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伝説の真実

 タコを食べてからというもの、体に何か変化が起こる気配はない。せっかく意を決して食べたのだから、どうせなら悪影響でもいいから何かあってほしいものだ。


 あれは本当に人畜無害な生き物だったのか? じゃあ、見た目がアレなだけで海の悪魔だなんて大それた名前で呼ばれていた?


 見た目は当てにならない。僕がタコを食して学んだ、一番大きなことだ。


 有益そうな情報が的外れだったので、僕は城内にある魔法に関する文献を片っ端から読み漁った。


 結論を言うと、大した情報は得られなかった。


 魔法というものが実在しないとされている以上、それらしき内容が記述されているのは必然的に寓話や神話になってくる。それらは僕の幼いころから馴染みのある物語ばかりで、半分くらいは読んだり見聞きしたりしたことのあるものだった。


 その他のものといえば、どれも胡散臭いことが書かれているだけで、信用できるかも怪しいレベルだ。


 例えば、『誰でもできる降霊術』という本。ゴーストは実在するといった話がつらつらと書き連ねられたあとに、実践編と題して降霊を行う方法が書いてあるのだが、これがまた嘘くさい。


 鏡の前でお辞儀をして、左回りに三回転し、さらにお辞儀をする。するとたちまち、鏡の中にゴーストが見えるようになるというのだ。


 ……いや、もちろん実践したよ? それも広間にある大鏡で。


 言わせてもらうけど、鏡の前でぐるぐる回ることより、夜中に部屋を抜け出すほうが難易度が高いよ。先祖の幽霊でも現れて、「こんな夜更けに出歩いてはいかん」とかって言ってくれるなら、まだ救いもあるってもんだ。


 まあ、魔法もいわゆるオカルト的な要素をはらんでいるから、何を読んでも胡散臭く感じてしまうのは当然の帰結。僕がしようとしてた悪魔との契約だって、信憑性のかけらもない話から得た思い付きだ。


 そんな折だ。僕が父上からあの話を持ち掛けられたのは。


「エインズ。お前、魔法に興味があるのか?」


「え?」


 父上から魔法という単語を聞くだなんて、夢にも思わなかった。


「ウィネクから聞いたぞ。城の中にある魔法に関する本を読んでいると」


 普段の父上は快活で大らかな性格だ。真剣な話をするときでさえ、笑顔を絶やすことがない。そんな父上が珍しくまじめな顔をしている。


 僕がろくでもないものに興味を示しているから、父上は怒っている? だとしたら、あまり不興を買いたくない。いくら懐が深いからと言って、父上だって人間だ。怒るときは怒るし、とても怖い。


「ああ、ええ、まあ……」


「そうか。ついにお前にも、その時が来たのだな」


 はい? その時が来た?


 てっきり、「そんな世迷言は忘れろ」とか「王子としての威厳を――」とか言われると思ったんだけど……。


 それに母上と手を握り合って、どうしたんだ? なんで二人してこっちを見つめてるんだよ。失礼かもしれないけど、ちょっと気持ち悪いぞ。


「お前が魔法に興味を持った理由は、古き英雄の伝説のせいだろう? 違うか?」


「そうです」


「あの伝説は、真実を語っていると思うか?」


 まるで僕を試すような言い方だ。


「真実……、ではないのでしょうか」


「無論、公にはそういうことになっている」


 あー、わかったぞ。この二人はこう言いたいんだ。


 あの伝説はデタラメのうそっぱちだ。魔法なんて存在しない。とっとと目を覚ませ、と。


 いつかはどこかの誰かに同じことを言われると思ってたよ。でも、その一番最初が両親の口からとはね。失望したよ。


「しかし、真実は違うのだ、エインズ」


 ほら、くるぞ。魔法なんかない。諦めろってね。


「あの伝説で魔法を使ったのは、英雄ではなく、その仲間なのだ」


「は?」


 あのー、父上? 予想していたセリフと全然違うんですけど。できれば台本通りに話してくれますかね? じゃないと、僕の頭が混乱します。


 母上も母上で、「そうなの……」って、なんでそんなに悲しそうな顔してるんだ?


 ってか、父上の言葉をそのまま受け止めるなら、魔法は実在するってことなのか? ほんとに!?


 だったら喜ばしいことじゃないか! 僕がしようとしていたことは正しかったんだ!


「実は、古い英雄の伝説は長い時を経るにつれて内容が変化している。英雄の取り巻きだった者たちの話が語られなくなり、彼らの功績も力も、英雄一人に集約されてしまったのだ」


 なるほどなるほど。俄然興奮してきたぞ。


「それで、本当の話はどういう内容だったんです?」


「うむ……」


 立派に整えられた口ひげの下から語られたのは、僕が今まで聞いていた伝説とはかけ離れたものだった。


 長いので要約するけど、話はこうだ。


 昔々、村があった。村は昔から近辺を縄張りとする盗賊に目をつけられていて、村人たちは定期的に食料を差し出さなければならなかった。そこにどこからともなく4人の旅人が現れ、あっという間に盗賊を倒した。彼らは村に定住して人を呼び、町を作った。やがて4人の旅人は皆から英雄として奉られるようになり、それが伝説として残った。


「それじゃあ、英雄が倒した怪物っていうのは……?」


「ああ、それは盗賊のことだ。誰かが大げさに言ったのだろうな」


 その点においては、失望した。そりゃたしかに、盗賊より怪物を倒したって言うほうが物語としては面白いかもしれないけどさ。真実を伝えられる身にもなってみろよ。幻滅するよ?


「王家に代々伝わる話では、4人の旅人についてこう語られている。『東の王。天体を占う者に導かれ、白銀の騎士と果てを歩まん。双頭の赤龍、分かたれしとき、業魔来たりて災いを鎮めん』」


 へー。なんかかっこいいじゃん。こういうのを待ってたんだよ。


 けど、4人って言ったよな? 東の王、天体を占う者、白銀の騎士と、あと一人は?


「あれ? でも、その話には3人しか出てきてないみたいですけど」


「そうだ。これはあくまでも推測でしかないが、業魔が最後の一人に相当するのではと言われている」


 そうか、業魔は災いを鎮めている。であれば、そう考えるのが妥当か。


「では、魔法を使ったというのも?」


「恐らく、業魔だ。我々王族は、その業魔の系譜なのだ」


 オーイエス! 血のつながり的には全く問題ないってことじゃないか! 今まで隠してただけで、父上も実は魔法を使えたりとかするんじゃないか?


「嬉しそうね、エインズ」


 ええ、もちろんですとも。逆に聞きたいけど、母上はどうしてそんなに悲しそうなんですか?


「エインズ。話はまだ終わっていない。この伝説は、昔に起こった出来事を伝えたものだ。しかし、4人の旅人の伝承は違うのだ。過去の事実を伝えていると同時に、未来を暗示しているとされている」


「未来を? 過去に起こったことと同じことが、未来にも起きるということですか?」


「その通りだ。そこで、お前には捜してもらいたいのだ。残る3人の旅人たちを」


 ちょっとここまで興奮しすぎて最後の方がよく聞き取れなかったみたいだけど、もう一度言ってもらえる? 捜すって? 他の3人を?


「あなたのお父様も、あなたくらいの年頃に旅をしたのよ。伝承が暗示する未来を再現するために」


「そこでウィネクと出会ったのだ。今でもあれは運命の出会いと言えよう」


「オホホホホホ」


「アッハッハッハ」


 いやいや、そこ、二人で盛り上がらないでくれる?


「オホン。とにかく、私が旅をしたときは仲間を集めきれなかった。とある事情があって、妻と出会ってしまったからな。だから災いも起きなかった。伝承は再現されずに済んだのだ。今度はお前の番だ、エインズ。私はお前に英雄と同じ名をつけた。お前が災いを止め、世界に平和をもたらしてくれるよう願ってな」


 なんだかツッコミどころ満載なんですけど。


 今この人、母上と出会ったから旅をやめたって言ったんだよね? 聞き間違いじゃない? それと、僕に英雄と同じ名前を付けたって? 英雄はいつでも英雄としか表記されてなかったから知らなかったけど、そんな無責任なことしたの? 自分の息子に向かって?


「がんばってね、エインズ」


 母上も最初の悲しそうな表情はどこにやったんだよ! 今なら死地だろうと送り出しそうな勢いだな、二人とも。


 この両親を前にして、僕に選択の余地なんてない。


 まあ、いいか。魔法に興味を持ったのは僕の方だし。遅かれ早かれ、いずれはこうなる運命だったみたいだし。


 それに、旅を終えれば僕は晴れて魔法使いになれるんだ。もしも僕が『業魔』なら。そうなったらやりたい放題。世界で唯一の魔法使いを名乗れる。最高じゃないか。


 そう考えたら、案外悪い話でもないような気がしてきたぞ。


 まだ見ぬ旅路を想像して、僕は心を躍らせていた。

3/24 矛盾していた箇所を修正しました。

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