エインズの悪魔的ファイト
右に左にと目にもとまらぬ速さで動きながら接近してきていたはずのパルマだったが、僕にはなぜだかひどくゆっくりと感じられた。
『来るで。左のフックからや』
ゼヴの言った通り、パルマは予備動作の少ない左フックを打ち出してきた。
振りかぶりは少ない分、出の速い一撃だ。しかし、それすらスローモーションに見える。
ただ、姿勢を低くして避けるのは間に合わないと思った。自分の身体能力では、彼女のパンチを見てから回避するなんて無謀すぎる。
『なにしとんねん! 避けんかい!』
今度は体が一人でに動いた。
パルマの左腕が身を屈めた僕の頭上をかすめていく。
嘘みたいだ。彼女の攻撃を避けられるなんて。
『呆けとる場合か! 相手を見い!』
思いがけず拳を避けられたからか、パルマは半歩下がった。両腕を上げて、様子をうかがっている。
『この距離じゃ剣は不利や。そんなもんなくても、今のオマエなら勝てるはずや』
意思とは別に、僕の右手は剣を手放した。
「ちょっと、なんなの? 一発避けたくらいで、もう余裕ってこと?」
挑発と受け止められたのか、パルマは連撃を浴びせかけてきた。
『右! 左! 仰け反って、左からや!』
ゼヴの読み通りの攻撃が次々と打ち放たれてくる。
僕の体は意に反して動き、彼女の猛攻を全て避けきった。
『なんやねんな、やる気あるんか?』
『た、助かってるよ。それだけはわかる。だけど、急に言われたって反応できないんだ』
『ほんならもうええ。わしに全部任せえ』
もはや、僕の体は僕の主導権を失った。完全に支配された状態だ。
「もう! 急に人が変わったみたいに反応速度が良くなって、どうなってるの!?」
「それは、敵が変わったからや」
これは僕が言ったんじゃない。僕の口を借りてゼヴが言ったのだ。
「気味の悪い……。これ以上は容赦しないからね!」
だが、パルマが動くより早く、僕の体が動き出した。
腰を屈めて、両手の掌底を合わせるようにして前に打ち出す。
「きゃあっ!?」
パルマはまるで強風に飛ばされる落ち葉みたいに吹き飛んだ。
手に彼女の体が当たった感触はなかった。まるで、手の平から衝撃波が飛んでいったかのような――。
『いっちょ上がりや。どうや、これで力の使い方っちゅうもんが少しはわかったやろ』
ゼヴがそう言うと、体の主導権が戻ってきた。
羽のように軽かった体がずっしりと重くなり、腹や頭の痛みが帰ってくる。
「これが、魔法……?」
『せや。ま、こんなもんはほんの小手調べや。わしが力を取り戻せば、もっとすごいこともできるようになるで』
もっとすごいことって……。これだけでも、十分にすごい。あのルテアとだって互角か、それ以上に渡り合えるかもしれない。それどころか、国中の誰よりも強いんじゃないだろうか。だって、この世界に魔法を使える人間なんて存在していないのだから。
『アホぬかせ。魔法っちゅうのは、血で使うもんや。海を越えたら、魔法が使える人間なんてもんはぎょうさんおる。オマエは井の中の蛙ってやつやな。わしの予想じゃ、この国に伝わる伝説っちゅうんは、たぶん海の向こうから来た魔導士かなんかの類や。こっちじゃ常人離れした力やったから、語り継がれていったんとちゃうか』
こんな常識外れの能力を持ってる人間が、この世には大勢いるっていうのか? 信じられない。魔法使いになりたいとは思ってたけど、いざ目にしてみると恐ろしい力だ。
僕の想像してたのはもっとこう、なんというか――。
『怯えることはありませんわよ。争いに使うから野蛮なのであって、生活を営む上で使う魔法は穏やかで美しいものばかりですわ』
僕の心情を察してか、親切にもミカ・エラが補足してくれた。
『そうやな。ただ、海の向こうでは戦争ばっかりやけどな』
『ですわね。わたくしたちも、一刻も早く戻りませんと』
『せやな。そうや、遺跡の中で戦っとるルテアっちゅう女はどうした? 出て来えへんところを見るに、まだやりあってそうやけど』
そうだ、ルテアだ。
あの羽織袴の男、尋常じゃなさそうな雰囲気だった。急いで助けに行かないと。
『またわしの力が必要になるかもしれへんな』
ゼヴはむしろ乗り気みたいだった。




