第八話
都は人々の喧噪でごった返している。冒険者たちは都へ入り、宿をとった。道中、襲撃はなく、なぜかここまでレ=ラ=マイラとの戦闘は発生していない。
アルフレッドらは都の郊外に小国のごとき広大な敷地を有するレ=ラ=マイラの土地へと向かった。
城壁で覆われたレ=ラ=マイラの地へ入るために、アルフレッドらは正面から門に向かった。
衛兵が出てくる。
アルフレッドは衛兵にあの指輪を見せた。
「エメラインが来たと伝えてもらおう。そうでなくば、お前さんたちを切り捨てるまで」
「ま、待て。何があったのだ」
「赤の一族がこの娘を殺すためにアサシンを送り込んできた。俺たちも殺されかけた。黙っているのは性分じゃないので殴り込み来たんだよ」
アルフレッドは剣を抜くと、凄い剣幕で衛兵に迫った。
「わ、分かった。待て。確認する」
衛兵が引っ込んだところで、アルフレッドはエアハルトとエメラインに言った。
「アンチマジックとバリアと高速飛行をかけておいてくれ」
「分かった」
「分かったわ」
エアハルトとエメラインは仲間たちにアンチマジックとバリア、そして高速飛行をかけておく。
やがて衛兵が戻ってきた。
「青と赤の頭首の方々が直々に会われる。案内しよう」
アルフレッドは頷いたが、仲間たちに「油断するな」と囁いた。
冒険者たちはレ=ラ=マイラの城に入った。見事な城だ。大貴族に匹敵する巨城である。列柱回廊に彫像が並んでいる。広大な庭園を横目に、パーティは衛兵の案内で城の中を進んでいく。
十分ほど城の中を歩いて、巨大な扉の前に一行は案内された。
「開けろ」
衛兵は門番に言った。そうして、門番は扉を開けた。
「入れ。あとは御当首様と話し合うがいい」
衛兵はそう言って立ち去った。
アルフレッドを先頭に、一同は部屋の中に入った。
深紅の絨毯の先には、壇上右側に座する赤いローブを着た女性と、左側に座する青いローブを着た男性がいた。両サイドにはそれぞれ赤と青のローブを身に着けた魔術師たちがいる。
背後で扉が閉まる。
「よく来たな」
壇上の青いローブの男、セオドリックが言った。
「ようこそ我らが国へ」
赤いローブを身に着けた女性シンシアが言った。
「なぜ俺たちを襲った」
アルフレッドは開口一番言った。
「いきなり核心か」
セオドリックは笑った。
アルフレッドは高速飛行で加速すると、剣を抜いてセオドリックの喉元に突き付けた。
「ふざけるな。こっちは本気だぞ」
「無礼者!」
青の魔術師たちが電撃をアルフレッドに放った。しかしアルフレッドにはアンチマジックがかかっている。魔法は効かない。
「俺が簡単に信用すると思うか」
「待て。では話をしよう。剣を収めろ」
セオドリックが言うので、アルフレッドは宙に浮いたまま後退した。
「事の起こりはおよそ二十年前に遡る。当時、赤の一族の頭首が急逝し、一族の間で次期頭首の座を巡って権力争いが起こっていた。正妻の子エメラインと、側室の子であるシンシアの何れに将来の頭首を継がせるか。それは語りつくせぬ酷い争いであった。赤の一族の間で血が流れ、それに干渉した青の一族の間でも血が流れた。争いに敗れたエメラインを支持していた魔術師たちはまだ物心つく前だった彼女を密かに運び出し、北の森の民に預けたのだ。魔術師として目覚めることなどありえないと思っていた。だが事態は急変した。ザカリー・グラッドストンによって森の民が殺され、エメラインは紆余曲折を経てお前たちの手に渡った。そして、エメラインは恐るべき魔術師の才能に目覚めた。そっちに座っているシンシアは気が気でなかったようだ。もしも自身の赤の一族の当首の座が危ういものになったらと思うと。そうだなシンシア」
シンシアは口を開いた。
「エメラインお姉さま、何も知らないまま森の民として生きていればこうはならなかった……そこの冒険者たちが余計なことをしたおかげで、事態が複雑になるのを私は確かに恐れたわ。でもエメラインお姉さま、お姉さまなら事情はお分かりよね? 今更血族の王座を求めたりはしないわよね?」
エメラインは肩をすくめた。
「何? そんなことで私やみんなを殺そうとしたの? 証拠まで残して」
「そうよ。必ずやってくると思っていた。お姉さまが生きている間に、お互いの意思疎通を図るべきだと思ったのよ」
「……そう。私はここで生まれたのね。シンシアとか言ったわね。安心なさい。私はレ=ラ=マイラの王座なんて欲しくない。仲間たちと生きていく。当面は今の生活を続けるつもりよ。ただ、助けが必要な時に手を差し伸べてくれてもいいんじゃない? あなたは私の妹になるんでしょう? それさえ約束してくれれば何も望まない」
「お姉さま……」シンシアは立ち上がった。壇上から降りてくる。「お姉さま、約束するわ。私たちは血を分けた者。対立はまた大きな災いを招くのみ。私も無駄な血は流したくない」
「シンシア、今更元には戻れない。レ=ラ=マイラの血族として生きることは出来ないわ」
「でも……これを持っていて」
シンシアは自身の指輪を外すと、エメラインの指にそれをはめた。
「この証は、邪魔にはならないけれど、知っている者にとっては話が通じるわ。役に立つこともあるかも知れない」
「じゃあ遠慮なく貰っておくわ」
仲間たちは戦闘が発生するかと備えていたが、それは懸念に終わりそうである。
「行こうエメライン」
アルフレッドは呼びかけた。
「ええ」
エメラインは振り返った。
仲間たちと広間を後にする。そうして、一行はレ=ラ=マイラの土地から出て行った。
「全てが解決したお祝いに、どこかで御馳走でも食べよう」
エアハルトは言った。
「そいつは良い。エメライン、どうだ」
エイブラハムが言うと、
「うん。みんなと一緒なら」
エメラインは言って笑った。
その夜は都の高級レストランで一同は会食をした。エメラインにとっては大きな一日であったが、彼女はそれを受け入れることで自分の家族がこの世界いるのだと納得することが出来た。奇妙なことかもしれないが、エメラインは安心感を抱いてその日は眠りについた。