Page:02 魔物に推されるのも、悪くありませんねっ!
魔物の襲撃を退け、何とか窮地を脱した『ルシェード・ニクロフ』は、命の恩人である自称異世界人のコスプレ少女『クロガネ・レンカ』と共に森からの脱出を試みる。しかし、何故か迷宮化している森と騒がしすぎるレンカに翻弄され、時間はあっという間に過ぎていくのだった。その中、レンカの引き起こした食あたりで事態は更にややこしくなって━━━━━!?
━━━━オタク。
それは、特定のコンテンツや概念的な物体などへ向けた、己の“ 愛 ”を抑えきれなくなった末に辿り着く終局点。
“ 好きの極地点 ”に到達した猛者達のことを指す。
だが、ひとえにオタクと言っても、その種類・生態は様々だ。
ある者は、対象に準ずるアイテムの収集や独自のグッズ創作に心血を注ぎ。
またある者は、対象へと金品・物品を貢ぐようにもなるらしい。
そして、オタクを悪い方向にこじらせ過ぎた者は、愛に歯止めが聞かなくなり、犯罪行為やストーカー魔に変貌を遂げる進化例も、稀に起こり得る。
実際に街の酒場で働くウェイトレス(25)さんが、職場からの帰宅中に、彼女を日頃から“ 推し”として見ていたという男性常連客から襲われたという事件が発生しているのだから、全く悩ましい話である。
だがまあ、あくまでも常識から逸脱した行動を取るのは、一部のイレギュラーなオタクが該当するだけで、皆が犯罪者予備軍というわけではない。
かく言う俺の知人にも、ジャンルがニッチでマニアック過ぎる、やや危ないオタクがいるが、そいつは健全なオタ活ライフを日々謳歌している。
そんな愛に溢れかえるオタク活動。通称“オタ活”の中でも比較的に難易度が高いものが幾つかあった。
━━━━━その中の一つが、コスチューム・プレイ。
いわゆる“コスプレ”だ。
コスプレは、なりたい人物やキャラクターに装いを寄せて、自身をメイクアップし、それを鑑賞・もしくは不特定多数へ向け、発表をして楽しむ行為。
━━━━━━━と、それだけを聞けば手軽で簡単そうに思えるだろう。
しかし、この行為を最大限に楽しむには一つだけ欠かしてはいけない点がある。
それは、どこまで自分の姿をモチーフに寄せられているかだ。
コスプレをするモデルの容姿美もある程度重要ではあるが、何はともあれコスプレは見ている側から「○○のキャラだ」と最低限は認識される必要がある。
相手から自分がなりきっているキャラクターを理解されて初めて、そのキャラクターのコスプレをしていると自信を持ってそう言えるのだ。
そのことを踏まえた上で、それでは話を現在に戻そう━━━━━。
***
【神廻歴4201年3月8日】
【PM 15:31 神の樹海 深奥】
「もう一度聞いてもいいかな?……それって何のコスプレって言ったっけ?」
「あのねぇ、何度言わせるのよ。メイドラグーンのミョルニルちゃんのコスプレって、何度も言ってるじゃない。どっからどう見てもそうでしょ?うん?…あ、そっか、アナタはこんなに可愛いミョルニルちゃんを知らないみたいだものねぇ~?まあぁ?それは仕方ないと思うけどさぁ?あのアニメ知らないとか人生の8割は間違いなく損してるのよ」
メイドは、ニマニマとした笑みを浮かべ、スカートの裾をヒラヒラさせながら、その場でくるりと、意味なさげに回る。
その何気ない姿に、なんか無性にイラッとした。
「すぅぅぅ……。あのぉ、それ。ドラグーン要素って……一体何処にあるんです?」
「━━━━━━━え?」
「竜騎兵って所謂あれだろ?銃だったりを装備した騎兵。でもキミの格好を見た所、一切武器らしい武器も持っていないようだし…。武装してないメイド服の竜騎兵って、もはやただの…」
「まってぇっ!?その先は言わないでっ!わたしも分かってるの!!でもしょうがないでしょ!?武装してウロウロしてたら前に警察に職質されたの!だからもう怖くて武器は携帯出来ないのぉ…!!」
途端、図星を突かれたことがショックだったのか、明らかに取り乱し。その場に膝から崩れ落ちて、俺の足元で泣きじゃくり始めるオタク。
この可哀想な自称ドラグーンもどきに命を救われたなんて、この場面だけ切り取って見せても誰も信じてはくれないだろう…。いや、本当に…。
厄災級の魔物“ヴァルンカ”をいとも容易く瞬殺した、不思議なコスプレオタク系メイド女子の恩人。(やけに肩書き要素多いな…)
それが、現時点で俺が彼女に抱いている印象と情報の全てだった。
結局、どのような方法を使って猿の魔物を消し飛ばしたのかは一瞬すぎて何も分からずじまいだが、ひとまず命を取り留めた事実だけでも、俺としてはお釣りが来るほどである。
とりあえずは、オルマナさんから購入した荷物を店まで持ち帰らなければいけないのだが…。
「荷物は無事みたいだけど、肝心の馬がなぁ…」
ヴァルンカによって首を切り落とされ、赤く染まる芦毛の荷馬は、惨たらしい姿で地面に身体を寄せていた。
彼女にも感謝をしなければならない。
ここまで荷車を牽引しながら“ウォンカ”の群れから距離を離し、俺を救ってくれた。
いわば、もう1人の命の恩人だったのだから。
「………?あの模様…なくなってる?さっきまで確かにココに…」
その恩人の歩みを止めさせたのは地面に描かれた奇妙なサークル状の図式模様だったのだが、それがいつの間にか消え去っていた。
擦れて消えただとか、血で流れ落ちた…なんていう消失の仕方ではなく、初めからそこには何にもなかったかのように、跡形もなく綺麗に無くなっている。
「馬が死んだ…からなのか…?それとも…」
「ぐすっ……。ね゛ぇ、もう帰りだいがら、みぢ教えでよぉ…」
つい先程まで煽り散らかしていた人物とは思えないほど、泣いて顔をぐちゃぐちゃにした、残念な自称ドラグーンもどきさんが、鼻をすすりながら何かを問いかけてきた。
「そうは言われても、道に迷って俺も帰れないんだよ…。はぁ、これが悪い夢だったら嬉しいんだけどね…」
「え゛!?これ、夢じゃないの!?」
「……はい?」
目を丸くし、額にうっすらと汗をかいた彼女は、唇を震わせながら一つ一つ確認を行う。
「だって、こんな広い森なんて都内にはないし。あんな化け物も現実には存在しないでしょ!?…まってよ。じゃあ、これ全部本当に起きてることなの?夢でもVRでもなくて?そんなことって……。ねぇ、帰してよ…。わたしを元の世界に帰してぇぇえ!!」
「あの…さ、メイドさん。さっきから何を……」
「わたしは“クロガネ・レンカ”ぁ!わたしを早くコミケ会場に戻してよぉぉおお…!!」
また意味の分からないことを叫び出すメイドに、俺はなんだか頭が痛くなってきました。
「━━━━この人なんなの?」
◆ ◆ ◆ ◆
「えーと、じゃあ何?君は違う世界でコスプレのイベントに参加しようとしていたら、急にこの場所に飛ばされた…と?」
「そうよ!着替えを済ませて更衣室を出たと思っていたら森に出ていたの。………んあぁぁぁぁ!!なんか自分で言ってて頭おかしくなってきたわぁぁぁ!?」
「どおどお…まあ落ち着きなさい。話の内容は何となく理解したし、一応信じてはみるけど。その格好のまま本気でコスプレイベントに参加しようとしていたの?その、ドラグーン要素ゼロのメイド姿……」
「ああぁぁぁ!違う、違うぅ!!武器は事前に、売り子予定のサークルスペースに送ってたの!だから、これから取りに行こうと思ってたのぉ!!」
━━━━━あれから、終始取り乱し続けている謎のコスプレ女。
“クロガネ・レンカ”の話によると、この世界とは別の世界…。仮に“異世界”と呼称するが、そこから気がつけば、何故かこの世界の森へと転移をさせられていたとのこと…。
彼女が話す内容の信憑性はどうあれ、あの場に突然メイド服の彼女が現れたのは紛れもない事実。それが本当であれば、色々と辻褄も合ってきそうな気も…しないこともない。
それに、例の地面に描かれた模様が彼女の出現後に消失してしまったことも少しだけ気になりはしていた。
でも、だからこそだ。
これ以上この件に関わると何かもう後戻り出来なくなってしまいそうな、命がいくらあっても足りなくなりそうな、とても悪い予感がするので、俺はこの辺りで失礼するとしようか。
「そうかそうか、じゃあ俺はコッチに行くね。色々とありがとう助かったよ、それじゃあ……」
「え、まって。まってよぉ!こんな森に置いて行かないでぇ!!ねぇ!わたしって、あなたの命の恩人とか何とかさっき言ってなかった!?」
なんとも痛いところを目ざとく突いてくるじゃないか……。このメイド。
「ゔ……。た、確かに感謝はしてるよ。…うん」
あの時、状況に流されて衝動的に余計な事を口走ってしまったことを、今はとても後悔している。
あんなことを口に出していなければ、言質を取られるようなこともなかったはずなのに…。
「だけど、それはそれとして。その荷車に積んである袋の上で、大の字になって抵抗しないでほしいんだけど…。そろそろ、どいてくれない?」
「どかない!動かない!置いてかれたくないっ!!ここから離れたら、あなた一人で帰っちゃうんでしょ!?お願いだからわたしを元の世界に送ってよぉ!!ついででいいからぁ!!」
自称ドラグーンのコスプレ衣装をくちゃくちゃにし、コーヒー豆を入れた袋にしがみついて必死に抗議を行う少女には、もうプライドや尊厳などは一欠片も残っていないのだろうか…。
またパンツ見えてるし。
「この荷物を持っていかないと困るんでしょ!?なら、一緒に持っていくから連れてってよぉ~!!一人にしないでぇぇ!!」
労働力たる馬が居なくなってしまった現状では、全ての荷物を抱えて持ち帰ることは重量的にも厳しい。
持てる分だけ、袋を選別して持って帰るつもりだったが、手伝ってもらえるのなら、ここは彼女の提案に乗るべきなのかもしれない。
全部とはいかないにも、少しでも多く持って帰れるなら帰りたいし、仕事を抜きにしてもオルマナさんが丹精込めて育てたコーヒー豆を出来るだけ無駄にはしたくなかった。
━━━それに、まあ…。あの子を流石に独りで、こんなとこに置きざりには出来ないよなぁ…。
「分かったよ、分かったから袋に鼻水を垂らさないでくれ」
その可哀そうな様子に見兼ねた俺は、ポーチから取り出したハンカチを涙と鼻水まみれになった彼女にスッと手渡す。
「ぐすっ…。ありがと…」
受け取るや否や、ズビビーっと容赦なくハンカチに鼻を噛んだ彼女。
すっきりした表情で、そのベタベタになった使用済みハンカチをそっと俺に返してくるが、やんわりとその手を躱すように、俺はその場から距離を取った。
「それは持ってなさい。さっき花粉症って言ってただろ?なら、また鼻水も出るだろうし…」
「え、ありがとう…。そうなの、花粉症だからすごく助かる」
鼻水まみれのソレを受け取りたくなかっただけ…なんて今更言えないが、それらしい理由を付けて返却を免れることには成功したようだ。
ただ、そう真っ直ぐ純粋に感謝している表情を向けられると、今の俺には凄く後ろめたさが仕事をしてくるわけで……。というか鼻を噛んで返すなら洗って返して欲しいけども。
「そうだなぁ。ひとまず荷物を持ってココから移動しようか。君の家までの道は知らないし、分からないけど、街まで向かえば安全面は確保できるからさ」
少女は大きく頷く。
異世界から来たとか、どうやって送り届けるだとか問題はありそうだが、街に戻れさえすれば最低限の身の安全は保証されるし、それが最善策だろう。
「わかった。あなたに付いてく。━━━━━あの、そういえばあなたのことって何て呼べばいいの?」
「俺は、ルシェード・ニクロフ。この先の街でカフェを経営しているんだ。まあ、父がだけど」
自己紹介を聞いた少女は、『ふーん…』と鼻で相槌を打つと、隣に積まれた袋を抱えて問う。
「じゃあ、それに使う材料が入ってるの?これ」
コーヒー豆が入った袋を抱えた彼女は、躊躇なくそれを自身の口元に近づけると、スンスンと、中身を確かめるように嗅ぎ始めた。
(なんか、やってることがまるで犬だな……この子)
「これって、コーヒーの香りよね…?」
「そうだよ。買い取ったコーヒー豆を店まで持って帰ってたんだけど、道中で魔物に襲われてね…。何ともまあ、運がなかったよ」
俺も荷車から、コーヒー豆の入った荷袋を両脇に抱えて出立の準備を始めるが、未だこの後の進路は定まってはいなかった。
ウォンカから逃げ惑いながらココに迷い込んだはいいが。
さてさて、これからどうしたものか…。
◆◆◆◆
【PM 16:45 ヒカゲ小路 不明】
「あってるの?ねぇ、本当にコッチであってるの?ねぇ、聞いてる?」
━━━━━━やっぱり、この子。置いて帰れば良かったかな?
「だから、その問いに対しての答えは変わらないって。俺も分からない。順路が分かってたら今頃は街に着いてるよ」
5分置きくらいの間隔で、同じようなことを問いかけ続けてくる少女。
道を心配する気持ちはもちろん分かるが、逆に心配され過ぎると、先陣切って進んでいる俺も不安になってくるので出来れば止めてほしい。
別の意味で背後から精神攻撃を受けている今の状況を考えれば、運べる荷物量は減ったとしても、あの場所で彼女を置いて帰るのがベストだったのでは?…と、今では後悔しています。
「そっかぁ。それでさ、わたしの“神の加護”って、どんなのなんだろうね?」
話がコロコロと変わり、何とも忙しいコスプレメイドである。
「それを俺に聞かれてもなぁ…?そもそもキミも使えるの?一応、異世界人ってことみたいだし」
道すがら、異世界からやって来たと言い張る彼女に、この世界の事を少しだけ話した。
すると、なぜか“神の加護”に対して非常に興味を示したようで、さっきからどうやら自分の授かった加護が気になって仕方が無いらしい。
先程、魔物を圧倒した例の能力。
もしかしたら、アレが、それに該当するのかもしれないが、当の本人は全くもって自覚がない様子。
まあ、それを自覚して知ったところで、おそらく彼女の性格上、調子に乗るだけな気がするのでここは黙っておいた方が堅実的なのかもしれない。
「じゃあさ、ルシェの“神の加護”は?あなたは何が出来るの?」
「俺は……ん?ルシェ?ちょっと待て、愛称呼びって急に距離間詰めてくるじゃん。それに、なんで俺の愛称知ってるんだよ」
ルシェという愛称に特別な抵抗は感じないが、彼女に自分の愛称の話はした覚えはないので驚いた。
いや、もしや。無意識的に、そんな話をしてしまっていたのだろうか。
「へ?だって、ルシェードって名前。長いし、呼びずらいし。3文字の方が楽じゃない?普段からそう呼ばれてるなら、多分あなたの友人も同じことを思ってるんじゃない?」
━━━━人の名前を一体なんだと思っているんだろうか、このメイドは…。
だが事実、その愛称で周りから呼ばれ慣れているので、その呼び方に妙にしっくり来ている自分がいることに、少々複雑な気持ちです。
「わかったよ。もう、呼び方は自由でいいよ。それで?俺の“神の加護”の話だっけ?」
「そうそう、見せても減らないんだったら見せてよ。せっかく異世界に来たのよ?異能力の一つも拝んでおかないと何か凄く勿体ない気がするの!」
わくわくとした顔で、声を弾ませながら語る少女。
その期待には、応えられるなら応えてやりたいところ…なのだが。
「━━━━━━━。」
「あれ?どうしたの?見せたら減るタイプのやつだった?」
「あ、いや、そうじゃなくてだな…」
「なに~?歯切れ悪いわね。ちゃんと答えてよ」
「その、さ。…なんというか、使えないんだよ。今は…」
「━━━━そう、悪いこと聞いたわね。今はスランプってやつなのね…。心の傷を勝手に開いて悪かったわ…」
━━━━━言い淀んだ結果、とてつもなく在らぬ同情を買わせてしまったようです。
「いやいや、精神的な問題じゃなくてだな…!それと、その可哀想な奴を憐れむような目を向けるのは今すぐ止めてくれ」
「うん?違ったの?じゃあ、何で使えないのよ」
「き、極めて限定的な環境じゃないと使えないというか…。あまり実用的じゃないというか…」
「なんだか煮え切らない返事ね。つまりは、戦力外ってことでいいのね?分かったわ。それじゃあ、もしもの時は盾くらいに……」
「もう置いて帰ろうかなぁ…。今すぐココに…」
「━━━━━ごめんって!ごめんなさい!調子に乗ったわ!盾なんかにしないし、頼りにもしてるわよぉ!だから置いて行かないでぇ!!」
またも泣きじゃくり始めようとする彼女。
しかし、白状すると戦力外という言葉は、現在の環境下では思いの他、的確に的を射てもいた。
現に魔物に襲われた際に、俺が選び取れた行動は“逃走”のみだったのだから。
移動をする足を失った今、もし魔物と再び出くわしてしまえば、今度こそ一巻の終わりだろう。
だが、まあ…。条件次第では話は変わって来る…。
“ 神の加護”の力で、俺はともかく彼女を生かすことだけは可能ではあった。
あくまで、彼女だけ…なんだが。
「置いて行かないから、さっき渡したハンカチで鼻を噛みなさい。またすごい顔になってるから」
「ゔっ、ゔん。ぞうずる…」
素直に二つ返事で鼻を噛む。
至って普通の仕草だが、その様子に少しだけ笑みがこぼれてしまう。
「なによ…?女子の泣き顔見て笑うなんて、とんだゲス野郎じゃない。そもそも泣かせたのはルシェなのよ?ルシェが置いていくなんてこと言い出すから…!」
「ああ、ごめんごめん。笑ったことは謝るよ。ただ、一人きりだったらもっと心に余裕がなかったんだろうなぁって思ったらついね」
彼女がいなければ、ウマを失った後、独り不安に押し潰されていた可能性だってある。
こんなバカなやり取りが出来る相手がいるからこそ、未だ発狂せず平静を保っていられているのだとすれば、どんな形であれ彼女のおかげだ。
そもそも彼女には命を救われているのだから、もっと感謝し、優しく接してあげるべきかもしれない。
━━━━━よし、彼女を街まで送ったら、元の世界とやらに帰る方法を一緒に調べてあげ…。
「やっと気づいたのね!そうよ、私がいるからルシェは寂しい思いもしてないし、五体満足で生きていられるんじゃない。だったら、私をもっと甘やかして敬うべきな……」
「じゃ、後は一人でよろしくやってよ。魔物に食われないように気をつけてね」
「━━━━え…?なんでよっ!?待って!待ってったらぁ~!だからわたしを置いて行かないでよぉぉ!」
どうにも俺は、気がつけば彼女の扱いに慣れてきていた。
◆◆◆◆
少し前ならば、とっくに日が沈んでいる時間帯ではあるが、未だ空には太陽が輝きを放ち続けている。
それは、徐々に日照時間も長くなり春が着々と近づいてきているという証拠だろう。
幸い、今回はそれに助けられた。
周囲は相変わらず、昼間とは思えないほどに闇が広がっている。
しかし、空からの光が多少ある分。進むことが困難…というほどでもなかった。
だが、それも時間の問題だ。
「ルシェ…わたし…もうダメかもしれない…」
「…………。」
「もう耐えられないの…」
「…………。」
「ダメよ……もうわたし、限界っっ!!」
「あぁーもぉー!うるさいなぁぁぁ!?お腹減って癇癪起こすって、キミは子供かぁ!?」
「━━━━ええ、子供よ?だって、まだ女子高生だし」
「………そうですか」
頼む。頼むから。誰かコイツに、食べ物を与えて静かにさせてくれ…!!
俺たちが歩き続けてから、なんだかんだで既に小一時間が経過していた。
その末、途中から彼女は空腹を主張し訴えだし始めたのだが…。
━━━━━思い返すと、ずっとうるさいな。この人!?
「ねぇ、本当にお弁当も、おやつすらも、なーんにも持ってこなかったの?森で遭難するとか一切考えなかったわけ?冒険に出る前は、道具屋で色々と買い込むものでしょフツー。RPGゲームなら鉄則じゃない。……あ、流石にチョコレートくらいは隠し持ってるんじゃないの?あるなら早めに出すことをオススメするのよ。もしわたしがお腹空きすぎて死んだら、ルシェを呪うことになるからね?さあ、持ってるなら出して!今すぐ!いますぐに!!」
「なんで俺が呪われないといけないんだよ!?というか、無茶苦茶な理由じゃねぇか!もうやってること魔物以上にタチが悪いからな!?盗賊と同じだからな!!」
「しかたないびゎやない!おなはへぇてぅんだからっ!」
「なんて?」
呂律さえも回っていない、この腹ペコ暴君が一人で騒ぎ散らかす中、俺は彼女の楽観さとは反して、やや焦りを感じ始めていた。
辺りの風景は依然として変わらない。それが問題だった。
ここまで道のり、歩みを止めずにずっと歩き続けている。
それなのに全く距離を進められた気がしない。
日が沈むまでの時間も残りあと僅かだろう。
何としても、行動が制限される夜間までにはココを抜けなければ…。
「…あれ?あのメイド…。どこ行った?」
俺の後ろを空きっ腹のふくれっ面で、トボトボとついてきていた彼女の姿が忽然と消えていた。
もしや、はぐれてしまったのか?だとしたら早く彼女と合流を…。
「もきゅもきゅ、もきゅもきゅもきゅもきゅ…」
「━━━━━━━。」
「ごくん…。あ、ルシェも食べる?キノコ」
はぐれたかに思えた少女は、木の根元で何かを食っていた。
そう、あれは…。
━━━━どう見ても、キノコですね。
「生で!?その辺の知らないキノコを安易に収穫して食べるんじゃないよッ!!」
居たわ。道脇にしゃがみこんで食事してたわ。
てか、腹減ってるからって、普通は生のキノコをそのまま行くか?
なんだよ、あのメイド。
コスプレイヤーから野生動物にジョブチェンジでもした方がいいんじゃないか!?
━━━━━ん…まてよ?今あの子が食べてるキノコって確か……。あっ。
「だめだっ!今すぐそのキノコを早く吐き出すん…」
「すぅー…すぅぅう…」
「━━━━━━━━━━━━。」
(どうやら、何もかもが遅かったようです………)
「すぅ……すやぁ……」
「━━━━━。」
どうしよう。
すごく気持ちよさそうに、キノコを枕にして寝てるよこの子!?
ヨダレまで垂らして…。なんて幸せそうな顔してやがるんだ…。
鼻ちょうちん出して寝てる人なんて初めて見たよ、俺…。
そう、現状で薄々お分かりだとは思うが、彼女が口にしたキノコは所謂“ネムリダケ”。
この辺りで言うところの、毒キノコなのである。
毒性の高さは皆無に等しいが、一口そのキノコを摂取してしまえば数時間は昏睡状態に陥ってしまうという代物。
その効力ゆえ、睡眠薬の原材料に使われていたりもするほどに強力な催眠作用。
それを丸ごと1株…。いいや、それ以上の数をこのメイドは食べていたに違いない。
だって、固い石づきの部分だけが分かりやすく、彼女の周りに大量に散乱してるからね!!
「おいおいおいおい!勘弁してくれよ!これからどうするんだよ!?何日だ?何日間ずっとそこで食べ散らかしたキノコと共に眠り続けるつもりなんだ!?そんな所で毒キノコ食べて眠り続けても、御伽噺みたいに小人も王子様も、誰も目覚めさせてはくれないからな!?」
「すぅぅう……フガッ。……………すぅぅう…」
(━━━━いま一瞬、呼吸止まんなかった?え、無呼吸症候群?大丈夫なのか?)
彼女の就寝中の危険な症状に偶然立ち会ってしまったが、今はそれどころじゃない!
ここで、彼女が寝てしまったということ。
それは、ここからの移動が出来なくなったことと、同義なのである。
つまりは、ええ。
詰みました。
「あぁーもぉー!!どうしてくれんだよぉぉ!」
単純な話、彼女を置いていけば済む話ではあるが、俺にまだ人としての良心がある内はそれは出来ないし、したくないし、したら呪うとか彼女言ってたしなぁ…。
「はぁぁぁ…………仕方ない…」
ならば、もうコレしか選択肢はあるまい…。
すやすや寝息を立てる少女を、抱き枕にしているキノコから引きはがす。
「頼むから起きた時にヘンタイだの、何だのと文句は言わないでくれよ…?」
俺は背中に熟睡中のメイドを背負い、前面には抱っこ紐に包まれた赤ちゃんを抱えるような方法でコーヒー豆の入った袋を括りつける。
絵面は、とんでもなく不細工な格好になるが、これが今とれる俺の最善の策だった。
「やや歩きづらいけど、これで行くしかないな。しかし、まあ、なんだ…」
だらんと、もたれ掛かるようにして俺の背に体を預けている少女。
背中越しに伝わる、トクントクンと穏やかに弾む彼女の鼓動音。
柔らかな肌の感触と、髪の毛からフワリと薫る甘いシャンプーの香り。
こんなシチュエーションに陥って、異性として意識しない男は確実にいないはず。
ほんの少し気を緩めてしまうだけで、恐らく簡単に俺の理性なんてぶっ飛んでしまうだろう。
「すぅぅう……うぅうぅん…」
極めつけに、耳元へのゼロ距離寝息ボイスときた。
いくら自称ドラグーンメイドオタクの少々おかしな女子だとしても、こいつは色々とマズイ気がする…。
主に、俺の精神状態が!!
「…ん?おい、あれって…」
ドキドキで壊れそうな心を抱えていた俺の目に、それは飛び込んできた。
そいつは、別の意味合いで俺の心をザワつかせる。
━━━━━━━既視感と安心感、加えて希望さえもそれに見出す。
「あれって…。立て札だ……。あ、案内板だ!!」
オルマナ農園へと向かう道中にぶつかりかけた周辺地域の案内看板。
それが今、目の前にあった。
閉ざされた闇の中、一つでも自分の見知った物が存在するというだけで、それはどんな物でも心の支えとなり、希望となり得る。
しかし、本来は喜ばしいことなのに何故か俺は、同時に妙な違和感も感じていた。
「全く同じ案内板…?でも、ここの道って通ったことないよな…」
同じような立て札が複数箇所にあることは別に珍しいことではない。
だけど、案内板に描かれた印が、あの時の物と同じものであると証明していた。
「現在地は……。ヒカゲ小路…南東」
以前に見かけた案内板にも確か、同じマークが付いていた。
あの時、チラッと周辺内容を目に入れただけだが、衝突という危機的状況下にあったことでかなり印象強く記憶に刻まれている。
でも、ここは絶対にあの場所と同じ場所ではないはずだ。
風景が全く異なる上、進路的にも変だった。それに………。
「この立て札って、オルマナ農園からの帰りに一度通り過ぎてる…よな?」
そう、行き帰りを合わせて二度、俺は立て札前を既に通過していた。
つまりこれは、俺にとって三度目の通過だった。
「なんだよ…。どういうことなんだよ…?なんでまた……」
俺の中で、瞬間的に抱いた希望が形容しがたい恐怖によってベタベタと塗りつぶされていくのを感じた。
おかしい。
ここはおかしい。
何かがおかしい。
おかしいのは何だ。
おかしいのは…。
━━━━━俺の方…なのか?
「あぁ!くっそぉ!!」
おもむろに俺は走り出す。
狂い始めた思考と崩れ始めた精神を放棄して、ただ、真っ直ぐに、考え無しに走り出した。
少しでも早く、一刻でも迅速に、この空間から逃れたかった。
「はぁ、はぁ、はぁっ!なん、っんでだよ!そもそもヒカゲ小路って、こんなに、広くないはずだろ!?どうして、進んでも。進んでもっ!抜けられないんだよ!?」
小路という名を付けられているだけに、本来のココの広さは大したものでは無い……はずなのだ。
なのに、進めど道は入り組み、奥へと囚われる。
まるで、森全体が捕らえた獲物を逃がさないように奥へ手繰り寄せているかのように…。
これじゃあ、もう小路なんて可愛いスケールの話ではない。
あえて名を改めるとするなら、樹海という呼び名の方が遥かに似合っている。
「はぁ、はぁ……。日も、完全に、沈みやがった……」
日輪は影へと身を潜め、夜の帳が辺り一帯に降ろされる。
月の光は生憎地上にまでは届かず、どうやら今夜は夜雲のようだ。
月明かりの無き闇夜。
それは夜目の効く魔物にとって、またとない絶好の狩り日和だった。
「キィィィイィキィイキィ…」
「━━━━━━━!?」
いつぞやに聞いたあの声。
ウォンカがまたやって来る。今度は昼間の比ではないほどに…。
「まずい、まずい。まずいまずいまずい!殺される!!」
人ひとりと、袋いっぱいのコーヒー豆が入った麻袋を抱え、背負いながら駆ける俺の脚は、割と数分前から悲鳴を上げ始めていた。
寧ろ、この重量を身に纏いつつ、ここまで走り続けてきたことに自分でも驚いてはいる。
明日、全身に筋肉痛が襲って来ることは確定しているとして、さて五体満足で無事に明日を迎えられるかどうかだ。
「!?この声……。また反響音で獲物を探してるのか…!くっそ…。見つかる前に何とかしないと…!」
早速、お得意のエコロケーションで索敵を始めたようで、ウォンカの声が至る所から反響して聞こえてくる。
この声に耳を傾けていると、周囲を彼等から包囲され、じっとコチラを品定めされているような嫌な視線の感覚に苛まれる。
「ぜぇ…ふぅ。ぜぇ…はぁ…」
脚が鉛のように重く、次第に呼吸も荒くなる。
こめかみから流れ落ちる汗は、頬を伝う前に空気中へと投げ出される。
今回に至っては、逃げ遂せるだけの脚力を持つ馬も、あの時に見せたメイド少女の不思議な力にも頼ることは出来ない。
だったら、どうやってこの場を切り抜ければ…。
「キィィイイイ!」
鳴り響く甲高い声。
迫る複数の足音と、木を揺らしながら移動してくる軋み音。
大気を揺らす彼らの声は、全身の筋肉を強張らせた。
「……ははは、いよいよ八方塞がりってやつだな…。ほんと、笑えない」
━━━━見つかった。
彼らに俺は特定されてしまった。
ゆらめく赤い双眸は、数秒ごとにその数を増していく。
逃れる道、掻い潜れる隙、視界を遮る場所。そのどれも存在しない。
━━━━━━俺の足はそこで完全に根を張った。
もう動く必要がないと、意志とは関係なく脳が判断を下してしまった。
ここで終わり。お前は逃げられない。ここが人生の終点だと。
俺を形造る全組織が“諦めろ”と、優しくも、残念そうに肩を叩く。
「そもそも、用意された食事に対しての人数じゃないだろ…これ。食事会にしては、品数が足りないとは思わないのかよ…」
獲物は人間が二人。
対しての捕食者は、その10倍…。20…いや、それ以上かもしれない。
待機列は目視では確認できないほどに、この開放的な自然の食事会場を埋めつくしていた。
もしかしたら、偶像都市のアイドル達がドーム会場でライブをしている時は、このような景色が彼ら、彼女らから見えているのかもしれない。
「だけど、魔物から推されても別に嬉しくはないよなぁ…」
「━━━ううん、悪くないわよ。推してもらえるなら、魔物でも、人外でも、変態でも。わたしは構わないのよ。だって…」
俺の背中から聞こえてくる声は、嬉々とした口調で想いを語る。
でも、それは変だ。なぜなら彼女は…。
「好きって言われたら、誰であったって、純粋に嬉しいもの!!」
「━━━━━いや、お前なんで普通に起きられてんの!?」
「え?ああ……おはよう?」
「うん、おはよう。……じゃねぇーよな!?なんで毒キノコ食べてケロッとしてんだよ!?キミが食べたのは、一口食べたら数時間は眠り続ける“ネムリダケ”だったんだよ??それも何株も食べ散らかして、数分後に目を覚ますって、一体どんな体質!?猛獣でもコロッと寝ちゃうくらいの効果なんだぞ!?」
怒涛のツッコミに彼女は首を傾げるも、なにかを閃いたようで自信ありげに持論を述べ出した。
「━━━━はっ!あれよ!多分、異世界人とわたしは体質違うんじゃない?ほら、転移してきたワケだし、きっとラノベとかでよく見るチート能力ってやつね!……いや、わたしのチート能力しょぼく無い?ねぇ、クーリングオフしたいんですけど。他の能力にチェンジしたいんですけどっ!!」
「いや知らんわっ!!!って、まてまて、やめろ!人の背中で暴れるんじゃない!」
━━━━━どうやらこのメイド、規格外すぎるようです。
睡眠薬にも使用されているような毒キノコの毒性を全く受け付けない体。
もしかして、頭のおかしい子ではなくて、本当にこの世界とは異なる“異世界”からやって来た人間なのでは…。
「って、今はそんなことは後だ!」
「後って何よ!わたしのチート能力が、毒キノコを無毒キノコにして食べることが出来るとかいう、クソ能力だって判明しちゃったのよ!?それって、ただ異世界でキノコ食べてるだけじゃない!!そんな非情すぎる現実を瞬時に受け止めきれるワケないでしょ!?チート能力は異世界ラノベの華なのよっ!?」
「キノコは食物繊維たっぷりだから別にいいだろ!食材に使えてキノコ料理のバリエーションが増えるとでも思っとけよ!!それに今は、内なる現実よりも目の前の非情な現実に目を向けてくれ!!」
「はぁ!?食物繊維たっぷりでも便通が良くなるだけじゃない!あとキノコはね!ビタミンDも含まれているのよ?特に干しシイタケなんかは煮物にすると……」
「お前キノコ大好きじゃねぇか!!」
この緊急事態に何で俺達はキノコの話をしているんだ?
だが、こんなことを今はしている場合じゃない。
こうしている間にも、魔物が……襲って…。魔物が……うん?
━━━━━━あれ、襲ってこなくね…?
「べ、別に好きじゃないわ!キノコとは毎年秋になったら、キノコ狩りに行く程度の関係よ!それ以上でも以下でもないんだから!……ってどうしたのよ?そんな、鳩が機関銃食らったような顔しちゃって…」
「━━━━なあ、試しに寝たフリしてくれないか?」
「なんでよ?せっかく魔物からの熱い眼差しを受けてるのよ?それなら、ファンサするのがアイドルでしょ?」
「いつからキミはアイドルになったんだ?ただのオタクなんだろ?いいから、さっきみたいに目を閉じてじっとしてみてくれ」
彼女は、ぷくーっと不服そうに、頬をやや膨らませつつも言われた通りに寝たフリをする。
俺の考えがあっていれば、おそらくは…。
「ギィィイイイイ゛!」
「やっぱりだ!!」
彼女が大人しくなると、進行を停滞させていた魔物が続々と木の影からその姿を現し出す。
やはり、予想は合っていたらしい。
『猿の魔物……彼らウォンカは、キミが意識を失ってから次々に声を上げ始めた。それは日が落ちたことが活発になったキッカケだと思っていたんだけど、本当は違ったんだ』
『へ?どういうこと?ルシェは何が分かったのよ?』
寝たフリを続ける彼女は、瞼を少しだけ開けて小声で反応をする。
対して、俺はこう答えた。
『彼らは、キミが起きると同時に歩みを止めた。そして今、キミが眠っていると思い込んだ彼等は進行を再開している。つまり、ウォンカにとってのキミは警戒すべき対象として写っているんだ』
「わたし、怖がられてるってことっ!?」
ガバッと急に起き上がった彼女を見たウォンカらは、ビクッと身を震わせ、三度進行の歩調を変えた。
間違いない、奴らはこのメイドに恐怖している。
今まで道中で襲ってこなかったのは彼女が傍らにずっと付いていたからなんだろう。それゆえ、寝込みを襲った…ということか。
「なんでよ!わたしがなにしたって言うのよ!?キノコ食べたから!?」
キノコは関係ないとは思うが、彼女は神樹付近にて、ヴァルンカを無意識下で討伐している。
その一部始終を彼らが何処かで見ていたのかもしれない。
ウォンカより上位の存在であるヴァルンカをいとも簡単に屠ることが可能な人間。
それはウォンカからすれば、自分たちの身を脅かす脅威以外のなんでもないのだから。
だが、彼らがその認識を抱いていることは間違いなくチャンスであった。
「行こう。ウォンカが仕掛けて来ないなら好都合だ。━━━━あの、何やってんの?」
「え?━━━━━手、振ってる。ふふふ…。(にこやかに手を振る)」
「なんでさ!?」
なにを考えているのか、少女は飛びっきりの笑顔で、離れて様子を伺っているウォンカ一行に腕を伸ばして手を振っていた。
「しっかりファンには、ファンサで返してあげないと…」
「いらんことすんなっ!……って、ほら、なんか嫌な予感して来たじゃねぇか!」
彼女のハンドサインをどう受けとったのかは知らないが、彼らはジリジリと俺たちの方へと距離を詰めてきたのだった。……これは、まずい!!
「あれ?近づいて来てる」
「そうだよ近づいて来てるんだよ!これから俺たち襲われるんだよ!?」
なんとかこの場を誤魔化せていたが、今の彼女の行動で状況は一変したらしい。
あくまでこれは予想だが、彼らの想定していた脅威度を今の彼女からは感じ取れなかった為、行動に出た…ということか?
「なるほどね。さあルシェ、時は来たわよ。今こそアナタの神の加護を解き放つのです!」
「だから、俺のは戦闘向きではないんだって!」
「ならやっぱり、盾にするしかないんじゃ……あぁ!やめて!背中から引き剥がさないで!いいからそのままにしておいて!おかまいなくー!!」
「おかまいあるわ!!起きて自分で歩けるなら、もう降りて歩けよな!!」
「いやよ!自分で歩かなくていいなら、こんな乗り物手放す理由ないでしょ!?」
「おまえなぁ!?」
どう足掻いても背中から降りるつもりのないメイド。
彼女に特別な力があるんだとしても、意識的に使えないんじゃ話にならない。
それも含めてウォンカは見抜いているんだろうか?
と、そんなこんなでお待たせしました。
━━━━━襲われるお時間がやってきたみたいです。
「ウキャイィキィイイィイ!」
「「 ぎぃぃゃやぁぁぁぁぁああ!! 」」
◆◆◆◆
ほんっと、こんなアホな子とバカな死に方なんてしたくなかった…。
(━━━━━父さん、母さん。今までありがとう。お使いの品、持って帰れなくてごめんよ。それと、墓石へのお供え物はメロンソーダとチーズバーガー、それとポテトでよろしくお願いします…。もう、オモチャ付きのは止めてって親戚にも一応伝えといて…。ああ、あと葬式は暗めのBGMじゃなくてノリノリのジャズ系で…)
「ルシェ?なに安らかな顔してるの?死ぬの?え、死んだの?」
「━━━━━━あの…俺、生きてんの?」
「さあ?顔は死んでるけど?」
今は不思議と、倒れた俺を見下ろす彼女の言葉にも苛立ちは感じなかった。
どうなった?あれから何が…?
そして、現状を理解したい気持ちと、現状を飲み込めない気持ちが拮抗を始めるのはこれからだった。
「な、なんだぁ…?この状況……」
その時、目に飛び込んできた光景は異常であった。
俺たちを囲い、かしずくように頭を垂れるウォンカ達。
その中心に居るのは、あのメイド少女…。
「なんかね、わたしを崇拝してるっぽいのよ。この子達。ほら、貢物のキノコ」
「ぜんぶ毒キノコじゃねぇか……。それよりも、なんでこんなことになってんだよ?」
「ひらふぁい。ふぁんかふぉんなふうひぃなっふぇふぁ。もきゅもきゅ…」
「食うのかよ…。因みにそれは“シビレダケ”っていう感覚麻痺を起こす危険なキノコだけど…まあ、キミなら大丈夫か」
彼女が言うように小さなキノコやら、渦を巻いてるキノコやら、黄色いキノコ、赤いキノコ、細長いキノコ、キノコ、キノコ、キノコキノコキノコキノコキノコキノコ……。
「全部キノコじゃん!!キノコしか貢がれてないけど!?え、なに、キノコを通して和解したってこと?」
「なるほどね、じゃあ君達のファンネームは“ キノっ子 ”にしよう!」
「「ウキャイィキィイイィイ!!ウッホッホッホ!」」
「━━━━━━━。」
━━━━━あの、もう俺だけ帰っていいかな?
この空間にいると頭おかしくなりそうです。はい、とても。
アイドルムーブをかまし始めた、自分をアイドルだと思い込んでる一般オタクを置いてこの場を去りたい気持ちはある。
しかし、彼女をこのまま猿界のアイドルにしておいていいのかという不安感もあった。
「えーと、アイドルごっこはそこまでにして早く帰らないか?時刻も19:00を過ぎようとしてるし…」
「嫌よ」
「…………今なんて?」
「わたしはここで、この子達のアイドルになるわ」
「━━━━まてまてまて、キミは元の世界とやらに帰りたいんじゃなかったのか?」
「ええ、帰りたいけど焦る必要なんてないもの。だって……いまっ!わたし、この子達…いいえ、キノっ子達に推されてるのよ!?こんな最高の状況を捨ててまで急ぐ理由はないと思うの!!」
(うっわー、なんか面倒くさい系の変なスイッチ入っちゃってるよこの子…)
一般のオタクが中途半端に一定数のファンをつけてしまうと、自分を人気者だと勘違いを起こして調子に乗り出す~みたいなことを以前聞いたことはあったが、実際に生で見てみるとかなりキツいな…この絵面…。
どうやら承認欲求を満たしたいという気持ちが、彼女を歪なアイドルへと昇華させてしまったようだ。
「ん、なんか落としたぞ…」
キノコをマイク替わりにしてよく分からん歌を歌い出していたメイドの手元から何かが落ちた。
それも見た目はキノコのようだが…。
「これって……“ユメミダケ”?」
それは、食べたものを妄想の世界へ誘うとされる毒キノコだった。
「妄想…?…………………これかぁああああああああ!!!」
彼女は確かに毒キノコへの耐性が高いのかもしれない。
だが、全く効果が出ていない訳では無い。
というのも、ネムリダケを摂取した際には一時的に昏睡状態だったわけだし、微量なのかもしれないが確実に効果は表に現れている。
降って湧いたこの謎のアイドルムーブも、元々彼女の奥に眠っていた、周りからチヤホヤされたいという気持ちが、毒キノコの力を借りて妄想を見せた結果なんだとしたら…。
「吐けぇええええ!!今すぐキノコを吐けぇえぇええ!!」
「え!?ちょっ、ルシェやめて!今はコンサート中なのよ?わたしのオリジナル曲“『燻製シイタケParadise!』 ”のサビ前なんだから邪魔しないで!!あと、アイドルは吐かないしトイレにも行かないから!!」
「そんなタイトル止めとけ!!きっと芸歴長くなったあとに、黒歴史化する悪魔の卵だぞソレ!!」
「バターしょうゆぅ~シイタケ傘わぁ~♪ぁあ!やめてったら!マイク千切ろうとしないで!カサ取れちゃうでしょ!?やめて!揺らさないで!三半規管イカれちゃうのよ!!出ちゃう!出ちゃうって!!………あ、これ、やばいかも。おrおrおrおr……!!」
(※諸事情の都合により映像を変更してお送りしております。~~~♪)
━━━━━━━この後、無事に彼女は正気に戻りました。
ただ、大切な何かは失ってしまったみたいですが…。(なんかごめん)
◆◆◆◆
【PM 19:30 ヒカゲ小路 不明】
「キノコっノーコノコ~♪」
「「 ウッホッホッホ! 」」
「━━━━━━━━。」
━━━━━なぜか、ウォンカが俺たちの後ろをついてくるようになりました。
それと、背後からの圧がすごいんですが…。食われないよな…?
「本当についてくるわね。やっぱりわたしのアイドル力に…!」
「まだお腹の中にキノコが残ってるのかな~?」
「な、なな、ないわ!な、何にも入ってないのよ!からっぽだから!だから、もうわたしの三半規管を壊さないで!!」
彼女には、かなりのトラウマを植え付けてしまったらしい。
だけど、背に腹は変えられなかったんだ……。許せ、メイドォ…。
「何故ウォンカがキミを慕っているのかは、何となく想像つくからいいけど、急に護衛のようにまとわりつかれても落ち着かないな…」
「え、理由知ってるの?教えてよ」
「……さて、どっちの道に行こうかな?」
「ルシェ~?」
理由は簡単だ。
ここのウォンカはヴァルンカを恐れていた。
そのヴァルンカを討伐した彼女は、彼らにとっての女神そのものだろう。
だから、眠った彼女を抱えて移動する俺を恩人を攫う不届き者だとか思ったのかもしれない。
……で、今は彼女が俺に敵意を向けていないから襲ってこないというのが事のあらましだろうか。
しっかし、魔物に囲まれたこの状態…。
まるで生きた心地がしない…。
だが、並の魔物がこの先出てきたとしても彼らが居てくれるならその点は安心だ。
「ねぇ~!教えてくれても良くない?」
「うーん、そうだなぁ……。キミ風に言えば、魔物に推されるのも悪くないかも…ってこと」
「違うわ!推されてるのはルシェじゃなくて、わたしよ!そこは重要…!そうだよね?キノっ子のみんな~?」
「「 キィキキィイイイ!! 」」
「はいはい。アイドル、アイドル」
襲われたり、迷ったりと何だかんだあったが、この調子であれば今晩中に帰路に着くことは叶わなくても夜は無事に越せそうだ。
少し心に余裕が生まれると目に映る景色というのは変わってくるもので、全てが闇に包まれていると思っていたこの林道だが、よく観察して見れば所々で切り株なんかもチラホラ見受けられる。
木の年輪で方角が判断出来る…。なんて話は耳にしたことはあるが、幅が大きい方が南だったか、そうでなかったか。
そもそも、その知識さえも誤りだったのかさえも定かではないため、残念ながら生かすことは出来なさそうである。
しかし、切り株の断面には綺麗な伐採跡が残っており、人為的に切り倒された形跡が見られた。
ということは、既に人が踏み込むエリアまで帰って来ているという証拠でもある。
「このまま順調にいけば明日の午前中には帰れそうかなぁ」
ふと、心の中の声を漏らしてしまう。
ちょっとフラグっぽいことを言ってしまったが、これ以上の悪夢なんて見ることはないはずだ。
けれど、まだ引っかかっていることがあった。
さっきの立て札の件だ。
あれは、同じ場所をグルグルと回っていたということだろうか?
だけど、道を旋回した記憶は全くない。
真っ直ぐ、直進して俺は突き進んできたはずだ。
だったら、どうして…。
「あれ?またハグれたのか?」
気がつけば、また背後から彼女が消えていた。
お供のウォンカ達も一緒に居ないとなると、珍しいキノコでも見つけて一緒に寄り道でもしているんだろうか?
「困ったメイドだ…。変なキノコ食べてないといいけど」
毒キノコにある程度の耐性があっても、おかしなキノコだったら再び吐かせないといけなくなる。
それは、俺も気持ちの良いものじゃないので出来れば避けたいけど…。
と、その時、俺はある異変に気づいた。
「!?この…匂いって……」
後方から嫌な異臭が漂う。
その異臭を嗅いだ俺の脳裏には最悪な状況が思い浮かんだ。
「まさか……」
何かに駆り立てられるように、俺は足早に来た道を戻る。
思わず自然と口元を手で覆いたくなる、ツンとした独特な刺激臭。
俺は、この香りを知っている。この正体を知っている。
だからこそ、走り出した。
徐々にその速度を上げ、発生源へと駆け出した。
間に合う、間に合わない関係なく。吸い寄せられるようにそこを目指した。
「くそッ…くそ…くそッッッ!」
そこへ至るまでの道中は、見るに堪えない路が敷かれていた。
臓物を撒き散らし。
頭と臀の判別が出来ないほどにまで、グチャグチャに潰されたウォンカ達の骸。
赤く、深紅のように真っ赤なレッドカーペットを敷いて、彼らがその場所へと俺を導く。
「ぐっ、うぅ…!」
むせかえるような匂いと視界を汚染していく鮮血の残骸に、俺は嘔吐反射を行いかける。
だが、吐いている余裕なんてないし、嘔吐後は体力も落ちる。
ならば、そんなところに余計なリソースを回している場合じゃない。
今は、がむしゃらにでも、そこへ向かわなければいけない。
「ぐっ、ふぅ、ぅう…」
それでも胃酸は俺の意思を無視して逆流を行おうとする。
ここで、ここまでで、立ち止まることを促す。
これ以上は、危険だ。
これ以上は、進むな。
進むなら、もう引き返せなくなると、俺に警告を訴えかけるように…。
わかってる。これは決死行のようなもの。この先は、多分もう、戻れない。
行ったが最後、戻ることは許されない片道切符のようなもの。
全ては承知の上だ。それを理解した上で俺は目指す。
その理由は、自分でも分からない。
彼女への恩義なのか、または恩を売りたいだけなのか、もしくは正義感に駆られてなのか…。
分からない、分からないんだ。
でも、彼女を生かさないといけないという使命感にも似た気持ちだけは、なぜかずっと俺の中にあった。
「はぁ…はぁ、はぁ………………。メイド…さん…?」
周囲の惨状とは隔絶された小さな庭のような空間。
そこに彼女は、背を向け、横座りでちょこんと座っていた。
「こ、こんな所で何してるんだよ…。さあ、帰ろう…?」
「━━━━━━━━━━━。」
返答はない。
また悪いキノコを食べて寝てしまったのだろうか。
それならば、仕方ない。また背負って行くしかない……か。
「本当に世話のかかるメイドだよ…。世話するのはメイドさんの専売特許だってのにさ…。あ、そっか。メイドじゃなくて、ドラグーンのコスプレだったっけ…?まあ、それだったらキャラ崩壊は起こしてないよな…。さすがオタクだな、世界観しっかり守ってるじゃんか………」
返事はない。
毒キノコの当たりが悪かったのか、ぐっすりと熟睡しているようだ。
耐性の信憑性も怪しくなっては来たが、食べ過ぎということだけかもしれない。
「ね、寝てるなら勝手に、背負って、帰る……からな………?」
何となく状況を理解してしまった震える俺の手が、彼女の肩に触れる。
━━━━━━━やめておけ…。
頭では分かってはいたのに止められない。
━━━━━━━見るな、見てはいけない、これ以上は…。
それでも俺は、脳の制止を無視して……。
━━━━━彼女の顔を覗き込んでしまった。
「あぁ……ああぁ、あぁぁぁああああぁあああああ゛!!!!!!」
静かに鎮座するメイド服の少女。
可憐だった彼女の顔は、文字通り無くなっていた。
目、額、鼻、頬、口、顎……。
顔を構成するであろう全ての要素を消し去ったかのように、顔という部分の一切合切が削ぎ落とされていた。
腹部からは、長いモコモコとした臓器が引きずり出され、背面からは見えなかったが心臓部分がくり抜かれたように痛ましく、抉られている。
「ぅつう、うっつうぅ、うっ…」
俺は過呼吸気味になりながらも、吐き気を催そうとする体に鞭を撃つ。
小刻みに震える手で彼女の首元と手首に触れ、結果が見えている生存確認の方法を用いた。
「してない……。脈は……もう………止まってる…」
俺が着いた時には、既に彼女は事切れていた。
彼女と離れて数分の出来事。
そのあまりに短い時間で犯行は行われていた。
「助けられなかった………。なんで、助かってしまったんだ………。俺だけが……」
その場に俺が居合わせていたなら、確実に彼女を助けることはできた。
俺の“神の加護”なら彼女を間違いなく救えた…。
救えたハズだった……。
「時間ではアウト…。それなら…。━━━━━━━━2つ目だ。」
思考を切り替える。
脳内をクリアにする。
悲哀、憤怒、憎悪。あらゆる感情をデリートする。
残すのは感情は、今は一つだけでいい…。■■のみで構わない。
「魔物じゃない。これは……人間か」
━━━━━━━俺が授かった神からの加護。
それは、死者を蘇生させる能力。
振るい方を間違えれば人の禁忌を犯し、世界の倫理観すらも崩してしまう危うい加護。
この世に呼び戻す対象の制限は、一切存在しない。
人間だろうが、動物だろうが、悪魔だろうが、たとえ神…であろうが。
どんな状況、どんな死因も関係なく、この世に強制的に引き戻す。
しかし、万能の力……便利すぎる力というものには必ず制約ないしルールのようなものが幾つか存在する。……もちろん、この力にもだ。
俺の能力の欠点であり、今回の残された発動条件は━━━━━。
「━━━━━彼女を殺したのは……誰だ?」
故人へ、最期に手を下した者を。
俺が直接この手で…。
━━━━━殺めることである…。
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ご一読下さりありがとうございます。
明るいタイトルですが、この先も出血大サービスで参りたいと思います。
それでは、また次月に当作品を見かけましたら覗いてくださると幸いです。