絶対に呪い殺す怨霊VS呪われた家をDIYしたい幼馴染VS無関係で心底どうでも良い僕
「はぁー? 家を買った〜?」
「そうなんだよ」
大学近くのスアバで優雅にしていた所を腐れ縁の幼馴染がいきなり現れて、許可無く同席したと思ったらこの話である。
「中古物件だったから安く家を買えてさ〜俺、自分の家を一からリフォームするのが夢だったのはお前も知ってるだろ?」
「そりゃ耳にタコが出来る位に聞かされまくったし、その為に必要な資格も取っていたし、大学も建設系の大学だしな。だけどお前、僕と同い年なのにその歳でローン組むとか大丈夫か? まだ大学生だろ?」
「ローン組んでないんだよ。現金で一括で払った」
「はぁ⁉︎ 現金で一括‼︎⁇ 親に払って貰ったのか!」
「違う違う」
幼馴染は手を横に振って否定した。確かにこの男の実家は金持ちで息子であるこの男に一等甘かったが、流石に一軒家を買う事はしないだろう。精々マンションの家賃を代わりに払う事位だ。
「実は俺の今までのお年玉とバイトで買ったんだ」
「お前そんなにお年玉とかバイト稼げたのか? 幾らお前の親父さん達がお前に甘いからってそこまでぶっ飛んた甘やかしはしないと思うが......」
「実はさ。その家中古の家だけど値段が......」
僕の耳に近付いて小声で買った時の値段を聞いてビックリ仰天。
「百万⁉︎」
中古の一軒家の平均的な値段は分からないが、それでも安すぎな事は僕でも分かる。
「............お前絶対に嘘だろ」
「疑い深いな〜何だったら俺の家に来るか? ちょうどお前の授業も必要な単位の奴は終わったんだろ?」
「そうだけどさ......本当に大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと訳有りなだけたがら」
「此処がお前が買った家?」
「そう良いだろ〜?」
連れて来られた家は駅から歩いて十分と利便性が良いのだが、家に近付く度に歩く人が少なくなり、挙げ句の果てに幼馴染の家に着く頃には人の気配すら無くなっていた。
そして噂の家も中古ながらに中々大きい二階建ての一軒家だった。見た目は何の変哲も無い普通の家なのだが、何か見えないオーラが見える。それも負の方面の。
それに両隣の家はまるでそこだけが時間の流れが早いのか廃墟の様にボロボロだった。
嫌な予感がした僕はスマホで家の瑕疵が載っている某サイトでこの家を調べたのだが。
『絶対に此処に近付くな‼︎‼︎』
『此処に一歩でも入れば呪い殺される』
『此処を取り壊そうとした業者は全員不可解な死を遂げ、両隣の家の住人も不幸な死を迎えた』
『呪いを産み出した元凶でもある旦那が放火したが、水もないのに突然消えて逆に旦那が焼き殺された』
『此処は絶対に遊び半分では入ってはいけない呪いの家。どんな霊能者も裸足で逃げ出す程にヤバい』
『絶対にこの家に近付くな‼︎‼︎‼︎』
「ガチもんの幽霊屋敷じゃないか‼︎‼︎‼︎‼︎」
「んな大袈裟な......」
昔っから細かい事には気にしない奴だったが、此処まで馬鹿だったとは思わなかったよ⁉︎
『旦那に酷いDVと虐待のせいで殺された紗代子とその息子の都志也。
紗代子の怨念は深く、夫の再婚相手である浮気相手・子供と一緒にイビっていた義実家・助けてを求めても助けなかった紗代子の実の母親・傍観していた近所達を凄惨な呪いで殺した。紗代子は怨霊となり、自分達が殺された場所でもあるこの家に一歩でも入った人間を呪い殺せるのだ。
自分が憎んだ人間を全員殺しても怨みは深く、今でも家に入った人間は一週間も経たずに死んでいった』
何でこんな最悪多重事故物件になったのか理由を見たが、怖い。酷いの一言だけだった。そりゃ悪霊にもなりたくなるわ。
だけど謎が残る。何でこの馬鹿は未だにピンピンしているんだ?
「ボロ屋だったから今流行りのDIYで俺好みの家に作り直している最中なんだけど、なんかお邪魔虫がいるなぁと思ったら......そうかアイツの名前は紗代子って言うのか」
恐ろしい話を聞いてもこの幼馴染は断然やる気を出し始めて指をポキポキ鳴らした。
「取り敢えずお邪魔虫の名前が分かった所で家を案内するぜ。さぁ! 俺のマイホームにご案内〜」
「この状況で良く案内しようと思ったな」
これはコイツが良くても僕が死ぬ可能性がある奴じゃないか?
「ただいま〜」
「お、お邪魔しまーす......」
意気揚々と入る幼馴染の後ろに隠れる様に家に入る僕。
その瞬間だった。
バッ‼︎‼︎
カッキン‼︎‼︎‼︎
何故か包丁が自分達の方に刃先を向けたまま飛んで来たのだ! なのに幼馴染は平然として何処からか取り出したバールで打ち返した。ちょっと待て。何でそんな物持っているんだ、しかも何処から取り出した⁉︎
「いきなり刃物は危ないだろうがーー‼︎‼︎」
しかもこの馬鹿はあろう事か落ちた包丁を取ると投げられた方へと投げ返した。
投げられた包丁は壁に突き刺さった。
だけど僕はこの目で確かに見た。
突き刺さった包丁から透明な血だらけの女性が現れて幼馴染を睨んでまた消えた。
僕は驚愕のあまり大きく口を開けて呆けていたが、幼馴染は特に気にもしない様に僕の方へ振り返る。
「ごめんな〜アイツ直ぐ物を投げる悪い癖があるんだよ。俺は打ち返せるけど、お前は無理だからなるべく俺の側から離れるなよ?」
「いや悪い癖とかそんなレベルじゃないからな‼︎‼︎‼︎」
命の危機だったのに呑気に笑うなこの馬鹿タレ‼︎ 昔っから鈍感な男だったが、まさか自分の命の危険が分からない程の大馬鹿野郎だったとは気付きたくなかったよ!
「お、お前アレは、に、に、に、日常茶飯事なのか?」
「あー大体は本かクッションとかだけど、刃物系は寝ている時とか油断している時に来るんだ。一回、お気に入りの食器を飛ばされてブチ切れて一日中エグめのAVを流し続けたら、それ以降食器みたいな壊れる系の物は投げなくなったな」
「いやお前逆に凄いな」
知らなかったとはいえ、特級の怨霊相手にブチ切れてAVを流すとは豪胆過ぎるぞ。
と言うかマジで命狙われているじゃねーか。良く今まで生存できてたな。
「今まではSM系のエグめのAVを流してきたが、今度は人妻物のエグい奴でも流そう」
「お前は人の心がないんか?」
そのまま幼馴染にDIY途中の家の中を見せて貰ったが、その度に悪霊が殺しにかかってきた。主に幼馴染に。
リビングの時は先程の包丁が可愛い悪戯だと思う程になる位にリビングにあった家財道具が宙に浮かんで襲いかかってきたが、軽い物はキャッチして、箪笥等の重い物は避けてかわした。
「馬鹿野郎! お客様がいるのに危ないじゃないか‼︎ 散らかした物は全部元の位置に戻せよな!」
と空中に怒鳴った。
その時悔しそうな女の人の呻きと舌打ちの音がしたと思ったら、散乱していた家財道具が元の位置に一人でに戻ったのだ。
しかもエグめのAVが相当懲りたのかテレビの液晶にはヒビがなかった。
元に戻った部屋は幼馴染好みの過ごし易い広々とした綺麗なリビングだった。
その次はお風呂場。
今度はどんな風に襲い掛かってくるかとビクビクしていたが、幼馴染は何故がお風呂場の隣の部屋に入りブレーカーを落とした。
幼馴染の謎の行動に頭に?マークを浮かべていたが、浴室に足を一歩踏み入れてから理由が分かった。
何故なら浴室の床が水まみれでしかも近くに裸のケーブルが落ちていたのだ。
もし、このケーブルが電気がついていたら......だから事前にブレーカーを落としたのか。
しかし幼馴染は呆れた様に鼻で溜息を出すと「お前水を赤く染める事が出来なくなったからって、毎度毎度この悪戯をするのは止めろ。流石に分かるわ」と浴室の床に足を一歩踏み入れるが、何かを察して直ぐに脱衣所に足を戻した。
「............お前俺のシャンプーリンスとボディソープを床にぶちまけたな‼︎‼︎ アレ高かったんだぞ‼︎‼︎‼︎」
その瞬間、嬉しそうにニタリと笑った悪霊が浮かび『バーカ』と言う様なあざ笑いながら消えた。
床を綺麗に掃除してから見せて貰った浴室は二人浴槽に入っても足が伸ばせる広い浴槽に、最新のシャワーヘッドと床暖房だった。
「結構高かっただろ?」
「知り合いの仕事の手伝いをしたら格安でくれた。家に設置する手伝いも頼んだら、秒で断られたから一人で設置する羽目になって大変だったけど、かなり安くして貰ったから余った浴室のリフォーム資金を他の部屋のに宛てがった」
「............お風呂って結構重いよな?」
「どうも息子君が新しくなったお風呂を気に入ったみたいで、渋々アイツも手伝ってくれた」
..................一人で浴室リフォーム出来るのかとツッコミたくなったが、怨霊がリフォームを手伝ったと聞いて考えるのを止めた。
その次は寝室だが、此処だけは他と違って酷く荒らされていた。まるで嵐の様な酷さだ。
「何でこの部屋だけ此処まで荒れてるの?」
「いや〜俺としては寝床を畳にして布団にしたいのに、アイツはベッドしか認めないから中々此処だけは作業が進まないんだ」
「......幽霊ってベッドで寝るの?」
「いや、子供の頃から布団で寝ていたからベッドで寝るのが夢だったと。俺は布団で寝るのが性に合っているんだが......てか家主は俺だから家主の好きな様にしていいんじゃん」
ドンドンドンドン‼︎‼︎‼︎‼︎
突然のラップ音。しかも僕達以外誰もいない筈なのに壁から赤い液体が染み出し、それは文字を書き始めたのだ!
『この家は私の家! だから私の意見が優先‼︎』
「いやアンタはもう死んでいるし、俺が高い金を払って買ったんだから俺の意見が優先するんだ‼︎」
もう夫婦喧嘩みたいに怨霊と幼馴染が言い争いを始めた。ちょっと恐怖心が無くなった僕は『頭痛が痛い』みたいな感じで痛くなった頭を片手で押さえた。
「............布団とベッド二つ作れば?」
『「それだ‼︎‼︎」』
『それだ』じゃないよ『それだ』じゃ。
二階は和式を中心にする様で一階の様な被害はそこまでなかったが(しかし壁紙の色が気に入らないとか部屋のデザインが気に入らないとかの戦争は起きている様だか)一室だけ最初に手を付けたのか綺麗で、怨霊も此処だけは荒らしてはいない。
何故だろうかと思ったがこの部屋、青を中心とした男の子が好きそうなアニメキャラや特撮キャラの玩具やデザインされた布団を見て察した。因みに幼馴染には小さな弟や勿論息子もいない。
「此処ってもしかして......」
「あーチビ太郎が自分の部屋を欲しがってなぁー。こんなに広いのに生前部屋を一つも寄越さないで母親と狭い部屋に押し込まれてさぁ。......まぁ一室位は貸しても良いかなぁって」
恥ずかしそうに後頭部をボリボリとかく幼馴染。こう言う所が幼馴染の、いや幼馴染の家族の良い所だ。
幽霊の男の子の為にわざわざ部屋をその子好みにリフォームする程度には人が良いのだ。
怨霊もこの事に関しては感謝しているのか大人しく隅の方で漂っているだけだ。............いや恐ろしい怨霊の筈なのに僕まで慣れてしまった。
「まぁ子供を懐柔したらDIYする時に俺の味方になってくれると思っただけだがな!」
「折角の感動を返せ」
ガンっ!
幼馴染の顔面に何処からか取り出して来たハンマーを投げた怨霊だった。
家の案内を終えた時は怨霊と幼馴染はお互いの胸倉を掴みあって田舎のヤンキー並みのガン付け合っている。
「そろそろ暗くなってきたし、僕そろそろ帰るわ」
「......ああ。俺がマンションまで送るよ。今大変だろ?」
僕の家の事情を知っている幼馴染は心配そうに僕を見てる。事情を知らない怨霊は不思議そうな顔をして幼馴染を見ていた。
「いや、大分片付いたから大丈夫だよ。それに僕は関係の無い人間だしね」
「なら良いけどさー......なんかあったら連絡しろよ?」
「うん。ありがとう。じゃあまたな」
『あの子は貴方の何?』
「あぁアイツは俺の幼馴染でな。と言ってもアイツの母親と父親の家が難があったから俺の家で居候させてたから兄弟みたいな感じだな」
『難?』
「前テレビのニュースで............そう言えば都志也君はどうした?」
『..................忘れてた‼︎‼︎ 彼女に憑く様に言っていたんだった』
「はぁ‼︎⁇」
『アイツに送って貰った方がよかった』
マンションの入り口に佇んでいるカメラを持った男の姿を見て僕は舌打ちをする。
気付かないふりをしてマンションに入ろうとしたが、想定内だったが男が目の前に立ち塞がる。
「............何の用ですか?」
「いや〜ちょっとお話をしたくって」
ニコニコと胡散臭い笑顔を貼り付けているこの男は週刊雑誌の記者だ
最近はこの男にストーカーの様に付き纏われて、一度警察とこの男が勤めている出版社に相談と抗議をしてからは見なくなっていたが最近また現れ始めたのだ。
「良い加減にして下さい。私はもうあの家とは縁を切った身ですので何も知りません。これ以上付き纏うなら被害届を出しますよ」
「まぁまぁそう仰らずに! 私はただお兄さんの裁判についてお聞きしたいだけで」
「半分しか血が繋がってはいませんし、そもそも私とは面識もない方です。コメントを求められても困ります。被害者の方の一日でも早い回復を祈ります」
それだけ言うと押し退けてエントランスに入ろうとしたが、記者が僕の手首を掴んで阻んだ。手首の痛さに思わず顰める。
「良い加減にして下さい! 訴えますよ‼︎」
「なら貴女の過去について取材させて下さいよ。貴女の過去を記事に出せばウチの週刊誌は大ヒット私の名は売れる! 謝礼金出しますからお願いしますよ」
「だからっ話したくないとっ」
『言っている』とまで言葉を続ける筈が、目の前に逆さまの後頭部が見えたせいで言葉が途切れてしまった。
そう。僕と記者を阻む様に逆さまの子供の頭だけが空中に浮かんでいたのだ。
僕の方は後頭部だけなのだが、記者の方は顔をもろに見たのだろう。
「ひぃいいい〜〜‼︎‼︎」
と腰が抜けた状態(あと明らかに股間が濡れていた)で後退りして全力で逃げ去った。恐ろしい物を見たかの様な顔だったから一体何が見えたのだろうか。
男が曲がり角を曲がった瞬間に何かがぶつかった様な鈍い音と急ブレーキの甲高い音が同時に聞こえた。
男の姿は見えないのだが、悲鳴と救急車を呼べと言う人々の声が遠くにいる僕の耳にまで届き、あの週刊誌の記者は車に轢かれたのだと僕はやっと理解した。
ワーワーキャーキャー‼︎ と叫ぶ野次馬達を尻目にぼぉと事態を眺めていた僕の服の裾を引っ張る誰かがいた。
見るとそこには十歳位の死人の様に真っ白な顔色の無表情な男の子が僕の顔を見上げていた。首元がゆるゆるの薄汚いTシャツに短パンで顔が何処かあの怨霊の面影があった。
「キミ、もしかして都志也君?」
僕の質問に子供はコクリと頷いた。丁度その時に幼馴染のRainが来た。
『わりぃ! ウチの馬鹿が都志也君を送り込んだみたいなんだが、大丈夫か?』
『私は大丈夫。代わりにあの週刊誌の記者が都志也君の顔を見て勝手にビビって事故った』
『はぁ⁉︎ アイツまだ諦めてなかったのかよ!』
『まぁ死んだか死んでなくてもトラウマになっただろうからもう大丈夫でしょう』
『そうか......とりあえずバカタレを説教するから一晩だけ都志也君を預かってくれないか? その子は殺す能力がなくて脅かすだけだから大丈夫なんだが』
『一晩だけなら大丈夫だよ。彼のお陰であの記者に天罰が食らったんだからあんまり怒らないであげてね』
「そう言う訳だから今日だけウチに泊まろうね」
無表情に頷く都志也君の手を引いて(幽霊なのにどうしてか感触があった)僕の部屋に帰った。
僕の部屋は一人暮らしなら十分過ぎる程の大きめの部屋だ。しかも駅近でマンションの近くには大型商業施設があってなにかと便利だ。
故に本来のここの家賃は月十万円貧乏学生の僕には到底暮らせない場所だが、最初不動産屋さんから紹介された時は、この部屋だけは相場の半分以下の四万五千円だった。
何故この部屋だけここまで安いのかと言うと......
『おかえりなさい』
『キャキャ!』
事故物件だからだ。それも子供がネグレクトの末の餓死と言う悲しい事件の。
そして僕を出迎えてくれたのはここで亡くなった子供達。お姉ちゃんの莉里蘭ちゃん五歳と莉里蘭ちゃんが抱っこしているのは弟で、まだ生後半年の龍人君。
『お姉ちゃんそのお兄ちゃんは?』
「この子は私の幼馴染の家に暮らしている都志也君。一晩だけお泊まりに来たの。仲良くしてあげてね」
『わーい! 都志也お兄ちゃんこっちで龍人と一緒におままごとして遊ぼう!』
莉里蘭ちゃんに手を引かれた都志也君は無表情の顔から戸惑いの表情を見せて引っ張られるままに部屋へと入った。
僕がこの部屋を選んだのは実家のゴタゴタから幼馴染の人達を巻き込まない様にする為だった。
僕の実父に当たる人物はとある政治家だった。それも地方議員とかじゃなくて、全国のテレビに出れる様な名の知れた政治家だ。
そして僕はその、政治家の一人娘として生を受けた。
だけどこの政治家夫婦は僕が女の子として産まれた事に酷く憤慨した。
男に生まれたら立派な跡取りになるのに、女だったら何にも出来ないじゃないかと言う理由だった。
実父は愛人が産んだ婚外子の長男(僕から見たら異母兄にあたる)を目を掛けて僕の存在事無視し、実母は逆に僕に男になる様に虐待を行った。今は本来の性別になっているが昔は戸籍も男になっていたのだ。
お陰で一人自称は今だに『僕』だ。スカートの様な女の子らしい服も今だに履き慣れず、偶に幼い頃にスカートを履いていた時に実母に見つかって酷い折檻を受けた時を思い出して酷い過呼吸になる事がある。
そんな心が殺されそうになった僕を救ってくれたのは幼馴染と幼馴染の家族のお陰だ。
幼馴染は僕の状況を知って自分の両親に相談した。相談された両親は直ぐに動いてくれて僕の事を保護してくれたのだ。無論政治家夫婦の事を訴えようとしてくれたが、彼方の方が力もあったし、僕自身これ以上幼馴染家族に迷惑をかけたくなかったからだ。
引き取ってくれた幼馴染の家族は赤の他人である筈の僕の事を本当に良くしてくれて、カウンセリングを受けさせてくれたり僕が虐待で苦しんでいた時に何時も寄り添ってくれて、本当にこの人達が僕の本当の家族だったらどれだけ良かった事か......。
話はそれたが、幼馴染とその家族のお陰で僕は何とか今日にいたるという訳だ。
幼馴染の家族は本当に良い人達で就職するまで家にいて良いと言っていて、僕自身もバイト代を渡しながらお世話になろうとしたが、急遽一人暮らしをする事にしたのだ。
理由は私の異母兄だ。
実父の期待していた異母兄がなんと逮捕されたのだ。
逮捕理由は監禁・婦女暴行・暴行罪・準強姦罪・薬物法違反ーーー覚えているだけでここまでの犯罪を犯していたのだ。
何でも異母兄の不良の友人達がサークルの新人歓迎会で一年の女の子達を睡眠薬入りのお酒を飲ませて意識朦朧としている隙に強姦。
女の子達は泣き寝入りせずに勇気を持って大学や警察に被害届を出したのを切っ掛けに異母兄の罪まで芋蔓式に発覚したのだ。
事情聴取で異母兄のマンションに警察が来た時に、ボロボロの裸の女の人が鎖付きの首輪をかけられていた姿が異母兄の肩越しに見つかって、緊急逮捕されたもんだからマスコミや世間は放っておく訳もなく。
今は大分マシになったが、事件当初はワイドショーは異母兄達の事件で一色で迷惑系ユーチューバは毎日の様に実父の家に突撃していた。
幸いにも幼馴染の家には産まれた家の様な喧騒はなかったが、目敏い記者達には幼馴染の家にまで張り込む様になったので、迷惑をかけたくなかったから一人暮らしを始めたのだ。
不動産の担当さんは少し言いにくそうに正直に話してくれたのだが、数年前に夫婦が幼い子供達を家に閉じ込めて遊び呆けた末に二人共餓死してしまった曰く付きの部屋だったのだ。
しかも上下左右の部屋に住んでいる住人達の証言で、時々母親を探す声や赤ん坊の泣く声、誰もいない筈なのにバタバタと子供の走る音がする等の証言があるガチの事故物件だ。
それでも僕はこの部屋に住む事にした。当時は幽霊なんていない、事件があったから周りが神経質になっているだけだと思っていたからだ。
だけど引越し当日の夜。
『ママ?』
寝ている僕の顔を覗き込む子供と赤ん坊の幽霊がいたのだ。
最初は心臓が止まりそうな程驚いたが、子供達には悪意や害意がなく親を探しているだけだったので直ぐに慣れた。
そう。この可哀想な子供達は未だに母親が帰ってくるのを待っているのだ。
当の両親は父親は獄中で刑務官に殴りかかろうとして転んで打ち所悪く亡くなり、母親は『子供達がそこにいる!』と勝手に発狂して(本人達は僕の目の前にいるのにだ)今は檻の病院に入院していると言うネットの記事を発見した。
一生帰って来ない両親を待ち続けて地縛霊化してしまった子供達に僕は同情した。それは血の繋がった両親に恵まれなかった自分と被ってしまったからだとも言える。
だから僕がこの部屋に住んでからは莉里蘭ちゃんと龍人君との奇妙な同居生活を開始した。
実体のない幽霊状態の二人だったが、快適に過ごせる様にエアコンを毎日つけたり(勿論電気代は高いが)子供達が好きなご飯を作ったり(龍人君には離乳食風に作ってある)二人が過ごしても退屈しない様に玩具や絵本を買ってあげた。
子供達は寂しい気持ちか減ったのか母親の事を思い出す事が少なくなったのか分からないが、母親を探す素振りが減った。
近隣住人達からは騒音が無くなった事を泣きながら感謝され、管理人さんからも感謝の証に提示されている家賃の値段からまた半分以下の二万二千円の値段で住まわせてくれたのだ。近隣住人さん達共仲良くなって此方としては大助かりだ。
他の住人達は僕が莉里蘭ちゃん達を成仏させたと思われているが、本当は僕が『もうちょっと大人しく過ごしてね』とお願いして大人しくさせているだけだ。
だけどこうして都志也君と仲良く遊んでいる姿を見ると、少し我慢させ過ぎているのではないかと思ってしまう。それに莉里蘭ちゃん達は幽霊とはいえ、身体を動かして元気良く遊びたい筈だ。どうしたら良いのだろう……
知らないお兄ちゃんと沢山遊んだ莉里蘭ちゃんと龍人君は二人揃って眠ってしまった。
恐らくは翌朝までぐっすりだろう。僕は遊んでくれた都志也君にホットミルクを差し出してお礼の言葉をかけた。
「ありがとうね。二人共他の子供と遊んだ事がなかったからはしゃぎ過ぎちゃったみたいで」
都志也君はお礼を言われた事もましてやましてやホットミルクを淹れて貰った事もなかったのか、無表情ながらも目を大きく見開いていた。
ピロリン〜♪
「ん?」
どうやら都志也君は母親の様に血文字ではなくて、電気機器を通して言葉を伝えられる様だ。
僕のスマホのRainに相手先不明のトーク画面が出ていた。
『この子達はお姉さんの妹と弟?』
「ん〜ん。この子達の両親はこの子達を育てずに挙げ句の果てに殺した罪で刑務所に入れられて、お父さんは転んで打ち所悪く亡くなって、お母さんは心を病んで心の病院に入院中。退院出来る可能性は低いだって』
『……二人共その事は知っているの?』
「知らない。聞かれたら話すつもりだけど、二人共お母さん達の事最近言わなくなって……もし都志也君が嫌じゃなければまた莉里蘭ちゃん達と遊んでくれるかな?」
都志也君はコクリと頷いてくれた。
『莉里蘭ちゃんと龍人君は外に出られないの?』
「二人共地縛霊のタイプだから外に出られないの。一度外に出そうとしたけど、なんか見えない壁みたいのに阻まれて」
『多分二人共今なら出られると思うよ? 二人共お父さんとお母さんに対する執着心も消えているし、見えない壁の原因になっている両親も片方は死んでもう片方もそろそろ死にかけているし』
「えっ?」
都志也君によると、あの見えない壁の正体は莉里蘭ちゃんと龍人君の両親が二人を疎んだ心と逮捕された原因になった二人への逆恨み、二人を外に出したくなくて鍵を閉めた時の残留思念によって作られた物らしい。
莉里蘭ちゃんと龍人君の両親に対する執着心を燃料にずっと維持し続けていた。
それを僕が二人の親代わりとして色々お世話をしたり遊んだりして親への思いが少しずつ消えていった。
その上、父親が死に母親も弱りきっている為壁の強度も脆くなった。
『それに僕がこの部屋に入った瞬間に見えない壁が木っ端微塵に消え去ったから、多分母親の方も発狂死したんじゃない?』
「さらりと怖い事言ったね君」
そう言えば何となくこの部屋に漂っていた嫌な雰囲気が無くなった気がする。まさか都志也君をこの部屋に呼んだだけでこんな良い事が起きるなんて……
「……明日、都志也君の家に二人を連れてって良いかな?」
『良いと思うよ? お母さんも幽霊仲間の子供を呪い殺す事なんてしないだろうし」
「一応、君とお母さんと幼馴染にお礼を一つしておこうかと思って」
薄情かと言われるが、二人を殺した挙句に死後も縛り続けていた外道が死んで心が痛む訳がない。そもそも都志也君はこの部屋に入っただけだし、それ以前に僕自身が血の繋がった両親に酷い目に遭わされた人間だ。毒親は全員惨たらしく死ねと思う程度の倫理観しかない。
逆に莉里蘭ちゃん達が外の世界に出られて良かったと幼馴染と怨霊の紗代子さんにお礼と手土産を持っていきたいと思う位に自分は人でなしだと自覚しているのだ。
そうして僕は都志也君にお母さんの好きな食べ物を聞いて眠りについたのであった。
確かに僕は人でなしの分類に入るのだが、子持ちの怨霊相手にファイト一発やらかした幼馴染の様にぶっ飛んではいなかった。
莉里蘭ちゃん龍人君。頼むから上半身裸の幼馴染の背中の引っ掻き傷を聞かないで! 都志也君もお母さんの首元の虫に刺されたような無数の跡を聞かないであげて!
と言うか怨霊とヤレるのか‼︎‼︎