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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある山小屋の二人

作者: ろまんしぇ ばーじょんつー

──バチッ…ヴボォー…

 蔦の装飾がなされた鉄柵に囲われた暖炉からは、怪物の呻き声のような音が鳴っている。


──シャ…

 私はその音に身を任せながら、揺り椅子を揺らし、小説を読み進める。


──ズッ…カチャン……

 左手前の小さな丸机に手を伸ばし、少しばかり冷め始めた紅茶を呷る。


「…入れ直してくるか」


 囁くような声音で言うと、それまで絨毯の上で暖炉の踊る炎を眺めていた彼女が此方を見上げてくる。

 彼女の神秘的な白金色の髪は、炎の朱で僅かに赫いている。上目遣いで此方を覗くその眼は、背にした炎の光など気にならない程に鮮明な紺碧の色を湛えていた。


「紅、茶」


 掠れるような隙間風にも似たか細い声で彼女は、自分にも紅茶を、と催促をしてくる。かれこれ二時間は何もしていなかったからか、喉を潤わせたいのだろう。


「わかった、少し待っていろ」







──カチャッ…………チョロチョロ………ボッ…

 彼がカップとソーサーを持って炊事場へ向かう。

 おそらくは仕切りなどないのだろう。水を注ぐ音と火を点す音が跳ね返りも少なにここまで響いてくる。


──チョロ…チョロ…チロ…チロ……ポチャ…

 少しすれば紅茶の香りと紅茶を注ぐ音が聞こえてくる。


──カチャッ…カチャッ…カチャン……

 盆にソーサーを二つ、後は大きめのお皿を乗せたのか少し大きく低くめの音が鳴る。


──ズス………

 いつものように、盆を引きずるように持ち上げている。

 本人は音がすることを気にしていたけれど、私はこの音が存外気に入っている。


「持ってきたぞ」


「あり、がと」


 彼の言葉にすぐさま感謝の言葉を返す。私の知る限りでは、こんなにも何かしてくれるのは彼だけだからだ。

 彼がソーサーと一緒にカップを手渡してくる。

 私は両の手のひらで、それを受け取る。彼の思ったほどに大きくはない手指が触れる。人肌の温かさと柔らかさはやっぱり心地いい。


──カチャン……ギィー……ギィ…ギィ…シャ…

 彼が盆を小さなテーブルに置いた。少し勢いがあったのか、カップの紅茶が分離し、水玉が跳ねる音がした。

 そして、ロッキングチェアに深く座り込んだのだろう。木のきしむ音が長めに響いていた。

 一定のテンポで木がきしみ、本をめくる音が届く。私はこの音が好きだ。だからだろうか、この音が聞こえる今がたまらなく嬉しい。


「どうした」


 彼にそう聞かれた。彼の方に体を向け、小首をかしげる。


「体を揺らしていたからだ」


 小首をかしげた私に、彼はそう返す。私の体は揺れていたらしかった。


「なんで、もない」


「そうか」



──ズッ…カチャン……ギィ…ギィ…

 私が言葉を返し、彼が一言こぼす。短い沈黙の後、彼が紅茶を飲んだことをかわきりに、彼も私もいつもと同じ調子に戻る。


──かちゃっ……すす…こくり…

 私は紅茶をすする。実は彼の淹れる紅茶はお世辞にも美味しいとは言えない。香りはとてもいいのだけれど、それ以上に口に含んだ時の渋味の強さが、すごい。それでも私は、彼が入れてくれた紅茶が一番好きなのだ。


「おい」


 私はカップを手に持ったまま、彼に呼ばれて振り返る。


「なに」


「口を開けろ」


 彼に言われたままに、私は口を開いた。

 すると口の中に硬い物を入れられる。


「噛んでみろ」


 私は言われるとおりに口の中の硬い物を噛み砕く。

 甘い。少し冷んやりとした、硬さに似合わない優しい甘さが口に広がる。







──がり…かり…かり…

 彼女は目を閉じて、金平糖の甘さを味わっている様子であった。私は少しばかりそれを眺めてから視線を手元の本に戻す。

 先程の紅茶を口に含んだ時に彼女の零した笑みを思い浮かべる。優しく少し困ったような笑み。私は無意識に上がってしまう口角を然りげ無く本を上に持っていく。そうして、私は口元を彼女の視線から切れるように隠した。


──カチャ……ズフッ…ゴクッ…ガチャン

 私は自身の動揺から逃避するために紅茶の入った洋杯を傾けた。些か傾け過ぎたせいか、少し気管に入りかけた紅茶を洋杯へと吹き戻す。

 目線を彼女に向ける。吹き出した事には気づかれていない。私は誤魔化すように一気に紅茶を呷る。そしてまた小説へと目線を落とす。


 ふと、登場人物の一人の言った台詞に目が留まる。

 『君が君自身の未来を諦めていようと、私は君の未来を諦めない。』

 何処か懐かしさも覚えてしまう、そんな台詞。

 彼女はどう思っているのだろうか。

 考えようとも答えなど無い。もう既に答えは得た。理性的な事では決して無い。それは只の私の我儘だ。

 そう、結論付けた。けれど、今もまだ私自身に正しさを追及してしまっている。

 唐突に始まってしまうこの鬱屈とした想いも、暖炉の前の彼女を見遣れば簡単に霧散してしまう。何と単純なのだろうか。自分自身の如何しようもなさに(ほとほと)呆れ果てる。


──カリ…ガリ……カチャ…ズッ…

 皿の上の開かれた紙の包みから、金平糖を一つ摘み口へと運び入れる。少しザラリとした感触を噛み砕けば、濃い砂糖の甘さが舌の上を塗り潰す。僅かに残った紅茶を口に含めば、その香りと苦味で程良い甘さの余韻がやって来る。

 何気なく暖炉の方に目を向ける。すると此方を覗く彼女と視線が合う。


「嬉し、い?」


 彼女のその問いかけに私は少しばかり思案する。口元は隠れていて顔も無表情に近く、その上此方は彼女から見上げられる位置にある。何故そう思ったのだろうか。


「髪、揺れてた」


──ふり…ふわり…

 彼女はそう言いながら、耳の上の髪を束にして上下に揺らしている。自然と口角が緩むのを本を持ち直すように上に動かす事で隠す。


「そうか」


「そ、なの」


──こほっ…ごほっ……んん…んっ

 言い切ると彼女は口元を手で遮り咳をした。そして、調子を確かめるように喉を鳴らして何かを誤魔化した様子だった。その反応から何を誤魔化したのか考え、結論を出す。







──バタン…

 彼が本を閉じたようだ。やっぱりバレてしまった。次に言うことはわかっている。


「今日はもう寝ろ」


「イヤ、よ?」


 彼のいつもどおりの言葉に、私もいつもどおりそう返す。だって眠たくなんてないのだもの。


「薬を持ってくる」


「イヤなのよ?」


 私の言葉を綺麗にいなして、彼は炊事場へ向かっていく。気遣いと義務感からだろうその態度は、ちょっとだけれどモヤモヤする。


「寝、ないわ」


──ガサ、ガサ……カチャン…チョロチョロ…

 彼はわざとらしく音を立てて探すフリをする。私への薬は全部、戸のない棚に並べてあるのは知っているのよ。しかも注いでいる水の量からおそらく、粉薬の筈。


「持ってきたぞ」


「やよ」


 彼から顔を逸らす。だって匂いから何の薬かわかっちゃったんだもの。飲み込む時とってもドロッとするヤツだもの。


「飲め」


「イヤよ?」


 彼が困ったような声音で言った。頭が少し冷えてちゃんと考えられるようになった。だけれど、飲みたく無いのは変わらない。迷惑はかけたく無い。かけたく無いけれど、それはそれでこれは別問題だ。


「仕方がない」


「やよ」


 何をするのかはわかっている。何を言ってもこれからされることは予定調和なのだ。イヤじゃない、むしろいいことなのだから抵抗のしようがない。しかたがない。しかたなくなんかないが、しかたないのだ。


──サァー…コクッ…

 口に何かを含んで彼が近付いてくる。薬を飲むことからは、逃げられない。ああ、それ以上に逃げようがない。だってイヤじゃないのだもの。



「んっ」



 

 触れるだけのささやかなキス。息を続けるために少し首を傾け、つつくようなついばむようなキスへ変わり。そして、無意識に緩まってしまった唇を舌を使ってこじ開けられ、唾液と一緒にそれは流し込まれる。


 そう、水で溶かれ粘り気を帯びた粉薬だ。


「ん〜!!!んー!ん〜〜〜!!!」


 怖くて、苦しくて、泣き叫ぶように呻き声をあげる。苦い。とてつもなく、とほうもなく、ただただ苦い。あまりの苦さに涙が溢れてくる。水瓶の水をぶちまけられた時のように、大粒の涙が連なり、まるで滝のごとく流れていく。

 苦さからくる恐怖で無意識に、彼の背中を叩いて、引っ掻いて暴れる。何でこんなことするの。そんな思いも、理性が私のためだと主張していて、我慢しようとする。けれど、そんな事は関係ない。苦しいから、だから逃げようと必死に暴れるんだ。苦しいとあの時を思い出してしまうから。彼を傷付けたく無い、なのに彼から傷付かれにくるから、だから彼のせいだ。そんなふうに、途中から責任転嫁してしまっていた。


 気づけば苦しさはなく、苦さを忘れようと私の方からキスを求めていた。彼の匂いと鼓動が聞こえ安心感を持ってしまうせいだ。彼のせいで苦しかったのだから責任を取ってもらわないと、彼に求められているのが嬉しい、謝らないと嫌われるかもしれない、傷付いてでもも私が大切なんだ。だけれど、どこか他人事のように俯瞰していて、そして、何か心が空いていく感覚がした。


「飲めたな」


「ぁ」


 やがて、彼の方から口を離す。吸い込まれそうな暗い、昏い黄色の瞳が見えた。途端に彼が何を考えているのか、何もわからず不安になる。


「ご、ごめ、ごめん、なさ」


 震えてしまってうまく口が回らない。呼吸が苦しい。視界が黒い。本当は彼が何も思っていないことなんてわかっている筈なのに。嫌われるかも、なんて益体もない妄想に囚われて迷惑をかけている。違う、彼はたぶん迷惑とも思っていない。わかっている。わかっているのに。ぐるぐると頭が空回りする。


「大丈夫だ」


──ポン…ポン…

 彼は私を抱きしめて、さするように背中を叩く。ひどい人ね、こんなにも苦しいのにもっと大切に思われようなんて。自分の自惚れた、浮かれきった酷い思考に吐き気がする。依存するなんて、ダメなのに。申し訳なさが心を埋めていく。こんなのになってしまうから、イヤだっていったのに。それなのに。

 また、彼のせいにしてしまった。イヤなのに彼だけしかいないのに。だから、迷惑にならないようにしないとなのに。どんどんと考えも気持ちも落ちていく。


「気にするな」


「いや」


 なんでこんなに酷い私に優しくするの。いっそ、責めてくれれば、壊れてしまえるのに。グチャグチャになって、もう何も考えたくない。


「好きなだけ、、、好きにしろ」


 彼が手で頬を挟んで、トンチンカンなことを言う。おもいがけず、ポカーンとしてしまう。


「いつも言っているだろう。もっとわがままにしていろ」


「ふふ、そう、そうね」


 彼の呆れたような困ったようなふしぎな声音がおかしくって嬉しくって、自然と声を出して笑う。いつもどおり、いつもより不格好な私の声で、彼の言葉に同意する。

 気に入らない、そんなわがままで私を連れ去ってしまった彼なんだもの。たとえ誰かが否と違うと言っても、私にとってはどんな英雄の言葉なんかよりもチカラのある言葉なのだから。








──くてん…

 疲れて果てていたせいか、彼女は糸が切れたかのように眠ってしまった。だから仕方なく、そう仕方なく横抱きに抱えて寝台まで運ぶ事にする。


──すぅ…すぅ……んんっ…すぅ…

 彼女は息も深々に眠りこけている。此方はあまりの可愛さに如何にかなりそうだったというのにだ。だから、つい頬っぺたを突っついてしまっても問題ないだろう。

 少しして寝台の横に座り直して考える。彼女はあの薬達がなければまともに動く事もできない。その事実が途方もなく忌々しい。本来であれば薬の苦味で恐慌もせず、そもそもとして薬すら数週間に一度の処方で済む程度のものだったのだ。左手を置いていた寝台の敷布をクシャリと強く握り締めた。

 彼女の眠る寝台から離れようと立ち上がる。すると、いつの間にか彼女が服の裾を握っていた。


「ど、こ」


「大丈夫、私はここにいる」


 膝をつき、そう語りかければ、乱れ始めていた呼吸は穏やかなものに戻った。しかし、何故だか眉間に皺ができている。

 思わずクツクツと静かに笑い、そのまま皺に指の腹を乗せて撫でほぐしていく。

 窓の外を見る雲も少なに星空が見え始めている。明日は数ヶ月振りの快晴だろうか、そうであれば食材を集めに行かなくてはいけないな。そんな事を考えながら私は、未だ離れない彼女の手を動かし、彼女の眠る毛布と寝台の狭間へと入り込む。


「おやすみ」


 そう言って瞼を閉じた。

 願わくば、彼女が笑って花畑を歩けるように。

換装した感想。

ナチュラルに布団入るのね……。中々に妄想的ですね。いったれー!やったれー!。いやぁ、にまにまする。どんな酷い目あったんだ…曇らせたい。純愛は良いよね。幸せになってほしいっすね。



 彼女

歳:10代だと思われる 性別:女性

 とある名家の最初公認、後に非公認の子供。色々とあって身体がボロボロ。諦観が最初にくるせいか大人びて見えなくもない。

 父親は只の人間。母親は物心着く前に他界。親代りの執事と侍女が居たが六歳の時期に謎の失踪。十歳過ぎて少しした(当者比)に彼と出会い、彼を気に入る。


 彼

歳:30後半くらいかも 性別:不詳

 出生不明性別不詳の元使用人。色々あって彼女のお目付役に。少し世間知らずでナチュラルにあーゆーのする。ここにいるって事は読んできたんでしょう?

 必要とあらばアレな事もするし、非常識、異常識な事もする。名家のお嬢さん誘拐とか。国家転覆とか。



二人はいずこ、たとえ何者がはばもうとも、二人のゆくすえはさだまった。

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