第十二話
……ザカリー・グラッドストンは、山奥深くの朽ち果てた教会を訪れていた。ここが使われていたのはいつのことだろう。もう何年も人が入った形跡はない。あちこちに蜘蛛の巣が張っていて、祭壇も埃にまみれていた。グラッドストンは祭壇の埃を手で払った。祭壇の上にはこれまた埃にまみれた棺が乗っていて、そして、棺はかすかに宙に浮いていた。
グラッドストンが棺に手を伸ばすと、それは不可視の障壁に阻まれて、バシッと火花が散った。
グラッドストンは視線を動かした。棺の周囲に、青い、きらきらと内側が光る宝珠が幾つか浮かんでいる。グラッドストンは宝珠に手を伸ばした。ビシバシッ! と火花が散る。この黒衣の魔導士は念を込めると、闇のパワーを持つ電撃を全ての宝珠に撃ち込んだ。すると、宝珠が閃光を放ち、グラッドストンを攻撃した。
「くっくっく……無駄なことだ」
グラッドストンは電撃の出力を上げた。深紅の双眸が輝きを増す。宝珠から放たれる閃光と、グラッドストンの電撃が空間でぶつかり合って火花を散らす。グラッドストンはうなるような声を上げて、宝珠の攻撃を封じ込める。そのまま電撃を撃ち込むと、宝珠は震動し始めた。黒衣の魔導士はさらに電撃を強化する。闇のパワーを込める。宝珠はついに屈服し、グラッドストンの前に砕け散った。封印は破られた。
グラッドストンは念動力で棺を引き寄せると、指をパチンと鳴らした。棺の蓋が砕け散る。
棺の中には、貴族のような服を着た、青白い肌の男性が横たわっていた。男性の目が開いた。赤い瞳をしている。棺が爆発し、眠りから覚めた男性は空中に浮かんでいた。男性は口を開いた。
「忌々しい封印を解いてくれたことには感謝しよう……何? 何だ? お前は何者だ」
「私はザカリー・グラッドストン。名前くらいは知っていよう」
「そうか、グラッドストン。お前も復活を遂げたのか」
「レジェンダリーバンパイア、ジルベール・ド・ベアトリクス、再び現世にお前を解き放とう。新たな世界は驚嘆に満ちているはずだ」
グラッドストンが言うと、ベアトリクスはふわりと地に舞い降りた。かすかに浮いている。
「現世は平和か?」
「平和な方だろう。大陸は王に統一され、大きな戦は起こっておらぬ。だが人間の力はまだ侮れぬ」
「ほう……では、お手並み拝見といこう。余を楽しませてくれる者がまだ存在するのか。グラッドストン、また会おう」
そう言うと、ベアトリクスは無数の蝙蝠に変態し、教会から飛び立っていった。
黒衣の魔導士は、それを見送ると、自らも黒い霞に変態し、教会を出た。