決戦直前
プラントンは僕との試合のために、モーバリウス王国が誇る円形闘技場を用意した。
急だったので観客は集めていないと言うが、むしろ僕としてはそちらの方がありがたい。別に見世物としてやるわけじゃないし、世間に僕が怪しげな術を使えるだなんて大々的に公表したくはなかったからだ。
とは言え、公式な決闘として見届け人は必要だ。僕のほうはルテアたちが。プラントンからは、王室の血筋から何名かが来場していた。
「できれば母上には見ていてほしかったのだが、生憎、体調が優れんようでな」
プラントンが肩をすくめながら言う。彼もさほど緊張していないように見える。
プラントンの母親というと、僕の母の妹に当たる。キレニア女王だ。今は皇太后と呼ぶべきか。
僕の母であるウィネク女王とは何かしらの因縁があると、プラントンは仄めかしていた。詳細は明らかにしていないが、怨恨の矛先は息子の僕にも向いているらしい。迷惑な話だ。
プラントンからこの話を聞き出そうとすると、彼はたちまち取り乱して錯乱状態になってしまうので、今は口を閉じておく。
「それでは、これよりモーバリウス王国が王、プラントン・モーバリウス・エニバッドと、プリスダット王国の王子、エインズ・プリスダット・サムワースによる、一騎打ちを開始する」
円形になった階段状の客席の、少しせり出した檀上から頭の禿げかかった小太りの中年男が高らかに声を上げる。
「あれはオレの叔父さんだ」
親切にも、プラントンが補足する。
闘技場は高い壁で囲まれており、障害物の一つもない。お互いに剣を一本ずつ持ち、中央付近に立ってプラントンの叔父さんの言葉を聞いていた。
「国の命運を賭けた、神聖なる決闘である。各々、くれぐれもそのことに留意し、戦の神ドルデラの名に懸けて、正々堂々と戦うことを――」
『おいおい、いつまで続くんや』
不意にゼヴが呆れた様子で話しかけてきた。
『正式な試合になるだろうからね。手順を踏んでおきたいんだと思うよ』
『これが手順? おっさんがしゃべっとるだけやないか。それより、わしら二人とも、何の作戦も聞いてないで。どないするつもりや』
二人に何も話していないのには、僕なりの理由があった。
『プラントンとは、魔法なしで戦ってみたいんだ』
これはルテアたちにも話していない。
『ええ!? それはどういう心変わりやねん! 負けたらどないすんねや』
『……負けそうになったら、そのときは、よろしく頼むよ』
『なんや、オマエもけったいやのう……。わしらの力を借りたら、一瞬でケリがつくっちゅうのに』
『ごめん。これは僕のわがままだね。でも、だからって勝ちは絶対に譲れない。プラントンとの優劣がはっきりしたら、卑怯とかインチキとかいう考えは捨てるよ』
『わかった。ま、やりたいようにやったらええ。万が一のときは任しとき』
これほど心強い言葉はないと僕は思った。
魔法自体は本来、自分の持っている力でもなんでもない。それを使うということは、傍目からどう見えているかは別にして、第三者の助けを得ていることに他ならない。試合が一騎打ちである以上、ルールに反していると言っても過言ではない。
だから、最低限、自分のできる範囲のことは自分でしたい。そう思ったのだ。
「それでは、両者、向かい合って――、試合開始!」
プラントンの叔父さんのセリフを皮切りに、僕たちの決闘は幕を開けた。




