仕事を果たしに来た男
「その力――、まさか貴様も、セディアの血を引く者か?」
臨戦態勢にあったはずのレンは、こちらとの間をとって刀を下げた。
「セディア?」
初めて聞く単語だ。血と言っていたから、そういう一族か何かだろうか。
「違うのか。では、ジェルドか?」
「ジェルド……?」
「これも知らないのか。とすれば、その力、貴様由来のものではないな」
図星だ。だけど、どうしてわかったんだ?
『様子がおかしい思てたけど、やっぱりアイツは海の向こうの人間や』
『海の向こう? ゼヴやミカ・エラがいた大陸のこと?』
「頭の中に、何かおかしなものを飼っているようだな」
――!
レンの言葉に驚くあまり、声も出ない。そこまでお見通しなのか。
「当たりか。ジェルドがよく使う延命措置だ。まさかと思って来てみたが、本当にいたとはな」
「あんたは、何者なんだ……?」
「答えを教えてやってもいいが、俺は貴様にも選択肢を与えたい。その中に飼っている怪物を解き放てば、貴様の身の安全は保証しよう」
「い、いきなり来たあんたに、どうして人の生き死にを決められなきゃなんないんだよ」
『よう言うた!』
『ゼヴは黙ってて!』
二人同時に話していたら、口に出すべき言葉と、頭に思い浮かべる言葉がごっちゃになって紛らわしい。
「それが俺の仕事だからだ。簡単に言えば、デビルハンターといったところか。その昔、人から迫害を受けていた悪魔の一族が海を渡り、この地を訪れた。人里離れた山間に居住し、ひっそりと暮らしていたのだ。それがこの遺跡だ」
淡々と話すレン。僕はその声に聞き入っていた。
「やがて力を取り戻した悪魔は、復讐と称して無関係な人間を狩り始める。人々が助けを求めると、悪魔を追って海を渡ってきた旅人が虐殺を止めたのだ」
「デビルハンター……」
レンは無言でうなずく。
「俺は当時の血を継ぐ人間ではないが、同じく海を渡ってきた。この地に蔓延る悪魔を根絶やしにするために、な。貴様の中にも悪魔が見える。戦いで傷つき、力を失った悪魔の姿がな」
「ゼヴは、僕に力を貸してくれてる。伝承を再現する旅の手助けをしてくれてるんだ。悪い悪魔だとは思えないよ」
「そいつは力を失っているだけだ。傷が癒えれば、やがて貴様も用済みになる」
「だとしても、いきなり来たどこの誰とも知れないあんたに、僕と二人のことを決められたくない」
「……ほう。二匹も飼っているのか」
『あちゃ~。言うてしもたか。まだ切り札として使えるかもしれんと思とったのに』
『ごめん、まずかったかな?』
『まあええやろ。ミカ・エラが力を貸してくれる見込みは薄そうやしな』
レンの話した、悪魔が人を殺していたという話の真偽は不明だ。荒唐無稽じゃないが、僕たちを騙すための作り話かもしれない。それこそ、プラントンに雇われているのだとしたら、話に乗ってしまっては相手の思うつぼだ。
だけど、彼は僕の中にいる悪魔を見抜いた。誰しもができる芸当じゃないように思える。
「貴様が悪魔との共生を望むのは自由だ。だが、少なくとも俺は悪魔を狩らねばならない。貴様がただ巻き込まれているだけだと主張するなら、情状酌量の余地はある」
「けどそれって、どっちにしたってゼヴとミカ・エラを殺すっていう意味なんでしょ?」
「無論だ」
「だったら、到底受け入れられないね」
わずかだが、なぜか心臓がキュッと締め付けられる感覚がした。
「そうか……。ならば仕方がない」
レンの周りの空間が歪んでいるように見える。強力な殺気を感じ、背中に悪寒が走る。
『アカン、アイツは今のわしの手に負えるような相手やない。ここは一旦退くで』
力量の差を悟ったのか、ゼヴは早々に撤退の判断を下した。
『待ちなさい』
それを制したのはミカ・エラだった。
『彼をここで始末しなければ、いつまでも追われることになりますわ。あの男は、わたくしたちの事情を知っているようですもの。力を蓄えるまで、悠長に待ってくれるとは思えませんわ。それより、せっかくジェルド族の人間が二人もいるのですから、戦ったほうがいいと思いませんこと?』
『はあ? オマエ、散々嫌がっとったやないかい。それが、目の前に一人じゃ勝てなさそうな相手が現れたからって、急に手の平返すんか? 虫がええにもほどがあるで』
『つべこべ言っている場合じゃありませんことよ。わたくしだって、自由の身になってすぐに死にたくはないですもの。あなたもそうでしょう?』
『まあ、ええわ。ほな、一時協力関係ってことでええんやな?』
『ええ』
思わぬ展開になったけど、二人が手を組んだからって矢面に立つのは僕なんだろう?
なんだかちょっと腑に落ちないなぁ……。
だけど、この状況じゃ致し方ない。嫌だなんだとわがまま言ってたら、死んでしまうかもしれないんだ。
ジェルドやセディアの話は後で聞くとして、今は目の前のことに集中しよう。と言っても、僕は見ているだけなんだろうけど。
まず、ゼヴの力が全身にみなぎる。次いで、暖かい何かが体を包み込んだ。
『ゼヴに動きは任せますわ。わたくしは全体の底上げをします』
これがミカ・エラの力か。まるで誰かに抱かれているかのような安心感だ。さっきまでが丸裸で暴れていたのだとすると、今は重厚な鎧――いや、それよりももっと柔らかいが、分厚くて頑丈な衣服を纏っているみたいだ。
これなら勝てる。根拠はないが、そんな気がした。
相手の実力を知るまでは。




