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 プラントンが去ったあと、僕はミラスに抱えられていたアムリボーのもとに向かった。


 彼の容態が悪いことは、傍から見ても一目瞭然だった。息は細く、顔は青ざめている。血液が通っていないに白い。


「エインズ……、済まなかった……」


 苦し気に喘ぐアムリボーが僕を見て発した第一声がそれだった。


「アキネチアの毒だね? どうやったら治せるんだ? 僕たちに教えてよ。血ならいくらでも提供するからさ」


 そう言ったが、アムリボーは力なく首を横に振った。


「その必要は、ない……。俺は死ぬ。それでいいんだ……」


「どうして? いいわけないだろ。君がいなきゃ、誰が毒を治すんだよ? ルーテルムダークまで、誰が案内してくれるんだ? ここで死んじゃダメだ」


 アムリボーを死なせたくない。何か企みあったといっても、ここまで一緒に旅をしてきた仲間だ。彼に対してどういう対応をするかは、訳を聞いてからでも遅くはない。


 僕は言葉の矛先をミラスへと向けた。


「ミラス、君は解毒の方法を知ってるんだろ? だって、そのためについて来たんだから。僕に教えてよ。アムリボーを救えるかもしれない」


 アムリボーの頭を膝の上に乗せ、彼を優しく撫でていたミラスは静かに答えた。


「サムは救えない。……いや、それはサム次第かもしれないけど。こうなってしまった以上、決定権はエインズ、あなたにあるわ」


「僕……?」


「そうよ。もう気づいてると思うけど、私とサムはあなたたちに隠し事をしている」


 アムリボーはミラスの手を掴み、「よせ、俺が言う」と咳き込みながら言った。


「俺たちは、アキネチアの解毒薬が必要だった。……ミラスのために」


 ミラス? 彼女も毒に侵されていたのか? けど、いったいいつ?


「いつからだ?」


 傍で腕組みをして聞いていたルテアが、僕の頭に浮かんだ疑問を口にする。


「もうずいぶんと昔だ。こいつの母親が毒を盛られたとき、ミラスも同様に毒を受けた。だが、母親の異変を感じ取った彼女は、ごく少量しか口にしなかったんだ。おかげで、毒の進行は極めて遅かった」


 アムリボーが喘鳴に苦しむので、ミラスが後を継ぐ。


「私たちは、毒を治す方法を探したの。母さんと、私のために。そのために酷いことをいくつもやってのけた。奴隷を使って、人体実験紛いのこともね。だけど、解毒方法が見つかったとき、母さんはもうこの世にいなかった」


 ミラスは、自分のことを治そうと試みたが、解毒薬を使用するためにはある条件が必要なことがわかったと言った。


「条件?」


「ええ。毒を治すには、同じ毒に侵された血縁者の血が必要なのよ」


 幾人もの奴隷を犠牲にして得た結果は、諸刃の剣とも言うべき残酷な結末だったのだ。毒を治すために、別の誰かが犠牲にならなければならない。


 ともすれば、ミラスは母親を救えたかもしれない。そんな罪悪感に駆られただろう。


「ならば、毒を受けたもの同士、血を与え合えばいいのではないのか?」


 そうだ。ルテアの言う通りだ。彼女は頭がいい。


 しかし、毒を治そうと試行錯誤を繰り返してきた二人が、その考えに至らないわけがなかった。


「ダメなの。片方の毒を治すには、相当な量の血が必要になる。それこそ、人体から抜ききってしまうほどのね」


 つまり、どちらか一方しか助からない、ということか。


 アムリボーとミラスは血の繋がった従兄妹の関係だ。今の状況なら、手を打っても必ずどっちかが死ぬということになる。


 ……だとしても、どうして僕が関係あるんだ? アムリボーは僕を襲って毒に侵そうとした。つまり、僕を解毒薬にしようとしたんだ。……僕とミラスに、血の繋がりがあるっていうのか?


「おかしな点に気が付いたようだな……」


 アムリボーの口角がわずかに上がる。ただそれは、強気な笑みではなく、自信を嘲るかのような表情だった。


「……僕とミラスは、血が繋がっている?」


「ああ……。でも、それだけじゃない。お前は俺とも血縁関係にある。ミラスが俺のことをなんて呼んでたか、覚えてるか?」


 サムだ。もちろん覚えている。最初から気にはなっていた。だが、旧知の仲だから、あだ名の一つくらいあってもおかしくないだろうと思っていた。それがどう関係しているというのか。


「お前の名前……、エインズ・プリスダット・サムワース、だよな? ほら、わからないか?」


 『サムワース』。僕のラストネームだ。まさか、『サムワース』のサムだったのか? アムリボーとミラスは王家の血を引く人間だったっていうのか。


「かなり血は薄いが、俺たちは王家の末裔の一人だ。今でも王族の人間とは少しばかり親交がある。伝承が受け継がれてるってのも、うなずける話だろ?」


「そんな……。どうしてもっと早く言ってくれなかったんだよ」


「言って何になる。きっと信じてもらえなかっただろうさ。……いや、俺が勝手にそう思ってただけなのかもしれないな」


 アムリボーが咳交じりの笑い声を発する。


 今や、彼の弱々しい姿を前にして共に笑える者はいない。


「お前にはまだ、謝らなくちゃならんことがある。最初にお前と会った、日時計の隠れ家の話だ。あの家の秘密を、俺は魔法だと言ったが、あれは嘘だ」


 からくりだと、アムリボーは言った。そうでもしないと、信じてもらえないと思ったのだと。


「疑心暗鬼になってたんだろうな、俺は……。ミラスを元気にしたくて、まともな判断ができてなかったんだ。そのために、お前を見ようとせず、利用することばかり考えていた。今さら謝って済む話でもないかもしれないが、本当にすまなかった」


「なんだよ、そんなこと。謝るようなことじゃないよ……」


 もう、あれが魔法じゃないだなどと話されたところで、どうでもよかった。


 自然と涙があふれてくる。


 これが最後のお別れだなんて嫌だ。生まれて初めて、人が死ぬことを悲しいと思った。近しい人間の死を目の当たりにしたことなどなかったが、こんなに悲しいなら二度とごめんだ。


「さあ、もう時間がない。俺が死ぬ前に、血を抜き取るんだ。解毒薬の製法ならミラスが知っている。俺の血をミラスに使って、彼女を治してやってくれ」


「イヤよ! サム、死ぬなんて言わないで。私だって毒を治せる。あなたが救われるべきよ」


 ミラスは感情をむき出しにして泣き喚いた。


 他人を犠牲にして自分が助かるのだ。そんな後味の悪い経験、誰だってしたくはない。


「ミラス……。頼む。俺はエインズやルテアを騙した。その後悔を背負ってまで、みんなと一緒にいる資格はない。この罪とともに、眠らせてくれ」


 アムリボーの胸に顔を突っ伏して、何事か咽ぶミラス。いたたまれない二人の姿に、心臓が掴まれたような気持ちになる。


 ――いや、本当に掴まれているみたいだ。鼓動がやけに大きく感じる。それに、息が苦しい。肺が急に機能停止したみたいに、呼吸ができない。


 なんだ? 何が起こって――。


 瞬く間に視界が揺らぎ、姿勢を保つことさえ困難になっていく。


「どうした!?」


 最後に見たのは、目を丸くして駆け寄ってくるルテアの姿だった。

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