王都への帰還
プリスダットへの帰還は、王子に対する華々しい出迎えとはならなかった。
僕が王都を出て国境へ行っていることは極秘扱いだからだ。
それでも、事情を知る一部の人たちは僕たちのことを暖かく出迎えてくれた。
まず出会ったのは、王都と外界とを隔てる門の番をしていたセンティだった。
「ああ、王子、よくお戻りになられました! 城まではこのセンティ・ネルがご同伴いたしましょう」
「ありがとう、センティ。久々に見知った顔が見れて嬉しいよ」
「旅はさぞ大変だったでしょう。わたくしも王子のお顔が見られて、嬉しく思います」
センティの先導で町を歩く中、僕は懐かしい気持ちでいっぱいだった。知っている景色というのは、こうも人を安心させるものなのか。
「僕がいない間に、何か変わったことはなかった?」
父上がいるのだから、王都に万が一のことなどありはしないと思いつつ、僕は世間話がてらセンティに話を振った。
が、予想に反して彼女の表情は陰りを見せた。
「そのことなのですが、恐らく、わたくしの口から申し上げるべきではないかと」
「何か言いにくいこと? 構わないよ。僕が聞いたんだから」
「……そういうことではないのです。いえ、そういうことではあるのでしょうが――」
答えを渋るセンティ。
「詳しい話は、城に着いてからのほうがよろしいかと思います」
そう言われると、ますます気になって仕方がない。よくない話っぽいことだけはわかるけど。
城に到着すると、センティは門兵に何事か伝え、「失礼します」と言って去っていった。
普段の彼女ならあり得ないテンションの低さだ。
不安な気持ちを抱えたまま門の前で待っていると、今度は城内からオースティンが姿を見せた。
彼は父上の右腕的存在の将軍だ。父上が即位した頃から仕えていて、僕が生まれる前から国を支えてきた。
「王子。よくぞ戻られました。そちらの方々は、付き人で?」
オースティンは礼儀正しくお辞儀をし、僕の後ろにいる女性3人に目をやった。
「そうだよ、オースティン。僕の護衛をしてくれてたんだ。彼女たちにも暖かい食事と替えの衣服を用意してくれないかな?」
「無論です、王子。では、落ち着ける部屋をご用意しましょう。部下に案内させます」
オースティンの背後で兵士がついてくるように促す。
「またあとでねー」
パルマは片手をひらひらと振りながら僕の横を通り過ぎて行った。
彼女は強心臓の持ち主だ。いかなる状況に陥っても、絶対にパニックになることなんてないのだろう。
対照的にルテアは黙ってうつむき加減で。ミラスは軽くうなずいて見せた。
みんな口には出さないが、疲労が限界にまで達しているのだ。一刻も早く休みたいというのが本音だろう。
「王子は私と一緒に」
いつになく落ち着き払った様子のオースティン。彼は決して人前で羽目を外したりするタイプじゃないと思うけど、冗談の一つや二つくらいは口にする性格だ。いつものユーモアはどうしたというのだろう。
「ねえ、オースティン――」
声をかけようとした矢先、僕はある部屋に通された。
そこは、両親の寝室だった。
中央に置かれた大きなベッドの傍らで、横たわる誰かの手を握る母上が目に入る。
「母上……?」
「ああ、エインズ……」
母上の顔は憔悴しきっていた。目の下にくまができ、顔色は血色の悪い青さだ。
嫌な想像をしてしまう。ベッドに寝ているのは誰だっていうんだ。
恐る恐る近づき、その正体を確かめる。
ここまできて、そこにいるのが誰かなんてわかりきったことだった。
「父上……」
死んだように眠る父親の姿が、そこにはあった。微かに聞こえる呼吸音だけが、父上がまだ生きていることを物語っている。
「何があったの……?」
「刺客に襲われたのです」
母上はかすれた声で答えた。
この期に及んでこんなことをするのは一人しかいない。プラントンだ。
「寝室で、一人になったところを襲われました。騒ぎを聞きつけた護衛がすぐにやってきて、暗殺者はその場で殺されましたが、揉み合いになった際に胸を斬られて――」
そこから先は、よく聞き取れなかった。母上が嗚咽で話し続けられなかったからだ。
「王子」
後ろからオースティンに呼ばれたが、父上の変わり果てた姿から目が離せない。
「王子。少し外へ」
肩を掴まれ、茫然自失状態の僕を無理やり部屋の外へ連れ出すオースティン。
「お気をたしかに。陛下はまだ死んではおりません。しかし、それも時間の問題。陛下の死が世間に知れ渡れば、好機と見たあらゆる敵対集団が付け入ってくるやもしれません。その前に、決断なさるのです」
言っている意味は理解できる。でも、感情が追い付いていない。
「僕は、どうしたら……」
父上という大きな存在を失ってしまったら、この国はどうなってしまうのか。
言わずもがな、後を継ぐのは僕だ。そんなことはわかっている。だけど、事はそう単純じゃない。単純じゃないはずなんだ。
「私もお傍にいます。この国には、陛下に忠を尽くす大勢の人たちがおります。その者たちの助けを借り、この窮地に立ち向かわねばなりません」
「わかった。わかったよ……。だけど、今は少し休ませてくれないかな。長旅で疲れて、まともに頭が回らないんだ……」
この状況から目を背けるだけの、その場しのぎだとは思ったが、それ以上、僕は言葉を発せられなかった。




