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第一話

 冒険者のアルフレッド・スカイは川の水をすくうと、それを口元に運んだ。このワーレア川は下流の町や村の水源でもある清浄な水だ。ついでに顔を洗って、アルフレッドは一息ついた。北のロアノリア山脈を越えて、アルフレッドは南へ向かっていた。今は仕事を受けていなかった。蓄えは十分にあるが、富豪というわけでもない。この二十代半ばの男は新たな仕事を求めて南国へと足を向けていたのだ。


 木々の奥から野鳥の鳴き声が蜃気楼のように響いてくる。季節は初夏。新緑から差してくる木漏れ日が美しい。アルフレッドが森に目を向けると、鹿がこちらを向いていた。しばらくアルフレッドを見ていた鹿は、ほどなくして森の奥へと消えた。


 こうして人里から離れた場所に身を置いていると、心なしか気分が落ち着く。これまでの冒険で得たものは悪くはないが、こうして一人で旅をしていると解放感に包まれる。町では味わえない解放感だ。冒険者みょうりに尽きるというもの。尤も、アルフレッドは仕事のために人を切ったこともあるし、人間の醜い争いにまみれたこともある。綺麗事をのたまうつもりはない。だがそれゆえに、人里を離れている時は心が落ち着くのだ。


 アルフレッドは保存食の干し肉を取り出すと、それを口でちぎった。それから水袋を川の水で満たすと、それをごくごくと飲んだ。


「命だな」


 アルフレッドは呟いた。水は命である。水なくして人は生きていけない。これまでにも危機的状況化で、水だけで一週間命をつないだことがある。あんな目には二度と遭遇したくないものだが。


 その時だった。対岸の森から娘が現れた。その様子は明らかに切迫しており、無我夢中で川に入るとこちらに向かって歩き出した。アルフレッドの姿に気づいた娘は、「助けて!」と、叫んだ。アルフレッドは「どうした!」と投げ返すと、「追手が迫っているの!」そう娘は言った。娘は川を渡ろうと歩き出す。幸いなことに川は一番深いところでも娘の腰丈くらいまでだった。


 と、娘が言っていた追手らしきモノたちが姿を見せる。


 それは異形のモノたちであった。人間の大人よりも身長は大きくて、体表は筋繊維がむき出しになっていて、グロテスクであった。異形のモノたちは娘を追って川を渡り始めた。異形の咆哮が響き渡る。


「お願い! 助けて!」娘は必死に叫んだ。


「急げ!」アルフレッドは叫んだ。


 アルフレッドは背中の弓を構えて三本の矢をつがえると、トリプルショットで異形の頭部を正確に打ち抜いた。異形のモノはよろめく。


 アルフレッドは弓を射る手を休めなかった。だが異形たちはよろめきながらも川を渡ってくる。何とか娘はアルフレッドのもとへたどり着いた。


「逃げるぞ」


 アルフレッドは娘の手を引いて、駆け出した。娘は必死だった。アルフレッドの手を握り、駆ける。異形のモノたちの咆哮が近づいてくる。アルフレッドは大木の裏側に娘の手を取って身を潜めた。怪物の咆哮が轟く。娘はアルフレッドにしがみついた。やがて、怪物の声は遠ざかっていった。二人はしばらく息を押さえていた。ややあって、アルフレッドは川の方を見に行った。


「お前はここで待て」


「はい」


 娘は震えていた。アルフレッドはやがて戻ってきた。


「怪物たちはいなくなったみたいだ」


「そう……」


 娘はアルフレッドの胸の中へ倒れこんだ。


「大丈夫か」


「助けてくれてありがとう」


「一体何があった。あの怪物は?」


「分からない……私がいた森の民の村を襲ってきたの。多分みんな殺されたと思う」


「見たことのない化け物だ」


「あなたは?」


「俺は冒険者だ。今は仕事を探して南へ向かっている」


「そうなんだ……。私はエメライン」


「俺はアルフレッドだ」


「アルフレッド、ついて行っていい?」


「南の町くらいまでなら送ってやるよ。教会などを頼るしかないだろう」


「修道女になれっていうの? 嫌よ」


「嫌って言ってもなあ、どうしろというんだ?」


「それは……しばらくあなたについていく。それで、何かいい働き口が見つかればその時は別れるわ」


「教会は嫌なのか」


「教会は嫌」


「仕方ないな……」


 そこでアルフレッドはエメラインに水袋を差しだした。エメラインはそれを受け取ると一心不乱に水を飲んだ。水袋が空になると、アルフレッドが川の水を入れて来て、また飲んだ。生きた心地もしない目にあって、さぞや喉はからからだろう。


「ありがとう」


 エメラインは言って、アルフレッドに水袋を返した。


 アルフレッドはバックパックから毛布を取り出すと、エメラインに手渡した。


「とりあえず町に行こう。替えの服がいるだろう」


「うん……そうね」


 エメラインは毛布を羽織ると小さく頷いた。アルフレッドはエメラインを連れて、歩き出した。



 それから二週間ほどの旅路を経て、二人は森を抜けてラストルーラという町に入った。宿の部屋は別々にとった。お風呂に入ってから、二人は町のレストランで食事をとった。それからエメラインの服を求めて洋服屋に入る。エメラインはワンピースドレスと外套を選んだ。アルフレッドが支払いを済ませると、エメラインは「これはちゃんと返すわ」と言って礼を言ったものである。


「ところでお前何歳なんだ」


 アルフレッドは一応聞いてみた。


「当てて御覧なさいよ」


「成人はしてないよな?」


「残念、二十歳になったばかり」


「そうか……」


 アルフレッドは歩き出した。エメラインも付いていく。


「ねえ、これからどうするのアルフレッド」


「仕事を探す」


「仕事って?」


「俺は冒険者だ。何か金になる話を探しに行かないとな」


「ふうん……」


 エメラインは興味がありそうな様子だった。アルフレッドは酒場を探す。やがて酒場の看板を見つけた。「青鹿の集い」という酒場だ。


 アルフレッドは酒場の門をくぐった。エメラインも後から入って行く。


 酒場は開店したばかりでまだ客は大して入っていなかった。アルフレッドはカウンターの向こうの店主に言った。


「親父、俺にはビールを。お前何にする?」


「ワインがあれば」


「じゃあそれで」


「女連れか?」


 店主のクレイグがにやにやするのでアルフレッドは肩をすくめた。


「まあ色々あってな」


「そうかい」


 クレイグは一度奥に引っ込んで、それからビールとワインを持って戻ってきた。


「はいよ」


「ありがとう」


 エメラインはおとなしくしていた。アルフレッドはクレイグに仕事がないか聞いた。


「仕事か。ソロか?」


「いや、別にどちらでも構わない。少々の危険は大丈夫だ。幾度も修羅場は潜ってきたんでね」


「見たところファイターのようだが間違いないか」


「ああ」


 すると、クレイグはファイルした書類を取り出してめくり始めた。


「こいつはどうだ。男爵から出ている仕事だ。最近になって出没するようになった異形の怪物の発生の原因調査。可能であれば怪物たちの退治。ソロでもパーティでも構わない。達成度で報酬は変わる。最低限の調査達成で十万マーネからだ」


 エメラインが息を飲む音が聞こえた。


「まあまあだな。その仕事はいつから出ているんだ?」


「まだ新しい。先週出たばかりだ」


「そうか。分かった。その仕事受けよう。とりあえずソロで動くかな」


「気をつけてな。既に一人死人が出ている」


「分かった」


 アルフレッドは頷くと、硬貨を置いてビールを飲み干すとエメラインを促した。


「行くぞ」


「ちょ……アルフレッド! あ、ご馳走様。アルフレッド! 待ってよ!」


 エメラインは慌ててアルフレッドの後を追う。



「アルフレッドってば!」


 エメラインはアルフレッドに激しく詰め寄った。


「さっきの仕事って、私を襲ったあの怪物たちのことでしょう?」


「そうだな。丁度いい。原因を究明するくらいはやってみてもいいだろう」


「やめときなって! 危ないよ! あの怪物見たでしょう!? 絶対勝てっこないんだから!」


「お前は宿で待っていろ」


 アルフレッドはそう言って適度なお金をエメラインに手渡した。


「無駄遣いするなよ」


 そうして、制止するエメラインを置いて、アルフレッドはこの件の調査に乗り出した。

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