古き伝説の英雄の遺跡の跡
アムリボーは、ミラスに解毒薬として血を与えたことで、永遠にこの世を去ったのだとルテアは言った。
彼女の言い方は相変わらず素っ気なかったけど、どこかさみしそうな雰囲気でもあった。少なくとも、僕にはそう見えた。
二人は僕が目を覚まさないので、アムリボーを弔い、墓を作ったところなのだと言う。
案内してもらうと、そこにはこんもりと盛られた土の上に、墓石替わりの小石が積み上げられていた。
「今はこれくらいのことしかできないけど……。私の命の恩人だから、また訪れるつもりよ」
ミラスは手を合わせて言う。
「こんな美しい場所で眠れて、アムもきっと幸せだよ」
できるなら、その通りであってほしい。
彼の従妹を救うという目的は、望んでいた形でなかったにしろ達成された。彼自身の命を代償にして。
「私からも、あなたに謝らないといけないわね。騙していて、ごめんなさい。サムの意志があまりに強かったから、何も言えなくて。私のためにやってくれていたことだけど、やっぱり、無関係な人を犠牲にせずに済んでよかった。今ならはっきりとそう思えるわ」
ミラスはアムリボーの思いもわかるからこそ、彼の熱意を裏切れなかったのだろう。
僕ももう、そのことに関して彼女を咎めるつもりはない。
「いいんだ。君を救う選択肢が他になかったんだ。よく知らない人間と、自分の大切な人、そのどちらかしか救えないなら、誰だって自分にとって大切な人を選ぶはずだよ」
「……ええ、そうかもしれないわね」
僕たちはもう一度アムリボーの墓に祈りを捧げ、これから先のことについて話し始めた。
「さて、どうする? ここがルーテルムダークだとすると、アムリボーの話が本当なら、業魔とやらに会えるはずだが」
ルテアが腕を組んで言う。
「そうだね。もう少し歩いてみようか。何かあるかもしれないし」
「ここへ来たとき、あらかた周囲は見て回ったぞ。古い崩れかけの遺跡の残骸のようなものはあったが、それ以外に何かあるとは思えん」
さすがはルテア。落ち着ける場所を確保するために、周辺はすでに偵察済みということか。
頭の中に悪魔を二匹も飼ってるだなんて、現段階で言えようはずもない。信じてもらえるか疑わしいし、僕自身、アレがなんなのか理解しきれていないのだ。
「じゃ、じゃあ、その遺跡を探してみようよ。残骸があるって言うなら、本体もどこかに存在するんじゃないかな」
ここまで来て、特に何の成果も得られないとなったら、ルテアは怒るかもしれない。――いや、そんなことないか。
わからないけど、業魔ゆかりの地にある遺跡なら、伝承に関係のある何かが見つかってもおかしくはない。行く価値はあるはずだ。
半ば強引に、僕は遺跡探しを提案した。が、二人も他にすることもないので、案外すんなりとそれに乗ってくれた。
「……ところで、何の遺跡なのかしら? 伝承の旅人が崇められて建てられたもの?」
一行が歩き出して間もなく、ミラスが素朴な疑問をつぶやいた。
「さあ……。旅人が信仰されてただなんて話は聞いたことがないけど……。英雄として、神格化されたとかかな」
「それで、こんな辺鄙な場所に遺跡を建てたりするものかしら。どう考えたって、足を運ぶには遠いし危険すぎるわ」
ミラスの言う通りだ。旅人たちを崇め奉るには、アキネチアの群生地だって通り抜けてこなければならない。立地にしたって、人里離れたで済むような距離じゃない。山奥もいいとこだ。
「昔はここに人が住んでたとか?」
思い付きで発した言葉だったが、存外、いい線っぽいじゃないか。
「それにしては、人が住んでた痕跡とか、なさすぎるのよね。家なんて、ボロボロでも基礎くらい残ってそうなものだけれど」
ミラスにあっさり看破されてしまった。
そうなったら、どうしてこんなところに遺跡があるのかを突き止めるには、実際に行ってみるしかなくなってくる。
謎を解き明かすという楽しみができたんだ。成り行きで行くことになっちゃいましたーっていうより、マシじゃないか?
『気ぃつけたほうがええで。誰かにつけられとるみたいや』
不意に頭に声が響いてきて、思わず「ヒッ」という声が出てしまった。
「どうしたの?」
隣を歩いていたミラスが怪訝な表情でこちらを見てくる。
「いや、なんでもないよ。ちょっとまだ、体調が戻っていないのかな、なんて、アハハ……」
とりあえず彼女の目を誤魔化して、僕は頭の中に意識を集中する。
『急に喋らないでよ。ビックリして声が出ちゃったじゃないか』
『なんや、別にかまへんやないか。むしろ、なんでわしらのことを隠しとんのか不思議なくらいや。それに、何か言おうおもたら、今から喋るで~って言わなあかんのかい。なんか矛盾しとるんとちゃうか、それ』
『そ、そういうことじゃないけどさ』
『んなことどうでもええねん。今はつけてきとるヤツのことや。せっかく忠告したっとるんやから、ちょっとは警戒せえ』
……わかったよ。なんで頭の中の声なんかに、僕が指図されなきゃいけないんだ。
「ルテア。なんだか、誰かが後ろからついてきてるみたいなんだけど」
先行していたルテアに、ゼヴの言う通り追跡者について伝えると、彼女はいつになく驚いた様子だった。
「何? 私よりも早く、それに気づいたのか?」
そう言いながらも、様子を見に行くルテア。
そりゃ不思議だよな。僕だって、何がついてきてるかなんて、見当もついてないんだから。もしゼヴの言ったことが嘘だったら、金輪際、彼の言うことは聞かないでおこう。
しばらくして戻ってきたルテアは僕たちに顔を寄せ、声を潜めて言った。
「お前の言う通りだ。追手がいる。手出しをしてくる気配はないが、このままいつまでもついてこられると面倒だ。もう少し行った先で待ち伏せて、何者か突き止める」
……本当にいたのか。事実なら事実で、あんまり嬉しい話じゃないな……。




