あの日『「最」度、「最」会に「最」して』
どれどれ、専門用語解説書っと....
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欲:その個人に宿る特殊能力であり、ある条件を満たした者にのみ発現する。原則最上位の優先度を誇り、防御や対応、相殺するには同じく欲の力を行使しなければならない。
源術:人体を構成する基本的要素である『源素』を応用し、攻撃や防御をするために作られた術の総称。分かりやすく言えば魔法であるが、力の源は魔力ではなく身体を構成するエネルギーそのものであるため『一時的に命を削る技』とも言える。なおこの世界に魔法や魔力といった言葉や概念は存在しない。
源素:この世界の人間は『木(風)』『火』『土』『金(鉄鋼)』『水』の計5つの要素によって成り立っており、これをまとめて『源素』と呼ぶ。いずれか1つの要素でも失ってしまうと人体を保てなくなってしまい、人間としての機能を失う。故に源術の過度な使用は厳禁である。
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なるほど!分からないね!
「いちちちち。・・・にしてもなぁ、あんなおもっきし殴ることないやろ」
「うごくなーコロすぞー。おりゃー」
「うぎゃ!?痛い!痛いわボケ!!殺す気か!?」
「んー?そういったじゃーん」
騒がしいここは『茈結』の医療室である。
そこには椅子に座って治療?を受けるリグレッドと治療?をする白衣姿の女の子とこれを傍観する氷戈の図があった。
その女の子はおっとりとした口調と華奢な体なのに対し大きな(殺人)ハンマーを軽々振り上げ、リグレッドの頬の辺りに迷い無く直撃させてみせた。
側から見ると文字通り即死は免れない威力ではあったが、リグレッドが「痛い!!」という悲鳴をあげている以上、どうやら死んではいないらしい。
「トーラちゃん...治療相手がボクの時だけ思いっきりやっとるやんなぁ⁉︎」
「だってー?リーダーに死なれたら困るでしょー?」
「・・・も、物は言いようやな」
半ばコントのようなやり取りを黙って見ている氷戈に気づいたのか、リグレッドは説明を始めた。
「ああ、悪いな。このちっこいのはトーラちゃん言うてな、茈結専属の医者やねん。・・・欲もあって、見てもろた通り『ハンマーでブン殴った部位の治療』なんていうエゲツない能力の持ち主や」
「初めましてだねー?新入りー」
「あ、どうも。氷戈っていいます」
トーラは軽く会釈を返すと当然の疑問を投げかけた。
「それにしてもー。どうしたのさー、その痣はー」
「ん?ああ、それがな。ボクと氷戈で試合しとってん。ほんで試合が始まったらちょいと大袈裟に後ろ下がってボクの飛び道具全部防いでくるからな?突っ込んだらいつの間にか殴られとったんよ」
「そんな細かくさー。聞いてないよー」
「と、とにかくや。どないにしてボクを転ばせたんや、氷戈?」
リグレッドは自分に何が起こったのか分かっていないようだった。どうやらこの男は本当に弱いらしいと確信した氷戈は解説する。
「それこそ、俺が大袈裟に後ろに下がったでしょ?この時に足で地面に『任意で氷を展開できる術』を仕掛けたんだ。あとは飛び道具効かないことをアピールして近接戦を煽る。じきに突っ込んできたらタイミング良く地面に氷を展開すれば滑るでしょ」
「・・・それっていつ考えたん?」
「その時に」
「おっそろしいな自分」
リグレッドは演技っぽくビックリし、ほんの少し間を開けると何かに気づいたように続けた。
「・・・・んまぁボクが見込んだだけはあるなぁ!ほな約束通り、燈和ちゃんに会いいこか?付いてきぃや」
「よっし!待ってろよ燈和!」
「トーラちゃん、おーきに。ほなまた」
そうして二人は慌ただしく医療室を出て行った。
急にしんみりとした部屋で、トーラは独り言を呟くのだった。
「痣ー、治らなかったなー。なんでー?」
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ー『茈結』玄関にてー
「え、今から行くの?俺としてはありがたいけどさ」
氷戈は裏口から外へ出ようとしたリグレッドに問いかけた。対しリグレッドは足を止めることなく答えた。
「せや。けどボクは行かん」
「え?どういうことさ」
「まあ後で説明したるわ、今は黙って付いてきぃ」
リグレッドは外へ出て、そのまま先ほど修行をしていた裏庭への方向へ急いだ。不自然に急く理由が気になったが、氷戈は付いて行くしかなかった。
少しして丁度リグレッドをブン殴った場所に辿り着くと、そこで急に止まる。
「っと。地面に氷が残っとって分かりやすいなぁ」
「・・・なんで戻ってきたのさ?」
リグレッドはその反応待ってましたと言わんばかりにニヤつき、答える。
「ここが待ち合わせ場所だからや。自分を燈和ちゃんのとこまで送り届けてくれるヤツとの」
「そうだった、なんで団長じゃ無いのさ」
「アホ言え、腐ってもボクは『茈結』のリーダーや。そう簡単に本部から席は外せんわ。あとボクが弱いの分かったからって呼び方シレッと師匠から団長に変えんの辞めぇや傷つくわ」
早口でそう言い、続けざまに解説する。
「ええか?燈和ちゃんらしき子が発見されたんは『フラミュー=デリッツ』つう小国でな?ちょいとややこしいんやが、そこは『茈結』のバックにいるウィスタリア国とバチバチにやり合っとるラヴァスティつう国の属国なんや」
「ラヴァスティ....この前襲ってきた連中の組織だったっけ」
「せや、よお覚えとったな?」
「なるほど....つまり実質敵国の領土に行くようなものだから団長じゃ都合が悪い。代わりに団長が手配した人に引率をお願いするってこと?」
リグレッドが頷いたのを確認すると、氷戈は小さな声で
「・・・手配、いつしたの?」
「んげっ!」
確かにリグレッドが氷戈に条件を提示し、達成したのは小一時間前である。さらにその時点から今に至るまで氷戈とリグレッドはずっと一緒におり、人を手配したそぶりすら確認できなかったのである。当然と言えば当然の疑問であった。
しかしリグレッドは「魔法や、魔法!」と誤魔化し、話を戻した。
「そ、そんでな?ホンマならワープなんていう便利機能も使えたんやが、自分には効かへんやろ?せやさかい、今回用意したんは...」
リグレッドは何かに気づき、言葉を途中で切った。そして満を持したかのように言う。
「ちょうど来おったで。『世界最速』の男や...」
その男はいつの間にかリグレッドの真隣に、そして氷戈の目の前に居た。まるで元からそこに居たかのように。
「おいおい。確かにオレは最速でもあるが、そいつは二の次だ。大前提、オレの名は....」
「え...」
氷戈はてっきり初対面の人間が登場すると思っていたので、少し驚いた。それもまさか一週間前にこの世界に来たばかりの氷戈を殺害しようとしたラヴァスティの幹部を一掃した人物だとは。
その名も...
「サイキョウだ!」「最強...」
彼の自己紹介と氷戈の呟きがハモったところで、漸くこちらへ目をやった『サイキョウ』は問う。
「うん?なんだお前は?・・・弱そうだな」
一週間前も同じことを言われた気がした氷戈だった。
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そして十分後.....
「カクカクシカジカチデジカで...」
「ふむ...」
現在、リグレッドは少し離れた所で『サイキョウ』にこれまでの事情とこれからの作戦を事細かに説明している最中だろう。
なぜこんなにも他人行儀な表現かというと、先ほどリグレッドに「自分はちょいと離れとって!ええな!?」と言われてしまったからである。普通なら『自分に後ろめたいことがあるのかな』など様々思いを巡らせてしまうところだが、不思議とそんな感情は湧いてこなかった。
自分でも分からないが、おそらく俺が『リグレッドはそんな人間では無い』と信じているのだろう。出会って一週間でここまでの信頼を勝ち取るのは流石は一組織の頭といったところか。
そんなことを考えてるうちに、どうやら話し合いの終わった雰囲気の二人がこちらへ歩いてきた。
「いやぁ、待たしたな。ほな準備はエエか?」
「ああ」
氷戈は『さっきサイキョウさんはどこから出てきたのだろう』や『どうして自分が手配した人間に一から事情を説明するのだろう』など疑問に思う部分は多々あったが、それよりも『燈和に会いたい』という気持ちが先行し、少し食い気味に頷いた。これを見たリグレッドは少し真剣な顔をして
「そうか、ほんなら行く前に一個だけアドバイスや」
「?」
「『何があっても自分を貫く』。ええか?これは精神論や綺麗事の話やない。事実として他人の意見や状況に惑わされたらアカン、この世界じゃ自分以上に信じられるものは無いっちゅう話や。氷戈《自分》は特に」
「どうしたのさ、らしくない」
「しゃあないやろ。限られとんねん、なんもかも」
「・・・?」
本当にらしく無いテンションで話すので、不思議に思った氷戈は首を傾げた。
すると側から「話は済んだか?」というような雰囲気の『サイキョウ』はゆっくり氷戈に近づき、こう言った。
「おい、ガキ」
「ガキ.....お、俺?・・・俺の名m」
「いや、いい。オレは強い奴の名前しか覚えられん体質なんでな。それよりも貴様の欲が『絶対防御』だと聞いたが本当か?」
「うーん、俺もよく分からないけどリグレッドが言うにはそうらしいよ。実際他の人の欲の影響を受けなかったり、魔法に当たりすらしないからね」
「魔法?・・・ああ、源術のことか。なら....」
すると『サイキョウ』は何の前触れも無く、いきなり自身の右腕を真っ直ぐ空へと突き上げた。
キィィィィィーーーーーンーーーーー!
劈くような音と共に彼の右腕は凄まじい光に包まれ、天へ昇った。高さは凡そ十メートル程か。光が具現化したと言う表現が適切で、それは紛れも無い『光の剣』だった。
「はっはっはっ!さあ、死ねい!」
「は?」
「あちゃー」
『サイキョウ』は何を思ったのか、腕から伸びた光の剣を勢いよく氷戈へ振りかざしてみせた。
-バカなんか?ていうかクズレッドは「あちゃー」言ってる暇あったら助k__-
そんな思いを馳せる終わる暇もなく、殺人カッターが氷戈を捉えた。
享年十五とあまりにも短い生と共に、主人公の死をもってこの物語も幕を閉じた。短い間ではございましたが、ご愛読のほどありがとうございました。
とは当然ならない。
光の剣は氷戈の脳天の辺りで静止しており、傷一つ負わせることは出来なかったのである。
呆然と立ち尽くす氷戈、この状況を誤魔化したいかのように口笛を吹かすクズレッド、そして殺人未遂犯の『サイキョウ』は光の剣を解除した。
「なーるほどなるほど!これは素晴らしい興味深い!まるで当たらん!いや、『干渉できない』と言うべきか」
これが直前まで人を殺めようとしてた人間のテンションだろうか。
氷戈は殺されかけた恐怖や憤りよりも、『驚き』の感情に支配されていた。
しかしそれは確証のない状態でこれほどまで思い切り刃を振り下ろせる『サイキョウ』のサイコパスさに対してでは無く、自身の力が『確証のない状態から確証になったこと』に対してのものであった。
-まるで痛くなかった...。なんなら触れられてすらいない!一週間前は状況が状況なだけに実感湧かなかったけど、これで確信できた!『最強』と称される男の技をノーガードで受けても何ともないオートガードとかどんなイカれ性能だよ!?-
などと考え、氷戈は無言でテンションをぶち上げる。本当のイカれサイコパスはこいつやもしれない。
その興奮が昂り、顔にニヤつきが溢れ始めた氷戈の状態を見て焦ったのか、リグレッドはすかさず話しかけた。
「お、おい....氷戈ー?ダイジョブか?まさかどっかぶっけて....」
「ウヘ、ウヘヘ。ダイジョブグッドエブリデイ...グヘヘヘ」
「こ、これは...。なにやってくれとるんじゃサイジョウ!氷戈が壊れてもうたやないか!」
「なんだコイツ...気持ち悪いな....」
氷戈は自分をお試しで殺そうとした人間が挙句「気持ち悪い」などと暴言を吐いていることなど気にも留めずにリグレッドに言い寄った。
「ねえ!やっぱこれって中々の能力なんじゃないのさ?ねえ!」
「お、おうとも。中々どころや無いと思うで。この世界じゃ源術や欲を上手く使える奴が強いからな。それらをどないな条件でも『無効』にするんならこれ以上ない武器や」
「ktkr!!こんなん、使いこなせたら絶対楽しいじゃん!」
「盛り上がっとるところ悪いんやが....」
リグレッドは氷戈を一旦落ち着かせるためにもあえて声を落として言った。
「自分の欲『絶対防御』は確かに唯一無二やが万能最強って訳でもないで?ワープもそうやが、味方のサポート系の能力を一切受け付けんのは大きなデメリットや。あと経験済みやろうけど、普通に体術でゴリ押されても終いや」
「?・・・それはそうでしょ?だから面白いんじゃん」
「は?おもろい....?」
「最初から『万能』や『最強』なんて求めてないよ。俺は自分に与えられたコマを、自分で考えた戦略に当てはめて_」
「ッ⁉︎」「ほぉ?」
「_勝ちたいんだ、徹底的に」
またである。氷戈は対リグレッド戦の最後に見せた『冷気』を帯びた表情でそう言い放った。
さっきの殴られたトラウマからかリグレッドはビビり、『サイキョウ』は感心したような声をあげた。
「端から最強チートぶっ壊れ能力持ってたら考えて勝つ快感が無いじゃん?そんなゲームはごめんだね。やってて面白く無い」
氷戈はそう続けるも先のような『冷たさ』は無く、半ばふざけたテンションで言い捨てた。
すると『サイキョウ』がこの言葉に食いついた。
「ハッハハ!良いぞガキ、気に入った!・・・貴様、名は?」
-さっき言おうとしたんだけどな-
と思いつつも、改めて名乗る。
「俺は氷戈!たった今、この世界を極めることが決まった最強ゲーマーだ!」
「ヒョウカ・・・よし、覚えたぞ。もう一つ聞くがその『ゲーマー』というのは強いのか?」
一見『サイキョウ』が『超』のつくほど脳筋だと言うのが分かるおかしな発言ではあったが、氷戈は全く気にすることなく満足そうな顔をして言う。
「ああ、強いよ。あとカッコよくて、最高に厄介だ」
「・・・ふむ、ではオレもオマエが最強ゲーマーとやらである事を切に願おう。強い奴は多い方が良いからな」
二人は目をキラキラとさせて互いを見つめ合った。まるで何かを成し遂げたかのような空気が漂う。
そんな脳筋バカ二人の会話を蚊帳の外で怪訝そうに聞いていたリグレッドは我慢できなくなり割り込む。
「ええい!仲エエのはかまへんけどさっさと行かんかい!」
「「・・・?」」
そこには真顔でリグレッドを見る二人が居た。良い感じの空気を壊した罪は大きかったようだ。
「・・・え、これボクが悪いん?」
まるで納得のいかないリグレッドであった。
最速で最強、ねぇ?
こういうの自称しちゃう人って大体物語中盤あたりで死んじゃうのがセオリーだよね〜
この人はどうだか....?
え、フラグになるような発言は控えろ?・・・ご、ごめんなさい....