敗北を喫した隣国の王
オレの身に何が起きた?
いつもより体の調子がいいとは思っていた。だから、エインズにも勝つ自信はあった。
しかし、気がついたら、オレはオレを見下ろしていた。
オレの意識とは別の誰かが、オレの体を動かしていたのだ。そしてそれは、人間離れした動きと技を披露した。
驚いたのは、エインズがそれに対応しきれていたことだ。
……そして、目が覚めたらベッドの上にいた。叔父上から「お前は負けた」と告げられ、オレは一人、部屋に取り残された。
……敗北した自分に声をかけてくれる者など誰もいない。
母上のためにと行動してきたが、その母上でさえ、どこにいるのかもわからぬままだ。
利用価値のなくなった王になど、誰も見向きもせんということか。
「入るよ」
……? この声は、エインズか?
「オレは、負けたのだろう」
嘲りにでも来たのか。フン。好きなだけ罵るといい。オレはもう負け犬なのだ。
「……そうだね。だけど、あれは君じゃなかった。そうでしょ?」
知ったような口を――。
待て。
暴走したオレと、こいつは互角に渡り合っていた。もしかして、何か知っているのか?
「オレの身に何が起きたのか、教えてくれ」
そう言うと、エインズは遠い異国の地の話をし始めた。そこでは戦争が起きていて、戦いに敗れた者の内、何人かが魂となって海を渡り、この地にやってきているのだと言う。
にわかには信じがたい話だ。
だが、自分の身に起きたことを踏まえると、信じざるを得ないという気もする。
「つまり、そのジェルドとかいう魔法を使う人間が、オレの体を一時的に乗っ取ったと?」
「そういうことになるね。信じられないだろうけど」
同じように、エインズは自分の中にも二人のジェルド族がいると言った。
あの人間離れした動きはそれが原因か。
敗北に敗北を重ね、慕っていた人にも見捨てられ、何もかもに諦めがつきそうな今、この夢みたいな話でさえ、オレはすんなりと受け入れてしまっている。
希望にすがるなら、そこか。
魔法を使うという者たちを集め、母上の野望を、もう一度――。
「陛下!!」
声に驚いて見ると、不躾にもノックすらせずに部屋に入ってきた一人の兵士が息を切らしていた。
「何事だ。今は大事な話を――」
「申し上げます! 先ほどキレニア様が、王都内の兵を率いてプリスダットへ出陣なされました」
「なに!?」
目玉が飛び出るかと思った。まったく、心臓に悪い。驚きすぎて声がひっくり返ってしまったではないか。
「さ、下がれ」
「は?」
「下がれと言ったのだ!」
「し、しかし、我々はどうすれば……?」
「どうもこうもない! 通常通り、城の警備をしていろ。母上のことは、こちらで対処する」
「はっ!」
あのお母上が、自ら兵を率いて出陣しただと?
このオレに、何の打診もなしに?
あり得ん事態だ。
「その様子だと、君が指示を出したってわけじゃなさそうだね」
エインズはそう言うが、これではオレが負けを認められずに奇襲をけしかけた卑怯者みたいではないか。……いや、過去には奇襲したこともあったが、それとこれとは話が別だ。
王はオレだぞ!? お母上がどうやって兵を――?
まさか、最初から権力者たちに根回しをしていたのか? オレを傀儡にしてプリスダットを落とそうと目論んだが、失敗に終わったから?
「僕は君の母親を止めに行くけど、どうする?」
どうしてこの男はそんな平然としているのだ!?
わからん。わからんことだらけだ。
だが、王であるオレが行かないわけにもいくまい。モーバリウスとプリスダットの戦争は終わったのだ。
お母上の凶行を止めなければ。
「オレも行こう」
「じゃ、決まりだね」
……こいつ、やっぱり気に食わんな。




