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親心

「本当によかったのですか、あなた」


 妻の手が肩に添えられる。私はその細く白い手に自分の手を重ねて答えた。


「いいのだ。いずれは歩まねばならぬ道だ。ちょうど、あいつも魔法に関心があったのだ。いい機会であろう」


「ですが……、とても危険な旅になりますよ? 私の妹も、黙って見てはいないでしょう」


「キレニアか。その件は、こちらでなんとかするしかあるまい」


 妻の妹であるモーバリウス王国の女王、キレニア。彼女は私怨ともいえる理由から、プリスダット王国の転覆を目論んでいる。先日も何食わぬ顔でやってきたプラントン王子を退けたところだ。エインズの助けもあって、プラントンにはいい牽制ができた。


「あの子が帰ってくるまで、持ちこたえなければいけないのですね」


「そう悲観するな、ウィネク。あれでいてエインズは強いぞ。頼りになる男だ。肉体的に見ればそうでもないが、行動力があって、度胸もある。必ず我々の期待に応えてくれるだろう。それに、だ。何も一人で送り出そうというわけでもあるまい」


「そうなのですか?」


 妻は私がエインズに一人で旅をさせると思っていたのか。普段は聖女のような美しさを誇る彼女だが、こういう天然気質なところが玉に瑕だな。まあ、そこが妻の可愛らしいポイントでもあるのだが。


「当たり前だ。エインズの旅に同行するよう、すでに声をかけている人物がいる。剣の腕も達者で、勇敢かつ聡明だ」


「それを聞いて安心しました」


 おお、いいのか、妻よ。息子の護衛に騎士が一人で。


 まあ、反対されたところで人数を増やすつもりもないのだが……。


 かつて私が伝承の旅に出発したときは、街道を兵士が列を成してついてきていた。あまりに大規模な行軍になったので、他国の王たちが軍事行動と勘違いして軍を派遣。何度か小競り合いが続き、本格的な戦争状態に陥りそうになった。


 当時の王――つまり私の父は戦争を止めるために方々へ遣いを送り、兵を引き上げさせて身の潔白を証明した。父の速い決断が功を奏し、大きな被害を出すことなく戦いは終息を迎えたのだった。


 その後、しばらくしてから私に縁談の話が舞い込んでくる。他国との友好関係を示すための政略結婚というやつだ。


 旅を続けていた私は城に呼び戻され、あれよあれよという間に結婚することになった。それが今の妻、ウィネクだ。


 当初はキレニアという名の女性が来ると聞いていたが、彼女は間もなく隣国のモーバリウスの王子のもとへ嫁いだ。ウィネクとキレニアが姉妹だと知るのは、もっと後のことである。


 そんなこんなで、特に何を成し遂げるでもなく、私の旅は終了した。伝承の予言は、私の代ではなかったのだ。


 あの時は心底ほっとした。自分が魔法使いになるなど、想像もつかない。肩の荷が下りた気持ちだった。


 しかし、いざ自分の息子を送り出すとなると話が違ってくる。今は自分がエインズの代わりをしてやりたい。親心とは不思議なものだ。あれだけ嫌だったものを、自ら望むようになるのだから。


 あわよくば、息子が伝承の業魔でなければいいのにとさえ思っている。それは妻とて同じだろう。


「エインズならば、きっとうまくやってくれる。きっとな」


 妻にだけでなく、私は自分自身にもそう言い聞かせていた。

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