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レンの実力

 遺跡の中では熾烈な戦いが繰り広げられてるんじゃないかと覚悟を持ってやって来た僕は、思いの外の静けさに拍子抜けした。


 二人が争っていたと思しき場所には、ルテアが焚いたはずの壁掛け式の松明が煌々と燃えている。


『声を出すんやないで。静かに移動するんや。こっちの居場所を先に気取られたら、不利になってまうからな』


 ゼヴの助言に黙ってうなずきつつ、慎重に歩を進める。


 松明は一つではなく、複数個燃やしていた。ルテアが所持していた油を、遺跡にもともとあった古い松明に染み込ませて床に並べ、彼女が剣と鎧を思い切りぶつけて一斉に着火したのだ。壁にかかっているのは、ルテアが戦闘直前に一つ持って行ったものだろう。残りは未だに床に散乱している。


 この場所がやけに明るいせいで、遺跡の奥は完全なる闇に包まれている。


『ルテアは普通の人間なんやろ? それがわざわざ、目の前の敵をほっぽって自分から暗闇に逃げるとは思えへん。視力を失いに行くようなもんやからな』


『そうだけど、ここにいないとなると、どこに行ったんだろう?』


 歩みを止めた瞬間、全身に力がみなぎった。


『後ろや!』


 否応なしに体が動き、僕は自分でも驚くほど俊敏に前転した。


「面白い」


 油断していた猫が物音を感じて振り返るより速い動作で、僕は背後に向き直った。


「レンか……!」


 側面から松明の明かりに照らされて、長身が遺跡の壁面に長く怪しげな影を揺らめかせている。


「エインズだな」


 不敵な笑みを浮かべたレンは反りのついた剣をさっと構えると、音もなく向かってきた。


『ヤバそうなやっちゃな。ここはわしに任せえ!』


『返事しなくたって、譲る気ないでしょ!』


 僕の言葉通り、体の主導権はとっくの昔にゼヴが乗っ取っている。


 その後は、自分が自分じゃないみたいだった。


 ゼヴのおかげでなんとか見切れているものの、それでもレンの動きは常人のそれをはるかに逸している。


 間一髪で攻撃を避ける僕の体だったが、気が気ではない。


『斬られたら僕も痛いんだよね!?』


『当たり前や! んなことより、黙っとき! 気が散るやろ!』


 自分の意に反して動く体のせいで痛い思いをするなんて嫌だ。だからって、ゼヴと交代したら間違いなく、切り刻まれてしまうだろう。


『これではあなたも、わたくしとそう大差ありませんわね』


 ……そうか、見ている側からしたら、こんな気分なのか。彼ら二人は僕以上に、きっと冷や冷やしていただろう。


『これでどうや!』


 一瞬のスキ――があったのか定かではないが、ゼヴが反撃に転じる。両手で飛ばした衝撃波の、片手バージョンだ。


 異変を感じたレンは攻撃の手を止め、即座に身を引いた。


『今の、絶対にやられたよね?』


 動体視力の上がった今ならわかる。ゼヴの攻撃は、相手が退いたからよかったものの、ともすればこちらもやられていた。


『アホ。頭使え。アイツは普通の人間以上のスピードで動くバケモンや。それはアイツ自身もようわかっとる。だから、自分と互角に渡り合える相手を見てビビっとんのや。こっちが何度か刃向かう素振りを見せたら、嫌がっとった。わからんかったんか?』


『あれだけの猛攻を避けながら、そんなことまで考えて戦ってたの? それに、攻撃するフリなんてしてたっけ?』


『素人はこれやからアカンねや』


 ここまできたら、ゼヴにけなされてたって何とも思わない。むしろ感心するばかりだ。


『とはいえ、奥の手を隠しとんのはアイツもおんなじや。ここからは、お互いに無傷じゃ済まへんで』


『ちょ、やめてよ。ゼヴなら全部避けられるでしょ?』


『肉を切らせて骨を断つ戦法や。わしの常套手段やな』


 なんだよ、その野蛮な戦法。ただの自殺行為じゃないのか?


『そんなことをしているから、体を失う羽目になったんじゃありませんの?』


 ミカ・エラが水を差す。


『やかましいわ。そんなん言うなら、オマエも手え貸さんかいな』


『遠慮させていただきますわ。言ったでしょう? わたくし、馴れ合うつもりはありませんの。仮にあのレンという男にこの場で殺されても、わたくしは困りませんし』


『なんや、薄情なやっちゃなぁ。それやったら、はよどっか別の体に行ったらええのに。いつまでもこんなとこで、危ない目に遭い続ける必要もあらへんやんか』


 たしかにそうだ。僕の体に取り憑いていたら今後もどれほどの修羅場がやってくることか。


『まったく……、あなたがたのレベルの低さにはほとほと呆れ果てますわね。あんなひょろひょろの男一人を相手にして、危ない目ですって? 笑える冗談ですわ。見下げ果てますわね』


 挑発と嘲笑、そして侮辱の三点セットをもれなく食らったゼヴ。僕にはプライドを持てるほどの経験がないのでノーダメージだが、彼は違うだろう。僕の体を支配して、大玉に乗った曲芸師ばりに調子よく戦っていたのだ。導火線に火がつくこと請け合いだった。


『オマエとはええ同居人や思て今まで大目に見てやっとったけどな。わしのことをそこまで蔑むか。なんもしてへんオマエが。ええやろ。そんなら、わしにも考えがある。ミカ・エラ。オマエがどこの誰かもよう知らへんけどな、これが終わったら勝負や。コイツの体を賭けて、わしと勝負せえ!』


 いや、怒るのはわかるけど、僕の体を勝手に賭けの対象にしないでくれるかな……?


 僕たち・・・の葛藤をよそに、レンは何やら怪しげな笑みを浮かべていた。

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