦る氷戈。
違和感なんてどうでも良い。
着々と、且つ確実に迫り来る『死』はもう目の前にある。
-俺....死ぬのか...?いや....殺されるんだ。あの時と、同じ_-
蘇る記憶。
______________
「やっぱり私の子ね!元気で、優しくて、ちょっぴりドジだけども、とっても可愛いもの!」
「やっぱりあなたの子ね!正直で、頭が良くて、ちょっぴり変わってるけど、とっても可愛いもの!」
「やっぱり凍愛の弟ね!運動が出来て、友達も多くて、ちょっぴり大人しいけど、とっても可愛いもの!」
______________
『死』を拒絶する理由。
-『あの子たちなんて、産まなければ良かった』-
楽しかった日々が、一瞬にして崩れ去ったあの日のこと。
-『おかしいだろッ!!なんで....なんで母さんが殺されなきゃいけなかったんだッ!?』-
幸せだった家庭が、一瞬にして消え去ったあの日のこと。
-『さようなら....氷戈。・・・俺のために、消えてくれ』-
『死』に狂わされた人生は、『死』を拒絶する。『死』はダメだ。
『死』は全てを、奪っていくから__。
-・・・嫌だ。・・・・・嫌だ、イヤだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ嫌だ嫌だ嫌だイヤだ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだ嫌だイヤだイヤだ嫌だだ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ嫌だ嫌だ嫌だイヤだッ!!?!!!!?!!!!??-
「オレの任務は『目につく者の殲滅』、つまりお前は....」
「_だ....イヤだ...」
惨めに伏す氷戈になど目もくれずに自身の右手に黄色い稲妻を纏わせた彼女は、その拳を天高く振り上げて言う。
「取り敢えず、死んどけば良いんだよッ!!」
人など簡単に殺せてしまうほどのエネルギーが籠った拳を、氷戈目掛けて繰り出したのである。
「嫌だって....言ってるだろッ!!!?!?!」
死の間際、爆発した感情は絶対零度の冷気を伴い__
「ッ!!?なッ!?」
異変を察知した女は直ぐに拳を引き下げ、驚きながら氷戈から距離を取る。
こうして数メートルほど下がった女が目にしたものは自身の目先のところにまで肥大化した、氷で出来た花であった。
一見、大きくて美しい花であるが、その花弁の一枚一枚には無数の棘が備わっており、少しでも距離を取る速度やタイミングが遅ければ滅多刺しは免れなかったであろう。
「あっぶねぇ....やっぱり『茈結』の一味だったか」
女は冷や汗を拭いながら独り言を呟いた。
幾層もの花弁を隔てた先から微かに聞こえたこの呟きで氷戈は我に帰る。
「ハァハァ............................え」
-助かった...のか?え、これって....こ、氷?なんで俺の周りに氷の壁が出来て....?-
大きく抉れた地面に突如として咲き誇った巨大な氷花を、改めて見上げた女はさらにもう一言_
「しっかしどうなってるんだ、こいつは....。共有されてたリストに氷を扱う奴なんざ居なかったはずだが....?」
「・・・」
-だ、誰かが助けてくれたんじゃ無いのか...?リスト?共有?なんのことだ....-
状況も話も一切読めない氷戈はひとまず身体を起こし、思考を始める。
どうやら氷花の中心部にある閉じた蕾の中に身を置いてるお陰で、ほんの少しの冷静さを取り戻したようである。ここなら『死』とは隔絶されていると、本能的に感じ取れたから。
-考えろ、考えろッ.....!!ここがゲームの世界じゃ無いのは分かってる!!それでも今までに触れてきたゲームや異世界系の作品の数々、それらの知識をフル活用するんだ....。今の俺に出来ることはそれしか無いから!!-
「スゥ...」
小さく息を吸い、深呼吸をした氷戈は考察に入る。
-まずアイツは俺に向かってこう言った、『シケツの連中』『シケツの一味』と。実際にそうだと疑われた俺は排除されそうになった。そして口ぶり的に、先の光線を放ったのも奴だ。・・・ここから推測できるにアイツの属する組織とシケツっていう組織?は敵対関係にあって、この場を戦場として現在進行形で抗争しているんじゃ無いのか?『共有されていたリスト』という言葉も裏付けになる。・・・よってこの街を破壊しているアイツと敵対する『シケツ』の人たちはその真逆、つまり『街を守る存在』である可能性は十分に有り得る。・・・だとすれば、俺がやるべきことは一つか...-
『時間稼ぎ』
それが氷戈の導き出した答えだった。
人間が己が力だけで地に穴を開けたり地面を抉るビームを放てたりと、正しく異世界のようなこの世界。
そこへ来て間も無い自分が、戦争の最前線に立つような人間に間違っても戦いを挑もうとしてはいけない。
驕ってはダメだ。履き違えてもダメだ。
ここは異世界かもしれないけど、現実でもある。
現実がどれほど酷であるかを思い出せ。
現実が怖くて、辛くて、逃げるようにしてゲームの世界に自分の居場所を作った。
初めは逃げ場所でも、次第に趣味となり、生き甲斐となり、世界となった。無論、幾度と無く異世界へ行きたいとも願った。
そして十中八九、ここは『夢』にまで見た異世界。
それでも、だ。
今、見なきゃいけないのは『現実』だ。
人一倍『死』に対して恐怖心が強いのは確かだけど、それよりも_
これからも幼馴染と一緒にバカをやるため、生き残らないといけない。
「・・・幼馴染に、まだ何も...返せていないから....」
独り言を呟き、氷戈は覚悟を決めたような目をして立ち上がった。
_と同時に、氷戈を包んでいた氷花が音を立てて砕け散ったのだった。
バリンっ.....!!
「ッ!!うお!?」
「・・・」
驚く女と、無言の氷戈。
氷戈はこの際も思考を辞めない。
-・・・うっすらそんな予感はしていたけど、今のでハッキリした。氷花は俺が自身を守るため、無意識的に作りだしたものだったんだ。『死にたく無い』という極限の感情が実体化した、言うなれば心の底から望んだ『欲』の結果。・・・都合の良い解釈かもしれない。『現実』を見ていないかもしれない。・・・それでもいい、良いとこ取れ....-
ここは現実だが、異世界でもあるのだから。
氷戈はこの状況で時間稼ぎをするには、ただ現実を見ているだけではいけないと悟っていた。
何故ならこの世界に適応されているのはあくまで『この世界のルール』であるからだ。せめてでも、あいつと同じ土俵に入って物事を考えなければ話にすらならないと真に理解しているのである。
数多のゲームとその他エンタメ作品にのめり込み、幼くして重度の厨二病を患っていた無連 氷戈。
暇さえあれば常に異世界に居る自分を夢想した。
誰も居ない家で他に聞かせられないようなセリフやオリジナルの技名を叫び続けて幾星霜、他の人間とは歴が違った。
=そう、氷戈はもう既にこの世界に慣れ始めているのであった。=
崩れ去った氷花を見て依然驚いている女の目を、氷戈はしかと捉える。いきなり自分を襲い、殺そうとした人間の姿を漸くその目に刻むこととなる。
赤くて長い髪を後ろで一本に結ぎ、筋肉質で自分よりも大きな体躯の女性。見ただけで分かる、ゴリゴリの近接型タイプといった出で立ち。
全く怖く無い訳では無かった。それでも_
-逃げるな、背を向けるな、目を逸らすな。身体能力じゃどうやっても勝ち目がないのはさっきので分かった。・・・自然に、ごく自然に時間を稼げ。こっちから行動を起こすメリットは何一つ無いはずだ-
「・・・」
「・・・自分から姿を現すとは驚いたぜ、そのまま籠城するつもりかと思ってたんでな」
「・・・」
黙り続ける氷戈。質問でも投げかけられない限り、こちらからは口を開かないという姿勢である。
女もこれに勘付いたようで、不敵な笑みをこぼしながら言った。
「そっちがその気ならいいぜ?元よりお前と話すつもりなんざねぇんだわ」
そうして女は両の拳を握り締め、構えの体勢をとった。
内心、焦る氷戈。
しかしそれが悟られれば全てが終わる。
平静を装え。普通で在れ。興味を、話題を逸らせ。
「なあ....?さっきあんたが言っていた『シケツ』って何なんだ?」
「・・・?おいおい、やっと喋ったかと思ったら、この後に及んでしらばっくれる気かよ?」
「ばっくれるも何も、本当に知らないんだって」
「ったく....しょうもねぇ奴だな?」
「・・・え?」
「さっきから言ってるが、お前がどこのどいつであろうがオレには関係ねぇんだ。そんでそんな奴の質問に答えてやる意味なんざもっとねぇのさ」
「・・・」
-クソっ....!!見た目に寄って脳ミソまで筋肉で出来てやがんのかコイツ....とりあえず俺を殺ることしか考えてやがらない!-
「ふぅー....」
絶体絶命の氷戈が次にとった行動に、女は疑問符を浮かべるのだった。
「・・・あん?どういうつもりだ....?」
「さぁね?」
氷戈は大きく息を吐きながら両手を力無く下ろしたのだった。
忽然と全く無防備な体勢をとる氷戈に、さしもの女も身構えて言った。
「・・・なんだよ?せめて痛くないように殺してくれってか?」
「いや?むしろその逆なんだけども....」
「逆....だと?」
「・・・」
「なんとか言ったらどうなんだ...?」
「え?質問に答えてやる価値も無い奴の回答なんて欲しいの?」
「ッ!?テメっ!!?」
今度は一変、氷戈は分かりやすく挑発を始めたのだった。
-コイツは脳筋かもだけど馬鹿でも無いはずだ。さっきのビームやこの雰囲気から推測するに、恐らくだがこの世界の中でも結構強い方だろう。そんな猛者がこの程度の挑発に乗るようじゃ既に死んでるだろうし、何より『脳筋ほど戦闘センスが良い』っていうのはキャラクター設定に於いて一種のセオリーみたいな部分もある。・・・疑え、迷え、脅えろ....俺の『何にも無い何か』に!!-
今、氷戈が最も恐れている事は『近接戦を仕掛けられる事』であった。
それが一番どうしようも無く、成す術も無く、最短で殺されてしまう道であるから。
故に、氷戈は演じる必要があったのだ。
自らを如何に不気味に見せ、近接戦を避けさせたくなるような演技を。
「・・・」
女は氷戈の思惑通り、一瞬の躊躇いと疑念に満ちた表情を浮かべた__
__が直ぐに構えを整え、こちらを見据える。今にも殴りかかってきそうだ。
それで良い。
その一分一秒が氷戈にとっての狙いであり、希望だから。
どんなに楽観的で、どんなに希望的な行動でも試さないで即死よりは試して僅かに延命する方が良いに決まっている。
氷戈は次なる手に出る。
「・・・ねぇ、どうしたのさ?来ないの?今なら歓迎するのに....」
人差し指をクイクイと動かし、あからさまな挑発を続ける氷戈。
心做しか強者の風貌を漂わせ、声もイケボ度数に拍車がかかったようにも思える。
伊達に日々自宅での異世界シミュレーションを欠かしていない。外面は完全に歴戦の猛者、と言うよりは厄介極まりないペテン師そのものである。
「チッ....いけ好かねぇ....」
女は舌打ちをすると、一旦構えを解きバックステップを踏んだ。
「ハッタリだかなんだか知らねぇが、確かに....殴りに行くのは避けた方が良かったな?」
氷戈はこれを聞いて確信する。
-やっぱりコイツ、脳筋だけの馬鹿じゃない。・・・そしてもう一つ__-
さっきの氷花による奇襲を『俺が意図して発動したカウンター』だと思い込んでいる。
氷花を見た時の口ぶり的にも、氷戈が意図的に氷を出現させられると信じて疑ってはいない様子だった。そんな俺に近づこうものなら『さっきみたいな氷のノーモーションカウンターをお見舞いしてやる』と相手の脳裏に過らせること自体、さほど難しくは無い。
氷戈はこれらのことも鑑みて、女に接近戦を避けさせる作戦自体は高確率で成功するだろうと踏んでいたのだ。
問題はその後__
女は氷戈の予想通り、右腕をこちらへまっすぐ伸ばして言った。
「別に殴って殺してやる必要もねぇ....おまけにもう一度、街もぶっ壊せるしで一石二鳥だぜ」
両の掌を開き合わせ、そこへ収束して行く超高密度のエネルギー。
そしてつい先ほど聞いた、耳を貫くような鋭い音が鳴り始める。
キィィィィィィィィィンッ!!!!
過ぎ去った後、塵の一つすら残さなかった例のビームを放つため構える女。
こうなるであろう事は分かっていた。
むしろ、こうなる事を一番望んでいたまである。
近接戦を避けつつ、『ビームの溜め時間』という最高の時間稼ぎを望めるこの状況を。
但し、もう自ら後を望むことも叶わないが__
目線だけで辺りを見回す氷戈だが、助けてくれそうな人影は未だ見当たらない。
「くッ....」
-ちくしょうッ!!ここまでしたのに結局死ぬのかよッ!!?・・・わけ分かんない世界にいきなり飛ばされて、身に覚えの無い戦争に巻き込まれて、幼馴染にお別れも言えずに.....-
再び、着々と迫り来る『死』をその身に感じながらも、ふと思ったのだった。
-そういえば幼馴染.....どこに行ったんだろう?-
『死』を紛らわせる為だとか、走馬灯だとかでは無い。
抱く純粋な疑問は、次第に膨れ上がる。
-俺以外は問題無くゲームを楽しんだりしてるんだろうか?・・・それとも俺と同じでこの世界に来ているのだろうか?・・・だとしたらどこに居るんだ?この街の何処かに居たら危ない。いや、異世界に居る時点で死と隣り合わせじゃ無いか?・・・俺は死ぬけど、幼馴染も死ぬのか?え、なんで?-
_気付く。
「あ.....」
-体験会に無理やり連れてきた、俺のせい...?-
次いで抱くのは罪悪感か。それともまた別の感情か。
「・・・」
眩い光と凄まじいエネルギーを放つそれを、氷戈はただ静かに見据える。
そうして今度は視線を下へ向け、広げた己の手を見つめた。
-俺のせいなら尚更だ。幼馴染の居場所が分かるまで、俺が先にくたばる訳にはいかないッ....-
過去氷戈が『死』を目の当たりにして絶望一色だったその時期に、希望を見出してくれたのが幼馴染だった。氷戈にとって『死』と『幼馴染』は、言わば対義の意を成す。
この二つを天秤に掛けられた時、氷戈が手に取るのは紛いなく後者であったというだけの話である。
稲妻を纏った光が一点に集中し、まるで嵐の前の静けさの如く音も鳴り止む。
女は静まった場で不敵に笑い、いつでも放てるといった様子で言うのだった。
「今度はこの至近距離に加え、威力もさっきのより大幅アップしてるぜ?.....防ぎ切れると思うなよ?」
「まさか....妄想の世界以外でこんな言葉、言える日が来るなんてな....」
「・・・消ェし飛べェッッ!!!!」
「・・・後が無いからって抗ってやらない理由にはならねぇぞ、俺ッ!!?うぉォォォッ!!!!!!!!!」
「『穿々電雷』ァァッ!!!」
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こうして異世界転移もの史上、最も過酷な五分間に終止符が打たれたのだった。
☆登場人物図鑑 No.6
・『ジェイラ・フォーゲンス』
ラヴァスティ所属/25歳/178cm/68kg/欲『共縛り』
体育会系の見た目と言動が目立つ女性。好きなことは筋トレと師匠の真似。苦手なものは退屈と『クトラ』とかいうメス。
欲『共縛り』は『自身と対象の行動を縛る』というもの。発動条件等は無いが、対象の力がジェイラを上回っていると束縛を逃れられてしまう。要は筋力の強い方が束縛の可否を決められるということであり、強みと弱みがハッキリしている。