あの日『魘されて』
人が殺される瞬間を目の前で見るのって、どのくらい『痛い』ものなんだろうか?
その痛みによって、どのくらいの『傷』を負うんだろうか?
その傷は、どのくらいで治るんだろうか?薬はあるんだろうか?
どうでも良い、全て愚問だ。
それを知れるなら、ここまで不完全では無いだろうから。
感情が支配する。あの時が蘇る。幼き日の、悪夢が。
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「ねぇ...?やめて...やめてよ」
「・・・なぁ氷戈。綺麗だろう?お前を消すために作ったんだ...これ」
「いや...いやだよ...死にたくない...『死』はもう嫌だよ!!」
「死ぬ?それは違うさ、氷戈。・・・居なくなるのさ。俺の世界から」
「あ...ああ....あ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ____」
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「____あああああああああ!!」
「?」
『死』を目の当たりにし、自暴自棄となった氷戈はアルムガルドへ突撃する。
実力差は明白。天地がひっくり返っても結果は変わらないだろう。
ところが今はそこではない。ただ目の前で『死』が遂行されている事実こそが何ものにも変え難い恐怖であり、苦痛であり、悪夢なのである。耐えられないのである。
『死』の原因を排除するために、本能的に動き出した氷戈。これを迎え撃つためにアルムガルドはサイジョウの腹から剣を抜き、氷戈へと向ける。
二人の距離が十メートル程となったところで氷戈は左腕を空へ向け、何かを生成し始めた。
これを見たアルムガルドは珍しく驚いた表情を見せる。彼だけではない。プロイスも同じくらいに驚愕していたが、一番の反応を見せたのはフラデリカであった。
彼女の大きく見開かれた目は次第に濃い憎悪へと色を変えていったのだが、今の氷戈にそれを知る由はなかった。
氷戈は氷で生成した『槍』を力強く握りしめ、アルムガルドへ向かって全力で投擲する。
ものすごい早い訳ではなかったが、それなりの速度でもあった。
しかしアルムガルドにとっては舞い落ちる落ち葉のように見えたのだろう。彼はゆっくりとそれを切る体制をとった。
やがて剣先が氷の槍の先端を捉え、両断。__するかに思えた。
実際にはそうはならず、氷の槍は剣先の横へ逸れ始めたのである。否、剣先がまるで滑るように槍の横へ逸れたのである。
決してアルムガルドの剣筋が甘かった訳では無い。氷の槍が彼の剣の『干渉を許さなかった』のである。
こうして斬撃をスカされたアルムガルドの眼球数センチ前には既に槍の鋒が迫っていた。
この場にいる全ての人間に緊張が走った。当然アルムガルド以外の全員、であるが。
彼は必要最小限の動きで槍を交わしたのである。そしてその余裕の溢れる動きとは裏腹な、張り詰めた声で言い放つ。
「・・・レベッカを殺したのは貴様だな?」
「・・・は?」
どうしてそうなるのか?
少し考えた後で、思い付く。
「お、俺が使ったのが氷の源術で、レベッカの死因が『氷塊』だからか?ハ...ハハハ....ただ同じ属性を使ったからって俺を犯人と断定するのは早計だろ....?」
『死』に怯えつつも、氷戈はただ正しいことを言ったつもりだった。誰が聞いても、おかしくはない内容だろうと。
しかし氷戈を除いた3人はこの発言に疑問符を浮かべた。これを代表してアルムガルドは
「・・・貴様、何を言っている?私の知る限り、いや、常識的な話として現状氷属性の源術を使用できる人間は誰一人として存在しないはずであろう」
「・・・は?それってどういう....」
全くの、初耳であった。
ここでリグレッドの顔が思い浮かぶ。
なんでそれほどまでに珍しい能力なのにその事実を教えなかったのか?アルムガルドのように驚くそぶりも見せなかったのか?
今の状況にはほとんど影響のない、考えるだけ無駄な思考ではあったが不思議でならなかったのも事実。あまりにも不自然ではないかと。
思考の整理が追いつかない氷戈など目にもくれず、プロイスが追い打ちをかける。
「レベッカさんの殺害を隠蔽したかったのなら、今の技を使ったのはマズかったなぁ⁉︎仲間が刺されて判断が狂ったのか知らねえが、ザマァねえぜ!」
「い、いや...そんなこと」
__知らなかった。
こんなことを言っても、この状況で信じてもらえるはずがない。だが他にどうすれば...。果たして、どうしよもあるのか。
サイジョウが刺され、『死』を感じ、感情に飲まれたその時からゲームオーバーだったのかもしれない。
その場に立ち尽くし、思考を巡らせるも、この状況が絶望であるという結論は変わらない。口では何を言っても無駄、力でも何をしても無駄。考えれば考えるほど、どうしよもないのを思い知らされる。
暫しの間があったが、アルムガルドは氷戈の方へゆっくりと歩き出す。
「・・・今から貴様を制圧する。動機を聞けば気が済むというわけではないが、抵抗はしないことだ。・・・聞かずに殺してしまう事はなるべく避けたい」
-ここで泣き喚き、自分はやっていないと訴えかける事は簡単だ。でもそんなことしてもどうにもならないだろう!万に一、いや、億に一でもアルムガルドに勝つしか生き残る方法は...-
その時は、突然に。
「・・・」
氷戈の心はポッキリと折れてしまったのである。
トドメを刺したのは他でもない、フラデリカであった。
「_えか....お前か....お前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前かお前か!?姉さんを殺したのはお前かあああああああ!?」
「ッ!!?」
氷戈は、声を出すことすら叶わなかった。
圧倒的憎悪。
この上ない悲しみ。
抑えきれない震え、狂気、殺意。
この全てが、フラデリカを支配していた。
彼女はプロイスの制止を振り切って氷戈を文字通り、殺しに向かった。
怒りに身を任せたこのデタラメな突撃は、もしかしたら今の氷戈の実力であれば交わせたやもしれない。だが、実力が伴っても気は伴わなず___
小さい頃から見慣れたその顔で、そんな目をしないでよ。
どんな時も隣で聞こえたその声で、そんなこと言わないでよ。
ずっと大好きなその存在で、そんなことしないでよ。
違う、違うだろ。燈和は違う。燈和はそんなことしない。燈和はそんなこと言わない。
どんな時も明るくって、どんな時も気を遣ってくれて、どんな時も怒りっぽいけど、どんな時も俺の幼馴染なのが燈和だろう?
だからさ、そんな目で俺を見ないでよ。その顔で、その目で、その身体で、その存在で、なんで俺を殺そうとしてるんだよ?なんでッ!!?
あの時に似てるな。そう、悪夢を見てるみたいだ。起こるはずのない、最悪な出来事。
そうか、これは悪夢なんだ。
なら、いっか。もう抗わなくていい。あとは待つだけだ。この悪夢から、目が覚めるのを。
「_______。」
まるで棒立ちの氷戈の目は明らかに死んでいた。死を覚悟したのとはまた違う、生きるのを諦めたような目。
アルムガルドやプロイスはその異常さに気づいていたようだが、フラデリカの『然るべき殺意』を尊重してか、あえて止める真似はしなかった。
憎悪の炎に滾ったフラデリカの剣撃は、まさに氷戈を捉えようとしていた。
「死ねええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「・・・・・」
「ぐはッ!!」
フラデリカは腹部に蹴りを入れられ、大きく後ろへと吹き飛ばされた。飛ばされた先に地面はなく、ただ崖下へと落下していくのみ。
「プロイス!フラデリカを」
「は、はいっス!」
アルムガルドはプロイスへ即座に指示を送り、フラデリカ救出へ向かわせる。彼は崖下へ飛び降りたプロイスを確認することなく、前へ向き直る。
「貴様ッ?どうやって....」
「うん?『どうやって』、だと?おかしなことを聞く。・・・まさかとは思うが、オレがあれしきのことでくたばったと思っていた訳じゃあないよな?」
氷戈の前に立ち、フラデリカを吹き飛ばしたのは紛れ無き『サイジョウ』であった。
アルムガルドこそ多少なり驚きはしていたものの、氷戈に至ってはものの反応ひとつない。生きたまま死んでいるといって差し支えない状態だった。
これを見たサイジョウは小さくため息をついて、何かを決心したようだった。
が、この一瞬を逃さないのがアルムガルドであった。彼は再びサイジョウの懐へ瞬時に移動すると、今度は胴体を真っ二つにするような斬撃を放つ。
鳴り響く、甲高い衝撃音。
ガキィィィィィン!!!
「!?」
「どうした?その速度はさっき見たぞ?」
今度はサイジョウの反応が追いつかず剣を身体に受けてしまうということはなく、しっかりと己の剣で受け止めてみせた。次いで流れるようにアルムガルドの剣を払い除け後退させると、追い打ちがてら即座に技を打ち込んだ。
「仁技・光餮六連!」
唱えると、その大きな剣でデタラメに空を六回斬ってみせた。するとそこから光の斬撃が具現化し、凄まじい速度でアルムガルドを襲う。その速度はアルムガルドの後退時、わずかに宙に浮いてから地に足をつく前に彼へと至るほどであり、回避をする事は叶わなかった。
「クッ!」
アルムガルドは苦い顔をしながらも自身の剣で光の衝撃波の4つを宙で、地に足をつけてから残り2つを捌いてみせた。
流石の剣捌きであったが、安堵の暇は無く。
氷戈の前に居たはずのサイジョウの姿が見えなかった。代わりに、アルムガルドの懐で剣を構えており
「おのれ....!」
-サイジョウがこのまま剣を切り上げて来るのであれば私の剣でいなせる。まだそれだけの余裕はある。だが底が知れないのもまた事実。更なる追撃を予想して欲を使うべきか....-
「フっ」
「!?」
まるで、アルムガルドの思考を全て見透かしたかのようにニヤけるサイジョウ。これを見て驚くと同時にある違和感に気付く。サイジョウの切り上げをいなすために振り上げた剣が『崩壊』していることに。
「な...んだ...?」
「さぁどうする!!?」
アルムガルドは瞬時に斬撃をいなす方針を諦め、それを交わそうと後方へ体をしならせた。しかし既にサイジョウの剣は彼を捉えており、このままでは間に合うはずもなかった。
故に、彼の身体が少し輝く。
すると『交わす動作』が大きく早まり、そのままバク転で距離を取ることに成功したのだった。
「ふむ、それがオマエのカーマか。おもしろい」
「・・・」
致命傷は免れたものの、左目の辺りに斬撃を貰ったらしく流血が見られた。
それを見たサイジョウは怪訝な顔をして問う。
「オマエ。そのカーマといい、まだ隠しているだろう?・・・魅せてみろ!その実力をッ!!」
「・・・」
「と、言いたいところなのだが」
「?」
今にも襲ってきそうな気迫を見せたサイジョウは、途端にそれを収めたのである。
「今オレとオマエで戦り合えばここら一帯は消し炭になるだろう。普段であればそんなことどうでも良いのだが、今回は『依頼』でここへ来ているのでな」
「依頼だと?」
サイジョウは廃人状態の氷戈の方を見て続ける。
「つまるところ、あんな奴が側に居たのでは思う存分戦えんという事だ。まったく腹立たしい」
「貴様、何を言ってい...」
やはりサイジョウに『話し合い』という言葉は無いようであり、アルムガルドはこれに困惑する。いつもの如くそれを無視し、背を向け歩き始める。
「また会おう、我が友よ!アウスタッシュ=アルムガルドだったな?その名、しかと覚えたぞ」
「・・・逃がさん」
サァァン!
「クッ!!」
アルムガルドがサイジョウを追おうと足を踏み出そうとした瞬間、刺すような斬撃音と共に足元が崩れ始める。
サイジョウが地面に向けて剣を大きく横に振り、崖ごと切り崩したのである。
崖と共に落ゆくアルムガルドと、氷戈の首根っこを掴み崩落を免れるため高く飛ぶサイジョウ。
離れていく二つの存在は、それでも尚互いの顔をその目に刻み続けた。
二人はそれぞれ別の感情を抱きつつも、来るべき『再戦』を誓ったのであった。
あの後、なぜ生きていたのか。
この先、どのようにして戻ってきたのか。
氷戈は未だに思い出せずにいる。
『あの日』シリーズ、つまり過去編はここで終わるらしいね。
あんまり暗い話は得意じゃないから助かるよ。