第二話
エメラインの村を襲ったということから、アルフレッドはかなり森を迂回して、下流で川を渡り、見渡しのいい平原から接近した。不意打ちはごめんだった。とはいえ、どこかで森に入らなくてはならない。アルフレッドは慎重に森の周囲から中を窺っていた。ここで怪物と出会えたら一戦交えてみるのも悪くはないのだが、そんなことを考えているうちに日も暮れていく。夜は危険だ。アルフレッドは下流の集落に身を寄せ、宿をとった。
翌朝、早朝からアルフレッドは森に向かった。と、アルフレッドは気配を察知して剣を抜いた。あまたの敵を切ってきた魔法剣だ。がさがさ……と、草が鳴る。アルフレッドは森から出て後退した。
怪物は一体だけ出てきた。あのグロテスクな筋繊維むき出しの化け物だ。アルフレッドは一体だけであることを確認し、戦闘に臨んだ。
怪物はスピードはさほどではない。怪物は拳を振り上げ、アルフレッドがいた場所に打ち込んだ。アルフレッドはバックステップでかわす。怪物の一撃で地面が震動した。
「当たればでかいな。慎重に行こう」
アルフレッドは加速した。怪物はもう一方の拳を繰り出した。アルフレッドは側面に回り込み、怪物の腕に魔法剣を叩きつけた。怪物の腕が切り落とされた。血が噴き出して飛ぶ。怪物は咆哮を上げてよろめきながらアルフレッドを威嚇するように片腕をぶんぶん振り回す。
「脆いな。魔剣の敵ではないか」
アルフレッドは怪物の実力を見極め、また加速した。怪物は蹴りを繰り出したが、アルフレッドはわずかに体を流してかわすと、その足を切り落とし、更にそのまま突進し、怪物の胴体を真っ二つに切り裂いた。怪物は崩れ落ち、しばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。
「この程度か。囲まれるとさすがにやばいが必要以上に恐れる必要はないな」
アルフレッドは次が来ないかと森を見ていたが、敵は来なかった。
「それにしてもこの怪物、どうやって生まれたんだろう? 自然発生したとは思えんな。やはり森の奥へ踏み込むしかないか。パーティを募ったほうがよさそうだな」
アルフレッドはいったんラストルーラへ戻った。
「アルフレッド!」
宿にはエメラインがいた。
「無事だったのね。仕事は終わった?」
「いや、これからが本番だ。おとなしくしてたか」
「退屈だから町中を散歩してたの。仕事は本番て、大丈夫なの?」
「ご心配なくお嬢さん」
アルフレッドは「青鹿の集い」に向かった。
クレイグが「よお、あんたか。仕事のほうはどうだ?」と言ってきたので、
「方針変更だ。パーティを組みたい。本格的に森の中を捜索しないと何も分からないな。怪物は一体倒した。大した強さではないが、ソロでこの仕事を続けるのは限界がある」アルフレッドは答えた。
「そうか。誰か手すきの熟練がいればいいんだが」
「誰が手すきの熟練だって?」
男の声がした。
アルフレッドが振り向くと、ファイター系が一人、エルフ、それから恐らく魔法使いと僧侶と思しき四人がいた。
クレイグが口を開いた。
「エイブラハムじゃねえか。帰ってきたのか」
ファイターと思しき男は笑った。
「まあな。ドラゴンは討伐してきた。祝いでもしようかと思っていたんだが、そこの御仁はお困りか?」
エイブラハムはアルフレッドに笑みを向けた。同業者の感覚ですぐに分かるようだ。
「ああ、パーティを探しているんだ」
アルフレッドは言った。
「仕事は?」
エイブラハムが問うと、クレイグが説明してくれた。
「ほう……なかなかやばそうな匂いがする仕事だな。異形の怪物か」
エイブラハムはエルフの男に問うた。
「どう思うベルナール?」
ベルナールと呼ばれたエルフは、思案顔で指を顎に当てた。
「人造モンスターでしょうか。自然発生したとは考えにくいですね。聞いたこともない」
そこで魔法使いの男が言った。名をエアハルトと言った。
「思うに、何らかの魔法の実験の産物ではなかろうか。アンデッドという可能性もある」
次いで僧侶の女性が口を開いた。フローラである。
「アンデッドである可能性は捨てきれませんね。だとしても、この付近でしか出ていないわけですから、ねぐらかアジトがどこかにあるはずでしょう」
「よし。その仕事引き受けよう。確かにお前さん一人じゃやばそうだからな」
エイブラハムが言って、アルフレッドらは自己紹介をした。改めてテーブルを囲む。
「お前さん一人か」
エイブラハムが言った。アルフレッドは肩をすくめた。
「実は一人連れがいてね。困ったちゃんなんだが」
アルフレッドは経緯を話した。エイブラハムは笑った。
「何ともお前さんも人が良いな。だが、その娘が襲われたという森の村には行ってみる価値があるな」
エイブラハムはビールのジョッキをあおった。
ベルナールはアルフレッドの話を聞いてワイングラスを傾ける。
「それにしてもその怪物、人の手によるものだとしたら、近くにアジトがあるはずですね」
「恐らくな」アルフレッドは思案顔だった。
「まあ何にしても森を調べてみれば何かしら手掛かりはあるだろう」
エアハルトが言った。
「アルフレッド、その娘さんですけど、一度訓練してあげてみてはどうでしょう? 何か、意外な魔法の才があるかもしれませんよ」
フローラが意外な提案をした。
「ええ? そうかなあ……」
「まあ、この仕事が片付いてからでも遅くはないと思いますが。まだ二十歳なのでしょう?」
「まあね。あいつに魔法ねえ……」
アルフレッドは考えを巡らせる。
それからこの新たなパーティは三日後の出発を約束してこの日は解散した。
宿に戻ったアルフレッドがエメラインの部屋の扉をノックすると、娘は顔を見せた。
「あらアルフレッド。もう終わったの?」
「そんなわけないだろう」
アルフレッドはこの娘の頭をポンと叩いた。
「なあんだ。ねえ、お腹空いちゃった。ご飯食べに行きましょうよ」
「ちゃっかりしてるな」
「そうよ。だって仕方ないじゃない。今は耐え忍ぶ人生なの」
「よくそんな言葉が出てくるな」
アルフレッドは呆れてものが言えなかった。この娘に魔法の才があるとは思えなかった。
「まあ、いいか。じゃあ行こう」
アルフレッドはエメラインとともに夕食に町へ出た。
それから三日後、アルフレッドはエメラインに待っているように言うと、
「もし俺が戻らなかったら自分で何とかするしかないぞ」
アルフレッドはそう言って、百万マーネほどが入った巾着袋を渡した。
「アルフレッド、私逃げたりしないから。待ってる」
「まあ、危険な仕事になりそうだ。お前の村にも寄るつもりだ。何か頼み事はあるか?」
「いいえ……うん、特にはないわ。思い出すと辛いだけ」
「そうか。いいんだな?」
「うん。ありがとう」
「分かった。じゃあ、行ってくる」
そしてアフレッドは「青鹿の集い」に向かった。