再々戦する王子と王
最初に動き出したのはプラントンのほうだった。
闘技場内では対戦相手以外に意識しなければいけないこともないので、全神経をプラントンへと注ぐ。
彼の攻撃を見切るのは容易くなくとも、ある程度は体が自然と動いた。それはゼヴの力によるものではない。僕自身の経験と勘が、そうさせていた。
しかし、反撃に転じても有効な一撃を与えることはできなかった。
両者、力の差は五分。完全に拮抗した試合展開だ。
『埒が明かんで。このままやとジリ貧や』
思考の合間にゼヴの声が割って入る。
『そりゃそうだけど、これでも頑張ってるんだよ』
額を汗が伝う。暑さというよりも、この場の緊張感によるものだ。
わずかな油断とスキが、命取りになりかねない。
手の平にも汗がにじみ、握った剣の柄の感覚を鈍らせる。
『まだか? まだなんか?』
しきりに尋ねてくるゼヴ。
『待ってて、まだやれるから――!』
答えるために割かれる意識でさえ、今は惜しかった。
まさか、こんなにも苦戦するだなんて思わなかった。正直、プラントンとはすでに力の差が開いていると思っていたからだ。
曲がりなりにも、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたつもりだ。その間、彼は何をしていた? 短期間でこうも成長するものなのか? これじゃ前回、プラントンと対峙したときとは別人みたいじゃないか。
もしかして、原因は僕か? ゼヴやミカ・エラから借り受けた力のせいで、自分のことを過信していた……? 強くなった気でいただけなのか?
『おい! 今は雑念は捨てえ!』
スキを見せたのは僕だった。
戦いを経験していると、勝ったと確信できる場面に出くわすことがある。これはその逆。敗北を確信する瞬間。
しかし、僕はまだ負けなかった。
足元からせり上がってくるような黒い気配に呑まれ、全身に力がみなぎる。
人間離れしたスピードで剣を構えなおした僕は、プラントンの攻撃を弾き返した。
「あの姿勢からオレの剣を受けきるか」
うろたえたプラントンが後ずさる。
『今のはゼヴ?』
『せや。もう雌雄は決した。お前の負けや。いらんことばっかり考えおってからに』
……負けたのか、僕は。
敗因は、もうすでにわかっている。
心のどこかで、自分は勝てるという謎の確信があった。そのことから、予想以上の相手の強さを前に狼狽したのだ。
『ほら、もうええやろ。落ち込むんはそんくらいにしとき。こっからは二回戦や』
『……そうだね。ここから先は、自分のためじゃなく、みんなのために戦わないと』
『せや』
まだ完全に吹っ切れたわけじゃないが、この場でくよくよしていても仕方がない。
ゼヴに励まされて、僕は再び前を向いた。
『ところで、お二人とも気づきませんこと?』
今まで鳴りを潜めていたミカ・エラが、唐突に質問してきた。
『気づくって、何に?』
『わかっとる、ミカ・エラ。わしらも気を引き締めなアカン』
『ゼヴ、何かあったの?』
『あちらさんも、頭ん中になんか飼うとるみたいや』
え……?
それはつまり、プラントンも僕と同じように、悪魔を宿しているということ?
『ま、お前さんが自力で勝てんかった理由はそれやろ。向こうも、周りに知られんように隠したいらしいからな。勝負が互角みたいに思わせたかったんとちゃうか』
だったら、この戦いは初めから悪魔VS悪魔っていう、地獄みたいな構図だったってこと? なんだよ、それ。国の命運を決める勝負が、お互いに本人の実力によるものじゃないなんて。
『せやけど、これで負けたら元も子もあらへんで? ここから先は、わしらの出番っちゅうことでええんやろ?』
『……もちろんだよ、ゼヴ。ミカ・エラも、よろしく頼むよ』
『言われるまでもないですわ』
腑に落ちないことだらけだ。
だけど――。
やるしかなければ、やるしかない。
プラントン戦の、第二幕だ。




