夢見る王子
「あーあー、やってもうたな。なんでこないなってん? さっきまで元気に泣いとったやないか」
暗転した世界の中、最初に聞こえてきたのはクセの強い男の声だった。
「知りませんわ。けど、毒に侵された以上、出てこないわけにもいきませんでしょ」
次に聞こえたのは、気品漂う女性の声。
「せやけどな、わしらが力を取り戻すまで、正体はバラさんっちゅう話やったやんか」
「そうですけど、この子に死なれても困りますでしょ? 助けてあげなければ、わたくしたちもろとも、あの世行きですわよ」
「まあ、しゃあないな。コイツに寄生しとんはわしらの方やし、手ぇ貸さんわけにもいかんか」
……静かになった。
真っ暗だ。ここはどこだ?
たしか、急に苦しくなって、気が遠くなって……。
アムリボーは!? どうなったんだろう。ミラスはアムリボーの血を受け入れたのだろうか。そうだとしたら、彼はもうこの世にはいないことになる。
考えただけで辛い。アムには何度も助けてもらったのだ。僕を騙して殺そうとしていたのは事実だが、それを差し引いても悲しみのほうが上回る。
……というか、僕は生きているのか? 目を開いているのか、閉じているのかも自覚がない。もしかして、僕も死んじゃった?
「死んでへんがな。しっかりせえっちゅうねん」
……誰なんだ? さっきから聞こえてくるこのクセの強いやつは。
「誰がクセの強いやつじゃ。お前みたいなお人好しも、なかなか珍しいで」
え? 僕の考えたことに答えた? ……もしかして、僕は頭がおかしくなってしまったのだろうか。アムが死ぬことに耐えきれず、新たな人格を生み出してしまったのかもしれない。
「ちゃう言うとるやろうが。いい加減にせぇよ。ええか、わしはゼヴや。んで、こっちの女はミカ・エラ。二人とも実在しとる。お前の頭の中で勝手に起こってることやない」
「よろしくお願いしますわ。まあ、脳内で勝手に起きていること、というのは、あながち間違いではありませんけど」
僕の頭の中にいるのか? なんで? いつから? ってか、誰!?
「順を追って説明していくとやな、お前、ちょっと前に海で獲れた変なもん食べたやろ? わしは最初、わけあってアレの体を借りとったんや。それが、おかしな壺に入ってもうたせいで海から引き上げられてやな、気が付いたらお前の腹の中や。ま、あの変な生き物の体も飽きてきたところやったからな。ちょうどええってんで、そのままお前に居座ってたっちゅうわけや」
えっと、まったく意味がわからないですけど。海の変な生き物って、タコのことじゃないよね?
「まさしくそれや! 足がぎょうさんあって、操り甲斐のある体やったなあ」
「気持ちの悪い話ですわね。どうしてそんな異形の生物に寄生しようと思ったのかしら。わたくしのように、美しい装飾品や家具に住めば良かったですのに」
「案外おもろいもんやで。今度やってみたらええわ。って、そんな話ちゃうねん。誰のせいでこんな目に遭っとると思ってんねん」
「わたくしのせいとでも!? 信じられません。わたくしの住まいに、いきなりあなたが押しかけて来たのですわよ? あの壺、結構気に入ってましたのに」
壺? 壺って、祖父の?
「どうやら、そうらしいですわね。そうとは知らず、申し訳ありませんでしたわ。ただ、あまりにも美麗な装飾でしたから、つい……」
「ほんま、どうかしとったわ。道理でやけに力を感じたわけや。休むにはちょうどええと思とったけど、大きな間違いやったわ」
「何を失礼な。あなたさえ来なければ、あの壺から追い出されずに済んだのですわよ」
「ちゃうやろ。もとはと言えば、あれを海に沈めた人間が悪い。このことは何度も話して、そういう結論に至ったはずや」
「そうでしたわね」
となると、なんだか僕が悪いみたいに聞こえるけど……?
「まあ、そうなるわな」
「そうですわね」
……ところで、この茶番は何? そろそろ目を覚ましたいんだけど。これって、きっと悪い夢だよね?
「ちゃうな」
「違いますわね」
じゃあ、何? これが現実なら、君たちは誰?
「そうやなぁ、簡単に言うなら、悪魔やな」
「悪魔ですわね」
……。
へえ……。
悪魔……。
僕はもう、本当に頭のネジがぶっ飛んでしまったのだろう。




