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神の御加護に魅せられて~転移少女の備忘ろくっ!~  作者: 緋色モナカ
久遠の灯焔 編
9/11

Page:09 悪霊退散、悪霊退散、キィェえええええッ!!!

オタ芸を完遂した異世界からの来訪者『クロガネ・レンカ』が消息を絶った。

この事態に祭どころではなくなった『ルシェ―ド・二クロフ』は、後輩の『スティア・フリューゲル』と共に最後に彼女が目撃された場所へと足を運ぶ。しかし、彼らが恐怖と仕掛けの渋滞するスクランブルな施設の先で目にしたのは不可思議な生命体で━━━━!?


━━━鼓動が高鳴る。


「━━━━━━━━。」


━━━━否、(これ)は嬉々としての高鳴りではない。


「━━━━━━━━。」


━━━後悔ゆえの、心の震えという表現が最も相応しいはずだ。


「━━━後悔……か」



 囁く呟きは、紅色の旋律に掻き消える。

 腹部から、ジワジワと這い出るように外界へ漏れ出てくる鮮血。

 (したた)る音は、徐々にその勢いを強めていく。

 零れ、湧き出る。生温かい深紅に、私は現実味のなさを覚えた。


「ごほっ、ごほっ……」


 口腔内に、嫌悪感を催す味が広がる。

 吐き出したそれは、床に敷かれた白いタイルを無造作に染色した。

 水に溶けた絵具を連想させられるほど、鮮やかに発色する体液。

 (けが)らわしい。

 度し難いほどに、(きたな)らしい。

 気化し、発せられた錆びついた鉄臭さが、容赦なく鼻孔を侵す。

 憎かった。

 とめどなく流れいずる。自らのそれが、とても憎かった。

 同じ血、同じ因子を受け継いでしまったこの身体が、ひどく、憎く、(ねた)ましい。

 無力な自身に嫌気が差した。

 ……そう、どうしようもないくらいに。


「━━━すまない…。すまない…。……私は、私には、救えなかった…」


 振り返る。

 己を罰するように。

 己を裁くように。

 既に事切れ、互いの身体を交わらせて道へ転がる。

 市民の亡骸に、謝罪を告げるように。

 または、在りもしない神に、懺悔するかのように…。

 ただ…。ただ、後悔の言葉を垂れ流した。


━━━━━━然して、ここに刻限は訪れる。

 

 終局、終幕、終焉。

 始まったのなら、終わりは必ずやってくる。

 すべてに等しく、それは訪れる。

 どんな結末、どんなフィナーレを迎えようとも、それは素知らぬ顔で幕を引く。

 無情で、非情で、冷酷だと(ののし)られようとも。

 実行し、宣告を行うことを躊躇(ためら)わない。

 そこにどれだけの糧が、費やされていたとしても…。



「━━━幻燈祭が…終わる」



 それは、祭の終演。

 それは……()()()()()


***


神廻歴(しんかいれき)4201年3月15日】

【AM 11:45 シンフェミア ピースサイドパーク 聖火台広場】


『毎日が~公休日~♪』

 「「 おれもー!! 」」



「━━━━━まだやってるじゃん……」



 人として色々と終わってるコール。……アンド、レスポンス。

 定職についていないことを、フリーター同然の俺が言えたことではないが、何とも……まあ……。

 再び、幻燈祭のメイン会場。もとい、野外フェス会場に戻ってきた俺と後輩。

 今度は地上からの眺めになるわけだが…。

 この密集具合で、よくもまあ……皆さん生き生き、伸び伸びと踊っていらっしゃる。

 まともに動けるスペースなんて、人間一人分も、なさそうなのに…。

 オタクが踊り狂うフェス会場。

 そこでは、さっきまでと変わらず、オタクたちが妙な動きと謎の掛け声を発して、ダンシング中。

 ここに集まった彼らは皆、他人同士のはずだが、和気あいあいと集団で個人パフォーマンスを披露していた。

 各々が、あくまでも個人で踊っているのだが、なぜか息の合った声と動きで、曲に完璧に対応している。

 異常なまでの一体感と、華麗な謎の動きの精度に、俺は恐怖すら覚えてしまっていた。

 いったい何なのだ……彼らは…。

 やっていることは意味不明。

 そう、意味不明なのだが……。

 こうして見ていると、なるほど確かに楽しそうではある。

 レンカが『やればわかる』と力強く語っていた理由も分からなくはない。


━━━━━やってることは、本当になんも分からんけどな。


『やな人達はぜんぶ~♪』

 「「 ごーみばこに~すてちゃえ~!! 」」


「━━━━おいおい、あれも有名な曲…なのか?なんか人をゴミ箱に捨てようとしてるみたいで、どうも歌詞と思想に、不穏と不安を描き立たせられてるのは俺だけなの?」


 いよいよ聴いてる子供たちに、悪影響を及ぼすダメそうな歌詞が出てきた辺りで、クリームが鬼のように詰まったクレープブリュレを頬張る後輩へと質問を投げかけてみる。

 ぴこん!と。音でも出てきそうなリアクションで、スイーツとの戯れ時間(タイム)から我に返る後輩は、口の中のそれをお腹に流してから答えた。


「はむはむ…あれは…ですね…はむはむ…ごくん…。子供向け魔女っ子アニメの主題歌ですよ。人間としてダメな大人たちを見習い魔女の主人公と、仲間たちが力技で更生させていく物語です。あ、食べないんだったら先輩のクレープも戴きますね。よいしょ」

「それって本当に子供に見せていいアニメ番組なのかよ…。今の話を聞く限りは、ちょいと過激な内容な香りがするんだけど…。ん?今、自然な流れで俺のマカロンクレープ持って行かなかった?え、持ってない?どこにも無いじゃないですか…って?それは……。お前が既にごちそうさまをしちゃったから…じゃなくて?」


 ナチュラルに俺の持っていたクレープをくすねた手癖の悪い後輩。

 彼女は、俺がまだ一口も手を出していなかったのをいいことに、話の途中でクレープを誘拐。

 その後、一瞬で盗品を綺麗に平らげ、物的証拠をこの世から消し去ってしまっていた。

 まあ、口には現場証拠のクリームが、しっかり付着してますが…。

 怒るまではいかなくても、ちょっとだけイラっとするので、口元のそれは言わないでおこう。

 あとで気づいて震えるがいい……ふはは…。

 俺が決して表には出さない、邪悪な笑みを心で浮かべている一方。

 いつの間にか辱めを受けているなんて知るはずもないスティアさんは、俺の問いに答えようとしてくれていた。


「はむはむ……ふぁい……ごくん…。話を戻すと、あのアニメは全年齢版と規制無しの無修正版があってですね。地上波で放送されてたのは、全年齢版の方だったので一応問題はなかったはずです。ですが、あたし…。じつは、4話までしか見てなくて…。2話までは謎の光とか、黒塗りの線とか無くて比較的に画面が見やすかったんですけど、3話からは急に画面が見ずらくなって……」

「無修正版ちょっと地上波に流れちゃってんじゃねぇかぁあ!?え、あれだろ?どうせ途中で、PTAとかから苦情が入って3話から規制かかったんだろそれ!?お前が2話まで見てたの無修正だよ!!4話切りした方が、真っ当な子供向けなんだよ!!そんな問題作がなんで人気なんだ!!世も末なのか?」



 明らかに、頭のネジがぶっ飛んでるアニメだ。



 例の『とっとけヘム太郎』も、かなり狂ってたが、この作品もイカれ具合ではバツグンに負けていない様子。

 こんな攻めた作品をいったいどんな制作会社が作って、子供向けとして地上波で流しているのか…。

 まったく、正気の沙汰とは思えない。

 教育に弊害を来たしそうなアニメに何とも言えない感情を芽生えさせられたところで、カサカサっと(かたわ)らで何か音が鳴った。

 音に自然と、俺の目は、そちらへと向かう。

 発生源は、俺が手に持ったビニール袋から。

 そこへ食べ切ったクレープの包み紙を、ぐいっと押し込む後輩によって引き起こされたものだった。

 このビニール袋は、彼女に与えた例のたい焼きの紙袋が入っていた外装。

 要するに、今となってはゴミ袋なのだが。彼女が魔物を召喚したあの時に、『持っていてください』と押し付けられた袋でもある。

 それを、俺はずっと持っている。…いや、持たされている。

 このお嬢様が、一向に持ちたがらないからな!!

 レンカも問題児で手がかかるが、スティアも良くできた後輩の一面とは別に、こういうところがあるので悩ましい。

 ほんと女子って、難しい生き物だよ……。

 そんな心中を察する気のないお嬢様は、そこで余計に気疲れのする一言を俺めがけて、投下してきた。


「人気なのは当然ですよ。だってヘム太郎と同じアニメ制作会社が制作してますから、これ」

「ヘムと同じかぁああ!!両作品とも同じ会社なのかよっ!!やっぱり正気じゃないな!?そのアニメ制作陣は!!」


 ヘム太郎の系譜。

 それなら、納得の脚本内容ではあった。(俺は歌しか知らんけど)

 おいおい、ここまで来ると逆にすごく気になってきたじゃないか……。

 主に制作会社サイドの理性が!


「ふぅ…、かなり満たされました。幸せ不足、解消です。ありがとうございます先輩。幸福度的には、『貰ったクリスマスプレゼントが自分の丁度欲しかったものだった時』と、同じくらいのレベルにまで持ち直せました」


 爽やかにそう答えて、彼女は微笑む。

 座った瞳は、立ち上がり。

 気だるげな顔に、活力みなぎり。

 ピリついた態度は、しっかりと放電されている。

 スティアさん、ここに通常業務への完全復帰である。

 それにしても今度は、具体的すぎる例えで幸せ度数を説明してくれている。

 前回はビスケット換算で、俺が困惑してたから、その配慮なのか?

 でも、それでもなぁ…。


「またやけにリアルな話だけど、絶妙に分からりずらいな。それは普段の幸せ基準からすると高めなのか?それとも低めなのか??」


 ご機嫌斜めだった後輩は、俺から取り上げたクレープもしっかりと自身の胃袋に納め、今では実に満足そうな面持ち。

 幸福メーターも、そこそこのレベルまで多分持ち直してくれたはず。

 この質問は別に取り立てて聞くようなことではないが、彼女の幸せは、彼女の機嫌に直結する。

 なので、己の身を守るためにも、念のため聞いておかなければならない。

 この面倒くさ……あ、いや間違えた。

 決して、面倒なところが地雷って言われる原因なんて一言も言ってないよ。ほんとだよ。


「そうですねぇ…。もっと分かりやすく言うなら、『購入した小分けのお菓子を食べていたら、包装ミスで一袋分、多くお菓子が混入していた時』と、同じくらいの幸せ度合いですね」

「いや細かっ!!今度の比喩は詳細が細かすぎるよ!!(たと)えを、例えで説明されても余計に分からんくなるし、ややこしくなるし、こんがらがるわで、コングラッチュレーションだよ!!それにしてもやっぱり生々しいな、お前の表現!」

「はぁ…。先輩の理解力の無さには、スティアさん脱帽です」

「悪かったな!?」


 皮肉に(まみ)れた賞賛を彼女に送られたが、煽りが若干軽度なところから彼女の幸福度は比較的に高めなんだと勝手に解釈する。

 低めの時は、煽りを通り越してただの悪口になったりもしてるからな…この後輩。


「あ、先輩。クロが爽やかな表情であたし達の方に来ますよ。よくこの人混みの中で、あたし達を見つけられましたね、あの子」


 スティアに言われ、彼女が視線を注ぐ方面に目を移す。


「ん?……ほんとだな。別に目立った格好してるわけじゃないのにな…?」


 フェスの音楽は未だ鳴り続いている。

 レンカは、踊り狂う観客とは別の観客である非ダンサー。

 遠目から眺めている大人しめな観客の中に紛れていた俺たちを、どうやら発見したらしい。

 まだまだ元気が有り余っているのか、彼女はニコニコと微笑みつつ、タカタカっと小走りで跳ぶように駆け寄ってきていた。

 容姿は年相応だが、やっぱり精神年齢は、ちびっ子なんじゃないかと思わずにはいられない挙動。

 その挙動に思わず父性が目覚めかける俺は、違う、あれは偽物の幼女だと自身に言い聞かせた。


「先輩。クロの服、汗でびしょびしょです。一度着替えさせた方がいいと思います。……濡れて、少し透けてますし……」

「あー、そうだな……」


 近づく彼女の服は、激しめのスポーツ後のようにグッショリと濡れていた。

 3月とは言えども、今日は春の陽気に包まれていて比較的に暖かい。

 少し体を動かしただけでも、汗ばんでしまうのはわかる。

 軽い運動…という域は、彼女の場合はすでに出てしまっているかもしれないが…。

 あれだけ、ぶんぶんと腕を振り回して踊っていたのだ。

 そりゃあ、こうなる。

 し、しかしな……。

 衣服が濡れてピッチピチ、さらに下着が透けている…というのは色々とマズイ気がする。

 目のやり場に困るというか、周りの人に彼女の姿を見せたくないような…。


 (━━━ん?なんで俺、レンカの今の姿を見せたくないって思ったんだろ…)


「ルシェ~!」


 その明るくも元気な声で、俺は現実に呼び戻される。

 そうです、レンカさんの帰還です。


「はい、おかえり。なんだ?ようやく踊り尽くしたのか?とりあえず、その様子じゃ人目を引くし……風邪引くから着替え…」



「なにか二人で美味しいもの食べてきたでしょ?」



「━━━━━━━━━━ううん」

「ウソよッ!!二人から甘い匂いがするし、ティアちゃんの口周り…。そこが!言い逃れができない決定的な証拠だもの!!……それにしても沈黙長かったわね!?ウソ下手かっ!!」


 彼女の問いに対し、俺は咄嗟にウソをついてしまった。

 なぜって?……それは、とてつもなく面倒なことになりそうな展開だからだよ!

 ちなみに、レンカに告発された被疑者のスティアさんはというと……。



「━━━━ペロっ…。(口の周りのクリームを急いで舐めとる)」



 ようやく、クリームが口元に付着していることに気が付いたみたいです。

 望んでいた羞恥に耐える顔……にはならなかったが、すました顔で平然と装っていらっしゃる。

 この人、あくまでも白を切るつもりだ。

 ポーカーフェイスで、この場を乗り切るつもりだ…。

 しかし相手は、あの暴食魔だぞ!?

 どうするつもりなんだ、スティア!!どんな景色を見せてくれるんだ、スティア!!

 手に汗握る展開を一人で勝手に楽しみ始めた俺は、一部の男性から熱い視線(意味深)を注がれるレンカの放つ次弾(ことば)に、胸躍らせ待機していた。

 勝手にかけられている期待に、彼女は恐ろしい速度での対応を見せる。


「あー!ティアちゃんが証拠隠滅させたー!!ねぇー!わたしの分は!?わたしのお菓子は!?」


 走り寄ってきた理由は、なんと“食”…が関わっていた!…いや、彼女の場合は驚くことでもないか。

 この女子のどんなことでも、食べ物に収束させるクセは、本当にやめて欲しいポイントなんだが…って待て待て。てことは、要するに匂いで判断して嗅ぎ分けて来たってことか……?



━━━あれ、もしかして人間やめてますかこの人?



「はぁ、どっかの誰かさんが踊りに夢中だったからだろ?ほら、買いに連れってってやるから、スティアの口を無理やりこじ開けようとするのは止めてあげな?」

「むー、む、ふ、ふぐっーっ!」


 勝敗は、戦う前からすでに決していたのかもしれない。

 スティアの口に、ぺろっと消えていったクリーム。

 それを探り出すかのように、ぐいぐい指を彼女の口腔内へ無理やり突っ込むレンカ。

 もだえ苦しむ後輩の様子に俺は堪らず、リングにタオルを投げ入れるセコンドの如く試合を制止させた。

 その時、俺たちは改めて思い知ったのだ。

 食への執着心に憑りつかれた野獣のような彼女の恐怖を……。


「え、連れてってくれるの?だったらスグに行きましょ。今すぐ行きましょう。今のわたしには、糖質と上質な炭水化物が不可欠だわ!!」


 人の金で食べに行くとわかるなり、レンカは取っ組みあっていたスティアの拘束をポイッと解き離す。

 さながらその様子は、おもちゃに飽きて手から放り投げる、興味の移り気激しき児童のような……って、やっぱ幼児かよ!?

 汗でセクシーな装いになった暴食魔は、ズンズンと人混みを掻き分け、人目も気にせずにフェス会場を後にした。

 当然、彼女のことなので目的地が不明瞭な上での進行だということは、言わずもがなだが…。


「もーう、クロ~?色々見られてるし、ちょっと臭うから一度着替えに戻りましょー?あたしも先輩のお母さんに服返さなきゃだし…」


 絞ったら、バケツ半分は満たせそうな、汗量を吸収させた彼女の衣服。

 その着替えを促しながら、もみくちゃにされたスティアは独走少女の後を追いかける。

 このバタバタ感…。

 彼女がウチに来てからというもの、毎日のように体験している慌ただしさ。

 頭を悩ませる事案には、変わりはないが……。

 どうしてか、口角が緩んでいる自分もいるのだった。


「ほんっと、マイペースで自由極まりないよ。我が偽妹は」

「そうだね。でも、世話のかかる子ほど可愛いものはないんじゃないかな?」

「世話だけだったらな。手間も食費も通常以上にかかる上に暴走列車と来れば、可愛いだなんて言葉だけでは片付けられないだろ」


 確かに可愛い一面も彼女には、あるにはある。

 時折どこからともなく、厄介事を運んでくる悪魔にも見えなくもないのだ。って…。


「……ん?俺、いま誰と話してたんだ?」


 自然と会話をしてしまっていたが、声が聞こえてきた場所には声の主と思ぼしき人物は確認できなかった。

 活発で、年齢を感じる舌っ足らずな声。

 声色から受けたのは、幼い少女のような印象。

 しかしながら、それらしき人物像はどこにも見当たらない。と、いうことは…。


「うぅ。心なしか寒気が…。霊的な類いだったりしないだろうな?そういうのはノーサンキューなんだけども…」


 ホラーシーズンでもなんでもないオフシーズンな春。

 なのに幽霊だなんて、勘弁してほしいものである。

 いやまあ、幽霊なんて年中その辺に漂ってるのかもしれないけども。

 とにかく、そういうのが一番ダメなんだから。ほんと、頼むよ…。

 …え?いつも死人を生き返らせてるんだから、そんなことで怖がるのはおかしい…だって?


━━━━何言ってんだ!死人と幽霊は別モンだろォ!!


 人間、怖いもんは怖い。

 魔物も恐怖対象でしかなかったから、学生の頃は最後の一年間だけ魔物研究会に所属した。

 人は会話が通じるが、魔物は言語が通じない。(スティアとかには例外…)

 これが最もらしい理由だった……。

 そしてここで、第三勢力の幽霊?

 いやいや話にならない。

 幽霊なんて怖いに決まってるだろ!?

 魂が怖がってるんなら、それは紛うことなき恐怖の感情の現れだよ!!


「あーやだやだ、さっさと忘れてアイツらのとこ向かおー」


 周囲の気温がスっと下がったような気がした俺は、半ば現実逃避気味に遠くに見える彼女たちの背中を追いかけ始めた。

 その時なぜか、ツーっと額から伝い落ちた冷や汗を、まるで誤魔化すかのようにして…。



「━━━━そっか、うふふふっ、じゃ、()()()()()、きーめた」



◆◆◆


【PM 12:20 シンフェミア ピースサイドパーク グルメの祭典広場】


 芳ばしい醤油ダレが食欲を刺激する。

 湯気に包まれた蒸し器からは、ふっくらとした饅頭が次々に取り出される。

 じりじりと焼かれ、鉄板の上で舞い踊る肉汁。

 油っこい匂いを打ち消す、爽快でフルーティーな果実の香り。

 大陸各地のグルメが集まるここは、舌の肥えた美食家たちでさえも唸らせる。

 幻燈祭を語る上では欠かせない食の祭場。


 『グルメの祭典広場』に、俺たちはやって来ていた。

 

 お昼時なので人は多いが、常に各店から漂う、食の誘惑には誰もが逆らえない。

 一度通り過ぎようものなら、広場を抜けた時には食べ物片手に舌鼓を打っている……なんてのもおかしな話ではない。

 かくいう俺も、半分以上平らげたホットドックを片手にベンチで休憩中だった。

 レンカと合流する前にスイーツを楽しんでいた後輩も、誘惑に負けて栗のシェイクを隣で幸せそうに飲んでいる。

 3月とは思えない気温にウチのソフトクリームも、注文が止まらない様子だったので、シェイクでクールダウンする彼女の気持ちは非常によく理解できた。

 流れゆく人の波を横目に、残りのホットドックを口の中に押し込むと、俺はペットボトルの水を煽る。

 喉を通る流水が、熱気で火照った身体を内部から、すーっと冷やしていく。

 『ふぅ』っと、一息…。

 口から漏れた満足感の吐息を合図に、俺は立ち上がった。

 ボトルのキャップを閉めながら、周囲に目を配り、探しものを発見する。

 スティアに一言、『行ってくる』とだけ伝えるはずだったが…。

 急いでシェイクを飲み干した彼女に、新たな荷物を押し付けられた。


「先輩、お願いします。感謝は、していますので」


 まだ承認はおろか、()げてすらいない。

 なのに前払い気味に、お礼を告げる後輩。

 彼女に俺は軽いげんこつをポカっと、頭に食らわせる。

 むっとした表情をするスティアに口元を緩ませながら、飲み干した空ボトルとカップ容器。それに、腕にかけていたゴミ袋を近くのトラッシュボックスに捨てに行く。


「人使いの荒い後輩だよ。ほんと」


 ぼやいてはみたが、内心ではこうして三人で過ごす時間を、俺は何だかんだでしっかり楽しんでいた。

 で、三人目の人は俺がゴミ捨てをして席に戻ってくると━━━━。



「ひぃゃー〜ー!うまぁい!!」



━━━━歪な鳴き声をソースまみれの口から飛び出していた。


 その言葉に可愛さの片鱗は、欠片もない。

 あまりにも不快かつ衝撃的だったのだろう、俺は気づいたら言葉に出していた。



「うわ、きもちわるっ。なんだそのリアクション」



「き、気持ち悪いって何よっ!?リアクションじゃなくて、これは食レポよ!!独りよがりな反応は過去に置いてきたの!!だからこれからはね、見てる人達に美味しさを伝えられる表現技法で、コメントを残していこうと思うのよ」


 得意げに小さ……くはない、やや大きめな胸を張って、意味不明なコメントを残す自称レポーター。

 新しく身に着けた、グレーの少しオーバーサイズでゆるっとしたパーカーのおかげで、その立派な胸をめいっぱい張っても、下着がもう透けて見える心配はなくなっていた。

 これは着替え……ではなく、汗を拭きとった衣服の上から羽織っているだけなのだが……。

 なにぶん着替えをさせるにも、(いま)だ彼女に買ってあげたのはパーカー下に着ているこの服だけ。

 普段日中は、仕事着の制服と、自身で修繕したという見慣れたあのメイド服で過ごしている。


 (裁縫ができるというのも、非常に驚くべきポイントではあったのだが…)


 最低限のパジャマや靴下、下着…など、細かい衣類や生理用品は母が買ってきてくれていたりもした。

 だが、今回のことで、彼女に女の子らしい生活を十分にさせてあげられていないな…と痛感している。

 化粧品もそうだが、高校生の女子に私服を一着しか持たせていないというのは、(いささ)か申し訳ない。

 彼女が、この世界に持ち込まなかった…といえばそれまでだが、好きで彼女は転移してきたわけではない。

 彼女と出会ったのも、何かの縁。

 だったら、もっと女子高生らしく生活ができるように、少しはサポートしてあげたい…。

 そんな思いが、彼女にパーカーを買ってあげた出店で、やらしい視線をレンカに向ける店主のせがれを睨みつけながら巡ったのだ。

 あのドラ息子、隠すこともせずにレンカの胸ばかり執拗(しつよう)に見やがって……。

 ……って、いかんいかん、また父性が目覚めてしまうとこだった…。



━━━━しかし、これと、それとは話は別だよな。



「見てる俺には、気持ち悪い鳴き声を出すレンカっていう伝わり方してるけども?」


 気持ち悪い声を出されると、どうしても共感性羞恥が働いてしまうので、是非今後は奇声を発しないでいただきたいところ…。


「ルシェは論外よ、論外ぃぃ!!相手の気持ちを読み取ろうっていう意識が足りないのよ。女子に気持ち悪いとかサラっと言っちゃうし~。あ、だから彼女もいないんじゃない?」

「よく見抜いたじゃんクロ。先輩のデリカシーのなさを、早くも理解してて偉い!!」

「ふふーん」

「━━━━━━━━。」



 (━━━━このぉお…!!メス豚共がぁぁああっ!!!!)



 撤回だ。

 前言撤回してやりますよ。ええ!

 こっちは早くも気持ちを読み取って、心変わりしかけてたっていうのによぉ!

 ええ、そうですか!

 それなら、これからも衣食住の『食』しか俺からは提供しねぇからな!?

 憤りは、荒ぶる心の中に。

 怒りは、煮えたぎる腹の中に。

 あふれかける感情に何とか蓋をし、冷静さを表情に取り戻す。

 スティアに釈然としない理由で褒められて、ドヤってるレンカさん。

 念願の幻燈祭前からお気に入りだったプトゥレイを、もしゃもしゃと食べながらニコニコです。

 食べたがっていたお菓子を食べられて、こちらのお嬢さんの幸福度もどうやら通常時まで戻っているようだ。

 男の俺が一歩引く、それが上手い女子との付き合い方……ってやつなのかもな…。


「はいはい、俺がモテない理由の解説どうも。━━━━で、この後はどうするんだ?」


 もしゃもしゃ……と、五枚目のプトゥレイを捕食する暴食魔を横目に、スティアへ伺う。

 レンカのイカれた捕食速度に目を奪われたのか、目を皿のようにして固まっていた彼女は、俺が自分に話しかけていることに遅れて気づくと僅かに声を上擦らせて対応した。


「あっ、あー、あたしは一度カフェまで戻ろうと思います。先輩のお母様に無断で服を借りて来てますし、あたしも他人(ひと)の服のままだと、どうしても落ち着かないので」


 小さく申し訳なさげに笑顔を浮かべるスティア。

 彼女はスカートのヒップ辺りの生地を掴み、ヒラっと…なびかせる動作を行った。

 何気ない所作なのに。何気ない仕草であるはずなのに。

 こと彼女がするとなると、たちまち気品ある優雅さが仕事をしてくるのだから、天然者のお嬢様は末恐ろしい。


「そうだな、じゃあ母さんのところに戻るか。レンカは……」

「わたしはここで他のお店を、見て、食べて、戻ってくるまで時間潰してる!二人は先に満喫してたみたいだし~?」


 彼女にも聞こうとしたが、先に聞きたかったことを全て言われてしまった。

 レンカがわざとらしく、俺たちにジトっとした視線を向けてくる。

 ジーっと見つめてるところ悪いが、満喫していたのは主に俺ではなくスティアなんだよなぁ…。


「はいよ。くれぐれも、危ない人や不審者には付いて行くなよ?あと、店の食べ物を見て、買うのはいいけど。店は食いつぶさないようにな」


 精神レベルでは子供だが、それ以外は彼女も一人の女性らしさが表れてしまっている。

 少女という年齢とは、さよならを告げねばならなくなるお年頃でもあるが、女性としての魅力が出てくれば、伴って悪い大人も近寄り始めるのが世の中だ。

 なにもないとは思うが、こうして事前に声をかけておくことは予防にも繋がるはず。

 後者は助言ではなく、完全なる注意に他ならないが、繰り返してはならないからな…あれは。

 ハンバーガー屋での悲劇を繰り返さない為にも、言っておく必要は大いにある。

 店をまるごと潰さない程度の、心ばかりの小遣いを彼女に手渡し、落とさないように伝える。


「子供じゃないんだから言われなくても大丈夫ですぅー!!ほらー!早く行って来て!!」


 ぷくーっと頬を膨らませたレンカは、パーカーのポケットに受け取った小遣いを仕舞い、ふて腐れた様に言い放った。

 時に子供だからと言ったり、子供じゃないと突っぱねたり。

 考えが柔軟なやつというか、調子がいいやつというか…。

 子供っぽさが一際目立つ態度の彼女を見ていると、女性の逢いそうな被害よりかは、子供が逢いそうな被害に巻き込まれるんじゃないかと俺は不安でたまらないよ…。


━━━━あ、また出て来てるな!?俺の父性!!


「ふふっ、じゃあ行ってくるねクロ。また後で」


 スティアも、レンカさんの子供っぽいところに笑ってしまっているが、他人ごとではない部分もありますよ、お嬢様。


「もーう!ティアちゃんまで子供扱いしてるでしょ!いいから早く行ってきて!ルシェを頼んだのよ!」

「そんなことないって~。おっけ、任されたよ」


 ふくれっ面のレンカに見送られつつ、俺とスティアはカフェのあるエリアへ移動を始める。

 レンカとは合流したばかりで再び別行動にはなるが、まだまだ幻燈祭は始まったばかりだ。

 残り半日と、あと二日間。

 ゆっくりと彼女と見て回る時間くらい、幾らでも作れるだろう。

 ん?ちょっと待て?


━━━━今こいつら、俺のなにを頼んで頼まれたの?なんのやり取りそれ?

 

「先輩はクロと一緒に見て回っても良かったんですよ?あたしの付き添いをしなくても…。」


 隣を歩く後輩は、後ろにいるであろう彼女へと一瞥し、俺たちを気遣う。


「もし服のことで怪しまれたら、独りでは対応できないだろお前?そういうの苦手なのは知ってるよ」


 レンカを開会式に誘った時もイレギュラーな事態に混乱していたし、彼女だけでは心もとない。

 だがまあ、服のことが明るみに出ても両親は怒りはしないんだろな……。

 あのレンカでさえ、簡単に家族へ迎え入れてしまう人たちだ。

 眉一つ動かさずに、温かい言葉で許しを与えるのだろう…。

 ウチの家族って、本当に大丈夫かな……セキュリティ面。


「う、うぬぬぬぬ……悔しいですが…否定、できない…です」

「だろ?それに、流石のレンカさんもホイホイ知らない人について行ったりしないだろうしな。ははは」


 あれだけ言い聞かせて、あれだけふくれっ面をしていたのだ。

 きっと、問題ない。

 彼女も言っていたじゃないか、『子供じゃない』って…。

 けれども、一抹の不安を拭い切れないのか、スティアは苦笑してボソッと小声で呟いた。


「━━━うーん、だといいですけど…」



◇◇◇◇



「ねぇ、君かわいいね。俺たちと一緒にどう?向こうでご飯食べない?」

「━━━━━━ぷいっ。わたしもごはん中なのでお構いなくー」


「あー、ちょっとそこのお嬢ちゃん。そうそう、君だよ、君ぃ!少し時間あるかな?祭の簡単な満足度アンケートを取ってるんだけど。よかったら近くのカフェで…」

「━━━━━━ぷいっ。カフェなら十分にお給仕したのでお構いなくー」


「おいっ、姉ちゃん!俺とステップ踏まねぇか!?ほれほれ見てみやがれ!俺の華麗な足さばきをよぉ!」

「━━━━━━ぷいっ。サイリウム持って出直しな」




━━━━━━なんだかエンカウント率が高い。



 主にチャラ男やオジサンが9割、不審者1割という割合で、さっきから歩くたびに絡まれている。

 なんなの?検証系やナンパ系ユーチューバーでもたくさん沸いてるの?この祭り。

 ルシェが用心するように言っていた理由も、確かにこの状況では分からなくはない。

 でも、そんな手口で吊られるほど私は軽い女ではない。……重くもないけどっ!(体重の話)

 そういえば東京にいた時も、渋谷で何度かナンパされたことあったなぁ。

 どんな神経で、見知らぬ人に不躾(ぶしつけ)なことしてるのか理解できないよ…あの人たち。


「幽霊よりも生きてる人間が一番怖いって言うけど、その通りだよ…」

「だよね。俺もそう思う」

「??」


 愚痴を漏らすわたしの背後から、誰かが話しかけた。

 またか…と、いい加減にうんざりする。

 だけど、今度のエンカウントは違った。

 その声……その声色は、よく聴き慣れた、知っている人物の声だったから…。


「━━━━あれ?ルシェ??もう戻って来たの?」


 振り返るわたしを待っていたのは、彼だった。


「うん、ただいま。急いで戻って来たんだ」

「ふーん、そう…。おかえり」


 努めて、そっけなく。

 戻って来た彼に返事をした。

 話しかけてきたのは、ルシェ。

 行ってからそこまで時間が経っていないはずだけど、もう戻って来たみたい。

 早く戻って来てくれる分には、わたしも嬉しくないわけじゃなかった。

 でも、少し様子が気になった。


「ねぇ、ティアちゃんは?一緒に戻って来てないの?」


 彼は一人でここを離れたわけではない。

 戻って来るのなら、彼女と共にいるはずだった。

 わたしは見渡す。

 彼の傍、彼の背後、わたしの背後。

 そのどこにも、新しくできた友人の姿はなかった。


「うん、着替えと化粧直しに時間が掛かるから先に戻ってほしいって言われてさ」


 ルシェは表情一つ変えることなく、目を細めて笑ったまま告げる。


「そっか…。ボタン付きの服だったし着替えも大変よね…。借りた服も、一体型だから脱ぐのは楽でも化粧が乱れちゃうかぁ。……うん、わかったのよ」


 わたしは小さく頷く。

 朝もコーヒーを飲んだ後に、彼女は化粧直しをしていた。

 服の着脱でも化粧のチェックには手を抜かず、ちゃんとしてそうだなぁ…という光景は、割と容易に想像ができる。

 同じ女子としては悔しいけど、わたしよりも女子力が高い彼女のことなので、わかりみがすぎた。


「先に見て回ってみる?」

「え?う、うん…」


 笑顔を崩さない彼からの、突然のお誘い。

 急な行動に揺れ動いたのは、なにも声だけはなかった。

 とくんっとした()()()()が、わたしの心を揺する。

 名前は、まだわからない。

 だけど嫌いにはなれない、この温かい気持ち…。


「ははは、じゃあ行こっか?」

「うん…」


 嬉しいし、温かいし、なんか……あつい。

 まだ昔を懐かしむような歳でもないけれど、わたしは不思議と少しだけ。

 なぜか、ノスタルジックな気分に浸っていた。


━━━━━でも、なぜだろう。


 心の中で。批判し、一人で騒ぐ。そんなわたしも存在するのは。

 楽しい気持ちで、こんなにも満たされているはずなのに。

 理由も筋も通ってて納得できるはずなのに。

 どこか引っかかる、このぐにゃりとした感情は…。

 ルシェだけど、ルシェじゃない…。

 そんな自分で言っていても、おかしくなりそうなことを思ってしまうのは…。


「━━━━━。」


 隣で歩幅を合わせて、歩調をわたし基準にする彼。

 不自然なほどに真っすぐと前を見て歩く、彼の横顔を見ながら私は思う。

 (なーんかさっきから、普段よりも爽やかで、気が利きそうな雰囲気を感じるような…?)

 女子の歩くスピードに合わせて自分も調整……なんて彼はできない。

 大体は、いつも置いて行かれるし、泣かされるし……。

 一週間ちょっとしか彼とは過ごしていないけど、それくらいなら分かってきていた。

 でも。でも。

 今日は、そこはかとなく……なんかイイ感じに見える。

 ただのお散歩が、まるでデートみたく思えてきてしまっている。

 おかしい。今日のルシェはおかしい。絶対に、おかしいけど……。


━━━━━それって普通に良いことな気もする。


 彼女いない歴が年齢とか言ってた気もするし、言ってなかった気もするけど。

 気の利く男性に、ドキッとするものなのよ…女子って。

 まあ?顔も端正でカッコいい……かもしれないし?

 優しい言葉で、エスコートしてくれてるし?(どこ向かってるのか知らないけど)

 気も利かせられるようになったら……。


 おかしいわ、ちょっとドキドキしてきた…かも……。

 

 戻ってきてから、なんか様子がおかしいと思ってたけど。

 これは、これでプラスでしかないし、気にしすぎだったかもね。


━━━━━あれ?本当にそれでいいのかな?………ま、いっか。


「これから、案内したい場所があるんだ」


 視線と顔はそのままに、彼はわたしに話す。


「ふーん、どんなとこ?」


 こっちを向く素振りのない彼を、腰に腕を組み、わざとらしく覗き込むようにして、わたしは聞いてみる。

 視線は前方から逸らす様子はない。

 言葉だけ。

 言葉だけをわたしに伝える彼は、前を見据えたまま表情を変えた。

 

 口角を目いっぱいに広げ。

 あまり見たことのないような笑顔で。

 返答としては不明瞭な言葉を、わたしに返す。


「━━━夢のような……そんな場所かな?」


 夢のような場所。

 ふわっとしすぎてる回答に、疑問が浮かび上がろうとした。

 けれども、浮かぶ前にわたしは一つの答えに行き着く。

 出た情報は少ないけど。

 情報量としては弱いけど。

 お隣の地域のことなので、すぐにわかったのよ。

 もう、ピーンと来たわ!!

 名前にも、わたしの地元の名称入ってるし!!

 だからわたしは、驚いてそこの場所を叫んだの。

 わたしみたいな属性のオタクとは相いれない、陽キャたちのウェーイ場。

 そう、そこは━━━━━。



「 東京〇ィズニーランド!? 」



◆◆◆



【PM 12:35 シンフェミア ピースサイドパーク ポップアップストア カフェミスト】


 ごそごそと、背後から布の擦れる音が聞こえた。


「着替え、終わったか?」

「まだです。でも、お母様の服は脱いで畳みました。あたしの着替えはこれからです」

「そ、そうか…。」


 今度は、バサっと服を(ひるがえ)したかの音。

 どうやら、脱衣から着衣へと進行したようだ。

 耳に飛び込んでくる音に、あらぬ妄想を駆り立てられそうになる中━━━━━。


「━━━覗かないでくださいよ、先輩?」


 ドキリとさせられる一言を、テント越しにかけられる。


「そ、そんなことしないからな!……なあ、スティア?そろそろ離れても…」

「ダメですっ!!先輩はそこにいてください!!他の人が入ってきたらどうするんですか!女の子じゃなくて男の人が入ってきたら!!」

「あー、わかった。わかったから…」


 ご乱心なスティアお嬢様をなだめて、俺はテントに背を任せると、滑り落ちながら芝生に腰を下ろした。

 スティアから、どう見ても尻に敷かれている。

 女子って、おっかない……。


━━━━━とりあえず、俺たちはカフェへと戻って来ていた。


 今のところは、服の件も母にバレてはいないらしい。

 しかし、しかしだ…。

 この状況は、さすがに……生き殺しすぎませんかね??

 現在この後ろのテント内では、スティアが着替えているわけだが……これは、ウチのテントではない。

 というのも、ウチのテントは昼休憩中のバイトちゃんたちに、絶賛占領中らしく着替えることは困難だった……とのこと。(スティア情報)

 なので、着替えだけを持って出てきた彼女は、近くにあった別のテントを少しだけだから…と、間借りしているのだ。

 まあ、このテントはウチのではないが、ウチの備品等を置くテナント共用の備品庫みたいなものなので、使う分には全然問題ない。

 けれど、共用ということは第三者も入って来るということ。

 これを危惧してか、着替え中のスティアさんは俺を門番にした……という経緯です。

 しかしながら、この薄いビニールを隔てた先で女子が着替えているという、このシチュエーション。

 いくら相手が後輩でも、ドキドキしないはずはなかった。

 いや、近しい後輩だからこそ、ドキドキするんじゃないか!!


「━━━━━━くッ!!」



 すでに戦いは始まっていた。



 これは自分自身との闘い。

 理性と本能をぶつけ合う、激しき(せめ)ぎ合い。

 だが、この戦いで絶対に負けるわけにはいかなかった。

 負けたら最後。俺は変態というレッテルを貼られ、これからの人生を歩まなければならない。

 それは、過酷な道であり、社会的には死を意味していた。

 この死を蘇生させることは、いくら俺であっても不可能かもしれない…。


 (大丈夫…。無だ。無になるんだ…。無の境地に達すれば……)


「ふぅ…」

「━━━━━━ンンッ!!」


 スティアが発した何気ない声に、俺はビクリと身を震わせる。

 彼女にとっては、たまたま口から出た軽い吐息にすぎないのだろう。

 しかし、俺にとっては重みある、重厚的な息遣いにしか聞こえない。

 別にやましいことは、まだなにもしていないが……いや、するつもりもないが!

 彼女の声は、今の俺の心臓を脅かす材料としては、ドンピシャだった。

 誘惑に身体が震える。

 鼓動が(たけ)りだす。

 欲に圧し潰されていく脳内では、いくつかの声が聞こえてくる…。


 (耐えろ。耐えて。耐えるんだ。耐えなさい。耐えるのよ。にじてぃくぃみそーれー。)


 いくつもの脳内ルシェ―ドが、耐えろと言い聞かせてくる。

 なんか最後の方、違うのが一人混ざってたけど…。

 その都度、精神を研ぎ澄ますが、五感がこれを邪魔する。

 耳からは、布と肌の擦れる摩擦音と彼女の小さな『はぁ』っという息遣い。

 鼻孔からは、甘くふんわりとした柑橘系の匂いが、テントの隙間を通して香る。

 こいつらが俺の戦意を確実に、ゴリゴリと研磨し、削っていく。

 しょうがないだろ、俺も一人の男なのだ……。

 こんなの、負けそうになるじゃないかッ!!


「お待たせしました先輩。見張りありがとうございます。ではこれをテントに返しに……どうしました先輩?そんなところに座り込んで…。」


 瞳を閉じて、逆に五感を研ぎ澄ましていた俺にお呼びの声がかけられる。


「う、うん?…そ、そうか……。俺は。俺は、勝ったんだな…あっはははは……。内なる獣に。己自身の煩悩に…」


 スティアの着替えは完了していた。

 メイクも直してきたのだろうか、さっきよりも切れ長な目になっている。

 開け放たれたテントからは胸を掻きむしられるほどの、甘美な香りが漂ってきており、俺の自制心を尚も壊そうと企んでいるかのようである。

 (うろ)んだ目になっているであろう俺は、勝利の余韻に浸り、うわ言のように呟いてしまう。

 それを聞いたスティアさんの対応は、あまりに塩だった。


「え?あ、はい。おめでとうございます。よくわかりませんけど、ちょっと返しに行ってきますね」


 スタスタっと、ウチのテントへ服を返しに行ったスティア。

 遠ざかっていく彼女の背を眺めながら、俺はこの戦いで掴んだ勝利を実感し、噛み締めて……いると、そこへ━━━━。


「おお、ルシェ戻って来てたのか」


 『よお!』っと手を上げて近づいてくる父の姿があった。


「父さん。ああ、うん。ちょっと、スティアのお色直しでね…。父さんは休憩?」


 母の服を返しに来た……なんて言えるはずもなく、ごまかしながら状況を伝える。

 父は俺の問いかけに、『ははっ』っと軽く笑って口を開いた。


「いいや、父さんはテントに置いてたコーヒーフィルターの予備を取りに来たんだが……なるほどな。さすがは、フリューゲルさん家のお嬢さんだ。美に抜かりがない!」


 またも痛快な笑みで、スティアを褒める父。

 その父の姿を見ていると、モヤモヤとした、いかがわしい気持ちはサッパリと消えていた。


「美人で、高すぎる女子力にも困りもんだけどさ…」

「ん??」


 俺の孤独な闘いのことなんて知りもしない父は、言葉の意図に首を傾げた。

 俺には、女難の相でも出ているんじゃないだろうか。

 ここ最近は、特にそう感じる。


「ああ、ところでルシェ。さっき市長さんがお客さんで来てくれてな。その時に市長さんの息子さんにも会ったんだが、顔立ちが整っててビックリしたよ。まるで芸能人みたいで、ファンクラブが出来るのも頷けるな」


 腕組みをして、『うんうん』と何度か頷く父は、その人物を賞賛する。


「市長の息子って……。えーと、なんて名前だっけ?」

「トゥエルノさんだよ。いくらシンフェミアが広いって言っても、ルシェも名前くらいは聞いたことあるだろ?」


 トゥエルノ……。

 確かに、俺でも名前は知っていた。

 実際に見たことはないが…。


「あー、女性から無駄に人気らしいあの…。俺、あんまり興味なくてちゃんと顔覚えてないな。メディアにも全然取り上げられてないし、名前くらいしか聞いたことないよ。その人がウチに来てたんだ?」

「来てたぞ~!お客さん……って雰囲気じゃなかったけどな?」


 その人物は、有名と言われれば、有名人だ。

 シンフェミア市長の一人息子。

 この肩書きだけでも、十分に箔がある。

 だが、イケメンとも称される彼が新聞などのメディアに取り上げられることは、ほとんどなかった。

 そのためか、名前だけを知っており、顔を見たことがない俺のような市民は大勢いるはずだ。

 ファンクラブ…などという団体が組織作られるのも、自然な流れだったのかもしれない。

 メディアに顔を晒さない、イケメン御曹司。

 ミステリアスな男性に惹かれる女性にとって、彼は恰好(かっこう)の対象だろうから…。


「その人、そんなにイケメンだった?それはそれで腹立つなぁ」

「おいおい。ルシェもイケメンだから安心しろ~。もちろん、俺に似てな?」


 白い歯を見せて、ニカっと親指を立てる父。

 冗談と思いたいが、父の場合は多分本気でそう思ってるんだよな…。


「自分のことをイケメンだと思ってる父親に俺は若干の羞恥心を感じるけどね。……あ、スティアが戻って来たから俺、行ってくるよ。レンカをグルメエリアで待たせてるからさ。仕事熱心なのはいいけど、父さんも適度に休みなよ?」


 父に告げると、俺は腰上げる。

 遠くからは、軽いフットワークで上下左右に揺れるツインテール。

 手元がスッキリとした後輩が、駆け足で戻ってきていた。

 俺の言葉を聞いた父もスティアを一瞥すると、笑って答える。


「おう、ありがとなルシェ。お前も気をつけて遊んでこい!……母さんには黙っておいてやるから、安心しろ。ははは」

「き、気づいてたのかよ…。うん、ありがとう。そうしてくれると助かる。主にウチの後輩が…。じゃ、いってきまーす」

「ああ、いってらしゃい」


 再び父に見送られて、後輩の元に俺も走る。

 服のことは、父にバレてしまっていた。

 だが、口が堅く、優しい父のことだ……恐らく大丈夫だろう。

 ともあれ、スティアの着替えは無事に済んだ。

 後は、再びレンカと合流するだけなんだが。


「さて、あいつ。厄介ごとを引き寄せていないといいけどな…。」



◇◇◇◇



「ルシェ―?ねぇー!ルシェってばー!!まったく、わたしを置いてどこ行ったのよ…。ほんっと、世話の掛かるお兄様よ。まったく!」


 前方の暗闇にそびえ立つ、冷たく無機質な壁。

 どうやらこの道はここまでのようだ。

 ここには光源となる照明具の類は、一切存在しない。

 あるのは手の熱でほんのりと温かくなった、金属製の一本の小さな鍵だけだった。

 ここから来た道を戻るとするなら、ひとつ前の分かれ道まで。

 それ以降は、確か一本道だったはず……よね。


「ここのどこが夢の場所なのよ。〇ッキーも、〇ニーもいないじゃない!ルシェの脳内は、夢も希望もない真っ黒くろすけなの?」


 愚痴をこぼしても独り…。

 なんか似たような言葉か文章を遺した作家さんが、昔の日本にもいたような気がするけど、この状況なら少しだけ気持ちが分かるかもしれない。


━━━━━━孤独は闇を創り、闇は孤独を加速させる。


「━━━━━━。」


 ふいに過去に閉じ込めていた、負の記憶を思い出した。

 忘れてはいけない。

 でも、忘れたいほどに辛く、痛かった当時の記憶。

 過去に忘却しても、記憶は決して消えない。

 色()せはするけど、焼却されることはなく。

 ドロドロと蓄積し、心の奥底で醜悪(しゅうあく)煮凝(にこご)りを形成する。

 言うなれば、それは精神をゆっくりと内側から侵す“(がん)”だった。


━━━━だけど、いま向き合うべきはそこじゃない。


 今は自分自身ではなく、自分を取り巻く()()の方が問題なのだから。


「ハッ!!あっぶないところだったのよ!ひとりで闇落ちしてどうするのよ、わたし。せっかく闇落ちするなら、その瞬間を誰かに見てもらわないと損よね。……カッコよさげだし」


 崩れかけた心に今一度、蓋をして現実に向き合う。

 といっても、もうすぐこの暗闇とも、おさらばだろう。


「ふう、ここね」


 わたしは手元の鍵を、小さな(ほこら)(まつ)られた木製の箱へと挿入し、くるっと回して開錠した。


「……お(ふだ)。これを持って行けばいいわけ?」


 箱の中に納められていたのは、古そうに()()()()()()()一枚のお札だった。

 不思議に思いつつも、それを拾い上げたわたしは何の気兼ねも無しに後ろへ振り返った……その時だった。



「 ヴアあ~! 」



「━━は、はあ……?」


 振り返ったわたしの前には、頭部が血塗れになった白装束の女性が現れた……のだが。

 総合的に見て、そこまで怖くない。

 元のモデルさんの顔立ちが整い過ぎていて、怖さが美しさに完全敗北してしまっている。

 つまり場所の補正がなければ、ただの致命的な怪我をした美人だった。


「━━━━━━ススッ」

「あ、逃げるようにして帰って行ったのよ」


 女性は垂れ下がった装束の(すそ)部分を摘まんで、そそくさと消えて行ってしまった。

 思っていた以上に反応が薄く、居たたまれなくなってしまったからだろうか。

 それとも、普段は実績があるからこそ。

 プライドを傷つけられ、悔しくて帰ってしまった……なんてこともありそう。

 しかし、去るときの行動に育ちの良さが出てしまっている辺りにも、彼女は根本的に幽霊役には向いていないのかもしれない。

 いや、かもじゃなくて、間違いなく向いてないわね。



━━━━声、すごくかわいかったし。



「はぁ…。普通の子だったら、この場合は悲鳴を上げて逃げるのよね…。やっぱ、わたし女子力足りてないかも…。うん、帰ろ」


 ややテンションを下げつつも、彼女のことは一旦忘れる。

 わたしは気持ちを切り替えて、お札を手に、進行方向先の扉へと進んだ。


「改札機……かな?よく駅で見る…。異世界にこんなのがあるなんて、知りたくなかったよ…」


 進んだ先には、切符改札機っぽい見た目のゲートが待ち受けており、そこが出口なのだと初心者のわたしでも理解できた。

 ここが異世界なのだと忘れそうになりながら、とりあえず近づいてみる。


「えーと、これを…ここに…これでいいの?」


 手元のお札を機械に通すなり、ゲートバーがカシャンと音を立てて開いた。

 カタチは違えど、これが最後の鍵だったということらしい。

 それなら、ここにもう長居する必要もないし、早く脱出してしまおう。

 はぐれてしまったルシェが、すでに外で待っているかもしれないし…。


「会ったら、たくさん文句言ってやるんだから」


 胸に怒りを抱えながら、開いたゲートを抜け、カーテンをめくる。

 すると、わたしの視界に再び色づいた世界が戻って来た。


「んん…少し眩しい。オール明けの太陽光を浴びた時と似てるわね…。感覚としては…。」


 断りもなく次々と瞳に入射してくる光に、目をしばしばさせてしまうわたし。

 細めた視界の中、眩しさに抗い抜けると━━━━。


「お疲れ様です!当ブースの『どきどきホラースクランブル!』楽しんで頂けましたか?」



 元気な笑顔の、お姉さんが待っていた。



 にこやかな表情で、わたしの出所を出迎えたのは、受付の時にも会ったキャストのお姉さん。

 彼女は弾むようなウキウキした声で、自身の店で体験した今のお気持ちを、今か今かと聞きたがっている。


「あ、はい…。と、とても怖かったですー」


 棒読みっぽさが出てしまったのは自覚しているけど、けっこう頑張った方だった。

 カフェでの接客とかだと、素や本心で対応してるから棒読みにはならないけど。

 こういう場での、忖度が入ってくる対応は……とても苦手なのよね。


「わー!!その歯切れの悪い動揺と感情の欠如!!とても怖い思いをなされたんですね!!満足……いえ、無事に恐怖を植え付けられてわたくし共は大満足です!!それでは、どうかお帰り道にはお気をつけてー!!ありがとうございました!!」

「あ、はは…」


 感情を欠如してるのはお姉さんの方ではないかと、心配になる彼女の受け答え。

 もちろん、体験内容に不満点はいくつかあったけど…。

 どれも一般の人には、十分に怖がれるレベルのホラー体験なんだろう。

 ただ、どの辺がスクランブルなのかは疑問だったわ…。

 ほぼ一本道で、全然交わってなかったのよ……。


 (内容は、ごちゃごちゃしてたけど……)



 わたしは、この手のホラー施設に経験がない。



 お化け屋敷というものに今回初めて入ってみたけど、やっぱりわたしとは相性が悪いらしい。

 昔から、幽霊や怪談話をどことなくチープに感じてしまって、オカルティックな恐怖には耐性があった。

 だから今まで興味がなかったし、入る機会もなかった。


━━━━でも、今回はルシェに誘われてしまったのだ。


 断るのも無粋だと思い、誘いを受けてみたものの……。


「いないじゃない!!ルシェってば、どこに行ってるのよ!!」


 誘い主の彼とは、施設内ではぐれてしまい、結局最後まで独りでウォークスルーしてしまった。

 出口にもいないとなると、中にまだいるのかもしれない。


「聞いてみようかな」


 出入り口にいたキャストのお姉さん。

 彼女なら、ルシェが出てきているかどうかを知っているはず……。

 わたしは先ほどのお姉さんの元に戻り、話を聞いてみることにした。


「すみません」

「わー!!また入りたくなったんですか?リピーターになって頂けるのは嬉しいんですけど、精神を壊さないように気をつけてくださいねー!!」


 なんか、また入りたがってる人って思われてる…。

 気が滅入るけど、しっかり否定して話を聞かないと…。


「ああ、いえ。違くて…。」

「わー。それじゃあ、どうしました?中に忘れものでも?」


 首をくねくねさせて聞いてくるお姉さんに、妖怪を連想させられる。

 ろくろ首とか、そういうやつ…。

 妖怪も迷信だろうし、信じてはないけど。

 気味の悪さ……みたいな感情は生まれていた。


「たしかに忘れ物…みたいなものなんですけど。入るときに、わたしと一緒にいた男の人知りませんか?中ではぐれちゃって…。出口から出てきてたりしてたら、見てないかなぁ…と」

「わー!!人探しですね!!大事な恋人だったりでしょうかー!!」


 興奮気味に声を荒げるお姉さんに、たじろいでしまう。

 人探しは間違ってないけれど、わたしたちはそういう関係では……。


「ち、違います!!ただの……そう、お兄ちゃんです!」

「わ~!!兄妹の関係を超えた禁断の愛も良いですねー!!兄と言わず、お兄ちゃんと呼んでいるのも、かわいらしいですねー!」


 なんか思ってた反応じゃない!


 どんどん話が、おかしな方向に進み始めてる…。

 お姉さんは、わたしとルシェに在らぬ妄想をし、ウキウキと声を浮つかせていた。(実際は兄妹ではないけども……)

 恋バナは女子の好物……とは言うけど、わたしはどちらかと言えば、推しカプの妄想話で語り合いたい。そうしたい。


「じゃなくて!!真面目に聞いてください!!わたしの兄を知りませんか!?背は…このくらいで、こーんな顔してる……」


 ズレていく話を戻すために、ちょっと語彙(ごい)を強めにして今度は聞いてみる。

 ジェスチャーも交えて、より詳細に!


━━━━けれど、お姉さんは笑顔のまま同じような対応をした。


「わー!!かわいいですねー!!でもすみません、私お仕事中なのでー!かわいい()()()は、いつかまたー!」

「え、いや、妄想話してるのはお姉さんでしょ?わたしは一緒に来た兄を…」



「わ……本気で質問していたんですか?」



「━━━━え…?」


 わたしの言葉で、数秒前までニコニコしていた彼女の顔から、とつぜん笑顔が消えた。

 悲哀に満ちた眼差し。

 哀れさに嘆く唇。

 彼女は、わたしのことを同情の心で見ていた。


「わー。よほど当店のブースが怖かったんですね。今日はご自宅で療養されてください。まだ幻燈祭は二日ありますし、また明日にでも遊びに来てくださいね」


 物腰は柔らかい。

 口調には決して出していない。

 だけど、その言葉に。


━━━━笑顔はなかった。


「えっと…あの」



「━━━━()()()()()()()()()



 口ごもるわたしに宛てた、彼女からの言葉。

 聞きたいことの過程ではなく、それは結果だけを先に告げていた。


「……えと、どういう…」


 依然として混乱するわたしに、『まだわからないのか』と、彼女は乾いた声で丁寧に語り始めた。


「あなたは一人で入って一人で出てきました。心配せずとも、あなたのことはよく覚えてます。入る前から気になっていましたから。……()()()の多い女の子だなぁ~と。…わー!!すみません、次の方が出てきたのでごめんなさいー!どうかご自愛をー!!」


 わたしから別の客へと接客を移すと、あの表情が顔に戻っていた。

 独り残されたわたしは、考えを整理できていないまま、何となく施設を後にする。


「━━━━━ひとり…だった…?最初から…?」


 口に出る心の呟き。

 心に抑えておくには大きすぎる、その疑問。

 わたしは幽霊なんか信じていない。

 オカルトっぽくて胡散臭い。

 信じたとしても、メリットも何もない。

 そもそも幽霊が、みんな白い装束を身に纏っているっていう、あのイメージ。

 あれが余計に、胡散臭さを強調している気がする。

 そうだ、話をするなら今季のアニメの話がいい。

 そう、どうせなら。

 バカみたいに明るい、ギャグアニメなんかの…話が…。

 話が………。したい……。


━━━━初めて覚えた感情は、それに恐怖を肉付けていく。


 答えは知らない。わからない。知りたくもない。

 知ってしまえば、もう同じような感想を抱けなくなってしまいそうだから。

 尽きることない疑問と恐怖に溺れながら、口が動いた。

 明かしたくないと思いながらも、いつの間にか唇が勝手に言葉を紡いでいた。



「わたし、今まで()と一緒にいたの?」

 


◆◆◆



【PM 13:40 シンフェミア ピースサイドパーク アミューズメントエリア】


 レンカと別行動を取ってから、一時間ほど時間が経過していた。


 あれからグルメの祭典広場に俺とスティアは戻ったが、彼女の姿はどこにも無く現在も彼女とは合流が出来ていない状況だ。


「先輩、確かここのホラーブース周辺で見かけたって、なぜかサイリウムを探してたダンサーのおじさんが言ってました」


 後輩の視線は、ある建物を見上げる形で留まっていた。

 付近に設営された様々なブース。

 レースショー、ミュージカル劇場、ヒモ無しバンジージャンプ体験。

 数多の遊戯、娯楽のブースが軒を連ねる区画。

 ここ『アミューズメントエリア』。

 その中でも、ひときわ異彩放つブースが目の前にある━━━━。


「それがこの『どきどきホラースクランブル!』…か。レンカはこの中に入ったのか?」


 彼女の足取りを掴むために試しに周囲の人々に聞き込みを行ってみたが、意外にも多くの者が彼女のことを知っていた。

 カフェの常連という顔ぶれではなさそうだが、よくもまあ見知らぬ女の子の顔をしっかり覚えていてくれたと感謝したいところだ。

 聞いた彼らの話をまとめると、少女は独り言を呟きながらアミューズメントエリアの方角へ向かったようで、スティアが聞き込みをした情報を追加すると、最後に見かけた場所はこの周辺らしい。

 だが、こんな場所を彼女が好んで入るとは考えにくい。

 オタク要素の薄そうな、()()()()()になんて……。



「もしかして先輩、怖いんですか?」



 至って普通の真顔で聞いてくる後輩。

 煽ってきている…という表情ではないが、これは試されているのか?


「は、はぁ!?こ、怖くなんてないんですが!そ、そっちこそ、怖いんだろ!?」



 もうだめだ声が裏返った。



 怖がってるの知られたよ。

 怖いって感情、上手に隠しきれなかったよ。

 先輩=ビビりって一生弄られるネタにされちゃうよ。

 なんなら真顔で、きょとんとしてる子に『怖いんだろ~』なんて言葉で煽っちゃったよ!

 あの顔は、絶対怖がってないって!

 見ろよ、あの顔!

 (つら)が……。すっとんきょんな面が、たくましく見えるものっ!!

 あー、へーたーこーいーた~……。


━━━━言った傍から、反省会。


 そんな俺とは対照的に、彼女はありのままに事実を告げた。



「はい、お化け屋敷は苦手です」



「━━━━素直じゃん…」

「見栄を張る必要ありませんから。お化け屋敷で、キャー!って悲鳴上げちゃう系女子は、状況によっては武器になりますからね」

「あー、そう…」


 自信を持って、胸を張って。

 苦手な物には、苦手と言える勇気。

 後輩は俺なんかより、よっぽど立派だよ……ちくしょう。


「男子には弱点にしかならないかもですが。……ぷっ」

「あー!てめぇ、いま笑ったな!?よーし、見てろ!お化け屋敷なんてさっくり攻略してやるよ!!」


 結局煽ってくる後輩には、目に物を見せてやらなければ気が治まらん!

 女子はいいよな~なんて言ってる時期は、もう終わったんだ!

 ここで俺は己の弱点を克服して……!!


「そうですか。別に中に入る必要はありませんが。それじゃあ、お一人でホラー探索がんばってください。あたしは、受付の方に見かけなかったか確認するので」


「━━━━え?」


 あれ、話ぃ…違くないっすか?

 俺だけなの?俺だけ入れって言ってんの?

 お前は行かないの?お留守番するつもりなの?

 それは違うじゃん……。

 それはレギュレーション違反じゃん……。

 それなら俺も行かないよ。

 行きたく………行きたくないよっぁお!!


「し、仕方ないなー。今日のところは勘弁してやるか。攻略するのはまた今度にしておいてやるかー」

「━━━━小心者…(ボソッ)」

「ん?なにか言った?いま……」

「いいえ、なんでも。では聞きに行きましょうか」


 スティアは俺の話をバッサリと切ると、お化け屋敷前に立つ受付嬢へ話を伺うために近づき始めた。

 受付カウンターに立つ女性の顔には、常に笑顔が貼られている。

 それが営業スマイルということは見れば分かるが、ホラーブースの手前…少し不気味さも秘めていた。


「お仕事中お邪魔してすみません。少しだけお話を伺えませんか?」


 受付嬢の視界に入るように話しかけたスティアは、謙虚な姿勢で彼女に伺った。

 初めから彼女の視界に入っていたこともあり、すぐに返事は返って来た。


「わー!!なんでしょうか!次の参加をご希望でしたら整理券をどうぞ!」

「あー、いいえ、参加をしに来たわけではないんです。あたしたち人を探していまして」


 客ではないことを、申し訳なさそうに弁明し、肩をすくめる後輩。

 それならばと、インフォメーションカウンターの紹介をされないか冷や冷やしたが、答えは予想外の言葉で返ってきた。


「人探し?わー!!珍しいこともあるんですね!一日に3()0()()もの方に、人探しの質問をされるなんて!」

「さ、30人も!?それだけの人が探してるってことは、そんなに行方不明者がいるのか!?」


 捜索者の数を考えても、同じ人数ないし最低でも20人くらいは行方が分かっていないということ。

 それはもう、迷子とかではなく、事件規模なんじゃないかとも思えるが…。


「ええ、そのようですね。でも今日は幻燈祭ですから、人の往来に流された迷い人も多いのかもしれませんね!」

「それじゃあ、その聞きに来た人たちの中に、オフショルダーの服を着てて、上からグレーのパーカー。髪の毛は長めの黒髪。それと…()()()()()…とか、ルシェって単語を使った女の子が来ませんでしたか?」


 スティアから、探し人の特徴を問いかけられた受付嬢。

 彼女は少し間を置くと、表情を一切変えることなく答えた。


「わー?すみません。そのようなお方は()()()()()()()()。何十人ものお客様方をご案内していますので、もし見かけたとしても記憶には残っていませんね。お力になれなくてすみません」

「そう…ですか。分かりました。お時間ありがとうございました。」

「わー!いえいえー!お暇ができましたら、次は遊びに来てくださいねー!」


 受付嬢の笑顔に対し俺たちは会釈で応え、そのままブースを離れた。

 俺たちの姿が見えなくなるまで、ずっと。

 まるで、去って行くのを確認し、監視するかのように。

 ずっと手を振り続けていた彼女に、少しばかりの恐怖を覚えながら…。

  

「ここじゃなかったみたいだな…」

「はい。クロの方もあたしたちを探しているんじゃないかと思って、あの子が言いそうなワードも含めて聞いてみましたが、収穫無しでした」


 残念そうに肩を落とすスティア。

 アテが外れたこともそうだが、これで唯一の手がかりらしいものが無くなった…ということでもある。

 あの受付嬢が仮に偽りの証言を伝えていたとして、彼女の利益になるかと問われれば、ぐうの音もでない…。

 とりあえず、しゅん…と凹んだ後輩に、俺は前向きな言葉をかける。


「うーん、レンカは良くも悪くも印象には残りやすい性格だけど、誰もが覚えているわけではないだろうし、ここに立ち寄っていないとも限らないけどな。ひとまず、辺りで聞き込みでもしてみよう」


 ホラー施設周辺で見かけたという情報なだけで、施設内に入って行ったとは限らなかった。

 だったら、徹底的に周囲で聞き込みするしかないだろう。


「ですね。さっきの方が言っていた『人探しをしている人が何人かいた』っていう話も、少し引っかかります。先輩、早くクロを見つけましょう。なんだか胸騒ぎがするので…」


 その時、彼女が感じた悪い直観。

 残念なことに、それは現実のものとなる…。


◆◆◆


【PM 16:20 シンフェミア ピースサイドパーク アミューズメントエリア】


「先輩、いましたか?」

「いたのか!?」

「い、いえ。いましたか…と聞いたんですが…」

「ああ、悪い…。早とちりした…」


 あれから更に時間は経過したが、過ぎていくのは時間ばかりで、進展は見込めていなかった。

 焦燥感に駆られる俺は、見つからない焦りから少しだけ苛立ちも感じ始めている。

 その矛先をスティアに向けてしまいそうになる自身にも、同じく…。

 感情だけが先走る。

 だが、そんなことでは視野を狭めてしまうだけ。

 それは分かっている。

 理解しているのだが…。


「気持ちは分かります。もう夕方ですから…。幻燈祭は夜の8時まで。ですが、暗くなれば捜索は難しくなります。人通りも仕事終わりの方々の参戦で、昼間より間違いなく増えるでしょうし、早く見つけないといけませんね」


 日の沈みかける夕暮れの空を見つめながら、フォローの言葉を口にするスティア。

 こういう時の冷静な彼女は、本当に頼りがいがある。

 年上である俺が言うと、情けないったらないのだが…。

 集めた目撃情報。

 多くはないそれを(かんが)みても、場所は絞られている。


「ああ。でも見かけた人はみんな、このアミューズメントエリア内で見かけたって言ってる」


 そう、このエリアを中心に目撃例があった。

 だから、彼女がいるとしたら。


 消息を絶ったのだとしたら、ここが最終目撃地なのだ。


「ここのエリアは広いですけど、あくまでも限られた区域です。それでも見つからないとすると…」

「━━━━━。」

「━━━━━。」


 彼女の言葉の後、俺たちは同時に一つの場所を見つめていた。

 一番最初に訪れて、結局収穫のなかったその施設。

 数多のアミューズメントエリア内で、俺たちが施設内を調べていないのは、ココを残して最後だった。

 

「入ってみましょうか。『どきどきホラースクランブル!』に」

「やっぱり、入るんだな。━━━━でも、受付の人は…」

「先輩。入 り ま す、…よ?」

「あ、はいぃ…」


 後輩から目で殺され、渋々彼女の後を付いていき、流されるまま受付を済ます。

 この時間帯は()いていたようで、幸か不幸か整理券番号の順番は次だった。


「良かったですね。次が順番みたいなので待ち時間も無さそうです。……落ち着きないですけど、大丈夫ですか?ぷるぷると、スライムみたいに震えてますけど…」

「大丈夫、大丈夫…ひぃ…ふぅ…」


 緊張のあまり、深呼吸もままならなかった。

 もしもの時は…と、覚悟はしていたはずなのに手がブルブルと震えた。

 それはもう、小刻みに振動するジェネレーターくらいには。


「過呼吸に見えるんですが…。そんな調子で本当に大丈夫です?入った瞬間に失神とかは止めてくださいね?恥ずかしいので」

「恥ずかしいってなんだよ!?恥を忍んで、俺は怖がる姿をお前に晒しているんだぞ!そんなんで恥ずかしがるな!もっと、どーんと構えてろよ!」

「それ、多分先輩のセリフじゃないですよ。どーんと構えた方がいいのは先輩の心の方では?」


 後輩から白い目を向けられてもなお、震えは止まることを知らない。

 だって、止め方なんて知らないんだから。


「はぁ、頼りにならない先輩はいつものことですが、今の先輩はずぶ濡れになった子犬くらい見ていられませんね…。子犬ほど可愛くないのが、もっと見るに堪えません」

「おい、やめろぉ。目で『可哀そう』って訴えかけてくるな!ちゃんと伝わるんだから、そういうの!」


 頼りないところを後輩に見せっぱなしで、そろそろ俺のメンタルもヒステリックになりそうな展開のところで、お呼ばれがかけられる。


「お待たせしました。整理券番号223番の方、どうぞ中へお入りください」


「あ、あたしたちです。行きましょう先輩」


 雑談の折、俺たちの番号が呼ばれた。

 呼んだ受付嬢は昼に見かけた女性ではなく、ふくよかな若い女性に代わっている。

 シフト交代制…だったりするんだろうか。

 だが、あの受付嬢じゃないのは気分的にも怖さが半減した。

 気味の悪さ…なんて言葉を女性に使うべきではないのだろうが、あの人にはそれ以外の表現で言い表せない不気味さがあったのだ。


━━━━要するに、怖かったです。


「223番です。二名で、お願いします」


 手に持っていた整理券を受付嬢に手渡すスティア。

 回収した紙は、たくさんの似た紙で満たされた箱へと投入される。

 不要になった紙は、リサイクルでもされるのだろう。

 というのも、紙の入った箱の側面には、小さく『()()()()()』と文字が書かれていたのだ。

 この文字が刻まれている場合は、決まって魔道具が占めていた。

 企業の名前を商品に刻印するようなもので、フォーランというのも魔道具のトップシェアを担っている会社…みたいなものと、父から幼い頃に聞かされたことがあった。

 どうやら紙の入れられた、この箱は魔道具ということらしい。

 中に入った紙はどれも真っ白になっていることから、付けられたインクのみを落とす魔道具なのか…?

 なんか使われるシーンは、かなり限られそうだな。

 

「はい、確認しました。それではお気をつけて、いってらっしゃいませ」


 魔道具の箱に意識を奪われていると、受付嬢の声が聞こえてくる。

 受付嬢は薄い笑みで案内をし、開かれたカーテンの奥へと俺たちを促す。

 昼間の受付嬢も不気味だったが、コンセプトとしても恐怖を感じさせるような笑顔をあえてしているのかもしれない。

 入り口から恐怖体験は、すでに始まっているということなのか…。


「━━━━先輩、ぼーっとしてないで行きますよ」


「あ、ああ、うん」


 一人で前へ進んでいたスティアに声をかけられ、俺も彼女の横へと並び歩いてカーテンをくぐる。

 外からでは、よく分からなかったが、中は随分と暗い。

 周囲に明かりは見当たらず、薄暗い廊下のような通路を歩いて行くしかないようだ。

 迷わないか心配だが、通路は真っすぐ続いており幅もそこまで広くない。

 友人と入って中ではぐれるような事態は、めったなことがない限りは起きないだろう。


「本当にいるのかよ…レンカは…」


 独り言程度の声で、呟く。

 それに返答は期待していなかったが、後輩の耳に届いてしまったようで返事が返って来た。


「ずっと中にいる…なんてことはあり得ないと思います。参加者が出てきたら次の参加者を送り出す。このシステムをサイクルとして繰り返しているなら、入った参加者が出てこない場合には、原則として次の参加者を入れることはないはずですからね」


 たんたんと施設のルール説明をしてくれたスティアさん。

 しかし、その話だと疑問が一つ浮上してくるのだ…。

 


「じゃあ、なんで入ったんだよ!?入り損じゃん!!」



「はぁ、先輩うるさいです。そんなに騒いでたら幽霊役の方も出てこれなくなっちゃいますよ」

「出てこなくていいけど!?」


 ああ、まさしく入り損なのである。

 客が出てきたのを確認してから、次の客を送り出す。

 それならば、出てこない客がいた時点で、いま俺たちは入れていないということ。

 入らせて頂いている現状を見て、これまでに出てこなかった客はいなかった…という理論が成立してしまう。


━━━━じゃあ、なんで俺たち入ったの?


「調べてないのは後ここだけ。どちらにしても手掛かりがないんです。だったら調べるしかないじゃないですか」

「ぐぅ……正論パンチ。やめろよ…何も言えなくなる…」


 だが、冷静を装っているスティアの方も少し声が上擦っていた。

 後輩が恐怖に耐えて友人を探しているのだ。怯えている場合じゃない。

 ここは先輩として俺が、しっかりしなくては…!


「そうだよな、怖いのは俺だけじゃなかったよな。よし、安心しろスティア!先輩の俺が付いて…」


『~~~♪』



「ぎゃあぁぁぁあああ!!」



 急に天井の辺りから、謎のメロディーが流れてきた。

 もちろん俺は、飛び上がりましたよ。

 ええ。大絶叫でしたとも…。


「何の音だよ!!ビックリするところだったじゃねーかぁあ!」

「いやいや、びっくりしてましたよ。しっかりと。……あ、あの辺りからですね」


 スティアが指さした方向には小型のスピーカーが据えられており、そこからこの奇怪な音が出ているようだ。

 なんだこの、メロディーを外しまくった、邪教徒の祈り声っぽい音は…。


「スティアはビックリしなかったのか?」


 驚く様子もなかった隣の後輩。

 俺のように声を上げないまでも、びっくりくらいは、するもんじゃないのか?

 暗くて見えにくいけど、こいつ肩も揺らさなかったぞ?…たぶん。

 不思議がる俺に対して彼女は、いつもと変わらない冷静な声で告げる。


「しませんよ。だって、あれは魔鯨グレイヴの鳴き声ですし」


「え、あれって、魔物の鳴き声なの?不気味な歌っぽくも聞こえるけど…」

「グレイヴは求愛の時に、あの鳴き声でメスを誘うんです。その声が旋律のように聞こえるんで、地方では“死霊の産声”って呼ばれてたりもしますね。あの低くて重厚感ある歌声が、意外にも睡眠導入には良かったりするんですよー!ちなみにあたしの睡眠導入プレイリストにも入れてあって~」



 なんかペラペラと饒舌(じょうぜつ)に語りだしたよ……。



 お化け屋敷に似つかわしくない、楽しそうな声。

 顔は、あまりよく見えないが、すんごい笑顔なんだろうな…いま。

 死霊の産声とか呼ばれてる時点で、十分にヤバそうなのでこれ以上は深く関わらないでおきたい。


「わかった、わかったから先に進もうか。お前の魔物語りは今度たっぷり聞かせてくれ。な?」

「~っていう……。え、そうですか?じゃあ進みますか」


━━━━切り替えの早さ、こわっ!?


 なんなら、魔物が絡んできた時の彼女の豹変っぷりが一番怖い…。

 ここでスティアのオタトークに永遠と付き合っていたら、このお化け屋敷の新たな住人になりそうなので、是非とも割愛させていただこう…。

 それでは、道中での出来事もダイジェストでどうぞ…。



━━━━その後は、まさにスクランブルだった…。



 突如として、天井に吊るされたスクリーンに映し出される『デスゲームマスター(自称)』。

 彼の指示で、なぜか10枚のノート記事を集めさせられることになった俺たちは、回収作業を行った。

 しかし集め終えた矢先、『謎の長身紳士シリンダーマン』と自らを定期的に名乗る承認欲求かなり強めな人物に追いかけられてしまう。

 彼の追跡を辛くも振り切り、なんやかんやで、バラバラにされた『ヘム太郎の身体』を回収。

 それを大きな口のオブジェクトに、放り込んだところまでがハイライトである…。


「って、まてまて!何をさせられてんの俺たち!?これってお化け屋敷だよな?脱出ゲームじゃなかったよな!?」

「色々要素を入れ過ぎてゲテモノになっちゃった闇鍋っぽさありますよね。確かにスクランブルしてます…。というかそもそも、怖いってどういう感情でしたっけ?」


 恐怖という感情を忘れてしまうお化け屋敷。

 新しいジャンルとしては面白いのかもしれないが、お化け屋敷としては落第です。

 これからは、お化け屋敷ではなく、からくり屋敷としてぜひ頑張っていただきたい。


「ヘム太郎の身体を入れた、あの口から出てきたこれですけど……いったいなにを開けるものなんでしょうか?」


 スティアは手に持った小さな金属製の鍵を、ぷらぷらと揺らす。

 課題をクリアして、鍵を入手し、脱出を目指す。

 やってること脱出ゲーム以外の何ものでもないな、ほんと…。

 そもそも、なんでヘム太郎がバラバラになってて、それ集めたんだよ俺たち…。

 ヘム太郎に罪はないだろ。

 バラバラにされたヘムの気持ち考えてあげなよ…。

 あの身体じゃ、ヘム鉄摂取しても体の中を自由に駆けまわれないよ、きっと。

 不自由な思いさせちゃうよ、きっと。

 大して思い入れもないヘム太郎に、よくわからん肩入れをしてしまうが、問題はこの鍵の使い道だ。

 どこに使用するものかは不明だが、デスゲームマスター(自称)も出てこないし、道なりに進めば何とかなるだろう。


「案内がないってことは、この道の先にあるんじゃ…って。……残念、行き止まりだ」


 目の前に立ちはだかったのは、無機質な壁。

 ここにきて行き止まりを作るなんて、プレイヤーを迷わせたいのか?

 設計者と企画者は迷宮探索をさせたいのか、お化け屋敷を提供したいのかどちらかはっきりさせてほしい。

 比率からしたら、ほぼ迷宮探索脱出ゲームしてるからなこれ。


「戻りましょう先輩。さっきの分かれ道で、左に行ったのが間違いだったんですよ。あたしは右って言いましたからね?」


 息を吐くようにスティアさんは、虚言を述べておられる。


「嘘つけ。お前も左って言ったろ。満場一致で、左に行ったはずだ」

「はぁ、誰かに記憶の改ざんでもされたんですね。━━━━可哀そうな先輩」

「なんだとぉ!あんまりからかってると、暗闇に乗じて何かしてやるからな!?」


 視界が悪いからなのか、いつも以上に煽りのスナップが効きすぎている気がする。

 生意気な後輩には、ここいらで一発強めに釘を差しておかないとダメかもしれない。

 なので、口から飛び出したのがこの言葉だったんですが……。


「━━━━何かってなんですか?」


 無垢な声で、取り繕うことなく、極めて真面目なトーンで。

 問い詰めてくるのだけは止めて欲しかったなぁって、先輩は思ったよね。


「そ、そりゃあ……何かだ…」


 言葉を濁すのは至極当然の結果である。

 詳細を語っても、(さげす)まれた視線を浴びることは目に見えているのだから…。

 しかし、はぐらかした俺の様子で理解に至ったのか、あまり良くは見えないけど、後輩から注目をされていたことだけは分かった。

 もっちろん、悪い意味で脚光を浴びているようですね。


「先輩さいてー。ここから出たらツェドと一緒に仲よく(務所生活)します?」

「やめろやめろ!俺を加害者にさせるな!!」


 環境は暗闇。そして男女二人っきりという、偽の状況証拠が取れてもおかしくないシチュ。


━━━━これはマズすぎる!!


 勝てない!!冤罪でも、有罪にされかねない!!立場関係的にも!!!

 現時点では、この後輩を絶対に敵に回してはいけない!!…と俺の生存本能は申しております。


「せ、先輩。あれ…。あれ、見てください!」


 後輩に命の手綱を握られている俺は、ここへ入ってから初めて動揺らしい動揺をした後輩の声にビクリと驚いた。

 見えずらくはあるが、彼女は震えた指でどこかを指している。

 空いた片手をコチラにパタパタさせて、俺に見ろと言っているんだろうけれど━━━━。


「あれってどこだよ。そもそもここは暗いんだからすぐには…。……なんだあれ?」


 ぶれっぶれの指先。

 その先に、確かに何かが見えた。

 ゆらゆらと左右へ緩やかに揺れる青白いふわふわとした飛行物体。

 それが、分岐路の辺りをくるくると旋回浮遊していた。


「あ、あれ。少しだけ透けて見えませんか?動きも今までの仕掛けとは違うような…。な、なんて言うんでしょうか。不規則性があるっていうか…。先輩…あれ…。もしかして、本物の……」



「ゆ…。ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆっ、ゆぅ…れぃいだぁあぁぁ……。━━━━ゔうぇ…!!」



「━━━━先輩、かつてないほどに残念な顔になってますよ。みすぼらしい木の(うろ)みたいになってます。おかげで少し怖くなくなっちゃいましたよ…」


 死んだ魚の目のように感情をなくした表情。

 そんなスティアからの虚無った視線を向けられているが、今はそれどころではない。

 

 (つ、つつつ、ついに出てきてしまったじゃないか…。あれがぁあ!!)


 恐れていた事態、最悪のシナリオ、最も恐ろしい事例。

 お化け屋敷に現れるというエンカント確率、数パーセントの希少存在。

 会いたくなかった遭遇事故ランキング堂々のトップ。(当者比)

 昇天するまでが人生だと、説かないと成仏しない頑固者。

 言葉をあげればキリがないが、全部まとめて総称するなら『幽霊』!!!

 それでは、皆さんご一緒に…。


「悪霊退散、悪霊退散、悪霊退散、キィェえええええッ!!!」


「━━━━壊れちゃいました?」

「消えないぃ……ゔうぇ…」


 渾身の念も空しく、例の浮遊物体はふわふわと巡回警備を滞りなく行い続けていた。

 しかも、これから行きたい方向にいるとか勘弁してくれ。

 いったい何が目的なんだ…。

 金か?酒か?食い物か?



「願いを言え!!どんな願いでも叶えてやるからぁぁああ!!…ゔうぇ…」



「自暴自棄!?なに言ってんですか先輩!!そんなに騒いでたら気づかれて……」


━━━━彼らのような浮遊物体には基本、足がない。


 足が付いてるような見た目の浮遊物体もいらっしゃるかもしれないが、たぶんそれは飾りだ。

 絶対にその翼の大きさで、その躯体を浮かせるのには無理があるだろ~というキメラ型の魔物に生えている羽と同じようなものだ。

 幽霊の足も、そう見えるだけで実際は使われていない。

 使う必要がないからだ。

 それを証明することは、俺の精神的な実力では出来そうにないが、検証はすぐにでも出来そうだ。


 ほれ、あれを見て見なされ。

 こっちにイカれた豪速魔球のように、無駄にカーブしながら飛んできておる浮遊物がおるじゃろ?

 きっとあの様子では、時速160kmは優に出ておるじゃろな。

 さて、この当たったら死にそうな浮遊物体をどうするか…。

 なあに、答えは簡単じゃ。

 ピッチャーがいれば、キャッチャーがいる。

 ハンバーガーがあれば、コーラがほしくなる。

 銃口を向けられれば、手を上げるしかなくなる。

 すなわち自然の摂理じゃな。

 ようするにじゃあ…!


「甘んじて受け入れます。さぁー!!!ばっちこぉぉぉぉいっ!!!」


━━━━あきらめて死ぬしかあるまいて。



ズギュ―――――――――――ン…!!!



 俺は、その時。既視感を覚えていた。

 豪速飛行物が衝突した際。

 なぜか聴き慣れた破裂音が耳に入った。

 それは突然、この世界にやって来た異世界人。

 あの少女が使う、不思議な能力の一つを思い出させるような…。


「━━━━先輩!大丈夫ですか!先輩っ!!」


 余裕なく叫びかける後輩の声が、遠くから聞こえる。

 これは臨死状態なのだろうか…。

 不思議と意識も自分の物ではないようにさえ感じた。

 自分を俯瞰(ふかん)的に見下ろしている感覚…といえばいいのだろうか。

 もしこれが俗にいう幽体離脱なんだとしたら、俺は下に転がっている体へ戻れるのだろうか。

 だが、戻れないのだとして、幽霊になって彷徨う…というのだけはごめんだ。

 それなら潔く成仏したい。……させてほしい。

 これでなんとかなるかは分からないけど、気休め程度に一応唱えておくか…。


「━━━━あく…りょう…たい…さん…」


「えっ、先輩!?意識が戻って…」

「━━━━あく…りょう…たい…さん…あく…りょう…たい…さん…」

「先輩…??さっきから一体何を……え…?」


 やはり気休め。

 神に祈りをささげることと、何ら変わらない無駄な行為…。

 さっきも意味を成さなかった、単なる言葉の羅列。

 俺は何をしているんだろうか。

 救いを求めて、こんなものにすがって……。

 すがって、すがりついて……………しまったのは、なぜなんだろうか?

 そもそも、誰から教えてもらった『まじない』だったんだっけか……。

 一緒に過ごして、一緒に勉強して、一緒に笑いあった。



━━━━あの『()()()』は誰だったんだっけ……?



「ドーマンセーマン…ドーマンセーマン…」


━━━━何かが聞こえる。

 その声で、浮かびかけていた誰かの後ろ姿は、しゅわしゅわと暗闇の中へ消えていく。

 この声は……スティアだろうか。

 落ち着いた声には違いない…。

 でも、彼女の声とは違うような…。

 聞いたことは無い声……。

 だけど、それを俺は知っている気も…。


「先輩!!もう一回!!もう一回その歌っぽいの言ってみてください!!」


 後輩が呼んでいる。

 だけどごめんな、視界は真っ暗なんだ。

 いま俺が、どんな状態なのかは分からない。

 それでも、後輩を守りたかった。

 アイツが…。

 俺の親友が…。

 涙を流す姿は、あまりにも似合わないから…。

 だからせめて、()()に教えてもらった言葉を…。


「━━━━あく…りょう…たい…さん…あく…りょう…たい…さん…」

「━━━━ドーマンセーマン…ドーマンセーマン…」


 それは、また聞こえた。


 もう一人の声。

 俺とスティアとは別の三人目の声。

 彼女は何者なんだろうか……。

━━━━いや、なぜ俺は今…。そのもう一人のことを()()…と。


 ()()だと思ったんだ?


「━━━━あく…りょう…たい…さん…あく…りょう…たい…さん…」

「━━━━ドーマンセーマン…ドーマンセーマン…」


 俺が念を唱えれば彼女が唄う。

 この連動に意味があるのかは分からない。

 それでも唄を通して、確かに伝わってくるものがあった。


 これは彼女の言葉(メッセージ)だ。


「━━━━あく…りょうたいさん…悪霊…退散…悪霊退散…悪霊退散…」

「ルルッルルルルッルルッルールルル!」


 お化け屋敷に響く、ころころとした歌声。

 

「やっぱり…歌ってる…。この子…」


 念仏は歌となり。

 歌は旋律を生み出す。


「ドーマンセーマン…ドーマンセーマン…」

「そうか…やっぱり…」


 生まれ落ちた旋律は、歌を輝かせ。

 輝き満ち、歌が人の心に届いた時。


「ルルルルルル―■■■(ピー)!ルッルー!!」



 歌は言語を超えた、音楽(ことば)になる。



「━━━━お前、レンカ…なんだな」



 視界に映る青白い浮遊物。

 瞼を開けた俺は、暗闇で僅かに光を灯す彼女を視界に入れる。


「ルル―♪」


 どこが目で、口で、顔なのか判別しがたい浮遊物。

 けれど、それが。

 その声が、嬉々として発せられているのだということは理解できた。


「先輩!!やっと正気になったんですね。うわごとのように意味が分からないことを、ずっと言ってたのでもうダメかと…。あっ、お腹にこの子が直撃してましたけど大丈夫で……あれ?いま先輩、この子のことなんて言いました?」


 ちょっと涙目で心配をしてくれている後輩の顔が、今は浮遊物のおかげで割と鮮明に見える。

 心配するスティアには申し訳ないが、こうやって彼女が俺の身を案じていてくれたことに少し嬉しくも感じていた。

 あとは、この話か━━━━。



「この浮遊物はレンカだよ」



「━━━━え、ごめんなさい先輩。あたし、良く聞き取れなかったんですが……いまなんて言いました?」

「え?ああ、このふわふわしたのがレンカって言ったんだよ。心配させてごめんなスティア。俺も死んだものかと思ってたんだけど、直撃の瞬間にレンカが例の空気の膜を作ってくれたみたいでさ。実際に身体へ受けたのは衝撃の余波だけだったらしい。余波でもかなり強烈だけど……」

「待ってください先輩!このっ、この子が!クロってどういうことなんです!?なっ、なんでそんな普通に受け入れちゃってるんですか現状を!?」


 寝た姿勢から上体を起こした俺は、双方を交互に見る。

 腹の上で『ルルル~』と喋りながら、ご機嫌に踊っている浮遊物。

 その彼女へ指をさして、お目目をぐるぐるとさせている後輩。

 混沌とした状況だが、説明するなら……。



「あー、なんとなく?…かな?」



「なんとなく!?」

「うん。なんかさ、その……レンカっぽいんだよ、やってることが」


 理由は、それだけだった。

 彼女と過ごした時間は決して多くはないが、密度はギチギチに詰まっていた。

 忘れたくても、忘れられない一週間ともいえる。

 その間に彼女に抱いた印象そのままを、この浮遊物からも感じ取った…というのが正直な感想だ。

 だから、根拠や説得力は極めて弱い。


「━━━━はぁ……」


 俺の返事を聞くなり、目を瞑り、額に手を当て、唸る。

 『うーん…』と。悩み、葛藤し、唸りながら、その場でくるくる回り始めるスティア。

 いま彼女は、自身の中で上手く状況を整理しているのだろう。

 で、暫く回ったスティアは、ため息交じりに口を開いた。


「先輩。その子のことは、まずは保留です。一度ここから出ましょう。話はそれからです」


 どっと疲れた顔で語る彼女は、手のひらの鍵をポロっと落とすようにして俺に渡すと、トボトボと先導して歩き始めた。

 眼前を進むその背は、彼女の精神が幸せとはいえない状態であるとも語っていた。

 補充した分の幸せは、どうやら逃げて行ってしまったようだ。


「━━━━行こうか、レンカ」


 彼女に負わせた精神ダメージには、俺の発言が起因だったりするわけで、なんとも肩身の狭さを覚える。


「ルルッルー」


 声をかけた浮遊物からは反応があった。

 俺の発言に応えるように喋り、追従してくる。

 耳らしきものはないが、しっかり言葉を聞き取り判断できている。

 『レンカ』という言葉。

 あるいは、行こうと誘った言葉に反応して付いてきているのかは、明確には断言できない。

 だが、確証は高まる。

━━━━もしかしたら彼女かもしれない…という確証が。

 俺たちの会話を聞いていた、先導するスティア。

 彼女は、くるっと身体を反転させると、後ろ歩きをしながらジト目で語った。


「━━━━確かに中身クロかもしれませんねその子……。クロっぽいです。なんとなく…」



◆◆◆


 そろそろ幻燈祭の一日目も終わりを告げる時間帯。

 往来していた大勢の人々は、各々の家へと帰り支度を始めだしている。

 俺たちは、帰路へ向かう者達の姿に目を落としながら、カフェミストで会議中というわけだが…。


「それで、どうするんです?これから」


 後輩は、ちゅう~っと…グラスの中のパイナップルサイダーをストローで吸い上げてから、質問をしてきた。

 その横では、青白いふわふわの浮遊物が羨ましそうに彼女のグラスを眺めている。


「レンカのことか?」


 缶ジュースを開けながら、彼女に聞く。


「はい…。このふわふわが、クロかどうかも怪しいですが。クロだとしてもこの子がどういう状態で、どうすれば元の姿に戻れるのかもわからないですから…」


 ふわふわの浮遊物を指でつつくスティアは語る。

 つつかれている本人も『ルル~?』なんて声で、差し出された指にすり寄っているのだから嫌ではないらしい。


「そうだな。じゃあまず、俺の分かる範囲で話をするか。レンカは死んでいない……と言いたいところだけど、厳密には分からないってのが本音です」

「え、先輩の専売特許じゃないんですか、こういう事案」


 スティアは驚いたようにジュースを飲む口を止めていた。

 浮遊物は元気にスティアの指と遊んでるけど、楽しそうだな……この子。

 彼女に続きを語る前に一口だけ、渇いた喉へ水分を与える。

 羨ましそうに、浮遊物から見つめられる中。

 缶ジュースで喉を潤した俺は、続けて彼女へ話し始めた。


「そうなんだけど、今回はレアケースというか…。()()が反応しないんだよ。でも、このふわふわは、見るからに火の玉の浮遊霊っぽさがあると来た。幽体での活動を強いられているなら、今のレンカ本体は仮死状態な可能性が高い……と考えてる」

「仮死状態…それって危ないんじゃないですか!?」


 食いついてくることは分かっていたけど、予想以上の反応…。

 指で遊んでた浮遊物も、びっくりして手足出てるじゃん…。って、え?手足あったんだ…この子!?

 手足あるタイプの幽霊だったのか……じゃなくて━━━━。


「レンカ本体の体力次第だけど、いい状態とは言えないよな。瀕死にまで追いやられたけど、誰かに助けてもらって、辛うじて生きている…っていう考え方も出来るし。悪事を働く反社勢力みたいな連中に捕まってる…っていうのは、流石に妄想が過ぎるけど、ありえないとは断言できない。事件にしろ事故にしろ、何かしらのいざこざに巻き込まれた可能性が有るな。━━━ほんとレンカは、トラブル製造機(メーカー)というか、トラブル吸引機(バキューム)というか…。」

「ルルル!!ルッルル―!!」

「はいはい、悪かったよ」


 レンカを悪く言うと浮遊物が怒る辺り、やっぱりレンカに由来するという推測は間違っていないようだ。

 彼女が瀕死の状態というのは穏やかではないし、かなり危ない状況かもしれない。

 しかし、この浮遊物が幽体の彼女であるなら何とかなる見込みはあった。


「でも先輩…。どうやってクロの本体を探し出すんですか?当てもないし、また聞き込みしても効果は期待できなさそうです…。この子に直接案内してもらえれば話は早いんですが…」


「うん。そうしてもらうよ」


「━━━━はい?で、でもこの子。“ル”と“ドーマンセーマン”…?って言葉くらいしか喋れないんですよ?」


 スティアから『何言ってんだこいつ』という目を向けられるのにも、いい加減に慣れてきてしまったが。

 彼女の言わんとすることは理解している。

 それでも、俺には一つ考えがあった。


「もちろん分かってる。会話は不安定だけど出来る。それが可能なら望みはあるよ」

「ど、どうするんです?」

「このレンカに聞くんじゃなくて、このレンカを()()()()。大丈夫、伝手はある。とっておきの伝手が…」

 

「ルシェ―!スティアちゃーん!もうじき帰るぞ~!って……レンカちゃんは一緒じゃないのか?……おいおい、なんだなんだ?二人ともニヤニヤして…」


 店仕舞いを終えた父が、テーブルに近づいて来た。

 あまりにも丁度いいタイミングすぎて、むしろ恐怖すら覚える。

 俺も、今まさに父には話しておきたいことがあったのだ。


「父さん頼みがある」

「なんだよ、そんなにかしこまって…。恋愛事情なら、父さんじゃなくてスティアちゃ……」



「俺たちレンカを探したいんだ」



「━━━━ん?レンカちゃんは迷子なのか!?それは大変だ!!早く探しに…」


 俺の言葉に遅れて数秒後、父は慌てた反応でどこかに駆け出そうとする。

 そんな父を引き留めるようにして、俺は告げた。


「いや、レンカはここにいるんだ」



「━━━━お父さんで遊んでる?」



 目を丸くさせた父は、狐につままれたような顔でポカンとしている。

 冗談に聞こえても仕方ない。

 本当に冗談みたいな話なんだから。


「まあまあ、お父様。椅子に掛けて、落ち着いて先輩のお話を聞いてくださいな」

「え、うん…」


 スティアに言われるがまま、キョトンとした父は空いた椅子に腰を下ろした。

 座った父は、テーブルの上でふわふわしている謎の生命体の動きを、不思議そうに目で追っている。

 そんな父に、頼みたい内容と謎の生命体の正体を俺は明かすのだった。


「父さんの神の加護(ブレス)で探してほしいんだ、レンカの本体を。━━━━あ、紹介するよ。こちらが幽体のレンカ」

「ルルル~♪」


 紹介に預かった浮遊物は、元気よく父に挨拶をする。

 スティアのグラスに付いた水滴を触って、先ほどまで遊んでいたふわふわの浮遊物が取った行動。

 その不自然かつ、礼儀正しい仕草。

 そして、呑み込めない状況の処理に父の頭は大混乱を極めていた。

 なんでも基本的には、寛容で許容する父でさえも戸惑った。

 だからこそ出てきたのが、この言葉だったのだろう……。

 


「━━━━やっぱりお父さんで遊んでる!?」

 


「ルールルルル~??」



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ご一読頂きありがとうございます。


どうも、更新頻度がバラバラすぎて申し訳なさで心中いっぱいの作者です。

プロットは三年前くらいに仕上がっているのですが、まとまった時間が取れず…(言い訳)

そんなこんなで、このざまですー。……すまんて…。


はい、切り替えていきますよー。

今回は、ちょっぴりホラー成分を注入してみましたがどうでしたか?

痛くないですか?痛くないなら、もっと奥まで刺していきますねー。

これから先は、恐怖ましまし!……ってほどではないですが、ホラー描写が増えていくと思いますので軽度なものから慣れてくださいね。


すこし本編に触れるなら、今回はルシェの人間らしさについてでしょうか。

彼の背景は未だ正確に描写していませんが、重く暗い時を過ごした時代があるキャラクターです。

今でこそ、レンカや周りに感化され明るく生きていますが、以前は手を血で染める行いをしてきた人物でもあり、そこを切り取って見ると人の心がないようにも映ってしまうでしょう。

しかし、根はどこにでもいる男の子…ということを感じられるのが今回の話でもあります。

恐怖が一定度合いに達するとえずいたり、異性にはしっかり年相応の反応を示したりと、可愛い一面が垣間見える瞬間に立ち会えたのではないでしょうか?

いずれは、彼の暗い部分…そしてレンカの抱える“何か”にも向き合わねばなりませんが、それはまだ先のお話です。

回を重ねつつ、彼らの成長を見守って下さりますと幸いです。


さて、それではお別れのお時間です。

次回更新は近々…ということにしていただけると、う、嬉しいな~。((震え))

えーと、はい、がんばりますとも!!


てことで、またご縁がありましたらお会いしましょう。

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