Page:10 ぷーっはぁー!!お前の血は何色だぁぁあ!?
幻燈祭で多発する誘拐事件。
シンフェミア市長の息子『トゥエルノ・ランス』は誘拐犯の潜伏先を突き止め、連れ去られた被害者の一人を救出することに成功した。だが、助け出した少女はどうにも普通の少女とは少し違って━━━━!?
━━━━この街には、しつけのなっていない大人たちが非常に多い。
特に幻燈祭の期間中は、普段にも増してモラルを欠いた人間が活発になる傾向にあった。
例えば、大きなイベントに浮かれて心の隙が生まれやすくなった者をターゲットに詐欺を行う者。
あるいは、親や同伴者とはぐれて孤立した観光客を誘拐し、金銭や二次犯罪への企てに利用する者。
その手口は様々だ。
ここは商業都市シンフェミア。
多くの商人たちが不特定多数の者達と交易を行い街を潤す都市。
ここにおける善悪という概念は、残念ながらこの街の商人たちを律するほどの力を結局のところは持てていない。
ここでは表の世界へと明るみに出なければ、汚れた悪事でも当然のごとく黙認されてしまう。
だからこそ、法の抜け道を使う密売も頻繁に起こり、その度に小さな火種も生まれるのだった。
だが言わずもがな、それは大陸の大部分の流通を担う都市に有るまじき汚点であり、到底許されてはいけない陰の側面であった。
しかし現状として黙認という姿勢を街は崩すことなく、これから先もそれは変わらないのだろう。
あの男が市長の立場を降りない限り、この問題は根深くシンフェミアを内部から蝕み腐らせ続けるのだ。
━━━━その上で、もちろん私には“その行為”を見て見ぬふりで干渉しない…などという選択が取れるはずもなかった。
「━━━━君たち。ここで何をしているんだい?」
「!?」
コーラル港に並ぶようにして建てられた物流倉庫の一倉。
その庫内に貿易人とはとても思えない風貌の男達が、ワラワラと集まっていた。
彼らは閉め切っていたはずの倉庫のシャッターが開いていることに驚き、そのことで何やら揉め出しているようだ。
「誰も入ってこれないように戸締りはしておけって言っただろ!誰だ最後に入ったやつ」
「お、おれじゃねぇよ!おれが入った時には前に二人、後ろに二人まだいたから!」
「俺でもない。俺が入った時は前には誰もいなかったからな。」
「おい、まてよ。俺は三番目に入ったけどよ。俺の前には一人しかいなかったぞ?」
「ああ、それなら俺が最後尾だったんだけど、途中で前から俺の後ろに並び直した変わり者がいてさ、そいつが閉め忘れたんじゃないか?」
「それって誰だよ」
「━━━━あのシャッターの所で、これから俺達を捕まえようとしてるやつ」
「「……えー、あいつ仲間じゃなかったの……?」」
顔を見合せて会話をしていた黒い服装の男達が、声を重ねながら一斉にコチラへ振り返る。
それに合わせるように私も彼等への発言を行った。
「悪いけど、彼の言う通り私は君達の仲間じゃないんだ」
「だ、騙したな!ここまで一緒に運んできたのに」
「そうだ!!人の心を弄びやがって!それでも同じ血の通った人間のやることかよ!」
口々に悪態をつき、私への批判運動が高まっていく中。
深々と被っていたフードを取りながら、私は彼らを見据えた。
「なぜか散々な言われようだけど、犯罪中の君たちにだけは言われたくないかな」
「な、なんて野郎だ!仲間になりすまして俺達の心を傷つけ、さらには犯罪者呼ばわりだと!?ばかやろう!これは仕事だ!犯罪なんてコレっぽっちも関わって…」
「誘拐したのは、未成年の女性数名」
「なぁあっ!!」
「馬鹿!今のは驚くことじゃねぇだろ!一緒に行動してたんだから知ってて当たり前で……」
「どの女性も特定の施設を利用後に消息を絶ったと、多数の捜索願いが幻燈祭の運営スタッフに届いている。言うまでもなく、いま君達と共に運んだそこの彼女も捜索願いが出されるはずさ」
「こ、こいつ!運営スタッフ側の人間か!!こうなると、分け前をダシに懐柔させるのは無理そうじゃないか!どうする!?」
またもや慌ただしく騒ぎ出した男達。
彼らは、皆一様に焦りの表情を浮かべて右往左往し始める。
こうなってしまえば、あとは大人しく…。
「━━━━目撃者がいなけりゃ何も問題はない。お前ら、アイツをやっちまおうぜ…」
━━━━━ならないのが彼ら、犯罪者という生き物だ。
ぎらつかせた瞳を、発言者の男が仲間に向ける。
こういうものは、人から人へと感染していく。
同じ思想の元、行動を共にしている者なら尚のことだ。
「そ、そうだそうだ!やっちまえば完全犯罪だ!!」
「元仲間だからって容赦しねぇからな!!」
促した男に、次々と同調していく男達。
彼らは作戦を切り替えたらしく、拳からポキポキと健康的ではない音を私に聞かせ鳴らす。
不気味な薄ら笑いで、歩み寄るその姿は犯罪者のお手本のようだった。
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
攻撃的な宣戦布告に、私は笑顔で応える。
やはりこうなってしまえば、こちらも大人しく。
うん。
多少強引にでも、彼らの強行を止めてあげるべきだろう。
こういう時の、追い詰められた犯罪者に投降という言葉は無い。
大抵は好戦的な手段で、無理やり解決を試みようとすることが多い。
そうなると話での解決は難しくなる。
だが、最も効率的にも効果的にも、事態を鎮められることに長けて。
このやり方がお互いにとっての最適解なのは……。
━━━━━同調してあげられるかな?
「いけー!!!血祭りに上げてやれー!!」
野太くも雄々しい雄叫び声を上げる。
それはまるで、狩りを行う冒険者のように勇敢な姿勢。
けれど、闇の世界に入り浸っている彼らでは、蛮勇な冒険者にしかなれない。
もっと別の形で勇気を使える者達だったら…。
━━━━━冒険者協会への推薦状でも書いてあげたかったよ。
「リリース」
「━━━━━━━━。」
━━━━━その一言で、男達の荒々しい声は静寂へと誘われる。
白目を剥き、顔を紅潮させ、肩を上下に動かしながら立ちつくす。
呼吸は浅く、誰もが等しく無気力になっていた。
ふっと何かをきっかけに、事切れたかのような挙動で一人がふらつき倒れた。
これを起点に、一人、また一人と。
ドミノ倒しを連想させられる光景で、順に床へと伏していく。
「ひ、ぃ、卑怯ぅ…だぁ…」
遺言のような捨て台詞をポツリと残し、最後の一人もうつ伏せで床へと倒れ込む。
彼の言葉を見送り、私は倉庫内へとようやく足を踏み入れた。
「すまないね。同じ土俵で相手をしてあげたかったけど、君達犯罪者に気持ちと時間を割けるほど私は聖人でもないんだ」
この様子では誰に対しての弁明なのかも分からないが、彼らに憎まれながら場を収めてしまったことを別に悔やんでいる訳でもなかった。
━━━━━彼らは犯罪者。
こちらが馬鹿正直に相手と同じ手法で戦いを受けても、むしろ何の得にもならないのだから。
……と、そこで倉庫の一角が微かに音を立てて主張を行う。
「さて、お目覚めかな?」
「━━━━!━━━━!」
男達と変装していた私が運び込んだ荷車。
そこへ積まれたヒモで拘束してある布。
その中で、ぐねぐねと奇怪な動きを取って、荷車をガタガタと揺らしている者がいた。
━━━━━誘拐された少女が目覚めたようだ。
彼らの集荷場に案内してもらう目的で、今回のターゲットには知らないところで知らない内に危険な橋を渡らせてしまった。
協力と言えば聞こえは良いが、状況を上手く利用させてもらったという事実のあくまで裏返しだ。
立場上、市民を危険にさらしてしまったことはいただけないが、彼女のおかげで多くの命を救えることに繋がったのも、また事実。
彼女には感謝しなくてはならない。
せめてお詫びとして…。
親元に返してあげた後に、なにか美味しいものでも買ってあげなくては…。
「安心して。いま拘束を解くよ」
罪悪感残る心を抱えて。
影の立役者であり、誘拐された被害者でもある彼女へ。
私は、気持ちを和ませられるような言葉を贈る。
「━━━━━!!━━━━━!?」
━━━━━うん。和ませには失敗しているね。
平安にさせることは叶わなかったが、動転しているなら当然だ。
さっそく、荷車にグルグル巻きで緩やかに固定されたロープを外して、覆われていた布を取る。
そこには目隠しをされ、手足を紐で結ばれ、口にテープを貼られた少女の姿。
何かを仕切りに訴えて、ジタバタともがいて暴れている。
陸に上げられた魚に酷似したその動きには、しなやかさがあり美しくも……。
「━━━━━!?━━━━━!?」
━━━━━ご乱心のようだ。
中途半端に拘束を解いたせいで、彼女は文句を述べている。
声は聞こえないが、訴えている唸り声は聞こえるからね。
(解放後は、まず落ち着いて状況の説明からしよう…)
目元を覆っていた目隠し。
そして、彼女の口元を封じてあるテープをゆっくりと剥ぎ取り除いた…。
━━━━━━瞬間だった。
「ぷーっはぁー!! お前の血は何色だぁぁあ!? 」
「━━━━━━━━。」
気持ちの良いくらいの声量で、思いっきり私は罵られた。
◆◆◆
「助けてもらっておいて開口一番にこの人なに言ってるんだって思ってるでしょ?ええ、そちらの言い分はよく分かるわよ。わたしも同じ立場だったらそう思うだろうし。…でもね!大事なことだからこれだけは断っておくのよ。あなたには絶対に感謝は伝えないってことをねっ!」
蔑む目。
大御所の貫禄ある態度。
ピリついた倉庫内。
現在、私は彼女に説教をされていた。
「━━━━えーと…」
彩雅京から伝わったとされる『正座』という姿勢。
これを指定されて、説法を説かれている。
彼女は、言葉に詰まらせる私を見ると、苛立った顔を近づけて一言…。
「━━━━━ねえ、自分で誘拐して自分で助け出すのってどんな気持ちなの?」
答えずらい問いをグリグリと押し付けてきた。
「━━━━━少し話の行き違いが…」
「一度誘拐しておいて、何食わぬ顔で『お待たせ助けに来たよ!』感を出して登場する心情って何なの!?なんていうマッチポンプよそれ!!面の皮厚すぎて包丁でめった刺しにしても致命傷にならないんじゃない!?本当に助け出すつもりがあったんなら最初から誘拐なんてしないで!!わたしの言ってることに納得したなら先進誠意ごめんなさいし……」
「申し訳ない。君の言う通りだ。私が迅速に行動に出ていれば君に余計な心労を負わせることもなかった。埋め合わせとしては不十分かもしれないけど、君をご両親の元へ無事に送り届けたら何か美味しいものでも、なんでも振る舞うよ」
「━━━━━やけに潔く謝ったわね…。まあ、ごめんなさいした相手にこれ以上突っかかっても仕方な……ん?いま、なんでもって言った?」
「うん。なんでも…だ」
私が素早く答えると、彼女は一瞬の沈黙を経て再び口を開いた。
━━━━その時の彼女の表情が、とても緩み切っていたのを私はよく覚えてるよ。
「━━━━━賢明な判断だわ。そうね、そこまでしてくれるならマッチポンプ事件は水に流すのよ」
「ありがとう、君の心遣いに感謝を」
━━━━許されたらしい。
彼女の心を動かしたのは謝罪を通しての誠心誠意だったのか、それとも…。
「で、ここどこよ」
落ち着きを取り戻した少女はキョロキョロと辺りの様子を伺う。
このまま彼女を家に送り届けに行きたいが、その前に同倉庫内に囚われている他の被害者を見つけなければならない。
━━━━ところで正座を強要された件については不明だが、和解に至ったのならもう必要ないだろうか?
私は、痺れた足を起こし立ち上がると、彼女へ現在の場所を語った。
「ここは、コーラル港の運搬用物資の保管庫。外国から運ばれてきた貿易品を留め置き、検品をしてここから商人たちの手元へ渡る。簡単に言えば、その場所を犯罪者たちが勝手に盗品の集荷場として利用していたんだ」
「ふーん。そんなことわたしになんか話していいの?さっき捕まってる時に聞こえたけど、あなたって幻燈祭の運営スタッフか何かなんでしょ?その、誘拐された人を追ってるっていう」
「うん、そんなところだよ。だからこそ君にも少しだけ協力を仰ぎたいんだ」
「わたし?……できることあるかな」
首を傾げる少女に私は頷いて応える。
無垢な少女に、これ以上この件を関わらせたくもない。
気持ちとしての本音はそれだが、事件被害に遭った当事者だから見えるものもある。
心苦しくもあるが、必要な情報は多いに他ない。
私は背を屈み、彼女と目線を合わせて、こう尋ねた。
「思い出すのは辛いかもしれないけど、君が誘拐された時の経緯を詳しく教えてほしいんだ」
「自分の心に聞けば?」
━━━━まだ怒ってるのかな…。
少女は『そこに詰まってるでしょ?』といい私の頭部を指さす。
荒々しい態度を見せてもいないので、自然体な心持ちでの発言だったようだ。
この子は、やはり大物かもしれない……。
「ごめん。結果として誘拐の片棒を担いではしまったけど、私は君が拉致されてからの参加でね。だから、君の顔も今初めて知ったところなんだ」
「ふーん。下っ端だったのね。あなた」
上から下へ、私の格好を一通り確認する。
それで彼女の何かが解決したのか、それは分からない。
だけど、少しだけ私に向ける彼女の視線が和らいでいた……。
「話したくなければそれでいいんだけど。もし話せそうなことがあったら、教えてほしいんだ」
再度、検討も予て、少女に頼んでみる。
この問いに対して、一瞬だけ首を捻ると、彼女は神妙な顔で悩む素振りをした。
その後、記憶を辿るようにして……。
「ふーん?いいのよ~!」
私は、軽い承諾を彼女から得るのだった。
「ありがとう。では、お願いするよ」
礼を告げ、私は情報の共有に感謝する。
被害者に事件のことを追及するのは重要な反面、心を傷つけかねない行い。
加えて、事件後というのは最も心が繊細になる瞬間だ。
そこへ踏み込むとなると実に気が引けるが、事件後だからこそ踏み込む必要がある。
時間と共に記憶が抜け落ちていくのが人間。
記憶に整合性と正確性を求めるのならば、記憶が鮮明な今しかなかった。
仮に、聴収被験者に負わせるべきではない傷のきっかけを、作りだしてしまうとしても。
声を聞き、情報を集めなければ、事件は解決しない……のだが。
なぜ、こうも彼女は━━━━。
━━━━楽しげなのだろうか?
「えーっとねぇ、突然のことだったから断片的にはなるんだけど。お化け屋敷の場所から料理のエリアに戻ろうとしていたら『もしかしてお連れの人を探してますか?それらしい人をこちらで見ました。』って、あなたと同じ黒い服装をした人が話しかけてきたのよ。怪しさはあったけど相手は一人だったし、わたしは強いからいざとなったらなんとかなるでしょ~って甘い考えで付いて行ってみたんだけどね?人通りの少ない仮設テントの辺りで、後ろから来てたもう一人の仲間から後頭部をゴスッ!っと殴られたみたいで倒れちゃったの。そこで黒い服装の人から、何かの薬を飲まされて次に目を開けたら……身体の自由を奪われて誘拐されてたってわけ。━━━━体が縮んで、黒い組織的なのから追われる名探偵な物語が始まっちゃうんじゃないかと、ドキドキもしたけど期待外れだったのよ~」
「君、すこしだけ楽しんでいないかい?」
少女は身振り手振りで、状況を詳細に再現してくれた。
終始楽しそうに演じている姿は可愛らしくあったが、精神面は大丈夫なのだろうか?
にやけながら語った後半部分は、アニメや小説の話にも聞こえた。
創作物の世界に想いを馳せる…。
そういう年齢なのだろう。
「そりゃあ、せっかくの異世界なんだから楽しまなくちゃ。事情聴収とか初めてだったし、異世界で経験できるとは思わなかったのよ!」
鼻歌を歌う少女は、笑顔でくるくると回転する。
ものの数分前まで、誘拐されて被害者だった人物とは思えない元気の良さ。
巻き込まれたトラブルを前向きに楽しみ。
どっしりと構える精神力は、この少女の個性とも呼べる長所なのかもしれない。
(かなり危なげな性格には違いないが…)
しかしこういう者こそ、将来は大きな影響力ある存在に育つんだろう…。
だが、これで誘拐犯達の犯行の流れは読み取れた。
はぐれて彷徨っている者に声をかけて誘い出し、標的を眠らせて集荷場に連れて行く。
これを繰り返すことで彼らは被害者を増やしていたという話のようだ。
「うん、ありがとう。大体の彼らの手口がハッキリしたよ。あとで君の言っていた、お化け屋敷…というのにも詳しく探りを入れてみる。事前に聞いた、とある施設の話と一致する点もある。なにかこの件と深い繋がりがありそうだからね。━━━━よし。あとは、ここに連れてこられた被害者達を救出するだけだ」
私は少女に『そこを動かないように』と伝える。
彼女は理由に疑問を感じながらも、こくこく…と頷いてピタッっと、姿勢良く硬直した。
━━━━瞬きはしても大丈夫なんだけど……言ってあげた方がいいのかな?
瞼を全開にして、乾く目に耐える少女に声をかけるべきか悩んだが、私は実行を急いだ。
中央に意味ありげに設置された大きなコンテナ。
そこへ向けて私は手をかざし、囁くように実行の言葉を告げた。
「リリース」
ジュウっと焼け落ちる音を伴い、コンテナの壁に人ひとりが潜れる程度の楕円形の穴を出現させる。
そこから中の様子がある程度伺えるが、やはりコンテナ内に人が監禁されていることなかった。
「なにいまのっ!!今のってアレよね?あなたの神の加護ってやつよね!!」
大興奮気味に少女が私の行いの説明を求めてくるが、律儀にも動くなと言われた場所からは移動せずに、ぴょこぴょことその場で飛び跳ねながら気持ちを表していた。
もちろん、瞼も開けたままで…。
━━━━乾いてるよね?充血してるし……。
「うん、そうだよ。もう危なくないから、そこから動いても大丈夫。ああ、瞬きもしてあげて。ありがとう、しっかり守ってくれて」
少女と乾燥した瞳に、私は感謝を伝える。
「あ、そうなの?って、そんなことはどうでもいいわ!今のって、手から火を出したの!?炎を自在に操る系の能力者なの!?それって雨の日には……!!」
気になる、気になる…と質問が、次から次へとやって来る。
個人的なプライベートへの質問はよくされるが、今回のような神の加護についての熱烈な質問は初めてかもしれない。
「炎を操っているわけじゃないんだけど、似たようなものではあるね。いま私は、あのコンテナの壁に穴を開けた。でもそれは、空気中の酸素と燃焼物を利用しただけ。平たく言えば、私は手から火を出せるわけでも炎を噴射出来るわけでもないんだ。物に“熱”を着脱させる。それが私の神の加護≪灯焔≫だよ」
「なによ……か、かっこいいじゃない!!くそうっ!!どうして、ルシェにしろ、クズにしろ、わたしよりもそれっぽい主人公ムーブかませそうな能力なのよ!!おのれ、異世界の神めぇ…!」
(━━━━━納得してもらえたのかな…?)
少女は自身の何かと葛藤を繰り返しているみたいだが、ひとまず理解はしてくれたようだ。
となれば、こちらも次の行動に移そう。
「うん?その中にいるの?誘拐された人って。」
コンテナ内を覗き始めた私に、少女が尋ねる。
「中にはいないね。だけど、その先はあるみたいだ」
壁を溶かして作り出した穴から、私はコンテナ内へと侵入した。
外から恐る恐る覗く少女に、指を差して特定のポイントを示す。
彼女に示した場所の床には、暗がりで見えにくいが鉄製の扉が敷かれていた。
「そこから運んでたってこと?」
「だと思うよ。━━━━ちょっとこの先を見てくるからここで待っててくれるかな?大丈夫、そこで倒れてる彼らは暫く高熱で動けないだろうから安心し……」
「わたしも行く」
「━━━━危ないからと言っても?」
「行くわ」
凛とした芯のある、真っすぐとした黄色の瞳。
彼女は決して恐怖や、寂しさなどの理由で共に付いて行くと、言っているわけではない。
それは、瞳の奥にじんわりと宿る穏やかな熱を見れば十分わかる…。
「よし。では私からあまり離れないように。いいね?」
「わかったのよ」
━━━━少女は頷くと、自身もコンテナ内へと入り込む。
本来は一般人をこんなことに巻き込むのは、リスクになるため避けるのが定石。
しかし、自ら危険に飛び込もうとしている彼女の好奇心。
この不思議な雰囲気と勇敢さに、私は惹きつけられてしまっていた。
少女の魔力ともいうべき、人柄に…。
「ん、そういえばあなたの名前は?こんなことしてるんだし、名前くらいお互い知っとかないと」
下へと続く扉を眺めながら、少女は問う。
「うん、それもそうだね。私はトゥエルノ。幻燈祭で行方不明になった人達を追ってる運営スタッフの一人だよ」
少女に名を告げる。
しかし、身分とファミリーネームは伏せた……。
私の顔を見ても、シンフェミア市長の子息であると彼女には気づかれていない。
それなら、ファミリーネームは暫く言わないでおいた方が、色々と動きやすいかもしれない。
「そう。とぅえるの…っていうのね。うーん、なんか呼びやすいあだ名作るから待って」
この反応。
やっぱり名前を出してもバレていないのであれば、観光客の一人という可能性が高い。
この街に住んでいてトゥエルノという名前を出されて、無反応というのは市長をも知らないという可能性が高い。
もしくは、よほど政治に興味がなかったり、好きなものにしか情報を割いていないかのどちらかだ。
「ん!決まったわ。あなたのことはトレンディって呼ぶわね!」
「━━━━━トレンディ?」
━━━━それは、今までに呼ばれたことのない愛称だった。
そうか、好きなものにしか情報を割かないんじゃなくて、好きなように情報を出力し直してるのか。
なぜだかまた一歩、この少女のことを不思議と理解できた気がする。
やはりこの少女、大物に違いない……。
「わたしはクロガネ・レンカよ。呼び方は……好きに呼んでくれていいわ~」
「おや、珍しい名前だね。出身は彩雅京かな?」
彼女から自己紹介をされるが、あまり聞かない名前の作りだった。
『正座』を知っていたことからも、彩雅京の人だろうか?
「違うのよ。出身は東京ってところ。そのサイガキョウっていうところは、ティアちゃんにも言われたけど…そんなに似てるの?」
「私も直接は行ったことはないから、景観までは説明できないけど。彩雅京は海に囲まれた島国でね。そこに住んでいる人の、名前の構成…というのかな?ニュアンスが似てる印象を君から受けたんだ。よくシンフェミアにも交易で外来船が行き来しているからね。今度、港で彩雅京人を見かけたらきいてみるといいよ。……さて。自己紹介もこの辺にしておいて、向かおうか。この下へ」
彼女の出身である『トウキョウ』というのは聞いたことはなかったが、彩雅京とも似た雰囲気を感じる。
彼女のような者なら、彩雅京人ともすぐに打ち解けられるのだろう。
良き友に恵まれるよう、祈っておこう。
「サイガキョウっていうのも気になるけど、早く誘拐されたわたしみたいな子たちを助けに行かなくちゃね!」
━━━━自身の興味ではなく、他人の救助…。
彼女が行動する理由は、同じ境遇の誘拐された少女達を救う為だったのか。
なるほど、だから彼女の瞳はあれほど力強く熱を内包していたわけだ。
それが理由なら、彼女を信じるに足る説得力も生まれるというもの。
「うん。その信念があれば、みんなを救えるさ。さあ、ここからは暗い。足元に気をつけながら私の後についてきてくれ。クロガネ」
「━━━いいじゃない、苗字呼び。なんか新鮮で!!」
***
【神廻歴4201年3月15日】
【PM 20:10 シンフェミア ピースサイドパーク ポップアップストア カフェミスト】
「ぬぅ……。」
「どうですか、お父様?」
「ぬぬぬぅ……。」
「どうなんだ父さん?」
「ぐぬぬぬぬぅ……。」
「ルールルー?」
━━━━二人と一匹に見守られながら、父は顔をしかめて唸る。
早くも、この状態になってから数十分は経過している。
父から頭頂部を触れられている、ふわふわの浮遊物も心配そうに……は、していないな。
『この人なにしてんだろー』って不思議そうに眺めてたわ……。
なんなら自分も父に触れようと一生懸命、頭上に手を伸ばしてるし。
あっ、届きそうで……届かない。
頑張ってるけど……届かないかぁ。
応援したくなってくるこの気持ち……何なんだろう。
━━━━うん、かわいいな……。
でも、中身レンカさんだしな……。
中身とガワのギャップに、俺が心を痛める中。
ようやく状況が動き出す。
「ハッ!!見えた!!コーラル港の倉庫だ。番号は……27…いや、22番。そこの地下にレンカちゃんはいる……らしい」
「らしい…ですか?どうにもフワッとしてますけど」
「ルールゥ―?」
「あ、ううん。クロのことじゃないよ、ふわふわはしてるけどね」
自分が呼ばれたのかと思ったのだろう。
フワフワボディになってしまっているレンカさん(幽体)が可愛く反応する。
「その子が言い切れない要素なんだけどな…。本当にこの子がレンカちゃんなんだな、ルシェ?」
父は、まだ少し話の信憑性に疑いを拭えないようだ。
レンカとの顔合わせの時にも、それくらいの疑り深さを発揮してほしかったな……息子としては。
「うん、間違いないんじゃないかな。そこはかとなく……それっぽい動きだし。謎の歌も歌いだすし」
「理由が地に足付いてないぞ!?ルシェも、フワッフワな根拠じゃないか!」
「ルーゥ??」
「ああ、いや、違うんだよ。別にレンカちゃんのことじゃないんだ。ふわふわな見た目ではあるけど」
またフワフワという言葉に反応を示している、可愛い動きのレンカさん(幽体)。
そしてなんだかんだで、ふわふわなその生物をレンカとして扱っちゃってる我が父なのである。
娘にはたじたじだな……って、違うじゃん!?
ウチの正統な家族ではないじゃん!
なんか普通に、実の妹のように考え始めている自分が怖いって!
「ああ、ありがとう父さん。これで手がかりが見つかったよ。ほら、レンカもお礼言ってるし」
「ルールルール~!」
ふわふわな生物は短い手足をもこもこっと、ふわふわな身体から出す。
すると父に向ってパタパタと小さく…。
いや、彼女にとっては大きくパタパタと振って感謝を伝えていた。
父はそんな姿を見て…。
「ルシェ…。見てくれルシェ…。うちの娘、ちょっと可愛すぎないか??こんなにふわふわな謎生物になっても可愛すぎないかっ!?」
━━━━泣きながら大興奮であった。
娘(偽)にデレデレな父だが、レンカ本体の居場所を突き止めてくれたことには感謝が尽きない。
━━━━父の持つ神の加護は、相手の深層心理を覗く精神作用系の能力。
これで幽体化したレンカの心に紐づかれた風景を読み取ったのだった。
しかし、実体を持つ人間とは違い今回は幽体。読み取れる情報にも限度があり随分と難航していた。
「つまり、お父様が覗いた情報では、クロはコーラル港のどこかにある22番の倉庫の中。あるいはその地下空間にいる可能性が高い……ということですね?」
「この子から見えた強いイメージは、その映像だったよ。あとは、グレーの髪に黒いメッシュがかったオールバックの髪型をした……ああっ!!」
声を急に荒げる父に、俺は思わず驚く。
「な、なに?どうしたんだよ父さん」
「そうだ、よく考えれば父さんはあの姿に見覚えがあったんだよ!あれは、ランス市長の息子さんのトゥエルノ・ランスさんだよ。昼に本物を至近距離で見たから断言できる」
また例のイケメンの話を始める父。
実際に会ってその人の印象が変わったり。
アイドルとかだったら、今までは興味なかったのに握手会に参加したらファンになったりと。
特定の人物に特別な感情を突然抱くことってあるらしいけど、まさか父さん…。
ファンになったのか……?
あまりにハマって、ファンクラブとかに入りだしたりしないだろうな?
できれば見たくないけど、そんな父の姿!!
「あ、うん。それで、そのトゥエルノさんがどうして急に出てきて……」
慎重に、探りを入れるように父に問う。
答えによっては、俺は父を止めなければならなくなる可能性も……。
「いたんだ!その倉庫に。それも、レンカちゃんと一緒に!」
驚きの真相に、普通はここでリアクションを取るところなのだろう。
けれど俺は、想像した展開ではなかった答えにとても安心しきっていた。
心にゆとりが生まれたことで、その父の発言にも冷静に目を向けられるようになったが。
━━━━え、それはつまりどういうことなんだ?
「━━━━レンカと一緒に…?ってことは、犯人は市長の息子?」
「いやいや、それはないだろ~。あの人格者の市長さんの息子さんだからな。きっとレンカちゃんを守ってくれていたりしたんじゃないか?」
「それは…どうかな…」
どうやって二人がその場で出会ったのかは分からない。
だが結果として、レンカがこのふわふわな幽体になってしまっている以上は、父の言う説を信じることはできなかった。
「一旦、その人のことは置いておくとして…。まずはコーラル港へ向かわないといけないな。━━━━それは明日の朝の話だけど」
「先輩!?今から助けに行かないんですか!?クロは危険な状態だって先輩が言って……!」
俺の言葉にスティアが疑問を問いかける。
レンカが危険な現状に晒されているであろう今、すぐにでも助けに行くべきだ。
……という考えには俺も同意見である。
しかし行動するには、今日はもう適していなかった。
「日も落ちて、こんな暗い中での捜索なんてのは無謀だし無理だ。仮に今から探しに行っても無駄に体力と時間を浪費するだけだ。焦るのと急ぐのは根本的に違うからな。きっとツェドがこの場にいても同じようなことを言い出すはずだぞ?」
「で、でも!」
「レンカが心配なのは分かるけど、ここに幽体の本人がいるんだ。もしもの時は、このふわふわが教えてくれるさ。…な?頼りにしてるぞ~?」
「ル~ルル~!」
ふわふわの生物は、自分に任せろと言わんばかりに元気いっぱいに身体を広げる。
本体に何かあれば、この幽体にも些細な変化程度はあるはずだ。
肌身離さず……という言い方をすると語弊が生まれてしまうが、近くにいてもらえれば変化には気づける。
ならば、無理をしてまで今日中に行動することもない。
レンカの体調には、確かに不安を感じてはいるけどな……。
「スティアちゃん。ルシェの言う通り、今日は自宅に一度戻ってゆっくり休んではどうだろう。だいぶ疲れた表情をしているし、ご両親も心配をされるはずだからね。それに息子はガサツなところがあるから、明日も上手くサポートをしてくれると助かるよ。もちろん、レンカちゃんのことも」
「お父様…。そうですね。はい、わかりました。今日はこれで帰ります」
スティアは納得してくれたようで、ひとまず落ち着きを取り戻した。
大人っていうなら、俺もそうなんだけど。
父の言葉には、子供を安心させる大人の包容力…みたいなものを感じていた。
生きてきた年数が、それを育んだのか。
経験してきた子育てが、それを形成したのか。
過程はどうあれ、改めて思うのだ。
その姿を見て、父のような存在に俺もなりたいと…。
「スティアちゃん。それとこれね」
「え?なんですか?……封筒?」
父は、一封の封筒を彼女に渡した。
「今日のバイト代。少ないけど受け取って。本当に助かったよ、今日はありがとう。レンカちゃんに付き合ってくれことも重ねて、ありがとうね!」
渡された封筒に目を落とし、嬉しそうに…けれど寂しそうな表情を浮かべる。
今の心境としては、たくさんの感情が糸のように絡まり合っているのかもしれない。
それでも彼女は封筒を握りしめて、力強く感謝を告げた。
「ありがとうございます!大切に使わせてもらいます!」
わざわざこのタイミングで……とも思った。
焦燥に駆られる彼女の気持ちに影響を来たすんじゃないかとも。
まあ、それも杞憂に終わりそうだ。
彼女を動かす明日への原動力。
レンカへの想いも、より一層高まったみたいだ。
助けるための休息。
助けるための決意。
どちらも、本気で救いたいなら欠かせない要素。
それをどちらも、彼女に渡してしまうなんて…。
我ながら、自分の父が恐ろしくも、誇らしくもある。
「もしまた気が向いたら、メイドさんじゃなくても、気軽にバイトにおいで。スティアちゃんならいつでも大歓迎だし、レンカちゃんも喜ぶだろうからね?」
親指を立てて、ニカっと父は笑う。
「はい!クロと……また一緒にバイトしに行きますっ!」
お嬢様にはバイト代なんて大した額ではないだろう。
でも、お金に換えられない経験や繋がりがあるのなら…。
そこは、彼女を成長させる場になるんだろうか。
━━━━いいや、そうなると嬉しいな…。
「って、何気にバイトの勧誘してないか父さん?」
「してるぞ?スティアちゃんがいると華やかさが2段階ほど上がるからな。レンカちゃんも2段階上げてくれてるから合計で4段階は上がるな?」
「━━━━父さんって、ほんと裏表ないよな……」
曇りのない瞳で『そんなことないぞ?父さんも人間だからな~!』なんて言っているが、父に限っては誠実が服着て歩いてるようなものなので、それも怪しく聞こえてしまう。
だとしたら、その子である俺は何なんだという議題に移るわけで…。
「ふふっ、お父様のおかげで元気出ました。ありがとうございます!」
「げんきが出たのなら良かったよ。さ、今日はゆっくりおやすみ」
「はい!」
父との話が終わると、スティアはテーブルからスッと…ぬいぐるみのように拾い上げたレンカ(幽体)を俺に渡してきた。
彼女への扱いが雑になってきているスティアさんだが、それよりもレンカ(幽体)を受け取りながら、俺は明かされた一つの真実に驚愕していた。
━━━━その幽体って、持てるんだ……。
「先輩、ふわクロのことよろしくお願いします。また明日の朝方にお店に伺いますので」
明かされた真実を上手く消化できていない俺は、幽霊なのに持てたり触れられたりする理由を脳内で必死に探していた。
到底、スティアに今かけられている言葉もあまり耳に入ってきていなかった。
俺の頭の中は、あの浮遊物のメカニズムのことで満たされていたのだから。
なので、スティアへの返事もふわふわと返し始めたのだが……。
「う、う、うん…。一日色々あったけど、お疲れ様。安心しろ、ふわクロのことは………………ふわクロってなに?」
聴き慣れない単語を口に出していた。
意味を知らない言葉なのに何か使っていた。
え、この言葉ってどこから……。
━━━━俺は記憶を辿った。
確かスティアがレンカ(幽体)を持って渡してきて……。
『先輩、ふわクロのことよろしくお願いします』って言ってたのが初出自だった…。
そうだよ、そこで聞き流したその言葉を耳が覚えてて口から出たんだな!
━━━━で、ふわクロってなに?
「今のクロのことです。ずっと、ふわふわの~って言い方をするのも何だかな~って感じなので、呼称名ふわクロでいこうと思います」
「あー、いやまあ、べつにいいけど。ふわクロね、はい」
ニックネームセンスとしては、レンカよりもマシな気がする『ふわクロ』。
とりあえず俺も、それで呼ばせてもらおうかな。
レンカ(幽体)やら本体やら、ややこしくなる未来しか視えてこなかったから…。
「それでは、あたしはこれで。おやすみなさい先輩」
「ああ、おやすみ」
スティアは俺の手の中でウトウトしているふわクロを一瞥すると、父と俺にペコっとお辞儀をして立ち去っていく…のだったが。
「あー!もう一つだけ伝え忘れていたんだった」
父の言葉でその足は止まり、彼女は踵を返すことになる。
「たぶんトゥエルノさんのことだと思うんだけど、レンカちゃんが彼のことを変な呼び方で呼んでたんだよ。確か……トレンディ~って。……二人に何か心辺りとかは?」
「「━━━トレンディって……誰? 」」
「ルーゥゥ!!」
***
倉庫の地下に隠されるようにして存在した空間。
ジメジメとした空気と、錆びた鉄の匂い入り混じるカビ臭さ。
手入れがされていない通路には長い間、人の往来がなかったことが顕著に表れていた。
アレルギー持ちの人間であれば、この空間にいるだけで今にも諸症状を訴えだしそうだ。
「大丈夫かい?かなり空気の汚染がきつめだけど……」
「だいじょ…ぶわっくしょんっっ!!……ずびび。こんらの、スギ花粉と黄砂の地獄のタッグマッチよりは全然楽なほ……っくっしょんっっ!!……ずびび…」
隣の彼女も例外ではなかったらしい。
比較的に耐性の強い私ですら、若干の喉の痛みを覚えるほどだ。
アレルギーに敏感な彼女のような者は、さぞ苦しい思いをすることだろう。
なんとかしてあげたいが、空気の洗浄なんて窓のない地下で出来るものなのか…。
「無理そうなら地上で待てるかい?まだそこまで進んできていないし、今ならまだ…」
「もどらない。このまま進むのよ……ずびび」
鼻の詰まった声で受け応える少女は、しょぼつかせた目を擦る。
本人も苦しいはずだろうに、名も知らない無辜の人々を助けるため…。
歩み止めないその姿勢。
「うん。大した根性だ。もし我慢できなくなったら遠慮なく言ってくれ。君を抱えて先に進むから」
「━━━そうならないように頑張るのよ……ずびび」
少女は鼻をすすりながら通路の奥へと、目指して進む。
強くたくましい子ではあるが、一般人には違いない。
だったら、彼女の安全は私が…。
「━━━?クロガネ。ちょっと待ってくれ」
「どうしたの?…ずびび」
ぼーっとした表情で、私の顔を伺う少女。
勇敢にも諸症状に耐えながら、私よりも少し先頭を進みだした彼女の歩み。
その進行を止めたことには、理由があった。
「熱がある」
「ないわよ?確かに頭がぼーっとするけど、これは鼻水のせいだと思うし…」
「いいや、君の体温の話じゃないんだ。この奥から複数の熱源を感じる。たぶん人だ」
通路の先。
漆黒に包まれた底知れぬ闇の中。
その先に、数体分とみられる熱を帯びた反応があった。
「━━━あなたトレンディね…。人がいるかどうかを熱で判断するなんて、ヘビか何かなの?それともニュータイプなの?…ずびび」
「熱感知はそう難しいことじゃないよ。«灯焔»の応用みたいなものだから。それより、私の傍を離れないでくれ。これから先、戦闘になるはずだからね」
私の言葉に疑問を抱きつつも、少女は私よりも後ろへと後退する。
それを確認すると、熱源を捕捉した場所へ向けて我々は歩みを進ませ始めた。
奥からは、音の一つも聞こえてはこない。
それが余計に警戒心を研ぎ澄ませた。
少女たちを誘拐し、地下に幽閉しておいたからといって、監視の目も付けずに放置しておくなんて考えにくい。
おそらくは、一人ないし最低二人の監視を残して、次の犯行場所へと向かったはず。
この先から齎されている静寂が導き出す答え。
それは、すでに向こうも侵入者である我々を警戒しているということ。
「━━━ん?ねぇ、トレンディ。あれって誘拐された子の一人なんじゃない?…ずるる」
彼女は前方の床を指差して私に報告をした。
「あんなに小さな子まで誘拐するなんて酷い大人ね!まったく!」
ため息交じりにその地点へと近づこうとする彼女の肩を掴み、私は問う。
「クロガネ?なにを?」
私の問いかけに、キョトンとする少女の顔。
その後に返す言葉にも、彼女の心情が表れていた。
「なにって、助けに来たんでしょ?それじゃあ、この子が無事かどうかの確認しないとじゃない!」
そう言うと彼女は、私の制止を振り払い前方へと駆け出す。
少女の足は、ある地点で腰を落として根を張り。
まるで小さな子をあやすように、優しく語りかけ始めた。
しかし…。
「よく聞いてくれ、クロガネ。そこから今すぐに、離れた方がいい」
「はあ?どうしてよ。こんな小さな子が苦しそうにしてるのよ?トレンディには見えないわけ?」
「視えないよ」
「━━━へ…?」
「そこには何もいない。熱源も感じられない。今そこにあるのはクロガネの熱だけだ。そこには、君の言う……人はいない」
「━━━じゃ、じゃあ……この子は…なんなの?」
彼女は何もいない床に目を落として、動揺を露わにする。
だが、彼女の差すソレが視えない私から言えることは限られていた。
「わからない。現状、君にしか視えていないから離れるように言っているんだ。いいね、今すぐ立ち上がって私の傍に……」
呼びかける私の言葉に、耳を傾けて頷いていた少女。
彼女の瞳の奥。
そこに内包する、精神に紐づいた心緒の熱。
これまで一度たりとも、震え動くことのなかった彼女の熱が…。
━━━━その時、はじめて揺らいだ
「あ……。━━━やばいかも」
それは彼女の背後。
つまりこの通路の先から、人知れずに忍び寄っていたのだろう。
髪の毛のような細い繊維状の集まり。
それが彼女の足首に絡みつき、そして……。
「みゃぁぁぁぁあああああ!!」
とんでもない勢いで。
とんでもない力強さで。
彼女を、漆黒蔓延る深淵の最奥へ向けて。
ずるずると、引きずりこみ始めたのだ。
「クロガネ!━━━ッ!リリース!!」
━━━━奥から伸びる黒い毛束。
その根元位置に検討をつけ、私は熱を与えた。
直後、奥からは炎が燃え上がり、黒い毛束をジリジリと焦がしていく。
それは無論、彼女の足首に巻き付いた毛髪も同様。
発火、延焼、炭化。
これらを繰り返し経て、毛髪を炭へ変容させる。
チリチリと焼け焦げ、見る見るうちに灰塵へとなり果てきると。
私は終了の合図を告げた。
「シャウト」
━━━━火元にかざした手を閉じる。
閉口された手の向こう側。
縦横無尽に対象をはずれて、拡がろうとしていた炎は熱を失う。
残された煙と灰だけが、行き場を失い空中に漂う。
付与対象から転じて、対象外の場所まで侵し始めていた炎。
火の挙動から考えて、本体は別にいる。
だが、深追いさせて火の手を広げるというのは……賢いやり方ではないな。
私は炎を消し止めるなり、彼女の元に駆け寄る。
「怪我は?どこか痛むところはないかい?」
「引きずられてちょっと擦りむいた……ぐすん」
腹ばいになった少女は、唇を尖らせて語った。
どうやら、毛髪のようなものに引きずられた際に手の皮を擦りむいてしまったようだ。
涙目になった彼女は、掌の患部を見つめ、悲し気に嘆いている。
毛髪に直接、接触していた足首の方は。
幸い強く締め付けられた際に生じた、軽い残痕が薄っすらとついている程度で済んでおり、大事はなかったようだ。
どちらも軽傷で安心したが、彼女の涙滲ませる顔は見ていられない。
私は、摩擦と炎症で赤くなった少女の掌へ。
そっと…覆いかぶせるように、自分の手をかざす。
「シャウト」
「━━━━うん?……あれ。なんか少し痛くなくなったかも」
指を開閉する動作で痛みの緩和を実感し、確かめる少女。
表情にも笑みが戻り、涙も枯れていた。
私もそれを確かめると、彼女に伝えるため口を開く。
「腫れた部分の熱を弱めたんだ。完全に炎症の熱を失くしてしまうと、逆に傷口の回復が遅くなってしまうからね。ほんの気休め程度にしかならないけど」
自嘲気味な言葉で締めくくる私だったが、少女は口角を上げて明るい言葉で━━━━。
「ううん、十分よ!!血も出てないし、これならフォークも持てそうね。ご飯が食べられるのなら問題ないもの!ありがとうトレンディ、助かったのよ!」
瞳に穏やかな熱を閉じ込めて、燦燦と輝く笑顔で感謝の意を伝える。
暗くジメジメとした漆黒の空間において、その笑顔は光……そのものにさえ感じた。
「どういたしまして。君が無事で良かったよ」
━━━━私も太陽のような笑顔に、微笑みで返す。
二へっと笑った彼女は、服に付着した汚れを叩きながら、腹ばい状態から立ち上がる。
ここの床は、お世辞にも綺麗とは言えない状態。
このあと洗濯をしてもキレイに汚れが落ちるとは言い切れなかった。
せっかく、可愛らしい服装をしているのに申し訳ないな…と私は心の中で反省をする。
「ねぇ、さっきの髪の毛は結局なんだったの?わたしを釣るために悪趣味な幻覚を見せてきたってことなら、許せないんですけど!!なんか誘拐される前にも似たようなことあったし!!」
頬を大きく膨らませて、足をバタバタさせる。
なんとも、喜怒哀楽の表現が見ていて分かりやすい。
感情を表に出さずに、どんな時でも毅然と振る舞うのが大人だとするなら。
感情を表に出して、どんな時でも『ありのままの自分』でいるのが子供なんだろう。
すっかり大人になってしまった私には、とうに忘れてしまっていた感受性。
転々と顔色を変える、愉快な少女に。
私の心に張り巡らされた束縛する鎖を。
一本、そしてまた一本と…。
解き解かれている感覚を。
━━━━気がつけば、私は享受していた。
「うん。クロガネを襲って引きずり込んでいたところから、今のアレは捕食が狙いだとは思うけど。生物としては在り方が少しおかしいね。あれからは熱を感じなかった。生命活動を行い、動き回るものなら。運動の際に、微量でも熱が発生するはずだからね」
運動エネルギーと熱の発生は、密接な関わりにある。
命なき、物体にしても。
命携えし、人体にしても。
それは、違えることのない影響関係。
もたらされる運動の度合いで、熱の温度上昇にも差異は出てくる。
だが、熱を発生させないことはまず難しい。
けれど、あの毛髪は理を打破し、奇襲を演じて見せた。
本体が別にいることは、熱を与えた後の延焼具合で理解はしたが……。
「━━━え?……私が聞き間違っていなければ、誘拐される前にもアレに襲われたって言ったかい?」
眉をひそめて質問する私に、彼女は首を振って答える。
「ううん。わたしにしか視えない知り合いを見ちゃっただけで、あの『髪の毛お化け』には襲われてはないん……ん?いまさらっと怖いこと言った!?捕食って言った!?わたしを食べようとしてたの!?」
自分がおかれていた状況を、ここで理解してしまったようだ。
可哀そうに。
阿鼻叫喚の言葉を色々と口にして、私の周りを旋回しているよ。
しかし、例の毛髪と遭遇したのは、ここが初見だったとのこと。
面識が無いなら、彼女を狙ったのは単なる偶然…という線も、視野に入れても良さそうだ。
「ははは、これも推測にすぎないからあまり真に受けないようにね…。君が出会ったという…その幻覚のことは気になるけど。まあ、ここで考えても仕方ないからね。ひとまず奥へ進もう。今度は何が見えても飛び出さないで私に相談を。いいね?」
私は旋回中の少女に語る。
くるくる回っていた彼女も、減速し直ぐに大人しくなった。
気持ちも発散して大分落ち着いたようで、少女は小さな歩幅で私の背へ回ると━━━━。
「━━━うん」
━━━━借りてきた猫のように一転し、しおらしく答えた。
今の出来事が、彼女の心に視えないダメージを負わせたのは明確。
このままここに長居すれば、精神に負荷をかけることは誰でもこの状況を見れば理解が出来る。
だから、要件を早急に済ませよう。
列になった私達は、毛髪が這い出てきた先へと足を動かした。
探知した熱源の反応は、この先で依然として停滞している。
数にも変動がない。
被害者達が現在進行形で、あの生物に捕食されていることも考えにくはずだ。
けれど、あれが熱を発していなかったことを考えれば、奥で潜んでいる可能性も十分にある。
被害者に紛れて姿を隠した、犯罪者の残党。
または、熱を持たない不可思議な生物か。
なにが巣くっていても、対処を行えるよう。
心の準備だけは、しておく必要がありそうだ。
……と、そこへ。
「━━━扉…だね」
目の前の暗闇。
そこへ唐突に現れた、片開き型の閉ざされた扉。
扉の至る場所では腐食が進み、赤茶色の錆が内部まで蝕んでいた。
ここが通路の端であり、この錆付いた扉の先が我々の目的地のようだ。
鍵は一体型。
取っ手部分は腐食により、塗装が剥げて錆に覆われていた。
ドアノブを握るだけで、赤錆が指に付着することは最早免れない。
━━━━━うん。仕方ない……。
「開けるよ。少し離れて」
「ん?開くの?このタイプの扉って鍵使わないと開かないやつなんじゃ…」
「リリース」
ボンッッッ!!
「━━━━━━。」
「よし、開いたね」
「すっごく強引でトレンディなやり方ね!?」
扉に取り付けられていたドアノブは熱で吹き飛び。
錆びついて脆くなっていた、扉の取っ手部分を道連れに蒸発した。
つまるところ…。
鍵穴ごと爆発させて、錆びついた扉にベッコりと風穴を開けたのだった。
「開かないなら多少強引でも道は作る。じゃなきゃ、助けられる命も救えないからね」
「理屈は合ってるような……脳筋プレイすぎるような気もするのよ…」
背中越しに、不思議と妙な視線を感じる。
「扉は開いた。過ぎたことは考えても仕方がないからね。気持ちを切り替えて…さあ、突入だ」
私は彼女に目配せをすると、錆びついた扉を蹴り破り扉内へと滑り込む。
━━━━━━扉の中に設けられた部屋。
そこは通路とは違い、室内には照明が吊るし照らされ、薄暗いながらも明るい。
けれども、光と闇が交互に入れ替わり訪れていた。
チカチカと、明滅。
繰り返される動作。
一定間隔で、照明は瞬きを繰り返す。
目で体験し、視界で処理する。
これを見ているだけで。
ここに立っているだけで、眼球に痛みを覚える。
点けられた照明は、ここを人が利用していた名残の証明でもあった。
利用頻度の問題か。
それとも、ある時点からずっと点けられていたのか。
電球の劣化状態を考えれば、かなり酷使されていたようだ。
目を部屋の壁面に移す。
無数の黒いツルが蔓延る、悍ましい姿。
壁だけでなく、それは床にまで垂れ。
植物のように絡みついていた。
━━━━━例の毛髪だ。
髪状の繊維が、壁一面に張り巡らされているのだ。
その中のいくつか。
髪を束ねた毛束らしき固まりの中に。
何かが絡まっていた。
「ねぇ…。あの壁に髪の毛で縛られてるのって、誘拐された子達じゃない!?」
少女は壁で不自然に膨らんだ毛束から、ぷらん…と腕を垂らした光景に指を差す。
「うん。熱の発生量からして命に別状はなさそうだね。ただ、被害者達しかこの室内にいないのはどうも変だ。誘拐犯の一味が一人は潜伏していても不思議じゃないと考えていたんだけど…。」
「いないならいないで良いことじゃない。ほらほら、早く助けてこんなところ出ましょ?」
毛髪に絡まった被害者達。
彼女らを、壁から引っ張って降ろそうと奮闘する少女を眺める。
その助力に回りたい気持ちはあるが、私はこの状況に対して腑に落ちずにいた。
こうもあっさり助けることができたのは、内心意外だ。
しかし、私が疑問視する問題はそこじゃなかった。
「クロガネ。アレルギー症状の方はどうかな?」
「ふぇ?……うーん?そういえば、気が付いた時には治まってたのよ。さっきの爆発で吹き飛んだ?それとも、髪の毛お化けに食べられそうになってビックリして治った…のかな??」
いいや、違うだろう。
そのどちらも、理由としては弱すぎる。
思い返せば、それ以前に彼女の症状は沈静されていた。
私の喉も、つっかえが取れた様に楽になっていた。
そのタイミングは確か……。
そう、彼女が幻覚を視たあたり…。
「うん?」
その時、一歩引いた足に何かがぶつかった。
あまり大きいものではない。
両手で抱えられる程度の幅。
重量も靴に当たった際の具合から、ボーリングの球より軽いくらいだろう。
靴越しからの感触は、柔らかくも芯のある固さだった。
見た目は黒く……あの毛髪が絡みついている。
根元から何か………………っ!?
━━━━━なるほど、そういうことか……!
「クロガネ!彼女たちから距離を!」
「うわっ!!……びっくりしたー。今度はなによ!!また髪の毛お化けでも出たの?」
驚きすぎて数十センチほど飛び上がった少女が目を丸くさせて、問う。
「驚かせてすまない。だけど、さっきの以上に事態が良くないことは事前に言っておくよ」
「以上!?いったいなによ!?」
私の言動に終始合いの手を入れてくるも、素直に壁から離れて傍まで近寄っていた少女。
しっかり、頼んだことが守れているようだ。
━━━━━━それだけ、あれがトラウマになっているのなら……申し訳ないが。
「さっきの……そうだなあ。君の言葉を借りるなら髪の毛お化けなんだけど。あれはお化けでも、新種の魔物でもない。この子たちの見ている“悪夢”が実体化されたものなんだよ」
「━━━━えーと……。一度、自分の能力で解熱した方がいいと思うのよ?頭んなかぁ」
━━━━━━うん、その目は信じていない目だね。
少女は自分の頭を指でつつきながら、遠回しに私の脳を心配していた。
目を点にはしているが、私の言葉に驚いたから…ではないようだ。
「自分でもおかしなことを言っているのは分かるんだ。だけどね、知り合いに同じような能力を使う『どうしようもない男』がいるのだから困った話で…。━━━━━これ、見えるかい?私の足元に転がってる…。」
私は少女に、例の物を見せる。
一見は、髪の毛の集合体。
または、猫が吐き出す毛玉にも酷似した繊維の塊。
「ん?そこの毛むくじゃらのボールみたいなやつ?ええ、見えるわよ。それは幻覚じゃなさそうだけど?」
「そう、幻覚ではないよ。そしてこれはボールでもない。人間の頭なんだ」
「ふーん。そうな………はあぁぁあっ!?」
━━━━━━とてもユニークなリアクションを、彼女に取らせてしまった。
一度は受けれようとしたが、脳が拒否の姿勢を取ったのかもしれない。
あまりにも現場慣れしている少女の様子に、私も勘違いをしてしまっていた。
この子もまた、誘拐された被害者であり。
普通に生活をしている一般人なのだ。
いきなりこのような話をしても、怖がらせるだけだった。
これは猛省…。
「あー、急に…申し訳ない…。さすがに刺激が強かったよね……あはは……」
「たしかに驚いたけど、もっと刺激的な体験を初日にさせられて慣れちゃったのよ…。で、わたしを驚かせて楽しかった?……わたしは楽しめてないけどっ!」
怒る彼女の頭上からは、ぷしゅぷしゅと可愛らしい音を鳴らして蒸気のようなものが出ている。
熱感知には特別変化は見られないが、あれはどういう原理で出ているんだろうか。
うん、気になるな…。
ただ、少女の機嫌を損ねてしまったことについては反省している。
安易に見せるべき代物ではなかったことも、重々反省しているのだが…。
それとは別に、私の方も驚かされていた。
亡くなった人間の頭を目にして、『慣れている』と平然に彼女は口にした。
精強な体躯でもなければ、強靭な心を持ち合わせているわけでもない。
年端も行かない少女。
そんなどこにでもいるような少女から出てくる言葉とは、到底思えない。
道中にも感じてはいたが……。
━━━━━この少女の勇敢さには目を見張るものがあった。
冒険者は、年齢・性別に関係なく就労認可が降りている。
学生の傍ら、学費や小遣いのために就労を望む者も多い。
だが、就労するほとんどが男性であり。
女性は成人してからの者が、在籍数の大多数を占める。
理由は依頼で命を落とす危険性でも、割に合わない報奨金でもなかった。
同じ冒険者から及ぼされる…。
━━━━━━強姦と暴力である。
街に居る分には、影の差し込む場所に迷い込みさえしなければ基本、身の安全は保証される。
幻燈祭という、大きなイベント時には白昼堂々と犯行を行う犯罪者も存在するが、彼らは例外だ。
犯罪の規模はあれど、浮かれた場に現れる悪い大人程度でしかない。
彼らなら、私でも鎮圧し止めることは可能だ。
一方での冒険者は、街の外へと繰り出す。
時に、依頼をこなす為に。
時に、力試しを行いに。
時に、遠征へと出かけるために。
法の届かない場所まで足を運ぶ。
そこで、なにが起き。
そこで、なにが行われ。
そこで、誰が■■■されたのか。
知られることはない。
咎められることはない。
処されることはない。
━━━━すべては、魔物のせいにしてしまうのだから。
冒険者として女性が活動していくのなら。
自分の身を守れるほどの実力が無ければ……。
蹂躙され、淘汰されるのみだった。
これは私の声明や都市の治安などで、どうにかなる問題ではなかった。
国や、街や、各地の冒険者協会の。
法が適用されない外部の地帯で行われる、人権侵害行為。
だったら、冒険者がいなくなれば済む話だと意見する者も中にはいた。
━━━━結果、冒険者協会が消えた都市では犯罪が激増した。
冒険者協会とは、強き者や実力ある者が集う場所。
犯罪から街を守る、抑止力の象徴なのだ。
そこが消えれば、街の影に潜み燻っていた犯罪の卵を羽化させる。
あとは、結果の通りに…。
そして冒険者協会には、もう一つ役割がある。
━━━━社会に解き放ってはいけない、危険因子の収容だ。
犯罪に繋がってしまう原因に違いないのだが、そういう危険な者ほど足跡を残さない。
表と裏の社会を渡り歩くことに長けているという話でもある。
協会がなくなり、そんな者を解放することになれば前述の通りの結果をこちらも辿ることになる。
冒険者協会は、抑止の壁であると共に。
危険な者達を繋ぎ留めておくための鎖でもあった。
毒を持って毒を制すとは、良く言ったもので。
それを体現しているのが冒険者協会という場所だった。
そこに所属しているようにも見えない少女。
そんな危険な経験をしてきたようにも見えない少女。
私から見た勝手な偏見で、大変失礼に値するだろうが。
彼女のような年齢と人柄では、鳴りを潜めた悪辣な冒険者の餌食になってしまうのは必至。
きっと彼女は大物になる器だろうが、冒険者には向いていないはず。
━━━━では、この肝の座り方と、瞳に宿った心緒の熱は何だ?
一度、自身の…。
否、何度か自身の死期を乗り越えた者に匹敵する。
━━━━━━死を恐れていない瞳。
覚悟や自暴自棄なんかでは。
至ることも、宿すこともできない双眸。
冒険者などの過酷な環境に身を置き。
いくつもの死地を乗り越えた者が宿すような。
死を臆することなき、悟り開いた穏やかな熱。
おそらく少女自身も気づいていない。
自分に何が宿り、こもっているのか。
熱を可視化する私の眼にしか。
その事実と、これからの可能性は映らない。
彼女の秘めた才能。
彼女が経験した修羅場。
彼女をそこへと至らせた人生。
気になって。
気が付いて。
気にかけて。
気が知れて。
気を抜いてしまった時……。
━━━━━私は少女に魅せられてしまっていた。
「トレンディ?わたし怒ってるんですけど?」
話の途中で上の空になっていた私の心を、彼女がご立腹めに引き戻した。
「あっ、あー、すまない!君を驚かせようとして、こんな話をしたわけじゃないんだ。勿論、楽しんでたわけでもないよ」
「ふーん?ま、それならいいけど。で?それが人の頭で、なんだっていうの?」
弁解した私を快く許してくれた少女は、私の足元に転がった頭に話を戻した。
「えっと、この頭は誘拐犯のものだから話をしたんだよ」
「ふぇ!?じゃあ犯人は、もう殺されてるってこと?」
「うん。そういうことだね。靴で触れた感じは、骨ばった骨格だったからおそらくは男性。彼を包み込むようにして、あの髪の毛が頭部に巻かれてるから…」
「髪の毛がこの子たちの悪夢で、巻かれた髪の毛って…。殺したのは誘拐された子たち……?」
「そういうことになるね」
毛髪の悪夢を生み出したのが誘拐された被害者なら、理論上はそれが正しい。
これも普通であれば、人殺しとして刑事上問われるのだが、こと悪夢が絡んでいるなら元凶はあの男。
直接ではなく、間接的に殺害をしたと判断も下せる。
無辜の市民を使っての人殺しとは、何とも吐き気を催す…。
「ご丁寧に綺麗に髪の毛で密封して、覆われているから熱を感知できなかったよ。たぶん犯行時刻は、ついさっき。通路で君が幻覚を視た辺りかな」
壁に張り付けられた彼女達は手足などが部分的に出ているが、この頭に至っては隙間なく毛髪が念入りに巻かれていた。
首の根元から血が滲みだしていなければ、熱感知も働かなかっただろう。
そして、彼女があの時に見た幻覚は━━━━━━。
「じゃあ、あの幻覚はこの人の生霊!?……いや、それはないない。だって、わたしが視たのは小さな女の子だったし。……え、そういうこと??」
彼女も気づいたようだ。
一人だけ見えていた幻覚の正体が。
「そういうことだよ。この男の悪夢も髪の毛……ではなく。少女の姿として、現実に現れた。この通り彼は頭部だけだし、瀕死だったから君だけにしか姿を見せられなかった…のかもしれないけどね?……で、彼が絶命したタイミングで君のアレルギー症状がなくなったということは…」
「さっきのカビ臭い空気って、その人の能力だったってことなの!?ひどい能力ね!まったく!!……わたしのキノコもゴミ能力だけども…(ボソッ)」
後半で、ごにょごにょ…と話していた内容は気になる…。
気になるが、そろそろ現実との向き合い方を検討する時間だ。
「というわけで、種明かしはこの辺にしておこうか」
「うーん、初めは逼迫した雰囲気で『距離を取るんだ!!』っぽいこと言ってたけど。ねぇ、トレンディ?なーんか、のんびりしてない?もうその……『それ以上~』っていうほどの脅威は、去ったってことでいいわけ?」
小首を傾げて問う少女に、ぎこちない笑顔で私は答える
「だと良かったんだけどね…。この室内では焦る必要がなくなっただけなんだよ」
「?……どういうことなのよ?」
「私達が進んできた通路を覗けば分かるよ」
私は淑女を高級料理店内へと、エスコートするように。
一国の姫を前に、傅く傭兵のように。
我々が歩いてきた通路をであり、この先の帰路を。
まだ何も知らない、無垢なる少女へ……。
丁寧にご案内する。
向けられたその手が、指し示す方向。
案内されたその先に、見えたもの。
これから歩まなければならない道に、用意されたそれらを。
少女は軽い気持ちで視界に入れる。
入れてしまった次の瞬間には。
後悔と焦り。
恐怖と混乱。
そして、私に対する怒りが。
涙をたっぷりと貯めて、青ざめる表情で……。
私に向けられていた。
「あれ……なに?」
幼児退行してしまったかのような、拙い舌足らずな声。
ポカンと空いた、塞がらない口。
ぽろぽろと、落とし物をしていく瞳。
こんな彼女に申し上げるのは、本当に心が痛む。
彼女からしても、大変に酷な話だろう。
けれど、大事なことだ。
心を鬼にして伝えよう。
「魑魅魍魎の悪夢達。彼らが私達の御帰宅を通路で心待ちにしているんだ」
━━━━待ち受けていたのは、黒く淀んだ闇の群れ。
抜け落ちた髪が、壁を伝い天井へ這う。
零れ朽ちる黒泥は、床を塗りたくり汚していく。
虫の湧いた骸が、瘴気を体表から気化させる。
毛髪に覆われた闇。
ドロドロの甲殻を纏いし闇。
獣の肋骨が牙のように剥き出しになった闇。
その他、幾数体……。
視界に納まるだけでも、通路の向こう側が見えなくなるほど。
漆黒の幻獣達が犇きあっていた。
「━━━━━━。」
「これでも焦る必要、あるかい?」
「 あ る で し ょ !? 」
***
【神廻歴4201年3月16日】
【AM 4:48 シンフェミア コーラル港】
寄せては返す波の音。
耳を傾ければ、深い眠りに堕ちてしまいそう。
瞼を閉じれば、深い眠りに誘われてしまいそう。
安心できる心地よさ。
信頼できる快適さ。
身を委ねれば、優しく抱き寄せる。
心を預ければ、慈しみで応える。
我らの偉大なりし、大いなる海。
いつもなら聞こえる船の汽笛も。
いつもなら騒がしい船員の笑い声も。
今は等しく、聞こえやしない。
ここにあるのは、いくつかだけ。
波が運ぶ、海流の音。
潮風さらす、流砂の音。
ツインテ揺らす、後輩の音。
幻燈祭二日目。
俺たちの朝は早かった。
━━━━いや、早すぎたのかもしれない……。
「スティアさんや……。俺、言いましたよね……」
「はい、なので。翌日の朝に、こうして眠たげな先輩を無理やり連れ出して現場までやってきたんですよ」
なんか爽やかな顔して。
なんか清々しい態度して。
なんか喋ってる後輩が……。
━━━━なにか言っているよ。
「━━━いま何時?」
声がらっがらの問い。
「そろそろ4時50分になりますね。……どうしました先輩?」
すんごい真面目に返答してくる後輩。
そうですか、5時前なんだ。
へー、早朝でしたか。
ああ、そうですか……。
どうしましたかって…?
あ、それ聞くんだー。聞いちゃうんだー。
聞かれたんだったら答えるけど……。
「どうもこうもねぇぇええッ!!まだ暗いじゃん!暗いよね!!真っ暗なんだよっ!?俺、昨日言ったよね!!明るくなってから捜索を開始しようね~って!!これじゃあ昨日の夜と状況はさほど変わらんけど!?視界も悪けりゃ脳も半覚醒なんですが!?眠いよ!眠くて立ったまま寝ちゃいそうだよ!!」
父が上手いこと話をつけて、スティアは納得したと思っていた。
そう思い込んでいたが、父のせいでむしろ気持ち高ぶりすぎちゃってるじゃん!!
スティアさん最短最速で向かおうとしてんじゃん!
俺の睡眠時間、置いてけぼりにされてんじゃん!?
━━━━お前の速度には睡魔も付いていけてねぇぇぇからッ!!
「大丈夫ですよ。しっかり朝からツッコミもキレキレですから、意識できていないだけで脳は覚醒できてるはずです」
「できてねーよ!?できてねーから言ってるんだよ!?気を抜けば意識飛びかけてるよ!!昨晩は眠りかけたら、ふわクロに鼻を摘ままれて飛び起きるっていうのを繰り返し受けてたから、ロクに眠れてないんだよ!」
「その本人は先輩の肩の上で、いびきかいて寝てますけど」
「ル~ルゥ……」
「━━━━━━。」
散々、人の睡眠を妨害しておいて自分はマイペースに他人の肩の上で就寝。
この既視感しかない光景。
以前に爆睡した彼女を背負って、ウォンカから逃げ惑った嫌な記憶が蘇る。
「くそぅ……なんでここまで原作再現してんだよ。よく分からん飛行物体になっても中身はしっかりレンカじゃねーか…」
三つ子の魂百まで。
レンカの魂は……幽体になっても変わらんのか。
ほんと、どこまでもレンカなんだな…。
「ふわクロウの中の人がクロだってことの説得力が増したところで、さっそく行きましょうか先輩」
「だから、こんな暗い早朝に行動するのが間違ってるって…。あれ、ふわクロじゃなかったのか?なんかフクロウみたいなイントネーションで一文字分増えてなかった?」
確か昨日の夜。
スティアが自分から『ふわクロでいきます』って命名してなかったっけ?
ん?あれ……?違ってなかったっけ?
あー、だめだ。
眠くて思考能力落ちてるわぁ……。
「細かいこと気にしますよね先輩って。でもそうです、昨晩考え直したんです。呼びやすさを重視したら語呂が良い方が収まりあるなぁって。なので、ふわクロ改め“ふわクロウ”で統一しましょう」
どっちとも似たようなもんな気がするけど…。
まあ、無駄に早朝からこれ以上言い合いしても疲れるし…。
「あ、うん。スティアがそれでいいなら、なんでもいいけど」
「よし。決定ですね!!」
よし!とガッツポーズを決め、静かに新たなニックネームの誕生を喜ぶ後輩。
確か学生時代にも、気に入った魔物に付けてたよなぁ…この人。
個人的なニックネームをつけて、ニヤニヤしてるような変わったところがあったっけか~。
……なんてことを思い出しながらも、この浮遊物には少し同情していた。
勝手に呼び方をコロコロと変えられるレンカ(幽体)。
━━━━お前はそれでいいのか、ふわクロウよ……。
「それはそれとして、この暗さは問題だろ。夏ならまだしも、この時期はまだ日の出まで時間あるぞ?俺はある程度の夜目が利くけど、だからってこの港から22番の倉庫っていう特定の場所を見つけて探索するのは……。」
「もー、わかりましたよ。光源があればいいんですね?明かりがあれば探索するんですね!?」
後輩は微量の逆切れ節を効かせて、唐突に召喚の準備を始める。
━━━━━って、召喚の準備だって!?
「まてまてまて!確かに明るければ探索はできるけど、お前の召喚する魔物ってスケールがデカいだろ!?そんなの連れまわしながらは……って話を聞けぇぇえ!」
「あなたの出番よ。おいで!«死へ誘う猟犬»!」
━━━━━かくして唐突な召喚は行われた。
彼女を取り巻く風域が空気を振動させ、凍てつく冷気を瞬間的に周囲に散布させる。
その冷風は、まるでこの世から乖離した存在のように身体の中を通り抜け。
肉体と魂の境界線をあやふやにする。
体感としては数秒にも満たない。
だが、その一瞬でさえ自分の身体が自身の物であるのかの認識感覚がぼやけ。
俺の体は、軽いふらつきを覚えた。
そんな中、召喚者のスティアの身体からは黒い体躯の黒犬。
青藍色の炎を灯したランタンを咥えた、一匹の魔犬が飛び出してきたのだった。
だが、その犬型の魔物は思っていたよりも……。
「━━━━大きく…ない?」
「よしよーし。ラプちゃん元気にしてた~?あ、耳の傷ちゃんと塞がってるね。よかったね~!」
「クルゥゥウ……。」
魔犬は主人に耳をわしゃわしゃと撫でられて、ご機嫌のご様子。
しっぽも激しく上下に行ったり来たりしてるし、なんとも忙しそうだ。
「てっきり前みたいな規模の大型犬が出てくると踏んでたけど、中型犬の魔物も使役してたんだな。犬にしてみれば普通に大型犬だけどさ」
「そりゃあ小型犬もいますよ。小型と言っても、この子が一番小さい子ですけど。……さあ、先輩!見ての通り、この子は灯りを咥えてます。これなら先輩は文句ないんですよね?」
召喚された魔犬を撫でながら俺に物申してくる後輩。
ノーと断れば、傍らで待機させた魔犬をけしかけてきそうな威圧感がそこにはあった。
と、いうわけで……。
「わかったよ。その子にお願いする」
俺は無事に完敗したのでした。
魔犬も大きさは、よく飼われている犬と同じようなサイズ感。
これなら、早朝の港で巨大な魔物を見た~なんて事件性の出てきそうな話題になる心配もないだろう。
「はい。彼女ならいい仕事をしてくれるはずです。ラプちゃんは優秀ですので。うぉーよしよしよしよし…」
「クルゥゥゥウウ…。」
「愛犬を溺愛する親バカにしか見えないけどな…」
目の前のほのぼのとした光景。
それを見ていると、ただの早朝に犬を散歩させてる人にならないだろうかと無性に心配になった。
「先輩。ふわクロウなんですけど」
俺の心配をよそに。
スティアが俺の肩に乗った、ふわクロウをじっと見つめて口を開いた。
見つめられたふわクロウの方は、魔犬ことラプちゃんの召喚にも動じずに爆睡を決め込んでいるが…。
「なんとなく。なんとなくなんですけど、ふわクロウ。うなされてませんか?」
「え?そうなのか?……まあ、言われてみれば………確かに……?」
スティアに言われて改めてふわクロウを見てみると、いびきに混ざって苦しそうな声も時折漏らしていたことに気づく。
彼女が苦しんでいるということ。
それは直結して、本体のレンカにも悪い影響が加わっているということでもある。
つまり、あまり猶予は残されていないのかもしれない。
「スティアに叩き起こされて幸いだったのかもな。急ごうスティア、レンカのところに」
ふわクロウの異常に、俺は脳を無理やり覚醒させた。
「はい先輩。移動しながら状況と情報の整理をします。場所は22番倉庫と先輩のお父様が仰っていましたので、きっと5年ほど前にビクス王国との貿易に使用されていた倉庫が該当の場所です。20から22番倉庫はビクス王国からレアメタルを輸入していた頃に使われていましたが、前国王の死去を境に急遽貿易は取り止めに。市民から選出された次期国王候補は就任後すぐに王国の解体を宣言し、現在のビクス共和国が成り立ちました。それからは、国から交易距離の離れたシンフェミアとの貿易を完全に断ち、今は近隣諸国との貿易に力をいれているみたいです。なので、これから向かう22番倉庫は事実上では廃倉庫…という扱いになっているはずなんですが…」
「めっちゃ詳しいじゃん!?」
「━━━━義務教育では?」
スティアは『はて?』なんて顔をしているが、こんなの義務教育で授かる知識ではない。
だって俺が知らないからな!
そんな記憶一切存在してないからな!?
「義務教育でそんなに詳しく学んだ覚えないけど!?倉庫の、どの番号がどこの国にあてがわれてるとか知らないだろ!一般の生活してたら!!」
「━━━━━ふっ。」
俺の無知アピールに、彼女の唇から何かが漏れた。
「なんだよ、今のため息……まさかアレか!?忘れていたスティアのお嬢様要素か!?学校とは別に幼少期から、素養として身につけられていた系のお嬢様にありがちな!不意にそういう要素が出ちゃったっていう時、特有の嘲笑なのか!?━━━━よし、いいだろう。凡人なめんじゃねぇぞぉぉぉお!!」
売られたケンカは買う。
俺はそういうタイプではないが。
アイツなら…。
今、服役中のアイツなら…。
━━━━━ツェドなら、そうしたはずだ!!
「グルゥゥゥウウ…!!」
だが、ここでスティアの番犬から俺に警告が入った。
『そこまでにしておけよ青二才…』と聞こえない声が聞こえてくる。
ここで引かなければ、このワンコに殺される。
俺の生存本能が伝えてきたのは、その情報だけだった。
「━━━━じょ、冗談じゃーん…。ラプちゃ…」
「グルァァァァァウ…!!」
「!?」
しょうもないことがきっかけだったが。
俺が、主人に敵意を見せたと彼女は思ったのだろう。
向けたのは敵意ではないが、感情を向けていたのは事実。
スティアが優秀だとか言っていたのも、なるほど頷ける…。
なんてことを考えて一人納得していると、俺は自身の異変に気付く。
忠犬から反感を買ってしまった俺は、魔犬に睨まれ。
そしてなぜか…。
━━━━━口から何かが出かけていたのだった。
「な、なんだこれ!?か、体の力が、ぬ、ぬけ……」
「ラプちゃん!?食べちゃダメ!ぺっ!して!ぺっ!!」
「クルゥゥゥゥ…。」
━━━━━スティアの呼びかけが、功を奏した。
唸りながら睨んでいた魔犬は、俺の目から視線を外す。
その直後、口から出かけていた湯気のような透明な煙。
それが何事もなかったかのように、すーっと俺の口の中へと戻っていく。
煙が全て体の中へと納まったところで…。
脱力感に襲われていた全身に、力が次第に戻ってきたのだった。
「━━っはぁ……!はぁ……。い、生きた心地がしなかった…。今のが、この子の…?」
「はい。ラプちゃん……ライラプスは、魂を食べるんです。先輩の行動があたしに攻撃的だと判断して守ってくれたんですよ。……よくできた子です。よしよーし…」
撫でられる忠犬は『ふん、主人に命を救われたわね。青二才…』と言っているような気がする。
体はスティアに向いてるけど、目は俺に向いてんだよな。
人を小バカにするような視線で……。
「褒めていいのか?あの…俺、死にかけたんだけど…」
「ウチは褒めて伸ばす教育方針でやってるので。他所の家庭の教育に口出さないでください。そ、れ、と!先輩が変なこと言い出すからですよ!!あたしの知識にお嬢様要素は関係ありませんから。選択科目で商業史を取ってるだけですから!」
お嬢様要素は関係がなかったらしい。
選択科目でなら、俺が知らないのも理解できる…。
義務教育受けてたはずなのに…!?って不安になったけど、これで安心したよ…。
「そ、そうだったのか。魔物とツェドのことで頭いっぱいなお嬢様だと勘違いしてたよ。まさか商業の知識にも精通してるとは……」
「先輩。━━━━もう一回、魂抜かれてみます?」
「いえ、どうかお許しくださいお嬢様」
◆◆◆
「22番…。ここでクロの姿見えた…とのことですが。この先はどうしましょうか?」
魔犬ラプちゃんに先導してもらい、件の22番倉庫とやらに着きはした。
だがここからは、しらみつぶしで探していくしか他なさそうだ…。
「レンカがいるのは、22番倉庫の地下って父さんは言ってたな…。一応聞いておきたいんだけど、この倉庫に地下が作られていた~なんて学校の授業で習ってたりしてないよな?」
「してませんね。あたしは授業を真面目に聞いている方だとは自負してますけど、そんな細かい設備の話までは聞いたことがありません。それこそ、建築関係の専攻科なら履修していたりもするかもですが」
首を振って否定をする後輩は、顔をしかめて件の倉庫を見る。
「だよな~。じゃあ、ラプちゃんにレンカの匂いを追跡してもらうってのは?」
「むーん……匂いですかぁ。微妙ですね…。ここは港ですから、潮の匂いに掻き消されて辿るのは難しいと思います」
「それもだめかぁ……」
犬といえば、嗅覚での追跡。
そんな先入観を持っていたが、嗅覚が良すぎるというのは時にこんな弊害を生んでしまうのだろう。
それは、犬も魔犬も同じらしい。
しかしだとすると、他に方法は……。
「でも先輩。その発想は生かせそうです」
「え、ほんとに?」
「はい。匂いは時間や風で消えてしまいますが、魂の繋がりは消えません。なので……」
スティアは途中まで語ると、一言。
『この子借りますね?』とだけ口にする。
俺の首に寄り掛かり眠る、ふわクロウ。
彼女を肩から優しく引きはがすと、後輩は手に抱きかかえた。
(これから、なにを始めるつもりなんだ?)
回収したふわふわの幽体。
ぬいぐるみのように動かないふわクロウを、彼女は自身の忠犬に寄せる。
魔犬に匂いでも嗅がせるものかと思っていたが。
彼女の手は魔犬の鼻先ではなく、黒い身体へと向かい……。
━━━━魔犬ラプちゃんの背中にライドオンさせた。
(━━━━本当に何が始まるんだ…??)
魔犬にライドオンされても尚。
ふわクロウは、変わらず眠ったままでぐったりとしている。
仮に起きていれば、魔犬の上に乗ったこの状況を楽しんでいたのかもしれない。
……あの時は咥えられて、結局背中には一度もまだ乗れてないからな…。
「━━━それで、このあとは?」
詳細不明の合体。
全貌が見えてこない彼女の行動に疑問を覚えた俺は、この先の展開を聞いてみた。
するとニヤリと口を細めた後輩は胸を張り、こう答える。
「あとは簡単です」
『ふっふふ…』と、悪魔めいた笑い声を漏らした後輩。
自信満々な彼女の表情には一抹の不安も覚えたが、ここは様子を見てみようか…。
そんな俺の募らせる感情には気づきもしないスティアは、愛犬に勢いよく命令を下すのだった。
「ラプちゃ~ん!GOぉぉっ!!」
「クルゥゥゥゥ!!」
━━━━主人からの出撃号令。
合図を出された黒い体躯の魔犬は、背にふわクロウを乗せて一目散に声を聞き、駆け出す。
黒くしなやかな体。
地面を蹴り進む、引き締まった四肢。
口に咥える灯りが、光の線のように彼女の軌跡を明らかにする。
警察の捜査犬のように、機敏かつ軽やかな足取り。
倉庫内へと侵入した彼女は、我々人間の目には見えない何らかの痕跡を追いかける。
「そうか!ふわクロウはレンカの幽体!ということは、近づけば本体とは引き合うってことか!」
「そうです。機動力と魂の繋がりを感じ取れるラプちゃんなら、クロを見つけ出すことなんて朝ごはん前ですよ」
誇らしげに腕を組み。
自身の愛犬に温かな視線を注ぐ、魔犬愛好家のスティアさん。
一方で、ふわクロウを乗せて疾走するラプちゃんのスタイリッシュなムーブメント!
その一挙手一投足には、訓練された熟練のベテラン犬を彷彿とさせるようだ……。
……ってのは、いいんだけどさ。
「ちょ、ちょっとまて!!俺の気のせいならいいけど、ほんと杞憂ならいいんだけどさ。上に乗馬……じゃなくて、乗犬してるふわクロウが…。どんどん小さくなっていってないか!?」
そう、気のせいなら良いのだ。
しかし、ラプちゃんが追跡を進めるごとにそれは進行し…。
一回りも、二回りも…。
徐々に、徐々に…。
ふわクロウの身体が、縮んでいるように俺からは見えてしまっていた。
「大丈夫なんだよな?あれ…」
魂を食べるという、ラプちゃんの性質。
要するに、在り方の問題上。
魂を追跡するためには、それに準ずるものが消費されていく~。
……とかなら、確かに危険なのかもしれないが。
ふわクロウの一部が消費されて、小さくなる…という現状に理由をつけられる。
だが、それでもふわクロウが小さくなっていく様子をこうして見続けるのは辛くも……。
「だ、大丈夫ではないですね……あれ」
「━━━━━おい今なんて?」
(え、この人いま…。大丈夫じゃないって……言った!?)
━━━━後輩は、いつかと同じ顔をしていた。
そう、あれは……。
レンカを咥えたオルトロスさんが、ぽろっと上空で彼女を落とした時と同じ……。
「とっ、止めろぉぉぉお!?大丈夫じゃない事態になってるんなら今すぐ止めんかいっ!!」
「━━━━先輩。あたしって、幸福度で魔物を使役してるじゃないですか?」
急に冷静に、光を失った瞳で何かを語り始める後輩。
「それがなに!?今は止めることに専念し……」
「だからですね、最近オートモードを実装したんですよ」
「━━━━は、はい?」
(この人は何の話をしているんだろう…)
その時の俺には、彼女の言ってる意味が全然理解できていなかった。
「指示を出したら、あの子たち自身に任せて幸福度の消費を抑えるやり方なんですけど…。」
「スティアさん?なにを言ってるんです?」
この時の俺も、彼女の言ってることは何となくでしか理解できていなかった。
でも、理解は確実に進んでいた。
「まだ試験段階なので、一度出した指示は途中で変更できなくて……。無理やり変更するとなると、倍の幸福度を消費してしまいまして…」
ここまでのスティアの説明……と、聞き間違えそうな言い訳。
それを聞く限りは、おそらく結果は見えている。
理解度も上がってしまった現時点の俺では、彼女が言いたいことも理解できてしまっていた。
けれども、そう念のために。
もしもの…。
一縷の望みをかけて…。
━━━━彼女に聞いてみようじゃないか。
「残りの幸福度って、具体的にどれくらいなの?」
「━━━━ジュースを買うお金をコイン投入口前で落として、自売機の下の側溝に消えていくのを見送った時くらいの……幸せですね」
「思いっきりマイナスじゃねぇかぁぁあああ!!止まらねぇじゃん!!もうふわクロウの命の灯が消える去るまでラプちゃん止まんねぇじゃんかっ!!消えちまうよ。綺麗に魂が成仏しちまうよ!?」
あの魔犬列車は、どうやら途中下車はできないらしい。
そう、乗車した客を食いつぶすまでは……。
「すみませんせんぱいぃぃぃ!!ラプちゃんが捜索する時に、ふわクロウをあんな勢いで食べちゃうなんて思ってなかったんですぅー!!よくよく考えたらふわクロウって幽体だから、むき出しの魂そのものだったって失念していましたぁー!!あんなの殻から身をほぐされて無防備になった丸裸のカニ身と変わりませんよぉー!!」
「絶妙に美味そうで上手いこといってんじゃねぇよ!!それにお前はカニアレルギーだろうが!!せめて例えるなら自分の食べられるものにしておきなさい!!なんかこっちが居た堪れなくなっちゃうから!!」
俺たちがアホ極まりない掛け合いで言い合っている間。
その間にも、主人曰く優秀な愛犬ラプちゃんは捜索を継続して行っていた。
彼女の優秀さが、今はとてつもなく恐ろしいわけなんですけど……!!
「クルゥゥゥゥ!!」
唸り声。
ふわクロウを乗せた、止まらない魔犬列車に動きが見られた。
ピタリ……と突然一つのコンテナ前に停車したのだ。
そこで、特殊な吠え方でスティアへ何かを伝えようとしているラプちゃん。
そんな彼女の様子に、取り乱していた主人であるスティアも気づく。
『むっ!』っと、こちらも特殊な反応をしながら、彼女は愛犬の元へと駆け寄っていった。
「先輩!見つけました!地下への通路です!」
後輩は魔犬が見つめた先。
そこに置かれた大きなコンテナの中を指さし、俺に見るよう手を振って催促をする。
魔犬の背でふわクロウが消えかける中。
何とか目的のものは見つけられたが、時間はどうみても残されていない。
それなら、ここで躊躇している暇もないだろう。
俺は駆け足で、彼女らが待つコンテナ前へと向かっていく。
━━━━コンテナには人為的に空けられた縦長の穴があった。
近づくまでは分からなかったが。
穴の断面部は熱で溶かされた後のように、歪な形で冷え固まっていた。
レバーで開閉する型のコンテナのようだが、わざわざ何故こんな開け方をしているのだろう…。
正規の開け方でないなら。
よほど開閉者に余裕がなかったか、外部から第三者がよからぬ目的で侵入したか。
もしくは、開けた者がかなりの……。
━━━━脳筋持ちだったか……。
「ほんとだ。床下の収納扉みたいな……ハッチっぽいのがあるな…。これが父さんの言っていた地下への道なのか」
コンテナに空いた穴から中を覗き込むと、確かに地下へ続きそうな扉があった。
見るからに昇降口扉だが、コンテナを上から被せて隠すように存在している点が気にかかる。
隠蔽したい何か。
明るみに出るとよくない何かが安置されている…。
この奥からは、そんな類の雰囲気を感じてしまう。
「ラプちゃんも、この下に反応してるんだな?」
「はい、ここ掘れワンワンです」
━━━━なんか、可愛い所作でワンワンしておられる。
それは犬の真似だろうか…。
片手を丸めて、クリームパンのような拳を作った後輩。
その、人を殴ることも出来なさそうな拳で、手招きっぽい仕草をする。
犬というか、招き猫にしか見えないけどなぁ…。
可愛いのは…かわいいけども。
「ラプちゃんがワンワン鳴いてるのは、一度も聞いたことがないけどな?わかった、下に降りてみよう」
━━━━決断は早かった。
ふわクロウが成仏しかけていることも一因の一つ。
しかし、元よりふわクロウの調子がどこか悪そうだったことが、何より気がかりだった。
取り返しがつかなくなる前に出来る限り急がねば……。
俺は、床に設けられたハッチ。
地下へと続いているのであろう、その扉を躊躇いなく開放した。
……のは間違いだったのかもしれない。
「■■■■━━━━ッ!!!」
「な、なんだなんだ!?」
━━━━俺が扉を開け放つと同時に、何かが溢れた。
下へと続く、扉の先。
そこから、無数の真っ黒な塊が扉から漏れ出るように。
ものすごく恐ろしい速度で。
ビュンビュンと数える間もなく流出し。
這い出るように飛び出してきたのだった。
「「━━━━━━━━。」」
その突然の光景に、呆然と立ち尽くし言葉を失う俺たち。
うじゃうじゃと溢れ出るそれらは、気づけばコンテナの上部を打ち抜いて倉庫内の天井を覆いつくさんばかりの数で埋め尽くしていた。
控えめに言っても気味が悪く。
大量の虫の群れを目の当たりにしているようで、思わず鳥肌が立つ。
扉から倉庫の上部に移動し、次々に溜まっていく黒い塊。
それらはまるで、大きな杓子で攪拌されているかのように。
ぐるぐる、ぐるぐると。
回り、混ぜられ。
奇怪な動きで旋回を行い。
輪を描き、規則性を持って漂い始めた。
「あ、あれって魔物なのか!?まだ穴から出てくるけど!…は、博士。あれはなんて言う魔物なんですか!?」
今も尚、絶えず開け放った扉からぞろぞろと沸いて出てくる黒い塊。
あれが魔物だとしたら、きっと魔物博士のスティア教授が鼻高々に解説をしてくれるはずで……。
「それ、あたしに聞きますか!?博士号も持ってなければ大学院も出ていない現役の女子高生なんですけど、あたし!!」
━━━━解説の講義は、開講されなかった。
「だってお前、魔物に詳しすぎるだろ!?知らないの?あの魔物!!」
「知りませんよ!!あれ多分魔物じゃないですし!ラプちゃんが何の興味も示していないので魂だとか、霊的現象でもないですよ!!」
魔物だったら、黄色い声を上げて話に飛びつくスティアが否定をしている。
日頃の反応が反応なだけに、彼女に違うと言われれば素直に納得できてしまう。
気持ち的にも、スッと心に入って来て、不思議と受け入れてしまうのだ。
説得力と言いますか、積み重ねてきた実績と言いますか…。
いやぁ、実に面白い…。
━━━━ん?では、あれはなんなの?
「魔物でも、ましてや幽霊でもないだって!?じゃあ、なんなんだよ。あれが自然現象とでも??虫が食料を求めて土地を大移動する話は聞いたことあるけど、あんなのが大陸を横断する現象なんて見たことも聞いたこともないからな!?」
稲を糧とする害虫が、大陸間を渡ることはある。
だが、こんなドス黒く大きなものが大量に海を越える光景なんて…。
実際に目撃してしまったら、世界の終焉でも訪れたのかと勘違いするよ!?
「だから知りませんって!!あたしたち集団幻覚でも見ちゃってるんじゃないですか!?それとも悪い夢でもベッドで見てるじゃ……ええ、そうですよ。悪い夢ならもう一度眠れば問題は……」
「現実から目を背けるんじゃねぇよ!?」
常識を逸脱した現象を目の前にすると、人間は現実逃避をしたくなる。
それは、魔物大好きお嬢様のスティアさんでも例外ではなかった。
扉から無限に湧き出る正体不明の現象。
止めどなく出現するそれが、彼女の琴線に触れなかったことを考えれば、本当に魔物ではないのだろう。
だとしたら、こいつらは…。
「俺たち、本当に夢でも見てるんじゃないだろうな…。」
「━━━━うん。幽霊でも魔物でもない。君達の言う通り、これは…悪い夢だよ」
「え?」
黒い塊で埋め尽くされた天井を見上げる俺たち。
そこに、扉の方面から。
俺たちの背後から…誰かの声がした。
そして、思い出す。
その人物の声を。
その人物の口調を。
その人物の姿を。
その人物との……。
━━━━会話の内容を。
「リリース」
ズギュ―――――――――――ン…!!!
「!?」
聴き慣れた轟音。
それは、聞きなれない言葉と共に弾けた。
悲鳴、驚嘆、爆音。
宙では音階の乱れた出来損ないの曲が奏でられる。
旋律を成すように、連鎖的に爆散する黒塊。
天井で旋回していた黒塊は、形成していた輪を抜けようと逃走を試みる。
けれど、連鎖は止まらない。
火炎は身を焦がす。
爆風は身を削る。
熱波は身を灰燼へと変えた。
もがき、声上げ、恐怖する。
侵す側が、侵される側へと転換し。
惑わす対象に消されていく。
爆ぜ散らす。
焼き尽くされる。
無に帰される。
飛び散る闇。
消えゆく瘴気。
剥がれ落ちる夢。
一つの言葉。
一回の攻撃。
一度の衝撃。
たったそれだけ。
たったこれだけで。
漆黒の現象は、そこに塵一つ残さず。
━━━━夢へと還った。
「━━━━━━━━。」
爆散した黒塊は、シュワシュワと空気中へと溶けて消失する。
あれだけ一面、真っ黒だった天井。
そこに彼らの姿はなく、幻覚でも見ていたのでは…と、自身の目を疑った。
天から、火の粉舞う倉庫の中。
彼らの排出を終えたハッチ内から、出てきていた一人の男。
やつらを殲滅し、笑顔を向けた彼は軽く手を上げると口を開いた。
「やあ、こんにちは。……いや、こんばんは?…あぁ、暗いけどもう朝なのかな?」
灰色の髪に黒いメッシュの入ったオールバック。
オレンジ色の瞳からは敵意を感じはしない…。
装いは、フード付きの黒い服…。
服装こそ違っているが、その姿には見覚えがある。
━━━━あの日、俺は彼に命を救われたのだから…。
「おはよう。君達が彼女の言っていた友達だね」
「━━━━トゥエルノ・ランス…。」
口から出た、その名前。
父の言っていた人物であり、俺の恩人。
あの火災現場ではピンとこなかったが、名前と容姿で一致した。
彼こそが、レンカの行方のカギを握る人物だ…。
「うん。その様子なら自己紹介は必要ないらしい。それなら今回は省かせてもらうよ。……うん?よく見たら……。君は確か、ファミリーレストランの火事現場で…」
「ルシェ―ド・二クロフです。その節はありがとうございました」
あの日に出来なかった自己紹介の後。
俺は、彼に深々と頭を下げた。
彼に救われていなければ、焼け死んでいたのは間違いない。
しかし、あそこで出来た縁がここに繋がってくるとは思っても見なかった。
ここから良縁となるかどうかは、この後次第ではあるが…。
「うん。やっぱりあの時の君だったんだね。喉も治っているようだし、良かったよ。あっ、一緒にいた彼も、その後は大丈夫そうかい?」
彼の問いに、俺は一瞬だけスティアへ目を向けてしまう。
けれど、彼女の方は幸い気が付いていなかったらしい。
目の前に現れた彼に威嚇をする魔犬。
そんな忠犬を鎮めることに気を割いているようだから…。
「あー、はい。きっと元気にやっているとは…思います。あ、すみません!今は急いでいて…。それで、あなたにお尋ねしたいことが……」
「私も伝えなければならないこと。話さなければならないことが、君達にあるんだ」
「トゥエルノさんが…ですか?」
愛犬のケアに忙しくしていたスティアが答える。
「うん。そうなんだ、フリューゲル嬢」
「━━━━あたしのこと、知ってるんですね…」
「もちろん。シンフェミアの名のある家名だからね」
━━━━身分を知られていることに、やや表情が硬くなる後輩。
彼は微笑んでいるが、スティアにとっては知られてもあまり嬉しくない情報だったようだ。
スティアを令嬢として知っているのは、市長の息子としては当然のことだとして。
その市長の息子が、こんなところで一体何をしているのか。
ただ、気になるのは何もそれだけではなかった。
「お互いに聞きたいことは色々とありそうですが…。まずは一つ、こちらからの質問に答えていただけないでしょうか?」
失礼のないように意識して、俺は彼に提案を持ちかけた。
「いいとも。なんでも聞いてよ」
「ありがとうございます」
彼は往年の友人に接するように、気さくな態度で答える。
その顔に浮かぶ爽やかな表情からは、やはり悪意の類は感じない。
だが、あれは間違えようもなく…。
「では、失礼して…。━━━━どうして、『クロガネ・レンカ』の能力をあなたが使えるのか……お聞かせ願えますか?」
━━━━努めて感情を殺し、丁寧かつ冷静に……問いただす。
レンカの所有する神の加護の一つ。
空気を球体状にして射出する彼女のチートスキル、その二つ目。
聞き違えることはない。
何度も耳にした、あの轟音を。
轟音伴う、あの衝撃を。
衝撃散らす、あの威力を。
━━━━≪青狸砲≫を、トゥエルノ・ランスが扱ったことへの不信感。
今の俺は、その疑問を何よりも早く解消したかった。
……ただ、それだけだったのだが。
「━━━した━━━えた━。」
「━━━━えっ…?い、今のは…聞き間違いですか?その言い方だとあなたが……」
しかし、返って来たのは聞き入れたくない答えだった。
場合によっては……。
結果としては……。
俺は、手段を選ばなくなってしまいそうなほどに…。
━━━━残酷な答えだった。
「クロガネを殺した。殺したから使えたんだ。━━━━だから君達を待っていたんだよ。二クロフ君」
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ご一読いただきありがとうございます。
花粉症からボコボコに殴られ続けながら春を送っている作者です。
今年は、花粉の時期に風邪を引いてしまうという失態を侵してしまい瀕死の重傷であります…。
とくに咳が半端なくて……花見どころではないよ!!
……てなわけで、今回も後書きです。
本編では、今まで各々バラバラに自身の思惑で行動していた人達がようやくまとまってきたというか、物語のギアが噛み合ってきたような展開を見せ始めましたね。
息子さんが本格的に話に加わり、この先の幻燈祭はどうなっていくのかをお楽しみください。
もうひとつ、今回の章のテーマとなる要因として『夢』というワードを頻繁に取り入れています。
以前の後書きで『想い』を主軸として~とお話を致しましたが、その言葉にも関わってくる大事なテーマだったりもします。
夢とは誰もが見るもの。そこへ想いが乗れば……ということです。
この答えは皆さんの目で今後の本編を確かめてもらえれば幸いです。
さて、それではお別れのお時間です。
次回もなるべく早めの更新を目指して頑張りますのでよろしくお願いしますー。
では、またご縁がありましたらお会いしましょう。




