あの日『本能も記憶も弄び』
ボクが前書きに登場させてもらえたってことは、今回は戦闘無さそうだね?
え?メタっぽい考察やめろて?
何言ってんのさ、それ取り上げたらボクが居る意味ないじゃん。
「ッ⁉︎なぜここに来た⁉︎・・・フラデリカ!」
「燈和⁉︎」
「・・・え?」
2人から異なる名前で呼ばれれば、当然そんな反応であろう。
「ええと、人違いじゃ...」
「?」
知らない人間から自身に他人の名前を言われれば、当然そんな反応であろう。
「ところで、あなたは誰?」
「・・・え?」
当然の疑問だ。当然であるはずなのに、疑問でしかない。疑問しか抱けない。
-なんで-
「なんで、俺の方を向いて聞くのさ....?」
「え...?」
自身の問いに対して異常なまでに動揺する氷戈を見てさらに疑問が増す燈和、否、フラデリカは固まってしまう。それを見たレベッカは
「貴様、なにを言っている?」
「・・・なにをって、それは燈和のほうだろう!悪ふざけはよしてこっち来いよ!」
「なるほど貴様たちの言っていた人探しの件か。しかし他人の空似程度でそこまで喚くな。貴様のいう『トウカ』が何処の誰かは知らないが、コイツは私の実の妹『フラデリカ』であることは決定的な事実だ」
確かに髪の色は違うし、顔つきや口調も少し違うのは分かる。だが俺の『本能』が、子どもの時からずっと一緒で、ずっとバカをやって、ずっとプンスカしていた燈和はコイツのことだと言っている。どうにも信じて止むことができないのである。
「そんなはず....なぁ燈和!たった1週間で俺のこと忘れるなんてそりゃ無いだろ!この世界に飛ばされた原因が俺だから怒ってるのか?謝るよ、謝るからいつもみたいに怒ってくれよ!」
「え、ええ....?」
「貴様、いい加減にッ!」
氷戈の異常ぶりに怯え始めるフラデリカ。それを見かねたレベッカが再び臨戦体制をとる。しかし今の氷戈にそんなことはどうでも良かった。
-なんでそんな目で俺を見る?-
なにが起きているのかが分からない。本能を疑うべきか、本能に従い無理矢理にでも燈和を連れ出すか。
いや、違う。俺はゲーマーだ。ゲームをする時は、中でも重要な場面では感情だけに支配されちゃダメだ。今はその時。感情よりも、本能よりも『事実』を、『現状』を見ろ。
俺の人生はゲームで、ゲームは俺の人生だ。そしてこの人生の主人公は俺であり、俺が考えなきゃいけない。『現状』の打開策を。
-考えろ、考えろ。なにかあるはずだ。燈和が燈和である証拠が。俺の『本能』が『事実』である証拠が-
数秒。氷戈を除くこの場にいる人間にはそう感じただろう。
しかし氷戈に至ってはどうだろうか。それが分かるのは彼のみか。
氷戈の顔には、焦りや動揺といった感情は無くなっていた。そこにあるのは、まるで氷のような『冷静さ』だった。
そして静かに自らのポケットへ手を伸ばし
「・・・これを」
取り出したのはスマホであった。
素早くロックを外し、写真フォルダの中に数多ある写真を漁り始めた。
この世界にはスマホという文化は当然無いため、氷戈以外は黙ってそれを見るしかなかった。
程なくして、その画面をフラデリカとレベッカの方に向けて見せた。
それは『氷戈と燈和が満面の笑みで写っている写真』であった。内容としては高校1年生の頃の体育祭後、記念に幼馴染5人で撮ったものであるが氷戈以外はそんなこと理解しようもない。理解する必要もない。
ただ大事なのは『氷戈とフラデリカ』が同じ絵に収まっているという『事実』のみ。
「うそ...私?」
「なんだこれは...?」
写真という文化がこの世界に存在するか分からないが、こんなにも鮮明で生めかしい『幸せな絵』に疑いからは入らない。氷戈がこれを狙ったかは定かでは無いが。
「し、しかしだ。貴様はこの絵に写っている女をフラデリカだと言いたいのだろうが、彼女自身にその記憶がないだろう?その時点でこの話は...」
「違う。この絵に写っているのは燈和であり、そこにいる『お前たちがフラデリカと呼んでいる子』が『燈和』だといっているんだ」
「馬鹿げてる。なぜフラデリカ自身にその記憶がないのにそう言える?なぜ私たちには『私たちが姉妹である記憶』があるのにそう言える?この時点でお前の話はこじつけにしかなっていない」
「・・・そうだな」
「?」
口論していた相手がいきなり鞘を収めたので不思議に思うレベッカ。そんな彼女を差し置いて氷戈は静かに
「だから、最後に一つだけ聞かせてくれ。燈和」
「・・・え?私?だから私はトウカじゃ...」
氷戈に目線を合わせ『燈和』と呼ばれたフラデリカは困惑するが、それも気に留めず氷戈はある画面を見せ、言った。
「今から7日前。いや、この際いつだっていい。これと同じことが記してある紙を見たことはないか?」
「なにそれ?.....あ、あッ⁉︎」
フラデリカは何かを思い出したように自身の内ポケットを探る。
取り出したのはクシャクシャになった紙であり、それを広げて画面と照らし合わせる。
「・・・この『宝の地図』に似てる?いや、同じかも...。でもどうしてあなたが?」
「ッしゃ!」
氷戈がスマホで見せたのは『Wisteria Hearts』先行体験の会場案内の地図の画像であった。
これは先行体験の当選者全員にデータとして送られてきた地図の画像であり、後日郵送で様々な書類と共に紙媒体の地図が自宅に届いた。氷戈は先行体験会当日に『スマホの充電を食いたくないから』と言う理由から紙媒体の地図を持ち歩いていた。そして寝不足で機能停止状態の氷戈を見かねた燈和がその地図を取り上げ、幼馴染組を会場へ先導していたことを思い出したのである。
今持っているスマホもそうだが、氷戈がこの世界に飛ばされた際に身につけていたものは全て持ち込めている。今目の前にいるフラデリカが燈和であるなら元の世界で氷戈から取り上げた地図を持っている、ないしは見たことがあるのではないかと考えたのだ。
見たことが無いのであれば無いでフラデリカがフラデリカなだけであり、見たことがあるのであればフラデリカが燈和であると決定付けられるローリスクハイリターンの賭けは『自分の本能を正と証明する手段』としては非常に理にかなっていると言えよう。
そしてこの賭けを制した氷戈は畳み掛ける。
「その地図は俺と燈和が元居た世界で限られた人間しか持っていなかった代物だ。もしお前がこの世界で生まれたフラデリカだったとしたら絶対に見ることのなかったものだ」
「どういうこと?元居た世界?」
「そう。1週間前、俺と燈和を含めその場に居た5人はある門をくぐり抜けた瞬間この世界へ飛ばされた....と推測してる」
当然、この曖昧な回答にレベッカは食いついた。
「推測?どうしてそんな曖昧な言い回しをする?」
「5人同時に門を潜ったはずなのに、次の瞬間には俺以外はどこかに消えてたんだ。俺だけこの世界に来て他の4人は別の世界へ、という場合も考えられるし俺以外の4人もこの世界へ飛ばされたが場所はバラバラである場合も考えられる」
「なるほど、理にはかなっている。貴様が別の世界から来たという現実離れした話が事実であれば、だがな」
「・・・」
レベッカの言うことは至極真っ当なものである。不法侵入未遂の人間に「自分は別の世界から来た」と言われ信じる方がどうかしている。しかし氷戈は食い下がる。
「確かに、信じられないのは仕方ないし俺もそれを証明する術は無い。正しく鬼の証明だ。・・・けどそっちは『見るはずがない地図』についてはどう説明するのさ?」
「・・・フラデリカ。お前その地図はいつ見つけた?」
「えっと・・・ちょうど7日前とかかな。いつの間にかポケットに入ってて、見たことも聞いたこともない地名がぎっしりだったから『宝の地図』かと...」
レベッカは「そんなわけないだろう」と呆れ交じりのため息を吐いた。
「はぁ....。しかし、言うことは一致している。・・・困ったものだ。こんな紙切れ一枚で私たちが姉妹である事実を歪ませようというのだから」
氷戈としては地図が出てきた時点でこの子が燈和であることを確信できるのだが、レベッカたちはそうもいかない。互いに『互いが姉妹である』という記憶があるのだから。逆も然りで、レベッカとフラデリカが本当に姉妹であるならフラデリカのポケットから地図は出てこないはずである。
氷戈とレベッカは互いにこの『おかしさ』を解消できない限り平行線であると理解しており、それが故に黙ってしまう。
一刻の静寂を破ったのは珍しく黙りこくっていたサイジョウだった。
「その地図の出所を証明する術は無いが、オマエらが姉妹であることを証明する術はあるだろう?」
この場で唯一の第三者の意見に氷戈、レベッカ、フラデリカの三者は耳を傾ける。
「簡単なことだ。オレに耳打ちでオマエらのうちどちらかに『姉妹にしか知り得ない思い出話』をしてもらう。『幼い頃喧嘩した理由』でも『どちらかの誕生日での祝い事の内容』でもなんでも良い。これをもう片方へ問い、答えられれば少なくとも『幼い頃、同じ時を過ごした』という証明にはなるだろう。これをヒョウカの気の済むまでやれば良い」
「・・・」
サイジョウの言いたいことは分かる。しかしながら、釈然としなかった。
それは『氷戈にとっては無かデメリットしか生じない』確認であることもそうであるが、『そんなこと答えられて当然だろう』という気の方が大きかったからだ。要はレベッカとフラデリカの両者に『姉妹としての記憶』があるのに今更そんなことをする必要はないのでは無いか、ということだ。
これに関してはレベッカも「何を今更」というような様子を見せた。一方で『自分たちが正真正銘の姉妹であるという事実を氷戈たちに知らしめられる』という『メリットしか生じない』確認であるため、快く承諾するのだった。
「良いだろう。この程度のことでこの面倒な矛盾を晴らせるなら安いものだ。・・・さあ、どちらから聞くのだ?『私たちの思い出話』とやらを」
「そう言うと思ったぜ。聞かせてもらうのは当然ラベッカ、オマエだ」
「レベッカだ、次間違えたら殺すぞ」
わずかな殺意を醸しながら、渋々サイジョウの方へ歩いていくレベッカ。
その距離刀一振り程度のところで立ち止まったレベッカは問う。
「で、なんの話をすれば良い?先に言っておくが貴様ら不審者に私たち以外の人物も絡むような話はできないからな」
「ああ、構わんさ。オレが聞きたいのはただ一つ。・・・おい、オマエ名はなんといったか?」
「・・・え?」
完全にレベッカに質問する流れだと思っていたので、突然名前を尋ねられたフラデリカは驚く。が、すぐに応答する。
「フラデリカ、だ。フレイラルダ=フラデリカが私の名前だ」
「そう!では問おうラベンダー。フラデリカは何故、フラデリカという名を与えられた?」
「なに?」「は?」「名前...を?」
自身の名前を間違えられて睨みつけたのも束の間、思いがけない質問にレベッカ、氷戈、フラデリカは動揺した。
サイジョウはこれを煽るかのように言う。
「どうした?自身の妹の名前の由来くらいは知っているもんじゃ無いのか?誰がつけたのかも」
「あ、ああ。すまない。まさかそう言った角度からの質問だとは思わなくてな。・・・当然、知っているとも」
その後、レベッカは淡々と『フラデリカの名前』について語った。
---とは、ならなかった。
その後に続いたのは暫しの『沈黙』であったのだ。
「・・・。⁇」
何か様子のおかしいレベッカ。まるで言葉を失ってしまったかのような。
これを見たフラデリカは心配そうに
「姉さん...どうかしたの?」
「・・・おかしい」
「おかしい?なにが?」
「フラデリカを、見つけられない...?私の記憶から」
「何を言って....?」「は?」
フラデリカと氷戈の2人は、レベッカの言うことが理解できず疑問符を浮かべた。
しかし1人、サイジョウは深刻な顔をして口にする。
「やはり、ヴァイシャの仕業か」
そんな独り言を側に、レベッカの混乱は続いていた。頭を抱え、足はよろけ、大きく唸り、とても正常な状態ではなかった。
この姉の異常事態にフラデリカは駆け寄ろうとしたが、サイジョウは瞬時に彼女の目の前へ移動しそれを制止する。
「寄るんじゃない。コイツは今、ヴァイシャの欲『超然洗脳』と戦っている最中だ。上手くいけば解けるやも知れん」
「超然...洗脳?」
言葉のままならレベッカはヴァイシャという奴に洗脳をかけられており、今はその洗脳と格闘している最中ということだろう。サイジョウの口ぶりからして他人が助けに入れる感じでも無いようだ。
「ううっ!ぐあぁ!せん・・のうだと?私は....私はッ⁉︎」
「姉さん!姉さんッ!」
洗脳と戦い、苦しむレベッカを見てフラデリカはサイジョウを押し切って近寄ろうとする。だがサイジョウもそれを許すはずもなく、制止を続けた。
「近寄るなと言ってるのが分からんか、女」
「どいてよ!どいてってばッ!」
食い下がるフラデリカの対応により目を離したサイジョウ。
そしてレベッカが洗脳を制しようとしたその時-
「私はッ!No.3の名を冠する者!舐めるな...._____」
グシャっ!....
「・・・は?」
レベッカの、誇り高き咆哮は不自然に止まり。
レベッカだったものが、氷塊の下敷きとなっていた。
それを目にして凍る3人。
どこからかふり降りた巨大な氷塊の底から、赤い海がただただ広がり続けていた。
・・・は?