第十七話
その異変はファレン市で始まった。市庁舎の職員が突如他のスタッフに次々と襲い掛かり、首に噛み付いて殺しまくったのだ。そして恐るべきことに、死んだスタッフはゾンビとして蘇り、他の職員に襲い掛かっていった。ゾンビに食い殺された人々もまたゾンビとして復活し、市庁舎内はパニックに陥った。
執政官は最上階の執務室で部下からの報告を受けていたが、何の判断も下せなかった。ゾンビの咆哮が聞こえてくると、執政は扉を閉めて鍵をかけて隠れた。
ほどなくして、……ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、という音がして、ついに鍵が破壊されてバーン! と扉が開いてゾンビの群れが入ってきた。
執政は悲鳴を上げて部屋の隅に逃げたが、もはやどこへ行き場もない。ゾンビは執政官に迫り、手を伸ばす。そして、執政にゾンビの群れが襲い掛かり、彼は生きながら食われた。
ファレン市同様の事件は各地で頻発し、幾つもの町や村がアンデッドに飲み込まれていった。
これに対し、事態を重く見た国王グレアムは王国騎士団の出撃と貴族たちに事態の鎮圧を命じた。しかしこれは鼬ごっこと化していた。あちらを鎮圧すればこちらで発生するといった具合であって、終息の気配を見せなかった。
そして、同時に各地に潜伏していたバンパイアたちも活動を開始する。夜、バンパイアは寝静まった無防備な騎士や兵隊など人間の軍隊に襲い掛かったのだ。そして数日後には多数の騎士や兵士がたちが吸血鬼と化して逆に人々に襲い掛かった。軍隊はパニックに陥り、機能不全となった。
上級神官から下級神官ら、聖職者たちはこの事態鎮圧に駆り出され、町や村から神職が消えた。
「えらいことになったもんだ」
カフェで新聞を読んでいたエイブラハムは仲間たちに言った。
「こいつはもはや終末期が近いか」
「そう悲嘆していても始まらん。俺たちにも出来ることがある」
アルフレッドは言った。
「グラッドストンとベアトリクスを倒すんだ」
「だがどうやって? 連中のアジトもまだ不明。グラッドストンもベアトリクスも神出鬼没」
エアハルトが言うと、アルフレッドは唸った。
「何か良い方法があるといいのですが」
ベルナールが物憂げに口を開けば、フローラも同じように口を開いた。
「どうにかして……この局面を打開できれば」
「私たちだけじゃどうにもならないよ。もっとたくさんの味方を集めなきゃ」
エメラインは言った。
「各地の冒険者でも、この難局に立ち向かえるのは数少ないだろうな……」
エイブラハムは唸るように言った。
「それに、レベルに限らず、金にならない仕事は受けない奴も多いからな」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 世界がどうなるかって瀬戸際なのに!」
「まあそう怒るな。現実的にはそんなもんだ。冒険者稼業やる人間にボランティア精神を求めるのは無理がある。無論全員がそうだというわけじゃない」
アルフレッドはエメラインを落ち着かせる。
「だけど……」
「行きましょう、現場へ。ここでぬくぬくとしていたって何も事態は好転しないわ」
エメラインが言った。
アルフレッドは吐息した。
「どうするみんな?」
「……行きますか。確かにここにいても何も変えられません」
フローラが言った。
「俺は今一つ気が進まんが……。しょうがねえなあ」
エイブラハムは憮然として口を開いた。
「じゃあ行こうか皆の衆」
「行きましょう」ベルナールは頷いた。
「まあ、仕方ない」エアハルトも頷く。
かくして、パーティは修羅場の現場へ向かうことを決めた。
城の大神官コンラートから最前線は東の都であることを確認した冒険者たちは、テレポートで東へ飛んだ。
東の都はホーリーバリアで守られており、アンデッドの侵入こそ許さないとはいえ、周辺の町や村は次々と魔物に襲われていた。
冒険者たちは司令部がどこか探すことにした。
町の人間に聞き、それから兵士と思しき人物にも聞いて、都庁舎に騎士団長ジャン=バティストが本営を構えていることを確認すると、そこへ向かった。
町中では武装した兵士や騎士が行き交い、物々しい雰囲気を醸し出している。都庁舎に到着した冒険者たちは早速ジャン=バティストのもとを訪れた。
騎士団長は幾人かの部下とともに卓上の地図に目を落としていた。
「ジャン=バティストというのは誰だ?」
エイブラハムが言った。騎士の一人が応じる。
「何者だ?」
「冒険者の一行だ。手を貸しに来た」
「冒険者?」
騎士は訝しげにパーティを見やる。
「閣下、いかがいたしますか?」
騎士がジャン=バティストと思われる人物に問うと、その男は口を開いた。
「冒険者か。いいだろう。猫の手どころかキツネの手も借りたいくらいだ。助勢してくれるならそれに越したことはない」
冒険者たちは騎士団長に歩み寄った。テーブルの前で止まると、卓上の地図を見やる。
「形勢はよろしくないようだな」
「ああ。知っているかどうかは知らんが、吸血鬼化する部下も現れてしまい、一時混乱に陥った」
「今はどうなっているんだ」
「神官の手によって多くが回復したが、帰らぬ人物となった者も多数いる。残念だ」
「ふむ……」
エイブラハムは地図にもう一度目を落とした。
そこでアルフレッドが言った。
「俺たちはザカリー・グラッドストンと戦ったことがある。グラッドストンは姿を見せているのか」
するとジャン=バティストたちは驚いた様子だった。
「グラッドストンと戦った? お前たちのことだったのか。いや、グラッドストンは姿を見せてはいない」
「そうか……」
「グラッドストンはどれほどの強さなのだ」
「尋常ならざる魔物だ。不通に切りかかっただけでは素手で魔法の剣の刃を掴みやがった。あれは化け物だ。そしてどういうわけか魔法が通じない。俺たちは運がよかったのかも知れん」
「ふうむ……それほどの化け物が」
ジャン=バティストは話を転じた。
「ところで、お前たちにはすぐにでも前線に向かってもらいたい。今現在も交戦中の戦場があるのだ」
「分かった。すぐに出向こう」
エイブラハムが頷いた。
「レミレラの町とその近郊でバンパイアとゾンビと交戦中だ。宜しく頼む」
「分かった。ああそうだ」エイブラハムは言った。「俺たち以外に冒険者たちは来ているか?」
「いや。冒険者はお前たちが初めてだ」
「なるほど。まあいい。では行ってくる」
そうして、冒険者たちはレミレラの町近郊へテレポートした。
「どうやらうまくいったようだな」
アルフレッドは周囲を見渡す。冒険者たちは町の西部に移動出来た。アンデッドは東から来ているのだ。冒険者たちは馬には乗っていない。徒歩で近くに見える町へと歩き出す。
町に侵入した冒険者たちは、手近な友軍を捕まえて状況を確認する。
「町にまだ生存者はいるのか?」
すると騎士は「いや、民はとっくに避難した後だ。もし人と出くわしたら、それはバンパイアだと思え」そう答えて注意を促した。
「そいつはいい。思い切りやっていいんだな」
冒険者たちは町の捜索に乗り出した。民家を一軒一軒回っていく。
と、男性と女性、それに子供二人、家族に見える四人がテーブルを囲んでいた。
エイブラハムとアルフレッド、ベルナールは剣を抜いた。フローラもメイスを構える。
エアハルトにエメラインはライトニングボルトにファイアボールを放った。バンパイアの咆哮が鳴り響く。
「子供まで……なんてことを」
フローラは怒りに燃えて突入した。エイブラハム、アルフレッド、ベルナールも突入する。バンパイアは飛び上がって、天井に張り付くと、狙いを定めて襲い掛かってくる。バンパイアの身体能力は元の人間をはるかに凌駕する。だが魔法は痛撃であった。
「お前たちの血も頂くとしよう! 仲間にしてやろう!」
子供の姿をしたバンパイアがアルフレッドに襲い掛かる。
アルフレッドは正確に狙いを定めると、魔剣をバンパイアの心臓に突き入れた。
「あっ……! がっ……!」
バンパイアは見開き、アルフレッドの顔を掴もうとしたが、灰になって崩れ落ちた。
「おのれ!」
バンパイアは飛び掛かってくる。
エイブラハムはこの魔物の首を跳ね飛ばし、ベルナールは胴体を両断した。フローラは回避行動をとりつつメイスでバンパイアの頭を粉砕した。バンパイアたちは灰となって崩れ落ちた。オーバーダメージを食らって灰と化したのだ。下級の吸血鬼である。
家を出ると、通りには既にゾンビが集まり始めていた。
「幾らでも湧いてきやがる」
「全くだ」
アルフレッドにエイブラハムは突進した。ベルナールとエメライン、エアハルトはマジックミサイルを放った。百本を越える魔弾がゾンビを貫く。フローラはターンアンデッドでゾンビを多数破壊する。
アルフレッドとエイブラハムは次々とゾンビの頭部を刎ねていく。
形勢はあっという間に決した。
とどめにフローラがもう一度ターンアンデッドでゾンビを全て破壊した。
また別の家を探ると、今度は扉を開けた瞬間にバンパイアたちが襲ってきた。アクロバットに部屋の壁を蹴って、襲い来る。
アルフレッドは一撃で真っ二つにした。エイブラハムとベルナールも一撃で決める。勝負は一瞬で決まった。
バンパイアを駆逐した冒険者たちは町の東へ向かう。友軍がゾンビと相対している。神官もいるようだ。ターンアンデッドで次々とゾンビを破壊している。それでもゾンビは衰えることなく東からやってくる。
「どうなってやがる」
エイブラハムは毒づいた。
騎士たちはゾンビの群れにあって圧倒的な戦闘力でアンデッドの群れを駆逐していくが何しろ魔物の数が多い。
冒険者たちも戦闘に加わった。突撃するとゾンビを葬り去っていく。
「こいつはきりがないぞ」
人間が戦闘可能な時間は限られている。何時間もぶっ通しで戦えるわけもなく。アルフレッドらは後退した。
味方の騎士や兵士たちも疲労の極みにあった。
「奴らは疲れを知らない。夜が恐怖だ。キャンプファイヤーを焚いて明かりは絶やさぬようにしているが、連中はお構いなしにやってくる」
「それで……何とか持ちこたえてはいるのか?」
エイブラハムが問うと、騎士は思案顔で首を振った。
「いや、状況は絶望的だ。特に夜の間に、ゾンビどもが西へと抜けていく。ここだけでは対処不可能なのだ。このままではいつ東の都に到達するか。それにこの事態だ、東部周辺の物流が麻痺していて、まだ無事な町の市民生活にも影響が出ている」
「そいつは深刻だな」
エイブラハムは険しい顔を見せた。
「これじゃあ、打って出るわけにもいかないしね」
エメラインが言った。するとアルフレッドは言った。
「そうだな。打って出るにしたって、東はもっとひどい有様なんだろう。その辺りはどうなんだ?」
「ここが最前線だ。まだ東へ向かった者はいない」
「そうか……。エアハルト、空から敵情を見てきてくれないか」
「分かった。行ってみよう」
そういうと、エアハルトは舞い上がり、東へと飛んだ。
「これは……」
エアハルトは絶句した。東部一帯の町や村は壊滅しており、貴族たちの城はバンパイアに支配されていた。そして霊体のゴーストや巨人ゾンビなど、まだ最前線に出てきていない強力なアンデッドたちがいた。そしてどこまでも続くゾンビの群れが地平を埋め尽くしている。
「そんな馬鹿な」
エアハルトは上空を舞い、グラッドストンの影を探したが、この状況では発見もできなかった。このどこかにいるのではないかと思われたが、分からない。
そうして、エアハルトはテレポートでレミレラの町へ帰還する。